14.ぶらりドレス探しの旅
一応町には出てみたものの、ドレスの古着なんてそう簡単に見つかるもんじゃなかった。
強いて言えば、何件目かにあった派手なレースやあきらかなイミテーションの飾りがついたどぎついピンクのワンピースくらいだ。
遠目からならドレスにも見えなくもないかもしれない、ぎりぎり。いや、ぎりぎりでも無理か。
「どうしよっかなー」
とりあえずあの派手なワンピースは保留にして、店を出る。
というか、できればあんなの買いたくない……。
あれ絶対売れないからあんな値段なんだ……。
ため息を吐いて、空を見上げた。
雪は降っていないが、今にも降りだしそうな寒さだ。空も冷たく澄んで綺麗。
今日は酔っ払いはいないみたいだ。
いつの間にか、あの宿屋兼酒場の前に来ていた。
流石にこんな寒さの中ころがってたら凍え死ぬか。
ライアールに言われて以来、ここには来ていなかった。
いや、正確には二、三度だけ近くには来た。けれど特に治療ができそうな人も見当たらなかったので何もしなかった。
最近までは放課後はダンスの練習、他の空いた時間もリリシュの復習に付き合わされる。
万が一あの意地悪令嬢達につけられてたら面倒な事にもなりそうだし、と結局足は遠のいてしまっていた。
ちょっと歩いて他の区の古着屋も探してみようかな。
聖都はとても広い。そして建物も多い。治安もいいので、割と暗い時間帯でも人はいる。
行きかう人々は忙しなく歩いている。こんな寒いのに、皆それぞれの目的で、寒さに身を縮こまらせながら大通りを歩く。
それにしたって金がない。
手元の寂しい中身の財布に目を落とす。
これには孤児院で貰ったなけなしのお金が入っている。
学園ではほとんど使う事がないので、これで十分だと思っていた。
学園でのバイトは、来年からみたいだしなあ。
プラゥもそれを楽しみにしていた。母親に絵本を買って、読んであげるのだと。
しかし現状、これだけしかないのだ。これでどうにかするしかない。
あのどピンクなワンピースは、裾とかほつれていたのに割高だったなあ。
よくゲームとか海外のドラマとかで、脇の通路なんかで「俺に腕相撲で買ったら掛け金全部くれてやるよ」的な腕自慢の兄ちゃんとかいたけど、ここにもいないかな。
師匠みたいなのや訓練された歴戦の戦士とかが出てきたら流石に負けそうだけど、ちょっとやんちゃしてる程度のあんちゃんだったらいけるだろう。
シュッシュッと拳で空を切り、無意味にシャドーボクシングをしながら、そんな輩いないかなと夢想する。
……いっそ、自分で開催してしまうか。顔を隠してひっそりと。そこの脇道の奥とかで。
「少女の姿に油断した奴が、大金背負ってくるかもしれない」
それに流れ作業のように勝ち続けるのって、映画みたいでかっこいい気がする。
殴り合いをするわけではないが、俺は拳に力を入れて思い切り空を切った。
ガシリと、それが何故か掴まれる。
「で、何が大金を背負ってくるんだ?」
「でたー!」
思わず声に出してしまった。
どうしていつもこいつは急に出てくるんだろう。
俺の叫び声に、こめかみをひきつらせたライアールが俺の後ろから現れた。
「人を化物か何かみたいな目で見るな。店の前でぶつぶつ言いながら、空を殴っている危ない奴が居たから注意しただけだ」
「まあ!そんな危ない人がいたのですか。最近はここも物騒なんですね」
何でそこで俺を睨むんだろう。
っていうか、店から出てきたって事は、この男また飲んでたのか。
呆れた顔を向けてやると、ライアールは俺の拳を掴んだ手を見つめていた。
「お前、また力増したな」
え、本当?特に筋トレとかはしてないんだけど。授業の賜物かな。
「でもまだまだです、まだ貴方にも勝てないでしょうし」
「俺に勝つつもりか?」
俺の言葉に、ライアールはピクリとわずかに眉を上げた。
「あー、勝負したいとかじゃなく、そういった意味で言ったんじゃないです。自分の未熟さを言いたかっただけで」
「……はあ、お前は本当によくわからない奴だな。それで、今日は何をやらかしてるんだ」
ため息をつきながら言わないでください。何もやらかしてないし、した事もないし。
「ちょっと舞踏会の為のドレスを探しに古着屋巡りしてるんですけど、やっぱりそうなくて困ってる所です」
「ドレスは学園が用意するだろう」
「それがちょっとしたアレでソレで紛失してしまいまして、こうしてなけなしのお金を握り締めて来てるんです」
説明が面倒になってきた。寒いし、お腹も空いてきたし。
それに気付いたのかどうかはわからないが、ライアールはくいと顎で背後の店を指した。
「前にも食っただろ、そこの店のでよければ奢ってやる。とりあえず入れ」
あまり関わりたい男ではなかったけど、奢りと言う言葉には勝てなかったよ……。
「その古着のワンピース、絶対ぼったですよ。騎士なら注意して値下げ交渉してくださいよ」
「お前は騎士団を何だと思ってるんだ」
「民の平穏と町の秩序を守る職務の人ですよね。法外な値段でか弱き少女から金を巻き上げる悪徳商人から守ってください」
「勝手に吹いてろ。しかしお前が舞踏会にそんなに行きたがるとは、正直意外だがな」
ビールの様なものを飲みながら、ライアールは肩を竦めた。
「私は別に行けなければそれでいいんですけど、料理には凄い未練ありますが。でも友人が一緒に行く事を願ってくれてるんで」
それが嬉しいので、どうにかしようと動いてるんです。と俺は肉団子にフォークを指した。
「お前が踊るのか……?武道の構えとか素振りとかしだすんじゃないだろうな」
「馬鹿にしてます?でも正直ダンスは自信ないというか、覚える気もなかったので踊る気はありません。友達の晴れ姿と、豪勢な料理さえあればいいんです」
「変わった子供だな。お前くらいの年なら、もっと夢見てそうだが」
「見てますよ、来年は小銭稼いで貯めてーとか、将来は聖女の力使いこなして稼いでーとか」
「金ばっかりの聖女様だな。まあ、それはそれでいいと思うが。……ただで仕事して腹が膨れるわけはないからな」
ライアールは一瞬遠くを見ている様な目をしていた。
何かを思い出しているのだろうか。
俺も、それにプラゥも稼ぐために来ていると言っても過言ではないと思う。
俺は孤児院に、プラゥは母親に、楽をさせたくて恩を返したくて学園に来たのだ。
リリシュだって、ある意味未来を見据えていると思う。うん。私情と感情入り込みまくりだけど。好みもうるさいし。
「でも、友達はいい娘達ばかりで、稼ぎのない今でも結構楽しいんですけどね」
そんな事を呟く俺を見て、ライアールは珍しくふ、と小さく笑った。
「まだそのドレス探しとやらをするのか」
「今日はもう疲れたし帰ります。探すとしたら、また来週かなあ」
ぼんやりとスケジュールを考える。放課後はまたダンスの練習に加え、作法とかあった気がするし。
でも来週で駄目だったら、いよいよ制服で参加が現実的になってきたなあ。
それでもいいけど。プラゥには気を使わせないよう、現地合流にしようかな。
華やかなドレスの中に、地味な制服一人って逆に目立ちそうだな。
踊るわけじゃないし、料理の載ったテーブルの後ろに、壁を背にしてれば大丈夫かな。
「お前馬鹿そうだから一応言っといてやるが、舞踏会で誉めそやされてほいほい着いてくなよ。あそこは、胸に一物も二物も持ったような奴らの巣窟だからな」
何を言いたいのか、元より男についていく気はないというに。
いやそれより今馬鹿って言った!?
「私に声かけるような暇人いるとは思えませんが、そもそも腹ごなしに行くだけなので大丈夫ですよ」
「……素で言ってるのか天然なのかわからないが、お前はそれでも、……聖女候補だからな」
「どういう意味ですか?」
「いや、警戒は常にしていろってだけだ」
何かごまかした?前も何か言いかけてやめた様な。
それ以上は何も言う気がないとばかりに、横を向き酒を煽っている。
俺も追及する事なく、黙って皿の上の料理を平らげた。
「追加してもいいですか?」
ライアールは呆れた顔をしたが何も言わなかった。
一週間後、俺の元に一着のドレスが送り届けられた。
濃い緑を基調とした、シンプルながらも素敵なデザインのドレスだった。
差出人は、どこにも書いてなかった。
アジリマさんには、ドレスが見つかったと前に伝えちゃってたから学園が新たに用意してくれたとは考えにくい。
は!もしやこれも嫌がらせで、着たら縫い目が解けるようになってるとか!?
怖くなってあちらこちらまさぐってみる。縫い目もしっかりとしていて、丁寧なものだった。
「あれ、何かあるな」
首もとの襟を確認していると、カサリと何か紙の様なものが指に触れた。
折り返してみると、小さな花の形をしたピンで四つ折の紙が留められていた。
開くとそこには綺麗な字でこう書かれていた。
『口止めされてはいましたが、不安でしょうからこれだけは伝えておきます。このドレスはいつも不機嫌そうな騎士に頼まれて用意したものです。どうぞご安心を』
不機嫌そうな騎士……、ていうと、一人しか浮かばないけど。まさかね。まさかだよね。
実は案外、いい奴だった?
とりあえず嫌がらせの類ではなさそうなので、安心した。
でもリリシュに送り主の予想人物話したら、凄い騒ぎそうだから黙っていよう。
しかしこれで町をまた歩き回って古着探す事も、なけなしの金を手放すこともなくなった。
今ならライアールの靴磨きくらいならしてもいいくらいだ。
口止めしてるって事は内緒にしたいみたいだから、そんな事しに行かないけど。
翌日、リリシュとプラゥにドレスが用意できた事を言うと、凄く喜んでくれた。
「本当に!?どうやって用意したの、凄いじゃない!」
「多分学園側が用意してくれたんじゃないかなー、それとなく関係者の人に伝えたから」
嘘は言っていない……。
騎士も学園を運営する教会の関係者だし。
「これで安心して、三人で行ける。嬉しい」
プラゥが微笑む。
リリシュもとても嬉しそうに笑っている。
ドレス用意できてよかった……。あの怒りっぽい騎士に改めて感謝する。
「ええ、本当よ。駄目そうだったら、前にも言った私のドレスを二人で手直しして使おうかって言ってたのよ」
「私は寸法直して、リリシュは刺繍施してって、豪華なのはできないけど、考えてた」
二人とも……。ちょっと泣きそうになってしまった。
隠されたものがどんなドレスだったかはわからないが、きっとそれよりも二人が用意してくれた古着のドレスの方が俺は着たい。
ダンスもドレスもできれば遠慮したい事柄だったけど、この二人が一緒ならちょっと楽しみかもしれない。
数日後の舞踏会で、ドレスを着てはしゃぐ自分達を想像し、思わず口が緩む。
リリシュとプラゥのドレス姿も楽しみだ。
やっぱり俺は、ちょっと恥ずかしいけど。




