13.冬の訪れ
肌寒くなってきたな、と思っていたらあっという間に冬が来た。
授業終わりにはダンスの練習が加わり、俺はリリシュに付き合わされた。
てきとうに付き合って練習していたら、何度も先生を蹴飛ばしてしまい流石に怒られた。
リリシュは気合が入っている分流石というか、完璧にダンスを踊っていた。
組が違うからわからないが、プラゥはどうだろう。
ダンスには興味なさそうだったし、さっさと帰宅しているかもしれない。
いや、何気に勤勉家だし学べるものは学ぶの精神で練習に参加しているのかも。
俺はそんな高尚な精神は持っていないのでさっさと帰りたいが、このまま勝手に帰ったらリリシュの怒りが怖い。
そもそも、練習したって踊る相手は男なんだよね。いや、踊るつもりはないけど。
とにかく胃袋にいかにして詰め込むかしか、目的はないんだし。
「そこそこ踊れるようになってきたかしら、でもやっぱ背中が辛いわ」
「わかるわかる。そこまで厳格なものじゃないし、気にしなくてもいいかなとは思うんだけど」
「……よねえ、だって素敵な殿方にもし誘われたら、優雅に踊りたいし!」
「ドレスだってせっかく頂けるんだし、着こなしたいわ。似合う色だといいんだけど、私暖色系似合わないのよね」
「そういえばこの間、騎士様のー……」
――キャー
周りではダンスの話やドレスの話、そしてまだ見ぬ踊る相手の話で盛り上がっている。
……やっぱもう帰っていいかなあ。
ちら、と練習に勤しむリリシュを見やる。
目の前で楽しそうにくるくる回っている友人を見て、まあいいかとつい笑ってしまった。
「足もだいぶ辛くなくなってきたわ」
リリシュがつま先を立てながらコンコンと地面を叩く。そしてかろやかにターン。
厚手とはいえ制服のスカートがふわりとひろがる。
「私も、慣れてきた」
プラゥも綺麗なお辞儀をし、姿勢を整える。
俺はこの謎の頑丈な体に考える力を削ってできたのかってぐらいの、多い体力のおかげで特に足や背中の痛みは感じなかった。
かわりにダンスの流れを覚える方が辛い。
放課後の帰り道。
一大イベントだけあってか、俺達以外にもそこかしこで指先をぴんと伸ばしたり、お辞儀の練習をしたりと少女達がしている。
放課後のダンスレッスンなんて平民だけだろうから、貴族の娘はさすがにいないだろうけど。
「プラゥはせっかく踊れるまでなったのに、ダンスには参加しないの?もったいない」
「私は後学のために覚えてるだけ。気にせず、リリシュは楽しんで」
「ええー、それも寂しいじゃない」
メモ帳を隠されそうになった事件の後、プラゥと話す様になり、それにリリシュも加わって最近はよく三人でいる事が多い。
リリシュも別段プラゥの肌を気にする事もなかったし、むしろ小さくてかわいいプラゥを気に入ってる様だ。
俺も背が低い方だけど、プラゥはもっと低く、そして痩せ気味だった。
育った環境もあったかもしれないが、これからは肉もついていくといいな。
「大丈夫だよリリシュ、私達は後ろで食べつくしながら見守ってるから」
ねっ、とプラゥの肩を叩く。
俺の言葉に何が大丈夫なのかと、リリシュがうろんげな目を向けた。
「ま、楽しみなのは変わらないからいいわ。何事もなく舞踏会がきてくれればいいけど」
確かに。でもあれからまだ何も隠されていないし、呼び出しも受けていない。
毎年ある学園でのダンスパーティは、貴族のお嬢様達にとっても重大なイベントだ。
同じく参加する騎士様方のお家を把握して、厳選し、交流を持つ。
自分の結婚相手となるかもしれないし、もしくはどちらかの家の、まだ婚約者がいない子息令嬢がいれば紹介する相手になるかもしれないのだ。
それに貴族としてのプライドもあるだろうから、平民の娘達より優雅に洗練された所作を見せ付けなければならない。
俺への小さい嫌がらせにかまけている暇なんてないのだろう。
そう考え、俺は少し安心した。
面倒ごとはこりごりだ。リリシュの言うとおり、このまま平穏に事が過ぎればいい。
しかし数日後、その希望は見事に打ち砕かれた。
「はぁあ?ドレスが届いてない?」
しかも俺のドレスだけが?
『花冠の館』の応接間、そこに配達人の一人と思われる青年と、この館の責任者をしている管理人の女性アジリマの二人を前に、俺は素っ頓狂な声をあげた。
「私も確認したんですけどねえ、この配達のお兄さんが言うには集配所の時点では確かにあったって言うんだけど」
「学園へのドレスは各貴族様方からの贈り物ですし、私達も慎重に扱っているんです。だから確認はその都度行っていたのですが」
聞けば届けられた、もしくは回収に向かった荷物は集配所にちゃんと集められ、区分けして抜けのないようにしっかりと管理しているとか。
毎年の事だから、倉庫にそれ専用のエリアを作り、ベテランを主軸にチームを組んでまわしている。
リストの照合は荷物を移動するごとに行い、荷物がしっかりとあるか確認を取っていた。
それぞれの荷馬車にも護衛はいたし、監視役もいた。盗みに入られたという事はないそうだ。
だが俺はなんとなく思い当たってしまった。
道中の監視役も護衛も、警戒しないで笑顔で荷物を渡してしまうであろう相手を。
妹のなの、友達のなの、今一緒にいるからついでに。いやいっそ、それ私宛てよ、でも。
理由はなんだっていい、それらしくあれば。
「あのお、この館へ持ってくる時、近くで生徒に渡しました?」
「いえ、いつもの通りここへ運び込ませて貰って、毎年の通りに。それにここのお嬢さん方がむらが、取りにお出でになって」
今むらがってって言おうとしたよね……!
館に着く前じゃなければ、その時か。バーゲンセールにむらがる女性に、一人別の女性が混じった所で誰の区別がつこう。
「アジリマさんはその時いたんですか?」
「私は荷馬車の方に行って確認をしていたから、中にはいませんでしたねえ」
寮生をもしかしたら覚えているアジリマさんがいたら、見つけられたかもしれないが今更言っても仕方ない。
「まあ送ってくださった方には悪いですが、私は特別舞踏会に行きたいわけでもなかったので気にしないでください」
「申し訳ない……。しかし、生徒さんがよくてもさすがに荷物の管理不届きはこちらとしても見過ごせないので」
あー、そうか、そうだよね。
「断言はできませんが、ちょっと間違いで持ってっちゃったんじゃないかなって人が思い当たるので。見つかったらアジリマさんに伝えてそちらにも連絡して貰います」
配達の人に居て貰ってもどうしようもないし、俺の事でとばっちり受けるのも申し訳ない。
再度馬車と集配所を確認しますといって、配達人は帰っていった。
この館の生徒に確認しようかと言ってくれたアジリマさんの親切を、先に思い当たる人の所行ってみるからと丁寧にお断りした。
ドレスが届けられた時間からそんなに立っていないのなら、まだ荷物を持ってうろうろしてる姿を見つけられるかもしれない。
俺は急いで館を飛び出し、辺りを見回した。
部屋に戻ってドレスの確認をしているのか、寮の生徒は外には出ていなかった。
正直どちらへ行ったかなんて見当もつかないが、とりあえず貴族の生徒が住む他の寮となっている館へと向かってみた。
道中に怪しい生徒らしき姿は見られなかったので、はずれだった様だ。
じゃあ学園方面か?前も隠そうとしてたの、学園内だったし。
考えながらとりあえず向かう。
うーん、こちらもはずれだったか。
走って来たのだが、誰にも会わずに学園に着いてしまった。
校舎内探してみるか……?でも、さすがに俺より足が速いとは思えないし、それは無駄足かな。
この学園の敷地内を、市場エリアとか騎士団エリアとか含めて全力疾走はしたくない。
それに全エリア回ったとしても、目に見える場所にぽんと置いてあるわけないだろうし。
物陰とか建物の裏とか、荷物の下とか、もしかして埋められてたりも……。
しばらく学園の前で考えた結果、
「よし、諦めよう」
俺はきびすを返した。
「絶対あの方達よ、そんな意地悪するなんて」
「ありえそう」
今日もダンスレッスンの帰り、ドレスの紛失の話をしたら、友人二人は大層憤慨した。
何事もなく舞踏会を無事迎えたいというリリシュの願いは、叶えられなかったわけだし。
「まあでもいいよ、はじめは行く気なかったし。そりゃ豪勢な料理は気になるけど」
「駄目よ、せっかくの舞踏会なのよ。それに、私は二人と参加したいわ」
リリシュが少し照れたように俺とプラゥに目を向ける。
そう言われちゃうと、ちょっと心が痛む。
「制服は、どう?あれだって一応、礼服。ノイルイーが一人じゃ嫌なら、私もそれで行く」
プラゥの提案にリリシュは大きくかぶりをふった。
「駄目よ!せっかくの舞踏会よ、大舞台よ!ちょっと違うけど社交界デビューみたいなものなんだから」
「私はいいから、プラゥはちゃんとドレス着てよ。せっかくの晴れ舞台なんだから、お母さんもその方が喜ぶよ」
リリシュの言い分はともかく、プラゥまで巻き添えにするわけにはいかない。
お母さんの事をだしたら、素直に頷いてくれた。
「私の着古しになっちゃうけど、家から私のドレス取り寄せようか?」
「……さすがにサイズ的に無理じゃないかなあ」
特にこのあたりが、と胸に両手をあてる。
「大丈夫、詰め物でごまかしましょう!」
「私の身長と体系でそれは不自然すぎるよ!」
たまにリリシュの謎の自信まんまんな答えはどこからくるのか不思議だ。
でもこの二人がそこまで言ってくれるなら、古着でも探してみようか。
ドレスなんてそんな上等なもの、町の古着屋にあるのか、しかも買える値段なのかとかいう話だが。
流石に平日はダンスの練習で遅くなるし、次の休みにでも。
ちなみに、アジリマさんにはドレスが見つかったと伝えてしまった。
大事になるもの面倒だし、あの配達のお兄さんにも悪いし。
でももし古着とはいえ買うことになるなら、懐が痛い……。
早計だったかなと、後悔しそうになった。
でも今更やっぱドレス見つかってませんでした~、なんて言いになんていけない。
言った所で、もし配達のお兄さんが弁償とかの騒ぎになったらもっとずっと後悔しそうだ。
せめて来年だったら、学園のバイトで僅かでも収入得られていただろうに!
「でもだったらどうしようかしら、さすがにここの市場にもドレスなんてないわよね。学園なんだし」
よりよいキャンパスライフを送れる為の施設はあれど、さすがに貴族御用達みたいなドレスを扱う店はない。
町に出ればこれだけ大きい都市だ、あるかもしれないが多分というか確実に買えない。俺の手持ちでは手が届かない。
だから先程から古着屋巡りを考えているのだが。
とりあえずまだ二週間はあるし、探してからまた考えよう。
「何か変わりになるものないか探してみるよ、二人は気にしないで踊りの練習頑張って」
一番踊れない俺が言うのも何だけど。
二人は困ったら絶対に相談してと言ってくれた。
ああ、本当にいい友人だなあ……。




