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12.南方の少女

 学園でも時間割とメモ帳は見つからなかった。

 安い物でもないのに、どうしよう。また貰えるんだろうか。

 いや、今までの授業の要約も書いてあるし、やっぱり自分のを見つけたい。


 教室に修練場、礼拝堂に食堂。行く機会が多い場所は一通り探した。

 他の組の教室には、さすがに無いだろうしなあ。貴族の方の教室とか絶対行きたくないし。

 でも放課後の今なら、教室に人いないかもしれないし覗くだけ覗いてみようか。


 その時、別館へと繋がる通路の方から「ちょっと!」と誰かを呼ぶ声が聞こえてきた。

 何だろうと足を向けると、二人の少女が何やら揉めている。

 いや、一方的に片方が「返しなさい」とか「どうして持っていくの」とか喚き立てている。

 よく見ると、なんとその喚いている少女はボリエヌ嬢だった。うわあ、会いたくない人物に遭遇してしまった。


「あ、貴女……」


 それはどうやら向こうも同じだった様で、何故か気まずそうな顔をしてきびすを返していった。

 残された俺と、ボリエヌ嬢の喚き声にも無反応だった少女はお互い顔を見合わせた。

 彼女は珍しい褐色の肌に、金と桃色が混ざったような綺麗な髪を短く切っていた。

 これは貴重な褐色ピンク。大きいがどこか冷めた様な瞳は、深い海の色を湛えていた。


「だ、大丈夫だった?」

「……これ」


 真っ直ぐにこちらを見つめる表情の読めない顔にとまどい、どもってしまった。

 しかしそんな事は意に介さず、というか興味もないという様に手に持っていた紙の束を差し出した。

 あ、これ俺の時間割とメモ帳だ。


「私のだ、ずっと探してたんだ。どこにあった?ありがとう!」


 笑顔でお礼を言うと、褐色の少女はふいと顔を背けた。

 何か不味いこと言ったかな。


「さっきの人が、落としたのを拾っただけ。隠そうとしてたみたいだけど、それ、貴女の名前あったから」

「うわあ……」


 嫌がらせだったのか。悪役令嬢の名に恥じない働きっぷりだ。俺が勝手にそう呼んでるだけだけど。

 それで追いかけられてたのか。あ、でもそれだとこの娘が嫌な目にあわないか?

 心配して尋ねると、どうという事はないと首を振った。


「気にしない。せっかくの学園で学ぶ機会を与えられたというのに、こんな事くだらないだけ」

「何にせよ助かったよ、私は一年でそこのー……」

「どこの組か知ってる、貴女……目立つから」


 何で名前を知っているんだろうと思ったけど、目立つとは一体。

 知らない所で悪名でも広がっているんだろうか。

 

「ううん、平穏に学園生活送りたいだけなんだけどなあ。何もしてないのに……」


 俺の情けない声に、彼女はこちらに顔を向けたが、視線が合うとすっと逸らした。

 背けられた横顔に、若干悲しくなる。やはり悪い方の有名だったのだろうか。

 そんな俺に、彼女はぼそりと言った。


「肌、変だと思ってるでしょう」

「え?いや、そんな事ないよ。南国とかに多そうだなって思ったけど」

「当たり……、凄く遠い、小さな集落。そこでは普通だけど、ここは皆白いから、私は浮いてる」

「そうかな、気候とか環境とか祖先とか、場所によって違うんだし普通だと思うけど。褐色肌なんて健康的でいいじゃない」


 にっと笑う。俺の肌も、もうちょっと焼けてくれたらたくましく見えるかもしれないのになあ。

 赤くなるとか以前に、焼ける傍から治っちゃうからな。日焼け。

 初めて褐色の少女の目に、感情の揺らぎが見えた気がした。しかしすぐに俯いてしまった。


「貴女、やっぱ変ね」

「ええ、何で!それにここじゃないもっともっと遠くには、たくさん肌の色違う人いると思うけどな」


 前の生での世界を思い出す。その時の俺だって、ここまで肌白くなかったし。


「そう、かな」

「そうだよ」


 学園なんて、閉じた世界もいい所なんだし。この世界、大陸の地形なんて詳しくないけどきっとある。

 というか、聖女になったら魔瘴撲滅ツアーに行かないと行けなくなるかもしれないから、地理も勉強する必要あるよね……。

 頭に詰め込む作業、苦手なんだよお。


「……プラゥ」

「え?」

「名前、プラゥ。よろしく、ノイルイー」


 また別の事を考えて勝手に意識を飛ばしていたら、プラゥがおずおずと顔を上げて俺を見つめていた。

 ほんのりと笑顔を浮かべている。それは凄く綺麗でかわいい笑顔だった。



 プラゥともう少し話していたかったが、彼女はまだ用事があると自分の教室へと戻って行った。

 俺の教室のある廊下の奥へと歩いて行ったから、同じ一年なんだろう。 


 しかし、嫌がらせなんてしてくるんだなあ。

 探し物も見つかったしと、帰り支度しながらため息をつきたくなった。

 あー、じゃあもしかしたら俺の書き取り板も?

 有り得なくは無いかもしれない。保管室へ授業の道具を取り行くのは、基本頼まれた生徒だ。

 貴族の組はわからないが、先生に言われたと言えば鍵も借りれるかもしれない。

 オーシャが言うには、守衛は部屋の外で待っていた様だし。


 でも、あれ学校の備品扱いだから盗んでもあまり俺に痛手はないんだけど……。

 時間割と、色々とメモ済みのこっちの方がなくされると困る。

 こんなメモ帳なんて、自室以外で放置する事以外ないから、ポケットか鞄から抜き取られたんだろうな。

 多分あのカフェテラスに連れてかれて、鞄も取られた時だろう。


 返してもらった時間割とメモ帳を、今度はしっかりと鞄にしまう。

 まあプラゥと友達になれたから、よしとしよう。


 心持鞄をいつもよりしっかりと握り、誰もいない教室を出た。

 玄関へ向かおうとして、ちょっと気になり方向転換。

 隣の教室を覗き見してみる。誰もいない。

 またその隣を覗く。あ、いた。


「プラゥ、見っけ」


 その教室には背表紙裏を確認しながら、数冊の本をバンドでまとめている褐色の少女が一人いた。

 プラゥは入り口で手を上げる俺に気付くと、首をかしげた。


「……どうしたの?何か用事?」

「いや、用があるわけじゃないけど……。まだいるかなーって。邪魔だった?」


 そんな事はないという様にプラゥは首を横に振ってくれた。

 追い返されそうになかったので、近付いて机の上に詰まれた本を興味本位で覗く。

 字の勉強の本や、魔力の流れの解説本、聖女の歴史など真面目なものばかりだった。

 そんな中、一冊だけ絵本の様なものがあった。


「絵本?」

「それ、初めてここに来た時、字の勉強に使ってた」

「へえ、プラゥの私物?」

「ううん、図書室でいつも借りてる。……絵本なんて、買えなかったし」


 小さな集落の出って言ってたっけ。

 もしかしたら、厳しい生活をしていたのかもしれない。

 俺のいた孤児院には、絵本は数冊あってママ先生が字の勉強兼ねてよく読んでくれた。

 飢える事もなかったし、恵まれていたんだろうな。


「じゃあ、ここで稼いで買えるね」

「そうだね、お母さんに読んであげたい」


 プラゥは少し嬉しそうに笑った。

 聞けば、プラゥのお母さんはプラゥと一緒にこの聖都に来たらしい。

 さすがに寮となる館には一緒に住めないので、教会の援助で町で暮らしているという。

 プラゥは何と、というか平民だし当たり前といえば当たり前なのだが、俺と同じ『花冠の館』に部屋を持っていた。

 ただ頻繁に母親に会いに行っているらしく、勉強に専念する時以外は寝に来る程度だと言っていた。


 それから、図書室から借りている本を返却期間が近い順に本をまとめていたという彼女の用事が終わり、寮まで一緒に帰った。

 一度本を部屋に置いてから、町にいる母親の家へと向かうようだ。


 道すがら、来年になれば簡単な仕事を斡旋して貰える事、学園内の無料の施設に助かっている事など話した。

 冬のダンスパーティの話もしたが、俺と同じく興味は全くない様だった。

 ただドレス姿はお母さんに見せたいと言っていた。

 料理が豪華らしいとふると、共に持ち帰れるかかけあってみようかなど真剣に考えあった。


 別れ際、一応もしさっきの貴族の令嬢達に絡まれたら正直に話してほしいと伝えといた。

 プラゥは気にしないのにと言いながら、了承してくれた。

 万が一って事もあるし、俺のせいで友達に何かあったら嫌だしね。


 しかしまた何か隠されても困るな。

 次からはちゃんと持ち物の確認はこまめにしとこうかしら。

 そうは言っても移動教室の際の貴重品は学園預かりだし、教室も鍵が閉められるし。

 守衛すらいる中で、鍵破りしてまで教室に侵入するなんてしないだろう。そもそも相手は貴族のご令嬢だ。

 書き取り板盗んだけど!……でもあの書き取り板どっかに捨ててそう。


 結局自衛の手段なんて思いつかず、作戦:荷物を大事に、位しか浮かばなかった。

 いきなり殴りかかってくるとかなら、まだ対処の仕様があるんだけど。

 あのお嬢様達のそんな姿はさすがに想像できない。

 精々、足をひっかけて「あらその愚鈍な存在に気付きませんでしたわ、失礼」とか言ってくる程度だろう。


「まー、いくら考えたって仕方ないかあ」


 考えるのも面倒になって、ベッドにごろりと横になった。

 明日リリシュにプラゥの事、紹介しよう。


 うっかり、ご飯も食べずに寝こけてしまった。

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