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1.あんなに願った俺の願望が

 後悔が全く無いとは言わない。

 こんな不意打ちな形で、自分の命が無くなる事に納得なんてしていない。


 でも、特に何の目標もなかったし、案外自分らしいのかもしれない。

 家族には悲しい思いさせちゃうだろうけど……。

 だめな息子で、ごめんなさい。


 それはそれとして、もし生まれ変わる事があるんだったら、イケメンで美少女に囲まれてハーレムで困っちゃう人生をください。

 できたらチートな能力も欲しいです。がんばります、がんばりますから!世界だって救い……は無理なので、それは勇者とかにお願いします。

 清楚でかわいくて人を癒せる女の子とかも、サービスで付けてくれると嬉しいです。


 ええと、それから後……。





 カラーン、カラーン


 鐘の音が響く。

 舞い散るたくさんの花びらが、視界いっぱいに広がっている。


 聖都市ヴィザンタニア、女神オルタニアを崇め信仰する宗教の総本山。

 オルタニアはこの世界を作ったとされる女神様で、それを奉るオルタニア教は単一神教だ。

 オルタニアにはいっぱい子供がいたらしいが、つめこみ教育した結果あまり覚えていない。


 ここヴィザンタニアの一部にある、聖オルタニア学園。別名、聖女様育成学園。

 素質を持つ年頃の少女を、学問、素養、力の育成、その他もろもろ、を目的として作られた教育施設である。

 力って何の事だって?それは勿論、聖なる力である。

 何言ってるんだって感じだが、この世界にはなくてはならない、人類が生きていく為には必要不可欠な力なのだ。


 この世界は魔瘴の脅威に侵されている。

 魔瘴とは生きているもの全ての、主に人のだが、憎しみや嫉妬や憎悪などの暗い感情が形となって現れる、霧のようなものである。

 魔力という力が存在するこの世界ならではなのかもしれない。

 聖女の力の届かぬ地には、この魔瘴が漂い、そこから魔瘴の獣が生まれ人を襲う。

 それは人の負から生まれたそれらが、憎しみで或いは戻りたくて生あるものを襲うなどと言われていた。


 力の強い聖女は、そこにあるだけでその地を守ると言われている。

 魔瘴に侵され、ひたすら殺し合い滅ぼしあうこの地の姿を悲しんだオルタニアの涙が、一人の少女に流れ浄化の力を与えたと言う。

 

 確かにその浄化の、聖なる力は昔よりずっと今も、女性にしか現れてはいない。

 そしてその力を持つ女性は、世界に対してそう多いわけではない。


 なので、毎年世界各国で女児が生まれると調査され、生まれついて持った者、その力に目覚めた者は、十三歳前後にこの学園へと連れて来られるのだ。

 拒否権はあってないようなものだが、無理強いして辛い作業をさせるとか、俗世と縁を断たせるとかは一切無く、就学を収めたら申請して任意の場所にも行ける。

 貴族の娘なら、決まっていた婚約者と結婚もできるし、平民でも家の手伝いややりたい仕事への夢を諦める必要は無い。

 それ所か、聖女の素質ありとなれば、結婚も爵位が上の高望みの相手を望めるし、平民でもその地位は貴族すら無視はできない。

 おまけに学もついているので、畑や裁縫一本で慎ましやかな暮らしに戻る者は少なく、大抵は聖女として各教会で厚待遇で入るか、その聖なる力という磐石なコネを使って安定した職を見つける。

 重要なのは、聖女がその地に、そこに存在する、という事なのだから。


 そして学園は無料である。そう、無料なのである。学費は勿論滞在費から何から何まで!無料である!

 そんな破格の待遇、こんな大チャンスなんて滅多にお目にかかれる事なんてないのだから、大抵の人間は飛びつく。


 少女の夢と憧れ、羨望や嫉妬も交えたこの飛び散る花びらのような甘く鮮やかなこの学園に、そう、俺は今日入学するのだ。





 ノイルイー。

 明るい栗色に柔らかい髪を肩まで伸ばし、澄んだ海のエメラルドグリーンの瞳、形良く小さく収まる鼻と色付く唇。

 まるでお人形のよう。いや完成された塗装済みフィギア、いやこれはゴスロリとかよく着てるあの高い球体関節のドール。


 つまり凄くかわいい。


 十三歳にしてはやや小さめの体に、お下がりだが清潔さのある薄い灰色のワンピース。

 くるりと体を回すと、その女の子も同じようにくるりと回り、ワンピースの裾が軽く広がる。

 笑いかけてみる。そうすると彼女もにっこりと微笑む。

 ため息をつく。彼女は放心したように、小さく口を開けていた。


 これが、俺だ。今の、俺だった。


「あああああ~……、なんでこうなったんだろう」


 見つめていた大きい姿見から目を逸らし、俺は盛大に肩を落とした。

 俺が美少女になってどうするんだよおおおおお。

 こうなってから、何度そう心で叫んだか。

 確かに周りに女の子はいっぱいだけどさあ!


 先ほど終えた入学の式典を思い出す。

 聖女の数は年々減りつつあると聞いた通り、入学者の数は思ったよりは少なかった。

 元いた世界の小中学校のような規模を想像していたが、実際は建物の豪華さに対して百人程の少女達しかいなかった。

 もしかしたらそれが全部じゃないのかもしれないが。


 体育館に整列して、舞台上に校長がー……では当然無く、広い白を基調としたホールの中央に新入生がそれぞれの姿勢で立ち、前方両サイドには白いテーブルクロスの机が並び、その周りに教師なのかわからないが小奇麗な服装の大人達が立っている。

 後方には、こちらはきちんと整列した騎士のような格好の青年達が綺麗に並んで右手を胸下へと構えていた。痺れないんだろうか。

 しかしやけに顔面偏差値が高い者ばかりである。騎士の条件に顔の良さも含まれるのかな。

 そんな条件焼けて死んでしまえばいいのに。


 そういえば俺の隣にいた、あの髪の長い赤毛の子はどこの部屋にいるんだろう。

 きらきらした目で、後方の騎士団を見つめていた、真っ正直な子。

 俺がつい「口あいてるよ」ってつっこんだら、顔を真っ赤にして恥ずかしがっていたな。

 顔も中々かわいかった。

 この後いくつかに組み分けされて説明会の様なものがあるんだよね。同じ組だといいなあ。


 ホールではただの顔合わせ的なものだったのか、これからの事を簡単に説明され、少女達はそれぞれ宿舎へと案内された。

 宿舎となる館は複数あり、俺が今いるこの館ももその一つで、名前は『花冠の館』と言うらしい。他にも、『手繋ぎの館』とか『草の笛の館』とかあるようだ。

 どれも女神オルタニア縁あるものからつけられた名前らしかった。


 学生寮というからもっと手狭で相部屋だったりするのかと思ったが、さすが国の要、聖女様育成学園。まるで貴族の屋敷みたいだ。

 ただやはり世の常識というか、よく立ち回るための知識をこれから学ぶ学生という身分なので、使用人等はいなかった。

 貴族の子女に限っては、一人付き添いが許されているそうだが。

 どちらにしろ俺には関係ない。今までも洗濯くらいは自分でしていたし。

 この『花冠の館』も、派手な作りはしていなくて良かった。それでも応接間があったりホールや控えの間があったり十分豪華だが。


 俺は少ない荷物をベッドの横に下ろし、とりあえずメモ帳を持って部屋を出た。書くものは向こうにあるだろう。

 このメモ帳はそこまで質は良くないが、多分木の皮とかから作られたちゃんとした紙をまとめた物だった。勿論そこそこの値段はするので、これは学園の配布物だ。

 入学した時点ではまだ字が書けるものも少ないので、こんな高価なものは当分引き出しかクローゼットの貴重品箱にしまわれる事だろう。例え古紙だとしても。

 俺は平民だけど字が書けるし、書けなくても前の世界の字もまだ覚えている。


 階段を下りて玄関へと向かうと、幾人かがその前で待っていた。

 その中にあの赤毛の子もいた。同じ館だったのか。来る時ははぐれないようにしていたとはいえ、ばらけて各々が入っていったから気付かなかった・

 赤毛の子は俺に気付くとあ、と口をあけてはにかんだ。そして顔を赤くしながら小さく微笑みかけてきた。


「さっきはどーも、同じ館だったんだね」


 あ、ついラフな物言いしちゃったけど、貴族様だったらどうしよう。

 こっちは服装からしてもろ平民だし。彼女の服は、仕立ての良いものに見える。


「ええ、あんな姿見せちゃって恥ずかしいけれど、知り合いになれて嬉しいわ」

「そんな事、かわいらしくていいじゃない。あ、言葉遣い、気をつけたほうがいい?」

「気にしないで、私もただの商家の娘だから、普通でいいわ。私はリリシュ。リリシュ・マーヤリアン」


 よろしくねと、リリシュは笑った。


「私はノイルイー。よろしく」


 握手でもしたい所だが、それは女の子っぽくないか。

 俺とリリシュは、程なくして来た引率の大人の女性に、他の生徒と一緒に着いて行った。


 学園の敷地内は広く、食堂と言う名のカフェテラスや複数に分かれた図書室などを案内されて回った。

 校舎となる巨大な館に入ると、そのまま一階にある教室へと案内された。校舎に入る途中、門を警備していた騎士に、他の生徒達が足を止めそうになっていたけど。

 部屋には小さな丸テーブルが、ここに今いる生徒分の数だけ並んでいた。手前には少し固めのクッションが着いたやや大きめの木の椅子。

 テーブル台の側面には良く見ると、何か見たことの無い文字がぐるりと一周まわるように書かれていた。

 テーブルの下にはもう一枚板がついていて、そこに荷物を置くらしい。


 特に座席の指定は無かったので、俺はリリシュの隣に座った。


「では改めて皆様、御入学おめでとう、かしら?私は貴女達の担当教師となる、ナリマー・ブルアントよ」


 引率してきた女性が、手前に立ちにっこりと笑った。

 艶のある濃い茶色の髪を纏め上げ、しっかりと化粧をし整えられた切れ長の瞳の美人だ。


「堅苦しい挨拶もなんなので、貴女達には気さくに色々話して貰いたいわ。勿論、恋のお話だってね」


 とまどいと喚起と、年頃の女の子達特有の色めきたったざわめきに、ナリマー先生は満足そうに微笑んだ。


「貴女達は聖女の卵です。聖女に身分は関係ないわ。好きなだけ知りたい知識をつけて、貴女達の秘めた力を育んで、そして好きな人と添い遂げる。やりたい事を見つけて、そうしてここから巣立っていってくれる事を、先生は望むわ」


 ナリマー先生はまるで恋の詩集でも朗読するように、優しく甘く語った。

 俺にはわからないけど、こういうのが女の子にはいいのだろうか。横を見ると、リリシュも胸に手を当ててうっとりとしている。

 あの騎士団達でも思い出しているんだろうか。イケメンは羨ましいな、初対面でもちら見だけでも、即効想われて。


 それでは、とナリマー先生は束になった紙を取り出すと全員に配った。

 それはこの学園の簡単な地図だった。

 ナリマー先生はその地図を掲げて、指を指しながら地図の見方とこれからの授業での場所などを説明していった。


 長い説明の後、字の勉強から必要な者だけ残して他は自由解散となった。

 本格的に学ぶのは来週からだった。それまでは迷子にならないよう敷地内をある程度覚えるのと、必要な者は部屋の仕度だ。

 こちらも、俺は貴族ではないのでたいした事はしなくてもいい。


 リリシュも識字はばっちりなようで、俺と一緒に部屋を出た。まあ商家の娘さんならそれは必須か。

 それにしても十三歳から字の勉強って大変そうだな。もっと早くからはできないのだろうか。

 リリシュにそうなんとなしに言ったら、驚く返事が返ってきた。


「私も詳しくは知らないけど、聖女の力って、十三歳くらいではっきりとそれと確認できるようになるんですって。だから、それまではおいそれと聖女認定できないみたいなのよ」


 リリシュの話曰く、片鱗や何か魔力を持っているんじゃないかという様子は赤子のうちからでもあるそうだ。

 だがこの世界には、何も聖なる力だけが魔力ではない。四代精霊にのっとって火水風土の魔力を持つ者も存在するのだ。

 これは特に珍しいわけでもなく、弱いか強いかの差があるだけで、多くの人間はその身に宿しているらしい。

 全く無い者もいるようだが、それは微かにすら感じられない程弱いものなのだろうと思われている。


 ついでに言うと、その魔力があった所で手から炎だしたり風を起こしたりする事はできない。

 呪式に則った文字、魔式が書かれた道具に、その力を込めるだけだ。


 それに反して、聖なる力は具現化が可能な、まさにファンタジーで言う魔法そのものだ。

 その生み出す光は瘴気を払い聖なる壁にて生き物を守る、ものによっては大怪我や大病の治療も行える。夜に光らせれば、あら懐中電灯に。

 聖なる力は、魔力によるものではない。また別の、女神による慈悲、奇跡の力だ、と宣教師は言う。

 まあそうは言っても、今あげたような凄い傷を癒す力とか使えた聖女なんて、何百年といないらしいけど。

 年々聖女候補は減り、力も弱まっている現状、色んな国々達がこの学園へひたすら投資し盛り上げ、聖女候補の持つ力が小さなものでも大きく成長できるようにと必死だ。

 聖なる力を宿す聖女は、そこにいるだけでまわりの魔瘴を寄せ付けない。力の差によって範囲の差はあるけれども。

 どこの国でも魔瘴問題には頭を悩ませている。この特別待遇な扱いもわかるというものだ。


 話を戻して、そんな貴重でめったに現れない聖女の力を持つ者だから、万が一にも間違えてはいけない。

 今のところ、魔力の確認に使われている魔力の込められた道具、魔道具では十三歳以降での確認が最も判定がしやすいそうで。

 それまでの幼い時分に判定し、後から間違いでしたー!ってなっても、その子につぎ込んだ生活費や学費もろもろは返ってこない。

 各国の国や貴族がじゃんじゃんお金を学園につぎ込んでも、お金は有限なのだ。

 平民の子ならまだしも、もし貴族ましてや王族の子供だったら権力の外にある教会だってどうなるかわからない。

 潰される事はないだろうが、ずいぶん面倒なことにはなるだろう。


 そういったわけで、文字のお勉強も聖女候補と確定した十三歳から、らしいのである。

 さすがに前もって、できる範囲で学べることは学んできてる子の方が多いだろうと思うけど。


「色々、面倒なんだね~。私も一応一通りは書けるけど、今度確認で覗いてみようかな」

「そうね、何だか知らない文字も、使う道具に書かれていたしちょっと不安になってきたわ」


 俺はリリシュとそれからも他愛の無いことをお喋りしながら、当てもなしに敷地内をぶらついていた。

 まだ道も覚えていなかったので、それも含めて。

 そんな途中、リリシュがピタリと足を止めた。


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