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銀色ふうろ  作者: みみつきうさぎ
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第三楽章(二)

◆ 登 場 人 物 ◆


フウロ・サク・アサマ     

エルネストの孫 明るく心優しい少女であるが、『南の帝国』による細菌兵器の後遺症により、短命を医者から宣告されている 姉のライクと希望がかなうという伝説の『黄金の泉』をさがす旅に出る


ライク・R・アサマ      

エルネストの養女、ふうろを実の妹のように愛している 『南の帝国』による侵攻時にエルネストの開発した次世代オートメタビースト『シルバー』をヴォーカンソン重工業社より強奪する


レイブン・ベルフラワー    

『北の楽園』軍オートメタビースト部隊長 『シルバー』奪還の任を負う


ペイバック・K・オーガスト

元ヴォーカンソン重工業社技術開発部門職員 オートメタビーストの情報を南の帝国に流出させる


ロジオン・ヴァーベナ     

『北の楽園』軍第一特務部隊所属 レイブンの古くからの友人


オルミガ・ダンデリオン

オートメタビーストのパイロット ベルフラワー隊に所属する


エリック・ダチュラ

オートメタビーストのパイロット ベルフラワー隊に所属する


ユウ・シャラット・ガーベラ

オートメタビーストのパイロット ベルフラワー隊に所属する シルバー追討の先遣隊であったが、森林地帯で消息を絶つ


エスターテ・ニクス

 古くからペイバックを知る青年


ウィッテ

 『北の楽園』反委員会勢力の青年リーダー


シシカ

 ウィッテの妹 反委員会勢力に身を寄せる少女


ソマリ

ゴブの家に住んでいたAI搭載の子猫型ロボット 今はフウロのペットとなっている





◆ 登 場 兵 器 ◆


オートメタビースト

 エルネストが設計し、ヴォーカンソン重工業社で開発された汎用二足歩行兵器の総称


セーブルフェネック

ヴォーカンソン重工業社製造オートメタビーストの軍用二足歩行兵器 主力武装は『プラズマライフル』 『一二〇ミリAPFSDSライフル』


ピーピング・トム

 『北の楽園軍』偵察車両の愛称


E二五型装甲車

 『南の帝国軍』製の戦闘装甲車両 通称『ローチ』


カリヨノイド

 ペイバックのもたらした情報により、南の帝国で製造されたオートメタビースト。機動力は『セーブルフェネック』を上回る


シルバー・エルネスト

 次世代型オートメタビーストの試作機。設計者のエルネストが中心となってシステムや製造に深くかかわっていた。ペイバックを除くヴォーカンソン重工業社開発チームの者たちは『南の帝国』軍の侵攻の犠牲者となった。主力装は『プラズマライフル』 『超音波震動刀』



 

◆ 登 場 生 物 ◆


鉄馬

 ゴブの森でシルバーと戦った人面をかたどった巨大生体型兵器

ハンター

 昆虫型生体。群れをなし空を浮遊する。飛翔する物を高速で捕らえ、体液の化学反応により自爆する性質をもつ

クリッカー

 両前足に大きな剪刀をもつ多足昆虫型生体。生息域が広く森林地帯や乾燥地帯に群れをなす。地表を動く物に素早い動きで攻撃する性質をもつ


あなたはなぜ空を飛ぶのを恐れる

その岸辺に縛られるカゲロウでさえ

死に往く場所を目指すというのに

あなたが来ないと言うならば

高らかに歌う楽園の鳥たちよ

岸辺の彼女を迎えに行っておくれ

その羽が折られる前に

朝露に濡れる楽園の花たちよ

岸辺の彼女を迎えに行っておくれ

その花びらが散る前に

愚かな僕が東の森に行く前に


(回想)


「パパ、外ばっかり見ていないで、早く飾り付けてよ」

 少女の面影が抜けていない女性が、金色のモールを手に小さな針葉樹に装飾を施していた。容器に植えられた木には梢の銀紙製の大きな星と、雪に見立てられた綿の中に色とりどりの電球が輝きを放っていた。

 部屋の中央に置かれたそのツリーをベビーベッドに座る幼女は、にこにことした顔で、変わる色のライトを見つめていた。

「あのハンターたちは、どうして空を飛んでいるのかなと思ってさ」

「パパ、何言っているの、あんな気持ち悪い生物見て、第一、空を飛ぶなんて怖いわ」

 眼鏡をかけたまじめそうな青年は薄暗くなった外の様子をもう一度見て、カーテンを閉めた。無地のカーテンにツリーのライトの光の点滅が反射した。

「ふらふら空を飛ぶのは気持ち良いことなのかな」

「ハンターのように?信じられない、あなたのお父様だってそう言うと思うわ、だから虫をいっぱい退治する機械を設計しているのでしょう?」

「親父か、障害を排除するばかりでは何も解決しないってことにいつ気が付くのかな、ああいう自分のことだけしか考えない生き方……俺は嫌だな、何たって、母さんが亡くなった次の日から仕事に行くような冷たい人間だからね」

「パパ、そういうふうに言ってはだめって、いつも言ってるじゃない、お父様はとても優しい人なの、悲しいからそれを忘れるためにそうしたんだって……ほら、もうすぐ、お父様の来る時間よ」

「そうだった、今日は聖なる休日だった、こうして家族で穏やかに過ごせる日ができるだけは長く続いて欲しいな」

 青年はベビーベッドに近寄り、幼女の頭を優しく撫で抱きかかえた。

「このフウロが大きくなった頃には、空を自由に飛べる時代が来ていたらいいな、南との長い紛争も終わってね」

「空なんて飛んでどこ行くの?南の帝国?私は行きたくないけどなぁ」

「もっと遠くさ」

「そんな世界なんてあるわけないでしょ」

 幼女は青年に抱かれながら、小さな手をツリーの飾りに手を差し伸べようとしていた。

「おいおい、落ちちゃうぞ、お前は空を飛べないんだから」

 そう言って青年は笑い、幼女をツリーの側まで連れて行った。幼女は特に梢のおおきな銀色の星の飾りが気になっていたようであった。

「明日の今頃は列車の中だな、パパは寂しいぞ……って、フウロは何も聞いていないな」

「会議の場所はビアンカからも遠いんでしょ」

「ああ、今回はこっちからの交渉だし、向こうさんの意向はできるだけ尊重しなきゃ、まぁ、しょうがないさ、これで南との停戦交渉がうまくいけば、これからは軍事などの争いではなくて、経済的なつながりを強くしていかないとだめな時代さ、それとツリーの水やりは忘れないでくれよ、この小さな木は来年も使うから、フウロと一緒にこの木も育つのだからね」

 部屋に呼び鈴が鳴った。

「はあい」

「おお、すまん、フウロにプレゼントを持ってきたぞ」

 玄関から大きな声が聞こえてすぐに、スリッパの音をパタパタと響かせながら、荷物を抱えたエルネストが入ってきた。

「おお、フウロ」

 青年から奪い取るように幼女を取り上げ、エルネストは愛おしそうに頬ずりをした。

「親父、研究所から直接来たのか」

 エルネストは研究所のロゴが入った作業服姿のままであった。

「お前みたいに、背広を着る機会がなくてな、最近はこれしか着ておらん」

「お父様、どうぞこちらで休んで、今、食事の用意もすぐにしますから」

「気にしないでもいい、わしは安酒とフウロさえありゃ、何もいらんよ」

 エルネストは両手でフウロを高く持ち上げ、笑顔を確かめ抱きかかえた。幼女の無邪気な喜びの声はこの部屋にいる皆の心を温かくした。


 しかし、平和な時間は長く続くことはなく、ビアンカのセントラルステーションで和平交渉に反対する一部過激派によるテロ事件が起こったことをきっかけに交渉は決裂し、なし崩し的に停戦合意が破棄された。

 研究所のエルネストの所に息子家族の危急を知らせる連絡が入ったのは、それからすぐのことであった。

主要都市を中心にバイオテロが起こり、多くの市民が犠牲になった中、屋内にいた者にわずかな生存者がいた。その中に仮死状態のフウロもいた。

 緊急警報が出てすぐに母親は観葉植物やツリーが育つ小さな部屋の中に避難させていたことが彼女の生死を分けた。しかし、それは少しだけ延命させたにすぎない、生存者とは言っても身体は既に未知のウィルスによって蝕まれていた。

 その事件をきっかけにエルネストを始め多くの科学者は消極的であった対人類への軍事兵器開発に着手した。一方、この事件は、国内の世論統制を図る楽園委員会による自演であったとも噂されていたが、今となってそのことを確かめる術は無い。


 フウロが最後に見た夢の中のエルネストは大粒の懺悔の涙をこぼしている。




第三楽章(七)


 奇しくも南北の国境で新兵器による交戦が起きた同日のことであった。

 ベルフラワー隊は、シルバーに対し一斉攻撃を仕掛けてきた。

 銀色に光り輝く『シルバー・エルネスト』が自らの操る『セーブルフェネック』の攻撃で徐々に四肢が引きちぎられていく妄想をレイブンは抱いた。シルバーがライクの裸体へと変わり、胴体だけになった彼女を自分が責める妄想に溺れた。

(こうしなければ、私の気がすまないのだよ)

照明弾は砂漠を晴れた昼下がりの景色へと一変させた。

「攻撃開始」

 着弾時の高熱で地面が沸く。

「目標は?」

「反応なし」

「破壊されたぞ、地獄で糞でも喰らいやがれ!」

 オルミガは手応えのなさに毒づいた。

 余りにもあっけなく終わった戦闘に、パイロットは安堵した。だが、それは大きな誤算であった。

「振動波増大!危険だ、下がれ!」

 今にも絞められそうな雄鳥に似た通信兵の悲鳴が、全コクピット内に設置されたスピーカーを割った。

 金属のぶつかる甲高い音が、錆色をした岩だらけの荒野に響いた。

「な……何?」

最右翼に展開していたビーストが、空から突然舞い降りた銀色の物体に、機体を左側面から袈裟懸けで切られた。

 断末魔を上げる間もなく裁断面から火花をショートさせ、機体は潤滑系統の茶色い飛沫の中に沈んでいった。

「四番機ロスト!右翼突破された!」

 オルミガほどの男もその衝撃の中に失神した。

 シルバーは、横から高速度で回り込み包囲網を難なく貫いた。刀剣を背中のホルダーに収納し、腰に付いたライフルを手に取った。

 銃身が振り出し型に伸び、光のラインが銃口に収縮していった。

エリックのビーストは頭部と携行する武器を瞬時に破壊され、制御が不可能となり、大地に伏した

「なぜ、なぜ奴はレーダーから消えたのだ」

 レイブン機のサブモニターにライクが映る。

「お前たちに警告する、私たちを追うな……」

 閉じられた周波数を開放した女性は、追撃部隊に対し、抑揚のない声で二回呼びかけた。

「ライク・ロイド……貴様」

 小さく光るターゲットマーカーの輪郭が攻撃可能距離を示す赤色に変色した。

 レイブン機のライフルの先を輝かせはじき出された光弾は、直線状に銀色の機体へ向かって飛んだ。

 シルバーは陽炎のように弾の飛び交う空間に消えた。

「ロスト?どこだ、どこにいる、奴の機体はどこにいるんだ!」

「振動波……振動波がジャミング(電波妨害)されています!」

「見つけろ!すぐに見つけるんだ!」

「ハンター(空中浮遊生物)もこちらに向かっています!」

「これだけ空を震わせたからだ、地対空ミサイルの準備を、歩兵にはスティンガーを持たせろ」

 ベルフラワー隊は予想していなかった目標の戦闘行動に驚愕した。

 後続車両は前進を止め、歩兵を目標監視と携行武器による迎撃にあてるため、車両から全員降ろした。人間が耳と目から受ける信号にかなうレーダーはない。

 初年兵は、人工の昼と自然の闇の中間の空にきらめく銀色のオートメタビーストを確認した。

 空が大きく振動を続ける。

「あ……あれは……」

 銀色の機体は、指令車両や兵站、戦闘車両を眼下に認めた。

「何てきれいな鳥なんだ……」

 青年兵がそうつぶやき終えた時、銀色のオートメタビーストから発砲されたライフル弾は全ての車両を地表まで貫き、破壊した。

「何があった!応答しろ!何があった!」

指令車両のデータにリンクしているレイブン機の機器の一部が沈黙している。

 彼が部隊の後続車両が停車していた地点に駆け戻った時、辺りは黒煙と紅蓮の炎の園に変貌していた。焦げた兵士の屍や潰れた車両が散乱し、みすぼらしい荒野のオブジェとなっていた。

「ライク・ロイド……君は咲き残る野薔薇だ」

 シルバーが着地した方向を見定め、レイブンの機体は急反転した。

いつまでも消えない流星のように背部ノズルから光が後方へ一筋に伸びていく。

「そこか」

 一瞬のレーダーの反応に、レイブンは機体を停止させた。吹き上げられた岩混じりの砂が機体を中心に円を描く。その円の中心からレイブンはライフルを発砲した。

 かろうじて崖にへばりついていた岩の塊が地面に崩れ落ちていく。隠れ家を破壊された虫のようにシルバーは翼を広げその上部から飛んだ。

「銀色の鳥よ」

 岩や大地に描かれる弾着痕は獲物を執拗に追う蛇の模様と変わる。

逃げるシルバーを見て、レイブンの興奮度はとどまることを知らない。

「!」

 後方に回っていたシルバーの一太刀をレイブンはライフルで受け止めた。火花が飛び、切断された弾倉の銃弾が誘爆した。機体を爆風によろめかせながらも、もう一挺のライフルを右腰部のアタッチメントから外し、銃口をシルバーへ向けた。

 モニター越しのシルバーは、人間の目に当たるカメラを光らせている。

「君に命乞いは似合わない」

 射出されたライフル弾が、シルバーの頭部をかすめ、後方の岩を砕いた。

渦巻き拡散する砂煙を身体に巻き付かせながら、シルバーは高速で横に移動した。瞬時に『セーブルフェネック』の左前腕部から射出された小型ミサイルポッドがからむようにシルバーを追う。

 シルバーは太刀を土砂ごと下からすくい上げるように空中に投げ、ミサイルの追尾を一時的に混乱させた。土煙は一層濃くなり、レイブンの視界は遮られた。

「!」

 土煙の名から、牙をむいた巨虫のハンターがぶつかり爆発した。それは二機が空を騒がした代償でもあった。群れをなすその生き物は次々と誘爆をはじめた。

 彼は周囲の状況を確かめるべく自分の視線をサブモニターに移した瞬間、彼の機体に大きな衝撃が走った。右肩部の間接装置が破壊された警報がコクピットに響き、モニターの一部に障害の程度が数字で示された。

 シルバーは、レイブンの『セーブルフェネック』の真後ろに移動していた。

「このような……」

 彼の意識が操縦桿を握る感触と直結する前に、『セーブルフェネック』の膝下の両脚部は近距離から発砲されたライフル弾で破壊された。

 レイブンの機体は地面に、後ろに引き倒されるような不安定な姿勢で、地面に仰向けになって倒れた。最後まで可動していた左腕部も使用不能を告げる警報が鳴り、彼の攻撃の終わりを告げた。

 彼の脳裏を冷たい視線をしたライクの顔がよぎった。

 マーブル模様に染まった複雑な感情に支配されたレイブンは、コクピット内であらん限りの悲鳴を上げた。

「聞いているんだろう!そうやって見下しているんだろう!軽蔑しているんだろう!嫌悪しているんだろう!何を黙っているんだ!薄汚れた私の身体がそんなにおかしいのか……私の……」

 レイブンが全チャンネルでライクへ愛の言葉と、罵倒、自分を殺すように哀願する言葉を交互に呼びかけたが、彼女からの応答は何もなく、黒いモニター画面にはレイブンの複雑に変化する顔だけが映った。

 シルバーはとどめを刺す素振りさえも見せず、愚者山脈の方角へ背部の美しい羽を広げて飛翔した。


 

愚者山脈を仰ぎ見る大地を舞台としたシルバーとベルフラワー隊の戦闘はあっけなく終わった。

 遙か昔、神さえも越えることのできないという古代人の伝説そのままに、愚者の名を冠した南北に連なる山脈は目の前に迫り、東の空一面の星空を隠していた。

兵器の残骸から立ちのぼっていた黒い煙が次第に白くなり、最後には砂混じりの風となった。大地に転がる兵士の身体から染み出す血は乾ききった大地に落ちた時点で砂の輪を描いた。


 レイブンは自分の部隊であるベルフラワー隊が、シルバーたった一機によって、全滅させられたことをまだ受け入れることができないでいた。

被害は全てのオートメタビーストが大破したという甚大なものであった。

「ふふふ……こうだ……こうじゃなきゃいけない……そうだよ、ライク・ロイド、君の美しさは、人の血を吸って益々光り輝く」

 彼を救助に来た兵士を見て、破壊された自機の横に立っていたレイブンは大声を上げて笑った。わずかに生き残った兵士たちは彼の異様な立ち振る舞いを見て、狂ったのではないかとさえ思った。

「少尉」

 エリックが負傷している自分の左腕をかばいながら、笑い続けるレイブンに恐る恐る呼びかけた。

「少尉、お気を確かに」

「狂ってなどはいない、狂ってなどはいないさ、嬉しいんだよ、本当に嬉しいんだ、こんなに素晴らしく完璧な敵と巡り会えることなど、我ら戦士としての誉れだろう、この後、私だけで追撃を続行する、すぐ機体を整備してくれ、間に合わなければ私が行う、彼女を摘まなければ彼女を!」

「もうその機体は……」

 皆が戸惑いを見せた時、シルバーの攻撃から逃れた装甲車から兵が飛び出してきた。

「少尉、中央委員会から緊急通信です、オートメタビーストに酷似した帝国の新兵器が我が楽園の領土内に侵入」

 レイブンは狂ったような笑いをようやく止め、支えられるようにして入った装甲車内でその通信を受けた。

(神は私のほんのわずかな願いをいつも簡単に踏みにじる……)

 レイブンの部隊へ帰投命令が下った。

興奮による震えがおさまらない彼はいつもの癖でタブレットケースから精神高揚薬『八月の涙』を取り出そうとした。しかし、一粒も残ってはおらず、いくら振っても彼の心の中のように何の音もしなかった。



第三楽章(八)


 フウロはまだ眠っている。

 淡い月の光に照らされる銀色の機体は、愚者山脈を形成する山の尾根伝いに進む。むき出しになった岩石は、この場所がいつも強風にさらされていることを無言で物語っていた。だが、シルバーが歩みを進めるこの日だけは、月と赤い星が冷たく顔を覗かせているだけの恐ろしく静かな場所であった。

 ライクはふとどこかで感じたことのある気配を察した。

(ペイバック?)

 大岩の近くに旅装姿の青年が立って、こちらに手を振っているのをライクは見た。道もろくについていないこの高所に人間がいること自体が不思議なことであった。

 霧の森でフウロが見た幻ではなく、青年はシルバーに手を振って何かを呼びかけている。

 同じように猫のソマリもその青年の立ち振る舞いを不審そうに観察していた。

「ライクさん、僕のセンサーでは人間の反応だ」

 ソマリの報告にライクは頷き、周囲の様子を慎重に確認した後、青年の近くに機体を寄せた。

「なぜ、ここにいる」

 ライクは機体から降りずに自分を見上げる青年に質問をした。普通の人間であればたどり着くことさえ不可能な場所である。

「待っていたよ、『シルバー・エルネスト』……そしてエルネスト博士のご家族」

 青年がそう言い終わる前に、シルバーのライフルの銃口はその青年の目の前に突き出された。

「ごめん、驚かせちゃったかな……」

 微笑む青年は、垂れた金色の前髪を右手で軽く上げる仕草をした。

近所を散策でもしているかのような姿の青年を見て、ライクは不審に思った。

 シルバーの右手の人差し指は、ライフルの引き金にかけたままである。

「なぜ、ここにいる……もう一つ、なぜ、私の言葉がわかる?」

「僕は昔からこの言葉を使っているよ、大体のことは友人のペイバックから聞いている、彼から僕のことは聞いていないと思うけれど……その子はパースレイ病に似た症状が出ている、これ以上進行すると、手の施しようがなくなってしまうよ、もし、あなたが僕のことを信じてくれるのなら僕の家に来てくれる?この機体に乗せてくれたらあっという間の距離だよ」

 青年は、人なつこそうな笑顔の中の青い眼でライクに答えを求めた。

「私を少しでも騙したら、あなたを……」

「疑う心は未来という時の流れを止めてしまいがちだ、でもしょうがないかな、あなたは怯えて今にも怖くて死んでしまいそうな小鳥ののような目をしているよ、僕は掌に乗る、あなたこそ、僕を高い位置から落とさないでね、僕の名前はエスターテ・ニクス、ニックでいいよ、あなたの名前は?」

「ライク・ロイド……」

「オッケー、ライク、ここから西に少し戻ってしまうんだけど、虫たちの使っていない巣穴が今の僕の家なんだ、指でさした方に進んでくれる?」

 ライクはフウロの容体を第一に考え、シルバーを見て驚きもしない謎の青年の指示にとりあえず従おうと決断した。


 ニックに案内された場所は、周囲の砂や岩がなめらかな大理石のように変化していたが、彼の言葉通り『クリッカー』の巣跡であった。五十メートル程の深さをもつ縦穴の壁面にいくつかの横穴が開いている様子は太古の遺跡のようにもライクには見えた。

 壁面に彫られた階段のような道に沿う横穴が彼の部屋であった。ランプに照らされた部屋の中に寝具や本棚など、人里離れた不毛な地でこの青年が長い間、生活を営んでいた様子が伺えた。

「誰か他に住んでいるのか」

「うん、一人だけなら、奥の部屋で寝ている、彼も少し疲れていてね、明日には目が覚めると思うよ」

「ペイバックか?」

「違う……でも、君には会っておいてほしい人だ……あ、この子をそこのベッドに寝かせて、僕は薬を取ってくる」

 ライクはニックに言われるまま、フウロをベッドに寝かせた。間もなく彼は錠剤の入った真新しい薬瓶を手に、隣の部屋から戻ってきた。

「ただのパースレイ病だったら、これを飲み続けていれば治るんだけど……組み替えられたウィルス種のようだから……」

「お前は何でそんなことがわかる?」

 辺境の地の青年が何気なくつぶやいた言葉にライクは心の底から驚いた。

「え?ああ、ペイバックがこういうことにとても詳しいんだ」

「奴とはどこで?」

「ごめんね、勝手に教えたら彼はすぐに怒るんだ、でも、彼はああ見えて本当に悪い奴じゃない、彼ももう一度君たちに会いたがっていたし……さぁ、これを一錠だけ飲ませてみて、僕を信じてくれるなら」

 青年は薬瓶と水の入ったコップをライクに渡した。

(もしも毒薬だったら……)

 そうライクが思う前に青年は、机の上のモニターをライクの方へ向けた。

「もし、これが毒薬だったとしたら、僕を殺してしまってもかまわない、僕がいなくなればシルバーだって奪うことはできなくなるだろう?一応、成分分析表はこのモニターに映すよ、ライク、君なら概要くらいはつかめるだろう?」

 青年の指し示したモニターには、いつも飲ませている薬の成分の他に、いくつかの化学合成物質が加えられていた。その中には、エルネストが探し求めていた帝国製の薬品の成分も含まれていた。

このままにしておいてもフウロは確実に命を落とす。悩みながらも青年の言われた通り、力ないフウロを起こし、薬を口移しで飲ませた。

「明日には、体調が一時的には回復する、でも、少なくとも十の夜が過ぎるまでは安静にしなくちゃ、身体自身が薬の副作用に負けてしまう……その薬はライクに全部あげる、ご馳走もしてあげたいんだけど、ここには栄養剤しかないんだ、でも、それで良かったらいっぱいあるから、自由に飲んで」

 ニックはずらりと瓶の並んだ棚を指さした。ライクは、全てを知っているかのようなこの大人びた青年の口調にたまらず質問を投げかけた。

「ニック、あなたは何者?どうして一人でここにいるの?」

「この場所が僕の本当の故郷だから……僕が昔住んでいた家があったんだ」

 年の頃は二十歳にも満たないように見える青年が、老人のように遠い目をしたようにライクは感じた。

「なぜ、帝国や楽園の者たちと暮らさないんだ」

「暮らしていると、いつかみんな僕のことを恐れるから、でも、こう言ってもライクには通じないよね」

「恐れる?」

 青年は笑顔で答えをごまかした。

 他の質問にも青年はあいまいな返事を返した。ライクはこの青年にも言いたくない事情があることを察し、それ以上何も追求しなかった。

「フウロも安静にさえしていれば絶対に回復するから、ライクも休んで、それじゃぁ」

 青年はライクとの会話の内容に深くこだわることもなく、すぐに部屋から出て行った。

ニックの言った通り、フウロの寝息は徐々におだやかになっていった。



第三楽章(九)


 その時、ユウは目の前で触角を動かすクリッカーの頭上に浮かぶ不思議な光を見ていた。一切操作をしていないのにコクピットカバーのロックが自然と解除されていく。

「何……俺は何を見ているんだ……」

 湿気の帯びた空気が、乾いたエアーコンディショナーの空気と鼻の先で混じり合った。

「武器を捨てて……そうしないと大きな岩が動き出す……大きな岩の断末魔は赤い星に通じている……」

 光の中から声が聞こえてくる。

 ユウはシート下のボックスに入った拳銃を取り出し、光に向かって弾が消えるまで連射した。銃弾は空を切って光の中に消えた。

 白い光が拡がり、青空の中に幾本も地上から立ちのぼるキノコ雲、空を覆うように広がっていく円状の雲の幻影が見えた。砂漠のような地上を装甲車と共に進んでいく歩兵、そして黒く巨大な二足歩行兵器……黒々とした虫の群れ。

「これは……」

 ユウは、その世界の中へ自分の精神が崩れ落ちていく感覚にとらわれた。




「はっ!」

 ユウがベッドから跳ね起きた時、周囲には誰もいなかった。ベッドと椅子しかない部屋は実に殺風景な光景であった。

 自分の軍服下に着用していた上着が椅子の上に綺麗に畳まれてのっている。寝ていた状態が長く続いたのであろう、頭が少し重かった。

その他の自分の身体に異状がないことを知り、ユウはベッドを下り、冷たく黒い岩でできた床の上を裸足で歩き、すぐに上着を手にした。

(パイロットスーツは……)

 探し物は部屋の中になく、ユウは光がわずかに差し込む窓へと近付いた。

「!」

 目の前にシルバーの大きな頭部があり、ユウは気を失っていた自分のことをずっと監視していたのではないかと思いうろたえた。しかし、シルバーのエンジンが起動していないことは、すぐに分かった。

「シルバー・エルネスト……なぜ、ここに……」

滑らかな黒艶の壁、大きく深い縦穴の中にシルバーの機体は収まっていた。

「俺は監禁されたのか……」

ユウは無意識のうちに兵士の身のこなし方で、素早く壁に背中を押し当て、横歩きしながら木製の扉のノブに手をかけた。鍵はかかっていなかった。

岩をくりぬいただけのように見える廊下を、監視カメラがないか注意深く確認しながら、一歩ずつ慎重に歩いて行く。

 廊下の奥の方から、この場に似つかわしくない少女の声が聞こえてきた。

「フウロ、まだそんなに動いちゃだめだよ」

「うん、わかっている、でもね、ここの床がスベスベで冷たくて、とても気持ちいいの、散歩に行っても良いよね、行こうソマリ!」

「待ちなさい、フウロ」

 ユウの前方の扉が突然開いてまだ少し蒼白い顔をしたフウロと小さな猫が廊下に出てきた。あまりにも短い時間の出来事であったので、彼の身を隠す適当な場所は周囲になかった。

「あ……あの新しいお客さんが来ているよ、ねぇ、ニック、ライク、こっちへ来て……」

 少女に姿を見られたユウは観念した、この少女を人質にということも考えたが、状況が何も分からない中でそれはあまりにも愚かな行為に思えた。

 自分と同じくらいの年頃の青年と艶やかな栗色の髪をもつ若い女性が廊下に姿を現した。

「気が付いたんだね、その様子だったら体調に心配はないね、こっちへどうぞ」

 青年は、にこやかに笑ってユウを部屋の中へと差し招いた。

 フウロは少し歩いて疲れたのか、ライクの腰にだらしなく抱きついた。それを彼女は優しく抱きとめ、ベッドまで連れて行って寝かせた。

「な、何……」

 女性の顔を一目見たユウは身体全体が震えた。

(あの女はライク・ロイド……それなら横にいる子供はアサマ博士の孫娘?)

 軍から発表され何度も目にしていた兵器強奪犯の女性が、今、まさに目の前にいる。

「えっ、どうかした?」

 ニックは言葉に詰まった男に言葉を投げかけた。

「い、いや、別に……」

「僕はエスタート・ニクス、交易の帰り道に森の出口で倒れている君を助けたのは僕だよ」

「森の入り口?俺は……いや、俺一人だけだったのか?」

 ユウは自分のセーブルフェネックのことを思わず口走りそうになったので自重した。

「うん、持ち物も何もなかったよ、僕はてっきり、この辺の人間が見知らぬ君のことを襲ったのかと思っていた」

「すまない……記憶をどこかに置いてきてしまったようだ、鉱物資源の探索する仕事で森の中にいた時、変なガスでも吸ってしまったのかな……」

 横になったフウロを介抱するライクは視線をユウから自然と逸らしている。

(ライク・ロイドは俺の顔を知らないはずだ)

 自分たちの部隊が追う標的は手の届くところにいる。しかし、ユウは自分の本当の立場を隠すことに方針を徹底した。そして、救助してくれた青年は何の事情も知らないと彼は一方的にそう考えた。

「僕の友達のライクとフウロ、そしてそこの猫がソマリ、君も元気になるまでここにいていいよ」

「へぇ、大きな家だねというか、ここは昔の遺跡か何かなのか?」

「森の中で君は見たはずだよ?大きな鋏を持った虫、その巣の跡だよ」

 ニックの何気ない言葉にユウは少し動揺した。

(鋏……そうだ……あの虫だ……俺は奴らに……)

「いや、幸いにもそういう物騒な生き物とは出会わなかったし、聞いたこともない、どのくらいの大きさ?このくらいかい?」

 ユウはわざとらしく、手で一メートルくらいの幅をつくってみせた。

「その二十倍はある、君は目と鼻のすぐ前で見ていると思ったんだけど」

「いくら俺が忘れっぽい性格だって、そんな見たこともない生き物を見間違えることなんてないよ、冗談もいいかげんにしてくれ、そんな大きな生物なんて、ここにいるのかい?」

 ニックの言葉にユウはさらにとぼけ続けた。

「君がそう言うのなら」

「それよりも窓から見えるあの大きな銀色のモニュメントは何だ……あれだけ大きな物を造りだす文明がこの異境の地にあるなんて……」

 ユウは自分の問いかけた質問にニックとライクの表情がどう変化するかを注意深く見ていた。

「オートメタビーストの次世代試作型……これなら君だって知っているだろう?北の楽園の出身ならね……」

 ライクだけでなくユウ自身もニックが何も隠さずに話したので、驚きの表情をごまかすことはできなかった。

(こいつ……知っているのか?)

「……オートメタビーストなら噂で聞いたことがある、でも、こうして近くで見たのははじめてだ……ニック、今、俺がいるここは希望シティよりどれくらい離れているんだ」

「すごく遠く……早い車でも少なくとも四十の夜は必要だよ、でも途中で道は切れているから……六十の夜でも無理かな?途中にあの大きいのもいるし」

「ごまかさないでくれ、ここは楽園から近いのだろう、お願いだ、俺をすぐに戻してくれないか」

「すぐに戻してあげたいとは思うけど、森には虫が……」

「あのオートメタビーストは使えないのか!」

「あれはライクの物だし、今、動かすことは出来ないよ」

「ライクの物?……嘘をつくな!楽園委員会の物だろう!それなら奪ってでも俺が乗っていく」

 ユウはその時になって、口走ってはいけない言葉を発したことに気付いた。

「君はとても正直な性格なんだね、でもあのオートメタビーストはライクとフウロ以外、あの銀色が認めた者じゃないと指一本動かすことさえできないよ、自動認識システムが既に何重にもロックされてると思うから、北の楽園の軍人さん、今、お茶を入れてあげるから、そこのテーブルに座っていて、僕の家で喧嘩は無しだよ」

 ニックは笑ったまま、それ以上ユウの食い下がる質問に答えることなく、自分の席を立って廊下に出た。ユウはライクの腰のホルダーにぶら下がっている拳銃を見た。

(固定具を外していやがる、いつでも俺を至近距離から撃つことができるってことね……)

「あーあ、嘘つくのは疲れるよ、全く」

 ユウはニックに勧められた木製の椅子に腰をかけた。

「そうだね、嘘を一つ言うとその後に百も二百も嘘を隠すための嘘を言わないといけないんだよ」

 最初に出会った少女がベッドからキラキラと輝く瞳を見せ嬉しそうに話しかけた。

「良いこと言うね、君がアサマ博士のお孫さんか?」

 フウロはユウにそう言われて驚くどころか、ベッドから勢いよく上半身を起こした。

「何で、お兄ちゃんがおじいちゃんを知ってるの?」

「直接は会ったことがないけどね、俺たち兵士なら誰でも知ってるよ」

 その時になってフウロの傍らにいたライクははじめて声に出した。

「私たちを追ってきたのか?」

「そうだとしたら?」

「(殺す)……」

 ライクはフウロの前で口に出来ない言葉を冷たい視線で表した。二人の間の会話が途切れた時、フウロは笑いながら言った。

「鬼ごっこ?こっちがシルバーに乗ったら絶対に追いつけないよ、シルバーは妖精さんみたいな銀の羽根を持っているから、空をいっぱい飛べちゃうんだ、こうやってね」

 フウロは目の前の猫のソマリを持ち上げ宙でぶらぶらと揺らした。

「フウロぉ、これじゃ僕飛んでいないよぉ」

「うふふ」

 茶目っ気のある表情を崩さず、フウロはソマリをすぐに下ろして胸の前で抱いた。

「お兄ちゃん、私が元気になったら鬼ごっこして遊ぼ」

 無邪気なフウロの頼みを断れる者は余程の変わり者であろう、ユウは思い出したように表情を柔らかく崩した。


第三楽章(十)


 ぎこちない時間が過ぎている。

 十の夜をとうに越え、すっかりと体調を取り戻したフウロは星の光に照らされているシルバーを窓から眺めていた。自分が病気の間、じっと同じ穴の底で動かずに立つシルバーが何だか哀れに思えてきた。コクピットにはライクが座ったまま昼からずっと計器を操作し、いつものようにデータの追加と修正を行っている

 シルバーの装甲の表面は最初の頃より、汚れが目立ってきている、それがフウロにとって、なおさら不憫に感じてならなかった。

「私ももう元気になったからね、もうすぐまた動けるよ」

フウロは見ているのがつらくなってきたため、隣の木製の机に移動した。

 窓を通して、隣の部屋から良い匂いが漂ってきた。

 ユウは見かけによらず料理が得意のようで、ニックが仕入れてきた食材から、おいしい料理を毎日つくってくれる。ただ、テーブルについたニックとライクとユウ、三人の会話はフウロから見ても少しぎこちないもののように思えた。

「何で、大人って、みんな仲良くできないんだろう」

 膝の上にはゴブからもらった赤い表紙の本がある。フウロは読むことの出来ない飾り文字の中にその答えが書いてあるように思え、そっと右手の人差し指で文字の上をなぞった。

「ねぇ、ねぇ、フウロぉ、大きな赤い星が前よりも近付いている」

 窓際にいたソマリは、フウロを手招いた。

 フウロはソマリの指し示した方向を見たが、ガラスを通しているのでよく見えなかった。

「見えにくいなぁ、ねぇ、外に行って見てみよう!」

「フウロ、ライクに聞いてみないと」

「ライクに言ったら絶対にだめだめって言うもん、星を見るだけだから平気だよ」

 そう言いだしたらフウロは聞かない。扉を開けて地上へ抜ける裏の階段を駆け足で上っていった。

 穴の中の少し湿気を帯びた空気とはまるで違っていた。

「うわぁ、気持ち良い!」

 ソマリの言っていた星はすぐに見つかった。天頂に赤く不気味に光る星は線香花火の散り際のような光の線を放出している。

「あの赤い星は何であんなに光を飛ばしているの……」

「僕の記録にはのっていない、でも本当に飛ばしているようだね」

 ソマリのメモリーには様々な情報が組み込まれていたが、あの赤い天体については一バイトも刻まれていない。

「ソマリの言う通り、あの赤い星『ボルボックス』を包んでいる殻が破れているんだ……地の番人から復活の信号が送られてしまったために」

 フウロの気付かぬ間にニックが背後で空を仰ぎ見ている。星を見つめるその表情は何か思い詰めた風であった。

「フウロ、もう出発しなければ……僕からライクにも話しておく、すぐに旅の準備をしておくように」

「えっ、どうして?」

 旅を再開できるのはとても嬉しかったけれど、あまりにも突然のニックの言葉にフウロは唖然となった。

 赤い星から生まれた光点は流れ星のように幾筋も天に光の線を引いた。


 食事を作り終えたユウは、ライクが慌ただしく荷物をシルバーへ運び入れていることに気付いた。

(食料と飲料水、俺が見ていないと思って夜逃げの準備か……)

 ライクはコクピット後部にケースを置き、再び自分たちの部屋に戻って行った。

(コクピットは開いたまま……やってみるか)

 ユウは料理ののった皿を誰もまだ座っていないテーブルに置き、椅子にかけてある上着をはおった。

 ニックらが居住している階層からコクピットまでは廃材を利用したブリッジが造られている。ユウはライクが部屋に物を取りに行った隙を見計らってそこを渡り、コクピットに飛び乗った。

 操縦桿はセーブルフェネックと変わらない位置に配置されていたが、いくつも見慣れないレバーやタッチスクリーンがある。

「起動の仕方は……」

「起動は難しいよ、これはライクやフウロの家族だから」

 顔を上げたところにニックが涼しい笑顔を見せていた。

「ニック、お前!」

 二人の会話に気付いたライクは拳銃を構えながら、シルバーの方に走ってきた。

「ライク、撃たないで!ただシルバーのコクピットを前から近くで見たかったようだ」

 ニックの軽い冗談にもライクは眉一つ動かさず、厳しい表情でユウを見ていた。

「さぁ、降りて、君が乗るのはシルバーじゃない」

「ちっ」

 ユウはライクをにらみ返しながらコクピットシートから降りたが、隙を見て奪おうと様子を常にうかがっていた。

「お兄ちゃん!」

 ソマリを従えながら着替えを終えたフウロが廊下に出てきた。

「もうお出かけするの、お兄ちゃんの作ってくれた料理を食べてから行きたかったんだけど、急がなくちゃいけないんだって……だから少しだけお弁当箱にもらっていっていい?」

「う……ああ、何だフウロ、出発なんていつ決まったんだい?」

 ライクもフウロの声を聞き、すぐに拳銃をホルダーに戻した。

「さっき、赤い星を見てからすぐだよ、今も見えるよ」

 フウロの指さす天を見上げたユウは、信じられない光景に息をとめた。

「何だ……あの星は?」

 赤い巨星からは小さな光の点がはじけるように飛び続ける、ユウにとっても初めて見るものであった。

「ユウ、君にはフウロを見送った後で説明する、共に戦う仲間は少しでも多い方が良い」

「仲間?俺は仲間になったつもりなんてない」

「君が表面で否定しても、心の中では否定できない……そういう心の持ち主を僕は選んだのだから、君が今まで追っていたフウロやライクにこうして出会ってしまった今、君は二人の命を奪うことができるかい?」

 ユウはニックの他愛のない言葉がいつも心の奥底にひっかかっている。過去から遺伝子の中に刻み込まれ圧縮されていたものが、少しずつ展開されていく感覚に似たものであった。

(俺の知らない間にマインドコントロールでもされているのか?)

「ライク、愚者山脈を越え、乾いた海を渡った向こう、光の街に『黄金の泉』がある、君やシルバーだったら歌の結界さえも越えることができるよ」

 すらすらと座標を口にするニックをライクもいぶかしんだ。

「何で、知っているのならもっと早く教えてくれなかったんだ」

「ごめんね、君たちの楽しい旅をいつまでも終えてほしくなかったから……そしてシルバーのような人形を戦いのためだけに使うのではなく、いつかかけがえのない存在として自由に飛ぶ日が来ると信じていたから……」

 ニックは決して本音を出さない、ただその言葉をもらした時、ニックの瞳からなぜか大粒の涙がこぼれた。

 ユウの脳裏にいつか見た強い幻影が少女の歌うような声と共に飛び込んできた。

 光のカーテンが頭上で揺らめく氷原で戦う戦闘車両、機械に下半身を接続された少女と氷の海に浮かぶ船、ハンターとは異なる羽を持った虫に切り裂かれる人々、燃える街の向こうにかすむ岩でできた塔、空から降下する生物、翼をもつ人型兵器、そのコクピットで操縦する青年たち。

幼い顔をしていたニックがその中の一人であることをユウは気付いた。

「ニック、お前……」

 頬を涙で濡らしたたずむニックに、ユウは声をかけた。

「ユウ、ライクやフウロを今は見送ってあげてくれるね」

「うう……」

「お兄ちゃん、どうしたの?具合悪いの?お薬、私のあげようか?」

 三人の様子を伺っていたフウロがユウの横へ歩み寄った。

「あ……ああ平気だよ、今日は特別な弁当にしてあげようか」

「ええ!嬉しい!ねぇ、ライク、お兄ちゃんがお弁当にしてくれるって」

 フウロは少し困惑するユウの手をとって、キッチンへ引っ張って行った。

 シルバーの前に向かい合って立つライクは黙っているニックに声をかけた。

「ニック、あなたは一体何なの……」

「君と同じ人間……僕はいつもそう願っていた……でも、もう時間……これから封印している過去を迎えに行かなければならない、後を追って僕も黄金の泉に行くよ」

「あなた、黄金の泉に行ったことがあるの?」

「僕の思い出のつまった失われた街の一つだから……なるべく早く追いつく、それまでは絶対に死なないで……君も……フウロも……」

 ニックの蒼い瞳は光の加減か深海のように全てを飲み込んでしまう闇の色に変化していた。


 ユウは、少し冷めかかった料理を、器用に二本の細い棒を使って小さな入れ物に小分けにして入れている。

「おいしそう、お兄ちゃん、すごく良い匂いだよ」

 フウロはにこにこしながらその作業をすぐ横で見ていた。

「お兄ちゃんも一緒に行くことができればいいのに……料理もいっぱい教えてもらえるし……でも……無理だよね……」

「無理か……」

 ユウは、これから自分がどうしたら良いのか迷っていた。


「お兄ちゃん、あのままだったらライクに殺されていたかも知れないね」


 フウロの漏らしたつぶやきにユウは自分の手を止め、彼女を振り返り見た。

「優しいライクがあの目をする時は銃を撃って人を殺しちゃうの……私、本当はライクが人をいっぱい殺しているのを知っているの」

 シルバーを地下格納庫から救った時に、フウロは銃声を聞いている。その後、止まったエレベーターの中に迎えに来たライクは両手に血の臭いをいっぱい漂わせていた。フウロは作り笑いするライクに問うことも出来ず、従うしかなかった。

「でも、それは私を守ってくれているからというのも知っている……お兄ちゃんだって本当は私やライクのことを殺しにきたんでしょ、最初、お兄ちゃんはライクと同じ目をしていた……」

「フウロ、お前……」

「お別れすれば、ニックもお兄ちゃんもライクには殺されないよ、逃げていれば私もお兄ちゃんに殺されることもないよね……だからお別れするの……私は長く生きられないし……本当は黄金の泉だって……」

「ま、待った!フウロ!」

 ユウはこの少女の心も悲しみの色に染まっていたのだということをようやく気付いた。

「黄金の泉は本当だ、必ず願いがかなうって、軍でもそのために調査隊を派遣しているんだよ、国が良くなりますようにって、俺はフウロを殺しに来たんじゃない……あ、俺も調査隊のメンバーだったんだよ、みんなには黙っていたけれど……」

「本当?」

「ああ、本当さ、俺は……いや俺はライクやフウロを殺しに来たんじゃない」

「なら、いつか一緒に行くことができるの?」

「ああ、そして黄金の泉の前で一緒に願ってあげるよ、フウロの病気が治って、みんなが平和になりますようにってね」

「本当?」

 喜ぶフウロの足下で二人の複雑な会話を猫型人形のソマリは分析しようとしていたが、複雑すぎてどう話して良いかわからなかった。ただ、フウロの笑顔の邪魔だけはしないようにとだけ思っていた。








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