第三楽章(Allegro molto vivace)
◆ 登 場 人 物 ◆
フウロ・サク・アサマ
エルネストの孫 明るく心優しい少女であるが、『南の帝国』による細菌兵器の後遺症により、短命を医者から宣告されている 姉のライクと希望がかなうという伝説の『黄金の泉』をさがす旅に出る
ライク・R・アサマ
エルネストの養女、ふうろを実の妹のように愛している 『南の帝国』による侵攻時にエルネストの開発した次世代オートメタビースト『シルバー』をヴォーカンソン重工業社より強奪する
レイブン・ベルフラワー
『北の楽園』軍オートメタビースト部隊長 『シルバー』奪還の任を負う
ペイバック・K・オーガスト
元ヴォーカンソン重工業社技術開発部門職員 オートメタビーストの情報を南の帝国に流出させる
ロジオン・ヴァーベナ
『北の楽園』軍第一特務部隊所属 レイブンの古くからの友人
オルミガ・ダンデリオン
オートメタビーストのパイロット ベルフラワー隊に所属する
エリック・ダチュラ
オートメタビーストのパイロット ベルフラワー隊に所属する
ユウ・シャラット・ガーベラ
オートメタビーストのパイロット ベルフラワー隊に所属する シルバー追討の先遣隊であったが、森林地帯で消息を絶つ
エスターテ・ニクス
古くからペイバックを知る青年
ウィッテ
『北の楽園』反委員会勢力の青年リーダー
シシカ
ウィッテの妹 反委員会勢力に身を寄せる少女
ソマリ
ゴブの家に住んでいたAI搭載の子猫型ロボット 今はフウロのペットとなっている
◆ 登 場 兵 器 ◆
オートメタビースト
エルネストが設計し、ヴォーカンソン重工業社で開発された汎用二足歩行兵器の総称
セーブルフェネック
ヴォーカンソン重工業社製造オートメタビーストの軍用二足歩行兵器 主力武装は『プラズマライフル』 『一二〇ミリAPFSDSライフル』
ピーピング・トム
『北の楽園軍』偵察車両の愛称
E二五型装甲車
『南の帝国軍』製の戦闘装甲車両 通称『ローチ』
カリヨノイド
ペイバックのもたらした情報により、南の帝国で製造されたオートメタビースト。機動力は『セーブルフェネック』上回る
シルバー・エルネスト
次世代型オートメタビーストの試作機。設計者のエルネストが中心となってシステムや製造に深くかかわっていた。ペイバックを除くヴォーカンソン重工業社開発チームの者たちは『南の帝国』軍の侵攻の犠牲者となった。主力装は『プラズマライフル』 『超音波震動刀』
◆ 登 場 生 物 ◆
鉄馬
ゴブの森でシルバーと戦った人面をかたどった巨大生体型兵器
ハンター
昆虫型生体。群れをなし空を浮遊する。飛翔する物を高速で捕らえ、体液の化学反応により自爆する性質をもつ
クリッカー
両前足に大きな剪刀をもつ多足昆虫型生体。生息域が広く森林地帯や乾燥地帯に群れをなす。地表を動く物に素早い動きで攻撃する性質をもつ
薄暗い部屋の中、黒光りするアサルトライフルを肩にかけた細身の青年は、仲間の背中越しに会合の成り行きを黙って見ていた。
その視線の先の中央の椅子に不敵に笑うペイバック、周囲には彼を囲むように屈強な男たちの輪があった。
誰もが腹を空かせた獣のように目を輝かせ、異様な雰囲気を全身から醸し出していた。
「明日には偽装した大型トレーラー十五台が各所からこの街に入る、物を下ろした後の保管場所については、そっちで考えておけ」
ペイバックから差し出されたファイルの束と壁に映された画像を見て、薄汚い身なりの青年たちは喜びの声を上げた。
「すごいぞ!ロケランと弾頭がこれだけありゃ、革命なんてすぐじゃねぇか」
「『ホバー・バギー』もだぜ、これで金持ち面の連中を思うままに殺すことができる」
ペイバックは、騒ぐ若者らの言葉には耳も傾けず、リーダーとおぼしき男に話を続けた。
「あんたの役目は、この熱くなっちまった野郎をどれだけ抑えられるかにかかっている、目前の甘い餌に騙されるな、一機だけ盗れば十分だ、現物を帝国に渡せば、この二倍、三倍の量の武器が無償で提供される」
「現物を俺たちが使い続けるのは可能なのか」
「一台盗ったところでどうしようもない、この楽園ご自慢の武器はもう楽園のものではないというパフォーマンスで十分だ、それだけで老人どもの士気は欠ける」
「渡すのがいやだと言ったら?」
「じきに潰される、腐っていても楽園のパイロットは戦闘のエキスパート、お前らみたいな付け焼き刃の素人とは雲泥の差だ、次にこっちを見ろ」
スクリーンを模したすすけた壁紙には、兵器工場の警備施設が武装の種類まで詳細に映し出されていた。
ペイバックは皆の方に身体を向け、侵入路の説明をしながら『セーブルフェネック』量産機の格納庫を指先に付けたレーザーポインターで示した。
「見ての通り詰め所の横には『セントリーガン』が鎮座している、正面から突っ込むのは自殺行為だ、自分たちの武器を過信することは死につながる、頭の良いお前たちなら分かると思うがね」
「うるせぇ、全部、ぶち殺していけばいいんだろ、簡単なことだ」
鼻息を荒くした男の一人は、カタカタと自分の膝を揺らして言った。
「簡単?それならこんな回りくどい説明はしない、軍需工場の警備員は基地よりも数が少ないとはいえ軍人だ、なめてかかるとこちらが殺られる、この方面から実行する連中は、陽動に相手が釣られた時だけが活動時間だ」
「関門三つか……越えられるのか?」
「そのための土産だろう」
心配顔の兵士の横で、ファイルを広げていた男が突然声を上げた。
「物の中にこんなのも入っているのか!」
南の帝国の装甲戦闘車両であった。
「E二五型装甲車『ローチ』、小型だが、初期の楽園製の戦闘車両より性能は良い、この二輌があればゲートは軽く突破できる、ところで操縦訓練の方は進んでいるのか」
「ああ、帝国車輌の訓練なら例のシミュレーターでずっとやらせている、最年少は十二歳のガキだ」
坊主頭をした隻眼の男の言葉を聞き、ペイバックは眉間に縦皺を寄せた。
「兵器にガキは乗せるな、いかれたガキどもに理想の未来をつくりだすことなんてできはしない」
「若い奴ほどのみ込みが早いと言うだろう、ガキほどああいうマシンに乗りたがる」
ペイバックの表情が少し変化したことにも気付かず、横から口をはさんだ男は豪快に笑った。ペイバックは傍らに座るウィッテに向き直った。
「ウィッテ、忠告だ、兵器はおもちゃじゃない」
「おいおい、どうしたんだ、ペイバック、ずっと俺たちは虐げられた排泄物だぜ、俺たちが俺たちのルールで考えてやっているんだ、世話にはなっているが、そこまで、あんたに命令されたくはない……」
ウィッテの言葉の最後は低いトーンへと変わった。それに呼応し、ぐるりと取り囲む青年らは手にしたライフルの銃口をペイバックに向けた。
「今日も俺たちの仲間が強制収容所に送り込まれた、あいつらが糞だめから出るには、死体となって出るしか道はないだろう、死ぬか革命戦士になるか、ガキどもに選ばせてみろ、すぐに答えは出る」
「言っただろ、忠告だって、子供を戦場にかり出す組織は必ず潰れるというジンクスを俺は信じているんでね、ウィッテ、お前が理屈のわかる奴だと思っているから言っている」
動じることのないペイバックの様子に、ウィッテは左手を上げ、青年たちへライフルを下ろすよう指示した。
「ふふふ、わかったよ、その件はまだ考えさせてくれ、今、俺たち同志に必要な物は武器だ、その金づるとなる張本人がこの世から消えちまったら、こっちも都合が悪い」
「期待はするが、こっちも信用はしちゃいない、俺にもお前以上のこだわりがあってな、それと、この血の気の大きい革命戦士を謳う若造らにお前からも言っておいてくれ、銃口を向ける相手は俺じゃあない、委員会の連中だってな、そして……」
ペイバックは気にもせず、つかつかと慌てふためきながらライフルを再び構える青年の体を押しのけて歩き、部屋の奥の壁に貼ってある楽園地図の一点を自分の人差し指で軽く叩いた。
「理想社会をめざす革命を成就させたいのなら、この楽園という糞国家を倒せ……ウィッテ、これは計算された南との共同作戦だ、もし内部の不穏な動きが少しでも耳に入ったら作戦は延期しろ」
「ああ、古き友よ……あとは見ていてくれるだけで良い」
「自分の都合が良い時だけは友か……『友』という言葉の意味もずいぶん軽くなったもんだ」
ペイバックが飄々と部屋から出て行く姿を、ライフルを持ったいかつい顔の男たちは黙って見送った。
部屋から出てすぐの廊下にライフルを持つ一人の少女が立っていた。
「もう、帰ってしまうのか」
「話を聞いていたのか、奴らの甘言にのって馬鹿なことはするなよ、シシカ、お前の持つ物は……」
ペイバックは『シシカ』という名の褐色の肌をもつ少女からライフルを取り上げた。
「こんな味気ない鋼のおもちより、銀の鳥のぬいぐるみの方がお前の部屋には似合う、こいつは預かっておく」
少女は少し頬をふくらませながらも、ペイバックの腕に甘えるように絡んできた。
「しょうがねぇなぁ、ところで、いつ私や友達やその家族をこの場所から連れ出してくれるんだ」
「作戦が成功したら近いうち、今はそれしか言えない」
彼がからんだ腕を外そうとした時、シシカはペイバックの唇に自分の唇を突然重ねた。
ペイバックは、やんわりと拒否しながら彼女の身体を自分から離した。
「今日のお礼だよ、成功したら抱かせてやるよ」
「よせ、大人の真似をしても何も得はしない」
名残惜しむ彼女が見送る中、ペイバックは建物の外へと出た。
第三楽章 (二)
駐車しているRV車の周りには、スラムの子供たちが物珍しそうな顔をして集まり、いたる所に楓の葉のような手形を付けていた。
子供たちはペイバックの顔を見ると、物欲しそうに近寄ってきた。
「今日は何も手持ちがない、次に届く荷物の中に入れておいてやる」
「僕たち、もうすぐお腹いっぱいお菓子が食べられるんだよね、みんな言ってるよ」
「ああ、お前たちが大人になった時、今よりも良い世界になっているかもしれないな」
ペイバックの言葉に灰色に薄汚れた子供たちは黄色くなった歯を見せ、にこやかに笑っている。
子供たちを車から離し、シシカから取り上げたライフルを助手席に立てかけるとペイバックは自分の体を運転席に滑らせた。
後部座席の人の気配に彼は気付いた。
「ニック……お前もここに出稼ぎか?どうりで空に『ハンター』がうろうろ飛び回っていた訳だ、この状態を見て、ようやく辛気臭いあの丘から離れる決心をしたのか?」
ペイバックはさして驚くこともなく、バックミラーに映る幼さの残る面持ちの青年に話しかけた。
「ペイバック、お前は何がしたいんだ、人間同士の争いをいつまで続けさせるつもりだ」
寂しげな蒼い瞳をした表情とは裏腹に、その青年の語気は荒かった。
汚い身なりの子供たちが手を振りながら追いかけてくる姿がルームミラーに映る。
「無駄な争いごとを早く終わらせるためさ、手を携えることができない連中は共倒れにするのが一番さ、怒るほどのことでもない」
ペイバックはダッシュボードの上のタバコの箱から、器用に一本取りだし口にくわえた。
「俺が南に渡したのは情報だけ……それを言うのなら貴様の方が重罪だろ、エルネストの爺さんに『野獣』のヒントを与えたのはお前だろ?でなければ、あんな短期間に二足歩行兵器を完成させられる訳がない。」
「僕は……人間の違う可能性に期待した」
「期待ねぇ、今の時代の技術にしては本当に良い機体に仕上がっている、特に『シルバー』のスペックは俺たちの『猫』以上だ、天才というのはいつの時代にも生まれるものだなぁニックよ、いや、昔の名前の方がいいのなら、そう呼ばせてもらうが」
ニック呼ばれる青年とペイバックの乗った車は、拡がるスラム街の中をゆっくりと進んでいた。路上脇には茶色く干涸らび、針金のようにやせ細った姿の遺体が放置されたままとなっている。
「ニック、見ろよ、この素晴らしい光景を……あの美しかった世界がここまで醜く変わってしまった……俺たちが求めていたのはこんな世界だったのか?『飼い猫』も『野獣』へと変貌したんだ、いいかげん、お前も俺の仕事に手を貸せ、傍観者面している評論家ほど汚い奴らはいない」
ペイバックの言葉にニックは深いため息で返答した。陰鬱な顔をする彼の反応を楽しむかのようにペイバックは話を続けた。
「エルネストの爺さんも面白かったが、それ以上に面白い奴らに出会った」
ペイバックは運転をしながら話を続ける。
「『シルバー』を奪った、いや迎えに来たと言って良い、エルネストの家族……女と小さな孫娘、俺が障壁を解除できなかったものをあっさりと解除し、堂々と奪っていきやがった、その目的は何のためだと思う?世界平和?そんなものは糞食らえだ、『黄金の泉』を探しに行くんだとよ、そんな個のエゴが北のものにも南のものにもならないという結果になった」
「本当は止められたんじゃないのか?」
「……さぁな、あの小さい孫娘は既にパースレイ病に罹患している、それも帝国謹製の亜種、三か月を待たずにのたれ死にの運命だ、それからでも機体をいただくのは遅くはない」
「あの銀色の機体にはそんな子が乗っていたのか……」
「やはり、もう会っていたか、さすがニック、その小ずるさは楽園の老人ども以上だな」
少し驚いた様子のニックにペイバックはさらに語りかける。
「エルネストの爺さんは確信犯だ、あいつはこうなることを心の奥底で望んでいたと考えれば全てつじつまが合う、楽園の金を湯水のように使って、兵器ではない、それを凌駕する性能をもったファミリーで楽しむ愛車を組み立てていたってことさ、既存のビーストに邪魔されないためには、ビーストを圧倒的に上回るモノを創ってしまえば解決する、戦果だけはお前の言う期待通りの値になるのは、そのスペックからも明らかだ」
スモッグの海に浮かぶ楽園の高層建造物を遠くに見るニックの目は、空気に含まれた毒気に苛まれる。
「これから南の荷物を引き取りに行く、お前も一緒に行くか?」
ニックは首を軽く振って断り、ペイバックに停車するよう言った。
「俺たちがこの時代まで生き延びてきたのは何のためか、自分自身の存在意義をもう一度お前は見つめ直すことだな、俺たちの本当の相手はあいつらのような小さな連中じゃぁないだろう?」
ペイバックはそう言って車から降りるニックに声をかけた。
しかし、ニックは車が走り去るまで黙ったままであった。
市街地を背にした彼の眼前に、西日に染まる赤く乾いた大地と炭化した樹木の欠片が広がる。
スモッグが生き物のように形を変えながら風に流されていく。
山脈の稜線が紺色に隠されていく東の空には糸のように細くなった月がわずかに白く光り、自己の存在を無言で主張していた。
ニックは岩だらけの小高い丘に立ち、金色の髪を風になびかせながら空に悲しい目を向けていた。
東の空には赤い星がひときわ明るく輝いている。
小高い丘の頂上には、既に文字が消えた小さな碑が風にさらされるがまま、まるで自然の中に消え入ることを運命として受け入れるかのように建っていた。
頬に涙をつたわせながら、少年は碑の頭を愛おしく撫で囁くように言った。
「やっぱり、悲劇は繰り返されてしまうものなのか……」
枯れた一輪の野花が風に花弁のない花を揺らす。
ニックの頭上にはハンターが群れをなし、空の王者の威厳を見せつけるかのごとく優雅に飛翔を続ける。
眼前に広がる丘のすそ野には、小窓をもつ家と呼べないほどの粗末な小屋が、身を寄せ合うように建ち並び、一つの街を形成していた。
だが、もう人の気配はない。
既に住人たちはその貧しさのために死の世界の住人と変わり果てていた。
第三楽章 (三)
「これは何だ……」
霧に覆われた周辺の森は爆風によってなぎ倒され、奇妙な残骸を中心に焦げた幹が放射線状に広がっていた。
レイブン少尉の先遣隊として派遣されたユウ・シャラット・ガーベラの操るオートメタビースト『セーブルフェネック』と装甲運搬車に乗る兵士らは、腐乱した巨大な物体を見て誰もが声を失っていた。
黒ずんだ肉塊は既に時が経っており、大部分が蛆虫や蟻などの昆虫によって喰われ、糸のような筋だけが蜘蛛の巣のように絡んでいる。
その他にも周囲にはハンターの大量の甲殻の他に、鋏をもつ未知の甲殻類の残骸が足の踏み場もなく転がっていた。
「ほとんどの爆発の痕跡はハンターの自爆によるものですね、一部、長脚間接部切断面の特徴からシルバー・エルネストとの交戦によって生じたものと思われます」
「シルバーは?」
「シルバー・エルネスト機の破片がないため、おそらくは、この地より移動を再開していることが考えられます」
ユウは、この生物群の波をたった一機で切り抜けたシルバーの性能に舌を巻いた。
「中継施設との連絡は」
「問題なく作動しています」
「了解だ、映像とサンプル分析データをすぐに少尉へ、向こうからの指示を待つ」
若い兵に指示をしながら、ユウは一見金属質の甲殻に近寄り自分の手をあてた。タンパク質系の粘りの中に、小さな虫がそこかしこでうごめいているのを見て、彼は少し顔をしかめた。
「『東の地』は噂通りだったな、霧と生物の腐った殻……この森は陰気だ」
ユウは背中越しに何か気配を感じた。
(……ん?)
帝国との交戦で戦死したと聞いていた同期の青年が倒木の上に一人座っていた。
「お前、何でここに……生きていたのか」
驚いて近付くと、それは焦げた木の枝であった。
目をこすって何度も確かめ、辺りをさがしてみたもののさっきの青年の姿はない。
(幻覚か……)
先遣隊に所属している新兵は皆、東に向かうにつれて重苦しい雰囲気を隊の中に漂わせている。ユウと同じように、調査中に自分の家族の姿を見付け霧の向こうに走り出すのを同僚に制止された兵士もいた。
「伍長、ここより東十五キロの地点に、十メートル大の移動物反応多数、こちらへ接近しています!」
通信兵の叫び声が辺りの空気の流れを変えた。
この場所に骸をさらしている異生物の群れだとユウは直感した。
「すぐに少尉と司令部に警報を、装甲車はこの地点より十キロ後退、俺の機体に異状があったら退避し少尉の部隊と合流、いいな」
「了解しました」
短く命令を告げたユウは、自機の『セーブルフェネック』に搭乗し、プラズマライフルを装着させると、すぐに前進を始めた。
彼が機体を前進させて数分も経たないうちに警報装置が鳴動した。
次々にターゲットである生体反応を示す赤い点がレーダーを埋め尽くしていく。
地面が沸騰するように泥や樹木を吹き上げ、ユウが見たことのないタイプの虫が出現した。
シルバーを苦しめた『クリッカー』であるが、そのような名前があるのをユウはまだ知らない。
「何だ、こいつらは次から次へと!」
ユウのセーブルフェネックはライフル銃身の放熱がおさまるまで、銃口の先端についた刃を使って、クリッカーの大鋏の攻撃をかわした。
それまでいなかったハンターの群れが上空で静かに旋回している。
「ハンターも呼び込みやがったのか……うわっ!」
正面だけに気をとられていたユウの機体に強い衝撃がおきた。
「しまっ……!」
機体は背部からのクリッカーの突進で、前のめりに樹林の中へ倒された。両肩の脇に付いた姿勢制御のバーニアを噴出させ、ユウは機体を素早く立て直した。
「伍……大……で……か!」
先遣隊通信兵の声は途切れ、言葉となっていない。
「よく聞こえない、回線トラブルだ」
「だ……伍……」
通信を途中にしたまま、原始的な突撃を繰り返すクリッカーの頭部にユウは銃剣を突き立てた。しかし、突き刺さった手応えを感じることはできなかった。
「硬すぎるだろ!」
ライフルをはじいた鋏がそのままの速度でセーブルフェネックの頭部を直撃した。
「あぁっ!」
コクピット内のモニターにはオペレーティングシステムの赤く光ったエラーメッセージが再起動を促している。主要な外部カメラが破壊されたため、胸部の補助カメラによる映像にユウは切り替えた。
目の前にはクリッカーの群れがセーブルフェネックの動きを阻もうと、幾重にも重なりあった。
「早く動け!」
ユウが再起動を繰り返しても、システムエラーは続いた。
周囲のクリッカーはセーブルフェネックの上に幾重にも重なり、身体を細かく共振させた。
「まさか……こんなことって……」
ユウは繰り返されるシステムエラーが密着するこの奇妙な虫たちの行動によって、引き起こされているのではないかと思った。
その言葉を最後にユウの機体からの信号、通信が全て途絶した。
第三楽章 (四)
「まだ、シルバーの行方は掴めんのかね、回収の吉報をいつ聞くことができるのかと楽しみにしていたのだが」
モニターの向こうに映る壮年の上官は、憮然とした面持ちでいた。
「シルバーの機体が、もしこのまま南に強奪されたら、我が楽園の沽券にかかわるばかりか、兵器開発計画が根底から覆ることとなる、そのための追討部隊なのだ、リミットは、あと一か月、失敗は認められん」
「次の作戦時までには帰投いたします、楽園からお預かりしているオートメタビースト、結果は必ず残します」
「そこが『東の世界』だとはいえ、失敗はできぬぞ、少尉」
「はっ」
レイブンが敬礼をした時には、すでにモニター上の苦虫ばしる顔は消えていた。
高らかに歌う楽園の鳥たちよ
岸辺の彼女を迎えに行っておくれ
その羽が折られる前に
朝露に濡れる楽園の花たちよ
岸辺の彼女を迎えに行っておくれ
その花びらが散る前に
愚かな僕が東の森に行く前に
楽園に伝わる古謡はこの地を生と死の境界線と伝えている。
『東の世界』は、『北の楽園』の者たちにとって長く禁忌の地であった。
過去の文献に『見えざる神』に汚染され、そこに向かった者たちは全て命を失ったと記されており、現にそこに足を踏み入れた一攫千金を狙う冒険者たちは誰一人戻っては来ず、数十年前に委員会が正式に派遣した多くの探検隊も皆同じ運命を辿っていた。
都市部から離れ一週間、レイブンは東の世界を包む禁忌の壁の厚さを考えていた。この地帯は人の姿の無い樹林地帯が広がっていた。
(なぜ、私たちはこの地を恐れる……なぜ、あえて知ることを避けていたのか……南の帝国の存在もこの地からは感じられない……同じ『見えざる神』の禁忌の中に我々は生を得ているというのか……)
レイブンの視界に、翼を立てた銀色の機体の幻影が横切っていく。
(ライク・ロイド……なぜ、君はこのような狂った地を逃げていくのか……)
「レイブン少尉、先遣隊より緊急連絡、回線開きます。」
通信兵の緊張気味の言葉は、思案に没頭していたレイブンを一瞬で現実世界に引き戻した。
先遣隊から送られてきた映像を目にした者は、レイブンをはじめ誰もがその存在を否定した。
砲塔を伴った巨大生物の残骸は異様であった。
「装甲をもった生体兵器なんて、この世界に存在する訳がない」
モニターの前にいた若い兵士は、そううめくような声を一言だけ発し、目を大きく見開いたまま微動だにしなかった。
この未知の物体の映像やデータは軍の総司令部へとすぐに転送された。
「少尉、先遣隊より続けて入電です、本日十時十二分、異生物の群れと思われる物体とデルタ小隊が戦闘行動Aに移行しました」
「何、戦闘行動?」
「敵はおよそ三十、森林帯を先遣隊の位置へ向け移動している模様、他の装甲車両は現在後退中、戦局によっては我が隊と合流しろとの命令を伍長から受けています」
「今、伍長に回線はつながるか?」
「はい……ん?メイン回線を司令部が独占状態、空きチャンネルがありません、おそらくは全ての光学装置、情報記録装置を高速同期させているものと思われます」
「馬鹿な!奴らはユウを異生物の囮にでもするつもりか」
レイブンは掌を返すかのような司令部の扱いを知り、先ほどの上官が心の奥で笑っているように感じた。大多数の彼らにとって強奪されたシルバーの存在は、帝国にさえ奪われなければ些細な事情である。それ以上に未知の領域である東の状況を欲している。その裏には安全な地としての領土拡大と未調査の資源を全て手に入れたい思惑があるとレイブンは予測した。
(守銭奴め……)
「先遣隊装甲車両とのオンラインだけは維持」
「了解」
レイブンの本隊が先遣隊と合流するため、昼夜問わず走り続けても距離的に一日はかかるが、彼は迷うことなく決断した。
「オルミガ曹長」
本隊より少し先に待機しているオルミガとエリック機に回線を開いた。
「どうしましたか」
「先遣隊が未知の生物群と接触の可能性、状況がまだつかめないが、単機のユウが心配だ、曹長は私と『セーブルフェネック』で先遣隊を追う、予備の弾倉を装着後、至急支援に向かう」
「了解!あの小生意気な男が小便を漏らす前に救援します」
レイブンは通信回線チャンネルをエリックに変えた。
「こちらエリック」
「エリック曹長は、このまま本隊の護衛をしつつ彼らと共に私たちの後を追いたまえ」
「少尉、それなら私とオルミガで先発します、何も少尉が出ることは……」
「曹長の気持ちはたいへん嬉しいが、許可は出来ない、これからの地域は突発的な通信障害が起こることも予想される、後続隊は中継装置の置かれたルートを遵守しろ」
「了解、すぐに少尉に追いつきます」
「待っている」
レイブンは通信装甲車から降りるとすぐに、自機である『セーブルフェネック』アルファへと搭乗した。
(無事であれ)
しかし、彼の強い願いは森の中に霧散した。
十二時間後、レイブンとオルミガが目にしたのは戦いの跡が生々しい樹林の中にコクピットカバーが開いたまま雨露にシートを濡らすユウの小破した機体と生物の死骸であった。
(血?)
シートに溜まった水はやや赤みをおびていた。
「すぐに状況を総司令部に伝えよ、残りの部隊も未知の生物への警戒態勢を崩すな」
「了解」
「ただし、シルバー・エルネストの追撃は継続する」
雫がレイブンの美しい髪の毛を伝い、沈黙するユウの『セーブル・フェネック』の装甲に音もなく落ちた。
第三楽章 (五)
北の楽園ではウィッテ率いる反委員会勢力による攻撃が始まろうとしていた。
晩秋へと移り変わりつつあるこの時期は、東から流れてくるあたたかく湿った風の影響のため、朝から霧に包まれることが多い。この楽園の地まで『ゴブ』の東の霧の森が広がっているかのようであった。
兵器工場の到る所に設置されたサーチライトがつくりだす光の帯は、その霧の中を直線に貫く。武装した警察、軍の車両が昼夜を問わず物々しい警備にあたっていることは遠目に見ても明白であった。
トラックの荷台で息を殺す若い男たちは、手にするロケットランチャーやアサルトライフルを無言で見つめている。先ほどまでの冗談やいきがった言葉を口にする者ものは、もういない。決められた位置で待機を命じられると、誰もが脂汗を額ににじませ口を重く閉ざした。
「時間だ」
腕時計をしている男の一人が緊張した声を上げた。大音響と軍の警備車両が常駐している工場正門に火柱が何本も立ち上がった。
その音を合図に、装甲車と武器と男たちを満載したトラックが事前に知らされていたとおりのコースを走って、工場建物へと向かっていった。
同時に各基地周辺や首都でも陽動を狙った小規模な爆発テロが起こった。
「これだけの武器だ、間違いなくうまくいく、一機だけなんてみみっちいことを言うな、全て奪え」
今朝のウィッテの声はいつも以上に力強い。彼の脳裏には微笑する一人の男の顔が何度もよぎっている。
生まれた時から言われようのない差別に苦しみ、心の荒んだ男たちの前に突然現れ、その情報力で地域ごとの組織をまとめあげ、武器や軍用金を惜しげもなく流す謎の男『ペイバック』であった。
前回の南の帝国の侵攻時、自分たちの居住するスラム地帯には一切の攻撃が加えられることはなかった。帝国と何らかの深い密約のもとに彼が動いているのは疑いようのない事実であった。
(かまうものか、俺たちの理想とする楽園のためには南の力だって利用してやる)
車両に積んだ帝国製のロケット砲を次々と工場や近隣の主要道に撃ち込みながら、ウィッテは計画通りに事が進んでいることに笑いが止まらなかった。
ただ、その実行されている日時は、勢いに乗った同志らの突き上げにより、彼の提示した時期よりもだいぶ早い。
情報が少しでも漏洩のおそれがある場合は、必ず作戦を中止するよう強く求めていたペイバックの忠告は完全に無視されていた。
「奴は所詮気の弱い鼠よ、慎重すぎるのだ」
ウィッテと彼の仲間は、ペイバックの忠告を一笑に付していた。
「お前は臆病なのだ、ペイバック、見てみろ、時代はこんなにも俺たちの革命を支持している」
今、自分たちのこの行動もどこかで必ず見ているとウィッテは思っていた。
「ウィッテ、通信だ!同志突撃隊が二機の黒狐を奪取、作戦は成功だ、これよりC地区の槍の会突撃部隊が三機めの黒狐捕獲を開始する」
「成功か!」
ウィッテをはじめ、周囲の男たちもその戦果に狂喜した。
(勝利の神は我々についた)
楽園に虐げられた怨みを抱き革命兵士となる人数は虫の数ほどいる。
潤沢すぎるほどの資金と武器を手に出来るというのはこれほど強い力の持ち主になることだとウィッテは実感した。
「まだ、いけそうか」
ウィッテは興奮で震える声を押し殺し、つとめて冷静な声色で通信を送った。
その声を妹のシシカは奪ったばかりのオートメタビーストのコクピットで聞いていた。
「兄貴はいつも気が小さいんだから、ああ、あいつらうるさいから殺しちゃうね」
褐色の肌の少女は扉の影で銃撃を続ける警備兵を見てブリッジの一部を引きはがした。オートメタビーストによって投げられた鉄骨は壁を突き抜け警備兵の身体を潰した。
「すごい力!最高じゃない!」
作戦に加わっている同志からライフル類の置いてある武器棟を既に押さえたと連絡が入った。
シシカはシミュレーション通りの操作で動くこの巨人が、ずっと自分を待っていてくれたように感じていた。
(これは私が乗るために創られたのよ)
格納棟から姿を現したオートメタ-ビーストを見て、突撃隊の同志は空へ向かってアサルトライフルの銃弾を祝砲に見立て連射した。
彼らは厳命されたことを守り、その場で抵抗を見せる者には死を与えたが、無抵抗な者に対しては暴力や攻撃を加えなかった。証拠に命令を守らず女性職員を犯そうとした者はその場で同志の手により射殺された。
「やった……勝利……俺たちの勝利だ」
ウィッテが歓喜に震えたその時、遠距離から砲弾が直線上に飛来し、奪ったオートメタビーストの一機に直撃した。操縦に慣れていない兵の機体は正面からの直撃を受け大きく仰向けに倒れた。安全装置をろくに起動していないコクピットの兵士は衝撃で頭を強く打ち失神した。
「何があった!」
「わからねぇ!突撃隊からの連絡が切れやがった」
仲間の声が風切り音にかき消されていく。
ロケット砲を積んだトラックや襲撃した解放部隊の集合地点に次々と、そして正確に着弾していった。
「う、嘘だろ……」
厚い霧が吹き始めた風に流され、周囲が段々と明るくなってくる中、ウィッテや解放部隊の兵の目に信じられない光景が飛び込んだ。
「オートメタビースト部隊……南部に展開されていたのではなかったのか……」
事前に調べていた情報では、南の帝国軍侵入に対峙するため、主立ったオートメタビースト部隊は南部都市ビアンカに配備されている筈であった。
「ウィッテ!武器棟に武器が、武器がない!」
送られてくる同志の声は悲痛なものへと変化していた。
工場正門に停車しているトラックが炎に包まれながら横転していく。
「軍の奴ら……俺たちが襲撃することを知っていたというのか?」
十機を超えるオートメタビーストが執拗に攻撃を加えながら革命解放部隊に迫ってきていた。
「シシカ!逃げろ!」
奪ったオートメタビーストに搭乗する妹のシシカに通信を送った声がウィッテの最後の声であった。
遠距離狙撃により、トラックごと彼や周りにいた同志と共に肉片を地面に散らした。
相手にロックオンされた警告音がシシカの耳に飛び込んできている。
「兄貴、どうしちゃったんだよ、何があったんだよ、みんな、逃げるなよ」
それまで自分の周辺にいた武装した同志は散り散りになり、逃げ遅れた者は焼かれ、ある者は五体を吹き飛ばされ、その命を散らしていた。
建物の陰に隠れるシシカのオートメタビーストめがけて数機のオートメタビーストは銃撃を続けている。
「いやだ、助けて、助けて……」
シシカはスロットルを持つ手の震えを止めようとしているが、まるで言うことを聞かない。
選ばれた正規軍パイロットの腕は正確であった。
ライフルの銃口がシシカの座る胸のコクピットを狙った。
大きな衝撃音が辺りに響いた。それまで地上に倒れていたオートメタビーストが、高速で起動をはじめ、左翼を担う部隊の一機に横から身体ごとぶつかった。不意を突かれた機体はバランスを崩し、アスファルト上を倒れたまま滑っていった。
ぶつけた方の機体は、相手のライフルを奪い取り、他機のライフルめがけ発砲した。
光弾は命中し、誘爆を起こしていく。
さらに、炎上するトラックを掴み、戸惑う他の機体めがけて投げ、目の前で光弾を命中させ、相手の視界を一時的に奪った。
誰が見てもこの機敏な動きは、操縦に慣れていない者の仕業ではない。牽制をしつつ、動きの鈍くなったシシカのオートメタビーストに近付いた。
「シシカ!すぐに機体を放棄してこっちに移れ!コクピットカバーを開けろ!」
シシカは言われるまま、コクピットカバーをオープンにした。オートメタビーストはいきなりシシカの機体を突き飛ばした。その反動でシシカの身体はコクピットからはじき飛ばされ宙に舞った。悲鳴を上げる力さえも失われた彼女の身体は、突き飛ばしたオートメタビーストの左手の手の中に包まれた。
コクピットに座っている男はペイバックであった。
「こっちに乗り移れ!」
ペイバックは軍の攻撃を回避しながら自機のコクピットカバーを開け、手の中で怯えるシシカに手を差しのばした。シシカは自分が短い時間の間に何が起こったのか全く理解ができていない、ただ、その場でうずくまり震えているだけであった。
「何やっている、急げ!」
シシカへのペイバックの呼びかけは横をすり抜けていく銃弾や砲弾の音にきれいにかき消されている。
ようやくシシカはペイバックが自分を呼んでいるのに気付いた。彼女の幼い表情に一瞬だけ、笑みが戻った。
「!」
追撃するオートメタビーストから放たれた光弾が機体の腕左甲部に着弾した。
熱風を避けるため反射的にペイバックはコクピットコンソール上に伏せる姿勢をとった。首筋から猛烈な熱気による痛みが全身を走った。
「畜生!」
顔を上げたペイバックの瞳に手を差しのばす姿勢で炭化したシシカの遺体が映った。少し唇を噛んだペイバックは、その遺体を地面へ無造作に落とし、コクピットカバーを閉じた。
「だから血まみれの兵器にガキを乗せるなと!」
叫ぶペイバックは、地を滑る自機を反転させ、今、プラズマライフルを放ったオートメタビーストに接近し機体をぶつけた。予想していなかった衝撃に相手の機体は持っていたライフルを空中高く飛ばした。ペイバックの機体はそのライフルをつかみ、すぐに照準を合わせた。
「ガキの命とお前の命、この世に生を受けた価値はたいして変わらないだろう」
ペイバック機の放った光弾は相手のコクピットを直撃した。装甲に守られたコクピットも近距離では何の役にもたたず、操縦するパイロットをシシカと同じように黒く焼いた。
フォーメーションを組んでいた他のオートメタビーストのパイロットは、反撃に転じたペイバック機に動揺した。その隙を突く形でペイバック機はそのまま、追撃部隊の中心を走り抜け、民家の密集している地域を避け、東の荒地帯に進んでいった。
「時さえ待てず、自ら欲に狂っちまうような奴らに未来は変えられんか……」
追撃するオートメタビースト隊は、あらん限りに逃亡を図るペイバック機に狙撃と銃撃を加える。さしものペイバックの操る機体も十数キロ進んだ都市の廃墟で、ほとんどの部位を残さずに破壊、撃墜された。
ロジオンは、自室のベッドの中でその報告を受けていた。
傍らには愛人の少年兵が一糸まとわぬ姿で寝息をたてている。
「……そうか、抵抗する者は殺せ、情報源の奴らにはすぐに報酬を渡せ、ああ、すぐにだ、それも最初の奴らにだけ規定の五倍は用意しろ、噂を聞きつけた馬鹿共がすぐに集まる、偽の情報を流した奴の始末は忘れるな」
モニターの向こうではロジオンの命令を若い兵士が真顔で聞いている。
「もう一つ、シルバー・エルネスト追撃部隊の例のパイロットの行方は?」
「ベルフラワー隊のパイロット一名は不明のままです、機体回収は終了しましたが、生物接触時のデータが一部復旧不可能な状態だそうです」
「それほど破壊されたのか」
「……それが」
兵士は少し首を傾け、
「各部位の破損について多少は見られるものの記録機器の故障につながるほどの被害ではありません、回収後の報告も不具合はなかったと」
「意図的に消した可能性は」
「いえ、その痕跡も見られずコクピット内の通信ラインのみが記録されていなかったと……」
「通信ライン?」
「ベルフラワー隊内部での可能性も考えられると」
「内部……うむ……分かった、また、随時、報告を頼む」
「了解」
電源が消えたモニターを見つめるロジオンは、レイブンがやったとは思っていない。
(あの臆病な男が、そのような大それたことをするものか)
「起きる時間だ」
ロジオンは目を覚ます少年兵の額に軽く口吻をし、彼をシャワールームへと誘った。
革命解放部隊の蜂起は、事前に襲撃を察知していた軍により、工場内にて調整中であったペイバックの搭乗した機体だけが全損大破、追撃部隊のパイロット一名が機体中破の上、死亡する損害となった。
犠牲は生じたものの、楽園軍にとって、この程度の損失はもともと計算の範囲内での出来事であった。
これらの蜂起の情報は密告奨励の賞金つり上げが功を奏し、彼らが同志として呼び合っていた仲間によって、連日のように、軍の統合本部に逐一もたらされていた。
オートメタビースト奪取作戦で一番利を得た者は北の楽園軍に他ならない。軍は抵抗する反政府勢力の中心人物らを労せず抹殺することに成功した。
この日を境とし、楽園に潜む反乱分子の力は急速に失われていった。
第三楽章 (六)
内乱を鎮圧することに成功した北の楽園軍は、南の都市『ビアンカ』を中心に防備を固めると共に帝国への侵出を企てていた。
既にその地から遙かに南に下った両国を隔てる緩衝地帯は、遙か昔、交易で栄えた大都市が存在した。南北を貫くメインストリートは幅広く造られた跡だけがその名残としてわずかに昔の繁栄をとどめているにすぎない。草木に覆われた中に延々と都市の廃墟が建ち並び、いたる所に戦闘車両や砲台の残骸が未だ放置されたままの風景は、初めて見る者誰もが大きな衝撃を受ける結果となっている。
第一次楽園侵攻の際、この場所が最大の激戦地となり、その後、脱走兵やゲリラが跋扈する地と変貌した。南の帝国軍でさえも、そこに潜む者たちの襲撃を警戒して、以降の侵略ルートの変更を余儀なくされていた。
本当であればこの都市は多くの魂を飲み込んだまま眠り続けているはずであった。だが、時代はそう容易く休ませてはくれなかった。
プラズマ弾の閃光がきらめき、建物の脇にあった偵察車両が破壊される。黒い煙に巻かれながらオートメタビーストが建物の陰から姿を表した。
兵士のモニターには、燃え続ける偵察車両しか映っていない。
「この街には鼠しかいません」
「その鼠もお前は二匹しか狩ってないんじゃないのか」
「そういうお前こそチキン野郎だ」
警戒に当たっていたオートメタビースト『セーブルフェネック』でなる小隊各機は、南の帝国の偵察部隊を発見しては、容赦なく破壊していった。
巨大な工作車が進撃の邪魔になるルート上の岩塊や残骸を潰し、穴に埋め、路肩へと寄せていく。その後を戦闘車両と輸送装甲車が混在する部隊が南下を続けていた。
「ここより南西六十キロH三五二から微弱なジャミング信号が発せられています」
「南の偵察車両か?」
「いくつかの点のように散らばっています、数は約二十、固定式かどうかはもう少し近付かないと確認できません」
「司令部からの破壊命令はまだ出ていないのか?」
「前線がこれ以上延びることを司令部は認めていません、ここで指示あるまで待機せよとのことです」
パイロットと兵士の会話が続く中、後続の車両群が発する低く地面を揺らす音が次第に大きくなっていった。
それから数時間後、前方から発せられていたジャミング電波は霧が晴れるように消えた。
帝国の伏兵部隊の存在を気にしていた前線の兵士たちは、オートメタビースト『セーブルフェネック』からなる自軍の脅威に恐れをなして撤退したのであろうと判断した。
彼らは、南の帝国の華やかな街並みの中を入城するセーブルフェネックの勇姿を想像しながら、司令部からの進撃命令を待っている。
低く垂れ込めていた雲から、雨が一粒、二粒と落ち始め、数分もせず飛沫を上げる程の強い雨脚となった。それを合図にしたかのように前線部隊へ国境侵入への命令が、予定よりもやや遅く一斉に発せられた。
「帝国の野郎共に目にもの言わせてやる」
頭部の外部カメラが青く灯り、起動音が高鳴っていった。
「何だ?」
セーブルフェネックに搭乗しているパイロットは、危急を告げる警告音にレーダーパネルに目をやった。自機のすぐ前方で未確認機を告げる黄色いマーカーが地面から湧き出すように光り出した。
「何がいるんだ?」
パイロットが確認をしようとした瞬間に、側面からライフル弾の直撃を受けた。近距離から連射されては硬い装甲板をもってしても、耐えることは不可能であった。セーブルフェネックは反撃もできずにその場で爆炎を上げて墜ちた。
雨の中に大型の二足歩行兵器のシルエットが浮かんだ。
「この機体は!」
北の楽園軍司令部は送られてくる映像に目を疑った。セーブルフェネックより全体的に細いラインをもち、雨粒のような流線型の頭部に埋め込まれたカメラアイを光らせるその機体はまぎれもなくオートメタビーストの系統を継ぐ物であった。
「南の新型オートメタビースト……まさか」
さっきまで浮かれていたセーブルフェネックのパイロットは喉の奥からかすれた声を上げた。
背部のほとんどを占める巨大な全方向ノズルが表しているように、機動力がセーブルフェネックより格段に優れていることは一目瞭然であった。
「緊急事態、本隊は帝国軍のオート……ぐぁっ」
帝国軍の射撃兵器はたった一発で、硬い装甲版をもつ北のオートメタビースト『セーブルフェネック』を沈黙させた。
「散会、各個撃破!」
縦横無尽な動きを見せる両軍のそれぞれの機体は、これまでの旧式兵器にのっとった戦闘様式を根本から一変させた。
一方的な勝利に浮かれる楽園軍にとっては水を差す出来事であった。
「南の新型オートメタビーストだと、馬鹿な」
その情報を耳にした北の将校は、皆、一笑に付した。だが、錯綜していた情報が、確かなものだと分かった時点で委員会は軍の将校を緊急に招集した。
「シルバー・エルネストは既に南に強奪されていたというのか」
「まさか、だとしてもこれだけの短い期間で南に製造できる訳がない」
「製造ラインの拡充を!」
「部品の調達が間に合わないだと、何とかするのが君の責務だろう」
限られた情報の中での会議は進展という言葉とはほど遠いものであった。沈黙と罵倒、喧噪、それが延々と繰り返されている。
互いに怒鳴りあい、牽制し合う時間の中で、いくつかの点だけはようやく合意を得られた。
ベルフラワー隊のシルバー・エルネスト追撃の一時中止、戒厳令の継続、この二点は会議が続いているのにもかかわらずすぐに発令された。
第三楽章 (七)
東の森を抜けた先、そこは乾ききった大地であった。
巨大な虫『クリッカー』の群れが波のように前方で盛り上がっていく。
その動きをライクはスロットルレバーを細かく調整しながらかたい表情で見ていた。彼女の操る銀色の機体は、両手に構えた刀剣で大きな前脚による彼らの執拗な攻撃をかわしつつ、巣と思われる地帯の突破を図っていた。
攻撃に加わらず、同じ場所で入れ替わり上下する虫の腹の下には真珠のような卵塊が繊維状のもので岩にぴたりと張り付いている。
そのような急上昇や急降下を繰り返す機体の中でも、後部座席にいるフウロは薬が効いているため、おだやかな寝息をたてていた。ただ、病状はあまり思わしくなく、椛葉のような愛らしい手の甲には醜い紫斑が再び浮かんでいた。
遙かに霞む愚者山脈へと向かう途中に広がる丘陵地帯の砂漠化は今も進んでおり、シルバーの機体には風圧で巻き上げた小石が雨のように降りかかっていた。
「プラズマライフルは使わないの?」
「ここで無駄なエネルギーをあまり消費したくない」
フウロによって『ソマリ』と名付けられた小さな猫型人形は、ライクの座るシートのヘッドレストの傍で、爪をたて、しっかりとつかまっている。
「ソマリ、フウロと一緒に寝ていて、一気にこの地点を突破します」
「うわっ!ライクさん、前っ!」
機体の正面で砂が吹き上げられ、虫の姿が高層ビルのようにせせり上がった。ライクは機体を左に横跳びさせ、一撃を寸でのところでかわした。
一度着地し砂煙を上げたシルバーは、機体を地上すれすれの高さで飛ばし、背後に取り付き手に持った鳴狐刀を頭部と胸部をつなぐ間接部に深く食い込ませた。クリッカーが緑色の体液を振りまき動きが鈍くなるのを確認することもせず、すぐにシルバーの進路を東に向けた。
虫の密集するエリアはまだ続いていた。少しでも高度を上げるとハンターが空の振動を嗅ぎつけて上空を旋回しはじめる。
ライクは慎重に機体を操り、岩だらけの砂漠地帯を進ませた。
「見つけた……ゴブのデータ通り」
前方の地形の状態を示すレーダーに青いマーカーが点滅したのを確認し、ライクはシルバーの移動速度を急におとした。
「どうしたの、ライクさん!シルバーが遅くなってるよ」
後部カメラからの映像に映し出されているのは、折り重なりながら砂煙を立てて追ってくるクリッカーの群れであった。
前方の何もない砂漠の大地に黒い一筋の影のような長い線がひかれた。
クリッカーの脚から響くガシャガシャとしたけたたましく不快な金属音が背中のすぐ後ろから聞こえてくる。
今まさに追いつかれようとした瞬間、ライクはスロットルを握る両腕を強く前に押し出した。シルバーは二枚の翼を大きく拡げ、短い時間ではあったが空中に舞った。
黒い一筋の影は、大地にできた深い傷跡のような大きなクレパスであった。かすかに熱気が立ち上り、クレパスを隔てた景色はかげろうの中に揺らいでいた。
目の前の獲物を狩るのに夢中であったクリッカーは、深い裂け目に次々となだれ込むように落下していった。
「かわせたか……」
気の休まる間もなく、ソマリのあわてた声がコクピット内に響いた。
「た、たいへんだよ、ライク!フウロの呼吸がまた変になっている!」
フウロはまだ眠ったままであったが、顔は真っ青に変色し、苦しそうな呼吸を繰り返している。強制的に寝てはいても、搭乗者にかかる圧力は尋常なものではない。
砂漠にそびえ立つ愚者山脈の山容は巨人のようであった。砂漠の所々に赤い岩のモニュメントが大地から顔を覗かせている。
この辺りにはかつて大河が流れていたのであろうとライクは推測した。深い亀裂は谷の痕跡だと考えると合点がいった。
「フウロの容体が快復するまで休みます」
あれからの旅は思っていたよりも進んではいない。
フウロの具合が日増しに悪くなり、少し進んでは体調が快復するまで、その場所でとどまっていたためであった。
(追跡部隊はもうすぐ……)
ライクのスロットルを握る手は、戦闘時とは対称的に強くこわばる。
しかし、はるか上空を飛行するハンターの群れは、彼女の不安な心を知るよしもなく悠々と砂漠を横断していった。
この場所に着いてから三晩過ぎた。
開いたコクピットシールドの間から、流れ込む乾いた風は久しぶりにフウロの耳に外界の音や匂いを届けた。
目覚めると、こぼれんばかりの星空がフウロの視界いっぱいに飛び込んできた。
「きれい……」
つぶやきに近い、その声をライクもソマリも聞き逃すことはなかった。
「気が付いたよ、ライクさん、フウロが起きたよ!」
ソマリはフウロにかかる毛布に爪をたてて上がり、ゴロゴロとのどを鳴らしフウロの顔に小さな自分の顔を撫で付けた。
北の楽園で見ていた星とは数がまるで違っている。
地平線まで頭上を流れる星の大河と黒い色画用紙の上で撒かれたビーズ玉のように色とりどりにきらめく星々はフウロへ瞬きのウィンクをもって静かに出迎えた。
「おはよう……フウロ……」
ライクはフウロの目覚めを優しい笑顔で包んだ。
「おはよう……でも、もうこんばんはの時間だね……また、楽しい旅なのに寝ちゃったんだ……ライク、ごめんね……」
「ううん、私はあなたがいるだけでいいの……」
『ピノッキオ』に出てくる青い妖精は、実は星の世界を背景に目の前で美しく微笑むライクなのではないかとフウロは思った。
「ねぇ、またお話しの続きをしてくれる?わたし……ライクの声が大好きなの……」
星々もまた、そのフウロの願いに同調するかのように瞬きを繰り返した。
だが一点だけ、その星空に異様な雰囲気を醸し出している一角があった。
西の空の地平線に浮かぶ赤い星。
その星の下では、もう一つの動きがあった。
(こちら、ピーピング・トム二号、『シルバー・エルネスト』の痕跡を確認、『愚者の渓谷』の方向へと延びている、追跡を継続する)
ベルフラワー隊の偵察車両が、シルバーの残したと思われるわずかな移動の痕跡を大地上で捉えることに成功した。
レイブンの執念が今,ここに成就しようとしていた。