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銀色ふうろ  作者: みみつきうさぎ
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第二楽章(三)

◆ 登 場 人 物 ◆


フウロ・サク・アサマ     


 エルネストの孫 明るく心優しい少女であるが、『南の帝国』による細菌兵器の後遺症により、短命を医者から宣告されている 姉のライクと希望がかなうという伝説の『黄金の泉』をさがす旅に出る


ライク・R・アサマ      


 エルネストの養女、ふうろを実の妹のように愛している 『南の帝国』による侵攻時にエルネストの開発した次世代オートメタビースト『シルバー』をヴォーカンソン重工業社より強奪する


レイブン・ベルフラワー    


 『北の楽園』軍オートメタビースト部隊長 『シルバー』奪還の任を負う


ゴブ


忘れ去られた霧の森に住む老人

第二楽章(九)



 最下層にようやく二人が降り立つとそれまで石造りの壁だった所が金属製の壁に変わっていた。

「今、お前が立っている所は地下深い場所と錯覚するだろう、だが、過去にはこの部屋を含めて東の崖につながっていたようだ、前の主人……過去の住人は意図的にこの場所を埋めていた」

 足下には、錆び付いたネジや金属片、工作器具と思わしき物が散らばっていて、シルバーの格納されていたヴォーカンソン重工業社の地下とはまるで様相が違っていた。

「かわいいからくり人形共が守っていたモノ、かれらの創造主とはこれだよ」

 懐中電灯に照らされた先に、外装が腐食し、下半身の原型をほとんどとどめていない、巨大な金属製の巨人がうち捨てられているように横たわっていた。

全体像ではシルバーや他のオートメタビーストよりも大きく、原型がわずかに残った上腕部や頭部が直線を主としたラインでデザインされている。背中にあたる位置からは大量のケーブルが延び、金属壁につくられた制御盤に接続されていた。

「この巨大な羽の折れた鉄人形をからくり人形に治してほしいと懇願された、死んだように見えるこの巨人だが、私が出会った頃は動力部はかすかに作動していた、私はこの存在を示すメモリーや書類を必死になってさがした……だが、何も見付けられず、再生させることもできないまま、このように無駄な時を重ねている……時から見捨てられた廃墟の地下に、人智を越えた遺物が眠っていることを誰が信じる?われら人間が遙か過去にこのような機械人形をつくっていたことを誰が信じる……わしが言えることは、この土に還るべき存在の物が自己の命の消える寸前まで、からくり人形共を守っていたということだ」

 ライクは操縦席と思われる後頭部の窪みに近付いた。そこには椅子やスロットルなどはもう無く、あまたの機械が錆の中に埋もれていた。

「ミスターゴブ」

「何だ」

「この遺物は何年くらい前の物だと考えていますか?」

「お前はどう思うのだ?」

「少なくとも八百年……いや、千年前くらい……」

「この街の主人が残した記録に、今から千百年程前に東の地より多くの民が移住してきたと書かれていた、ただ、それがなぜ、何のためにここに来たとは書かれていない、書き忘れではなく、あえてその理由を記さなかったのかもしれない、私が他の地で聞いた事柄もその時代の辺りから、同じく人々の記憶から一斉に消しゴムで消したかのようにきれいに何もなくなっていた」

 機体を触ったライクの手が赤錆で汚れた。

「だが機械の記憶を消すことなどはできない……発電システム、幻影装置、この街こそがその証拠……街々は隔絶され、人々は小さなコロニーで危険な巨大生物におびえながら細々と暮らしてきたのだろう、ただ全てを忘れようとしたができなかった……それは、私や現代に生きる者たちが旧世紀の音楽に心惹かれることと何ら変わりはない気持ちであるのかもしれない」

 ゴブはそう言った後、ライクに懇願の目を向けた。

「失われた過去の記憶や歴史をわしは求めていない、この巨大な機械の神をあの銀人形をつくった者なら、蘇らせることができるかもしれない、どうかわしをその創造者に会わせてはくれないか、私が直接に会って、お願いしたい」

 ライクは首を小さく横に振った。

「もう、この世界にはいません……」

 このような答えになることを、心のどこかで覚悟していたとはいえ、ゴブの表情に落胆の色が濃く浮かんだ。

「そうか……」

 希望の細い糸が切れたように、巨大な機械の上腕部の一部が、大きな音をたてて、床に落ちた。錆びまじりの埃が天井高くまで舞い上がった。



 広場に戻ってきたフウロのそばに座っていた人形が急に落ち着き無く動き始めた。

「怖イ、怖イ」

その人形の短いメッセージに呼応し、静かにしていた他の人形達も騒ぎ始めた。

「ゴブ様、怖イ、怖イ、フウロ、怖イ、怖イ」

「ねぇ、ねぇ、お人形さんたち、いったいどうしたの?」

「『鉄馬』怖イ」

「鉄馬?」

 赤い光を点滅する人形達に驚き立ちすくむフウロは、霧の海の奥深くから機械音のけたたましい雄叫びが轟くのを聞いた。

「ゴブ様、オ知ラセ、オ知ラセ!」

一番大きくて古い木人形型の人形は、ゴブの家に跳ねるようにしながら移動していく。

 フウロは人形たちが、自分がフウロにするように怖くて身を寄せ合い始めたのを目にした。

「鉄馬って大きいの?」

「大キイ、鉄馬ハ大キイヨ、街クライ大キイ」

「遠クデ山ガ動イタ……鉄馬ハ怖イ、怖イ」

 フウロの細い足の周りに人形たちが重なりながら隠れ場所を求めた。フウロは本能的に自分よりも弱い存在が、自分を頼りに集まってくるのを見て、今までにない感情を抱いた。

「心配しないで、シルバーがやっつけちゃうから、ねぇ、私のシルバーがあるところまで教えて!」

 人形はピーピーと警告音を発しながら「忘レタ」「危ナイ」といった言葉を繰り返し発した。

「やっつけちゃったら、もうみんなは怖い思いをしないですむよ、この道真っ直ぐ行ったところかな?」

「僕、教えるよ」

 掌にのるくらいの小さな猫の形を模した人形が、顔を洗うような仕草で右の前腕を上げた。この人形だけはやや新しく言葉も他の人形のようにたどたどしい口調ではなかった。

「うん!」

 フウロはその猫型の人形を優しく拾い上げた。


 その頃、ゴブも地下の部屋で異変に気付いていた。人形達が発し続けている警告信号を携帯型通信端末が受信したからである。ゴブは無線を拾い上げられないよう、すぐに送信をカットするように伝え、ライクに地下から脱出するよう促した。

「何があったのですか?ミスターゴブ」

 ゴブは部屋の鍵を閉め、ライクに声を潜めて告げた。

「お前たちのように花のような客ばかりなら良いのだが、最近はそうもいかなくなった」

「?」

「大きな鉄の馬がこの地域にも出現しはじめた……わしが調査隊に属していた頃にも似たような噂はあったのだが、現実に存在していたとは……」

「見たことはあるのですか?」

「まだ音だけで見たことはないが、うちのからくり人形のうちの一体は赤外線の目で見た様子をこう教えてくれた。『鉄の山が動いている』と」

「その目的は?」

「私が訪れた砂漠の街の言い伝えでは、文明をもつ全てのものを塵に帰す」

 ゴブの返答を最後まで聞くことなく、ライクは石段を駆け上がっていった。


第二楽章(十)


 普段、ライクの座っているシルバーのコンソールにフウロは座っていた。

両足はペダルまで届かず、ぶらぶらと宙に浮いている。左右のスロットルを握る手も、ただ、上から被さっているにしかすぎない。足下の猫型の人形は床を転がらないよう、ぎゅっと固まって丸くなっていた。

「シルバー、みんな怖がっているんだよ、だから助けてあげなくちゃ、シルバーは良い子だから私の言っていることわかるよね」

 フウロが声をかけると、周囲の計器類はきらびやかな輝きを見せた。続いて正面のメインモニターに割り算の計算問題が一問映し出された。

「違う、違うよ!今は算数じゃないの!怖くて大きいのがこの街に近付いてきているの!」

 モニターの計算問題はまだ答えを求めている。フウロは、ちょっと考えて答えになる数字が示すパネルにタッチした。

 大きい花丸が映し出され、メインモニターは周囲の景色を映し出した。

「シルバー行こう!」

 フウロはいつもライクがしているように、左右のスロットルを見よう見まねで前に押し出した。シルバーは立ち上がり、思いっきり前方にジャンプした。

「きゃぁあ!」

 樹木も生い茂っていたのでショックはほとんどないが、考えてもいない動きを見せたシルバーにフウロは驚いた。

「だめじゃない、シルバー、ちゃんと私の言うことを聞いて!」

 シルバーは何事もなかったように立ち上がり、自動的に腰に装着していたライフルを構えた。

 かすかに梢を揺らしていた風が次第に強くなり、立ちこめていた霧を吹き流していく。メインモニターが明るく変色し、霧に隠されていた地形をきれいに浮かび上がらせていった。

 何も見えなかった森の先に、小山が見えた。

「あれかな?ねぇ、猫ちゃん、あれでしょ?」

 フウロに問われた猫型人形は、するするとコンソールの上に乗り、彼女の指さすモニターへ目をやった。

「あ……危ない!危ないよ!熱くなってる、熱くなってるよ!」


 小山のように巨大な物体の上部が白く光ると、フウロの乗ったシルバーの周りの岩石や樹木はハンターの騒ぎ出す上空まで、高々と吹き飛ばされていった。

 おびただしい数の破片が、シルバーの装甲にぶつかって音をたてた。目の前の地面がえぐられ底には赤く焼けた土が沸騰した湯のように表面から泡をたてていた。

 シルバーのメインモニターに警告を表示する文字が点滅を始めた。

「フウロ、あいつ、もう一回撃ってくるよ」

 猫型人形の怯えた声は、緊張するフウロの耳には届いていない。得体の知れないざわざわとした感覚だけがフウロの身体を支配していた。

「シルバー……シルバーはみんなを……みんなを……」

「来た!」

 猫型人形の悲鳴が上がった時、フウロの目の前のモニターが白く発光した。

「フウロ!フウロ!どうして!」

 霧が消えつつあるゴブの街の丘から見たその情景は、ライクの冷静な心を大きく狂わせるのに十分であった。霧の奥にかすかに見える巨大な黒い影から発砲される弾頭に、為す術もなく森の一角に佇むシルバー。

 コンソールに座るフウロは駄々をこねるように首を大きく振った。

「シルバーはみんなを助けるの!じゃなかったら、私もこの子たちもお爺ちゃんのいる天国に行っちゃうんだから!」

 その瞬間、フウロは自分の乗るシルバーのコクピットが少し傾斜したように感じた。スロットルを何も動かしていないフウロであったが、シルバーは背面の翼を広げ大きく横に飛んだ。シルバーがいた地面に大きな二つ目の焼けた穴がねじあけられた。

 シルバーは高く空を舞い、全て彼女の行動を見ていたかのようにライクの立つ丘の側に降り立った。

「シルバー……」

 驚くライクを見下ろしたシルバーは、自動でコクピットカバーを開け彼女を機体に誘った。

「ライク!」

「フウロ!後ろの座席に移れ!ベルトは自分で締めなさい!」

 フウロはしがみつく猫型人形と一緒にシートの上を転がるようにして、後ろにあるいつもの自分の座席に座った。瞬時にライクが乗り込みコクピットカバーを閉じた。

「ライク……ごめんなさい」

「あなたが無事であればいい」

 シルバーのモニターがフウロの乗っていた時の柔らかいパステル色から、濃い色に変わった。いくつもの指示を示す数字や文字が画面を走っていく。

「シルバー、演奏だ……」

 ライクはペダルを踏み込み、再び空に機体を飛ばすと砲撃を避けながら樹木の梢ぎりぎりの高さまで滑空し高速水平飛行を行った。

 霧が瞬く間に晴れていく。


「おおっ!」

 ようやく丘にたどりついたゴブは、遠くに鎮座する鉄馬の姿を直に見た瞬間、言葉を失った。前方の地上の異様な物体はシルバーから見るフウロの身体も固くした。

全高が百メートルはあろうかと思われる大きな女性の顔を模った球体から、六本の太い金属製の脚がのびている。顔にはまつ毛まで備えられ、大きな瞳は瞳孔までもあった。また、年月を重ねていたことを物語るように植物や土がその巨大すぎるほどの兵器を装飾していた。その威容は山そのものと言っても間違いではない。

 長い耳の下に付けられた飾りの筒から、光弾が撃ち出された。

「人面岩と同じ顔……」

 異国で知り得た顔の掘られた巨大な岩の遺跡、それと同じ顔をもった兵器が存在していたことは、この世界のおかれた状況をわずかに知るゴブの思考をさらに迷わせた。

「いかん!そんな銀人形で歯の立つ相手ではない」

 ゴブはシルバーが、街に砲撃されないような角度で鉄馬に迫っているのを知った。


「フウロ、大丈夫だった?」

 優しく問いかけるライクにフウロは何と言っていいか迷った。自分のしたことは無謀だと知ってはいた。うまくいくとも思ってはいなかった。ただ、弱い者を守りたいという気持ちには偽りはなかった。

「彼らを守りたいという気持ちをもつことはフウロにとって大切なこと……忘れてはいけません、シルバーもそれを理解していた……」

「ごめんなさい!ごめんなさい!」

 自分を全く責めないライクの言葉にフウロは泣きじゃくった。

「わかったのなら、しっかりつかまっていなさい」

 ライクはプラズマライフルの照準を脚の間接部に定めた。

 シルバーは空中で発砲すると、その反動で大きく空を後ろに飛んだ。光弾を避けるように縦に逆さに一回転させ翼の下に装着された双方向性ノズルを噴かし、すぐに体勢を整えた。

(虫のような人間……人間のような虫……遺跡の人面岩)

 ライクの放った弾は間接部に直撃した。苔や灌木に覆われた間接部が焼かれ剥き出しになった。

鳴狐ナルコ!」

 ライフルを腰に装着させたライクは、背部のホルダーから飛び出した銀の平刀をシルバーに持たせた。シルバーはそのままの速度で鉄馬に突進した。放たれた光弾の空気を通す振動が機体に直接伝わっていく。

 シルバーは間接部に上段から振りかぶったその太刀を深々と食い込ませた。緑色の液体がシルバーの銀色の装甲を流れていった。

「何!」

 金属板の装甲をつらぬいてあらわれたのは、脈打つ生体部であった。

「生き物……機械ではないのか」

 鉄馬は大きく咆哮を上げ、他の五本の脚を小刻みに震わせた。

 空が黒々としはじめ、ハンターが群れとなって迫ってくるのが見えた。

「ライク!ハンターが来たよ!」

「わかりました、でも口は閉じていなさい、舌を噛みます」

 間接部からの液体は噴水のように空に放出される。鉄馬はバランスを崩しながらもシルバーの機影を求めている。ライクはハンターとの交戦を避けるために樹木の中に機体を緊急着地させた。

 ハンターは闇雲に撃つ鉄馬の光弾に身体ごとぶつかり爆発していった。ハンターに取り付かれながらも鉄馬は地面に大きな跡を描き、森の中を逃げるシルバーを追っていく。

「!」

 突然、身体の土をゆすり落としながら、シルバーの前に全長二十メートルほどの両手に大きなはさみをもつ虫が出現した。

「これが……」

 一匹だけではない、二匹、三匹と地面を割ってその巨大な生物は待ち伏せしていたかのように、群れとなってシルバーの前に立ちふさがった。

「ゴブの言っていた『クリッカー』」

「ライク!」

 前方にクリッカー、後方から鉄馬、上空にハンター、シルバーに逃げ道と名の付くものは全て閉ざされた。

 クリッカーの振り下ろされたはさみが巻き起こした風圧は、地上を高速で移動するシルバーに強い衝撃を与えた。

「くっ!」

 太い木々の間に吹き飛ばされたシルバーは、手にした刀剣を小さな盾代わりにしながら、機体への影響を最小限にとどめた。姿勢を立て直すまでのわずかな時の間にも、クリッカーの群れは地上を跳ね飛び、シルバーに向かっていった。

 ライクは背部のノズルを一閃させ、背面跳びのような体勢で空中へ飛び、クリッカーの突撃を辛うじてかわした。地面に突き刺さったはさみを引き抜く間も与えず、シルバーの刀剣は一本のはさみを真一文字に切り落とした。

自分の体内から吹き出す緑色の液体に触角を濡らしながら、クリッカーの動きはさらに激しくなった。シルバーは鳴狐と称されている刀剣を肩のホルダーに収納し、再びプラズマライフルを装備した。

 スロットルにかけられたライクの指が小刻みに動き、機体姿勢を微妙に調整しながら、全方向から繰り出される執拗な攻撃をかわしていく。

 鉄馬の放った光弾は、二匹のクリッカーと樹木を轟音の渦に巻き込みながら地面を溶かした。

「駆けろ!」

 踏み下ろされた太い鉄馬の足をシルバーは駆け上がっていった。クリッカーも多くの昆虫が行うようにトゲのついた多脚を鉄馬の脚に食い込ませシルバーを追っていく。シルバーは時折、翼を伸ばし空中へ舞い、鳶のように鉄馬の頭上で飛翔するハンターを誘惑した。シルバーの動きにひきつけられたハンターの群れは、獲物を捕らえようと急速に降下をはじめた。

「うっ」

 フウロの知覚は、あまりにも素早く回転するシルバーの動きについていくことができず、内臓がしめつけられ、苦い胃液が口の中に広がった。

「フウロ!」

「うん、まだ我慢できる……だって……シルバーも頑張っているから……」

 長時間の戦いは病身のフウロの体を一層弱らせていく。

人面の口に当たるところから、瞳が彫られた所まで数十メートルの高さまでシルバーは一気に飛んだ。空の震えに敏感に反応した二十匹を越えるハンターは銀色の機体めがけて黒塊となり闇雲に突撃してくる。

 一番先頭のハンターがシルバーに取り付こうとした瞬間、シルバーはスフマートモード(光学迷彩)を発動させた。七色の光が陽炎のようにゆらめくと、シルバーの銀色の機体は岩石と同化した。獲物の影を見失ったハンターの群れは鉄馬の顔面に蜂のように長い脚をからめた。

 ライクは空中を落下しながら、プラズマライフルのターゲットを絞り、トリガーをスロットルの内側へ押し込んだ。連続で放たれたプラズマ弾は集まっていたハンターの中心まで光跡をひいた。

体内で化学反応を起こしていたハンターの身体は飛行する火薬庫である。大音響をたてて、鉄馬は頭部の前半分を失い脳漿をまき散らした状態で崩れていった。クリッカーも強烈な爆風に飲まれ、金属や岩の破片の中に裂かれた腹をむき出しにしたままの骸と化した。

「フウロ、フウロ、大丈夫?」

 息を整えたライクのシートの後ろから返事は返ってこない。

「フウロ!」

 ライクの視界に口の周りを吐瀉物で汚しぐったりとシートに倒れ込むフウロと、破損しエラー信号を発したまま動かない猫型人形が飛び込んだ。








第二楽章(十一)


 フウロの前に立つリリーの瞳は蒼白い燐光に反射し、ネグリジェからのびる細い脚の先は闇の中に消えている。血塗られた猫のぬいぐるみを大事そうに抱えた彼女は、フウロに力ない微笑みを見せていた。

「フウロちゃん、ごめんね、リリーはお別れを言いに来たの」

 暗闇に向かい合って立つフウロは驚いた。

「えっ、どうしてお別れなの?私、おみやげいっぱい持って帰ってくるよ、そうしたらまた、遊べるよ、それともパパのお仕事でどこかに行っちゃうの?」

「もう会えないの……パパもママも……誰もいない所に行くの」

「どうして、そんなところに一人で行くの?私がついていってあげるよ」

 フウロの言葉を聞いて、リリーは大粒の涙をこぼした。闇に落ちた涙は見えない床の上で花のような王冠を描いて消えた。

「フウロ、フウロ!」

 自分を呼ぶどこかで聞いたあたたかい声に、フウロは高い空まで引き上げられるような感覚に陥った。

 ゴブの家のベッドの上に一人寝かされていたフウロの目が薄く開かれた。傍らの椅子に座ったライクは椅子が後ろに転がるくらいの勢いで立ち上がり、フウロの名前を繰り返して呼び頬をさすった。

「ライク……」

「よかった、気付いてくれた」

 ライクの目からひんやりとした涙がこぼれ、生気のない顔をしたフウロの頬を水玉となって流れた。

「リリーは?リリーはどこに行ったの、さっきまで私の目の前にいたんだよ」

「リリーは……」

「お嬢さん、この街を救ってくれたことに感謝するよ」

 言葉につまったライクを気遣うように、奥にいたゴブが会話に割って入った。彼の手には修繕を終えたばかりの猫型人形が円い二つの瞳から鮮やかな光を発している。

「あっ、猫ちゃん!」

「フウロ、僕も壊れちゃったんだけど、直ったよ、また、一緒に遊べるね、もう、おっかない鉄馬もいないんだよ!」

 本当の猫の動きのように、ゴブの手から跳んだ猫型人形はベッドの上で一度跳ね、フウロの掛布の足下に着地した。

「猫ちゃん、よかったね!」

 フウロは上半身を起こし、近付いた猫型人形を手にとって、嬉しそうに頬ずりした。

「もう、大丈夫なようだな……ただ、あの子の腕に出ている紫斑、砂漠の街で似たような風土病を見たことがある、もう少しこの地で休ませた後、そこの街へ向かうが良い、それまでにルートのデータを何とか用意しておく」

 小声でそう言ったゴブは、不安げな表情をしたままのライクの肩を叩き、本棚の前に立ってからフウロのベッドに近付いた。

「お嬢さん、夢を見ていたんだって?どんな夢だった?」

「うーんと、あっ、そうだリリーがいたの」

 フウロは一瞬考えてから、急に思い出してゴブに答えた。

「大切な友達が夢に出てきたんだな、むこうも心配しているんだろう、お嬢さんも夜寝たら、友達の夢に遊びにいけば良い、必ず行けるだろうよ」

「夢……そうか、私も遊びに行けばいいんだ」

 ゴブの言葉を疑うこともせず、フウロは明るく頷いた。

「これからもっと良い夢を見ることができるように、この街に残っていた大切な本を一冊プレゼントしよう」

 手渡された赤い厚紙の表紙には、『ピノッキオ』とくすんだ金文字の筆記体で書かれていた。フウロは猫を下ろして、その本をゴブから受け取った。中を開くと見たことのない装飾された細かい字がびっしりと書き込まれている。

「うわ、読めない!」

「心配せずとも、お前の姉さんなら読むことができる、楽しい話だぞ」

「ありがとう!ねぇ、ライク、読んで、すぐに読んでよ!」

「姉さんを困らすな、まだ、今日は寝ていなさい、身体は本調子ではない。わしの言ったったことを守らなければ、本は返してもらうぞ」

「えっ!せっかくもらったのに!」

 ゴブは明るく笑って、本を胸の前でしっかりと抱くフウロをベッドに優しく寝かしつけた。

フウロはまだ起きていたかったが、病にかかった体はそれを許さなかった。何も言わず自分を愛おしく見つめるライクの表情が重いまぶたの陰に隠れた。


「あの人面岩が兵器だったとはな……芸術品とは真逆の物騒な物と誰が想像するだろうか」

 フウロの寝息が落ち着きを見せた時にゴブは小さくうめくように言った。

「兵器ではありません、あれは……」

 ライクは一呼吸おいた。

「兵器を取り込んだ生物でした」

「何?あれが生物だと」

「ハンターと同じ、私たちを監視する役目を担っているのかもしれません」

「どういう意味か、検討もつかぬ」

「人類という生物が再び、愚かな兵器を手にしないように……情報を伝達する意思が存在するとすれば、彼らは私たちのことを知っている……覚醒したのもそのためなのかもしれません」

「人類は自由のない家畜ということか」

「推察です」

 ライクの答えを聞いたゴブはへりこむように椅子に座った。




第二楽章(十二)


 シルバーはゴブの街の広場の脇で霧のしずくに濡れている。

フウロはゴブからもらった特製の猫耳付きヘルメットをかぶり朝から終始ご機嫌であった。だが、時々せき込むこともあり、紫斑は残ったままである。

 別れを惜しむゴブの人形たちとのおしゃべりが絶える様子はない。

「このチップに、私の残しておいた記録をありったけ入れておいた」

「ありがとう、ミスターゴブ」

 ゴブから小指の先ほどのチップを受け取ったライクは、すぐに自分の腕時計のパネルに置いた。大量のデータがすぐさま、シルバーのメインシステムに送られていく。

「この子の薬はあと何日分残っている?」

「二か月」

「あの子の身体をむしばんでいる帝国のウィルスは風土病の亜種かもしれない、何とか良い結果が出るのを祈っている」

「私もあの人形たちの守護神を救える者に出会えたら、必ず伝えに帰ってきます」

「それまで、わしの命が続いていたのならな……さぁ、時間は限られている、早く旅立つがよい」

 ゴブは少し茶色くなった歯を見せ笑った。ライクはシルバーの方へ走って行った。

「行くぞ、フウロ」

「うん……」

 ライクに促されたフウロは、少し寂しそうな表情をした。

「もう、お別れ……」

 フウロの目に涙がにじんだ。

「僕、ついていくよ!」

 小さな猫型人形がフウロの身体をするすると登って行った。

「ねぇ、ゴブ様、いいでしょ、僕も一緒に行って、いっぱいメモリーをためて、ゴブ様と大きな神様にお知らせするんだ」

 ゴブは、知っていた。

「わしの追加プログラムはしっかりとロードされておるな、ライク、よろしいか」

「歓迎します」

 フウロは、その言葉を聞いて嬉しくて猫型人形を両手でもって、その場で跳ね躍った。あわせて他の人形たちもカタカタと身体を動かし、光を点滅させた。


 フウロとライク、そして新しい仲間を一匹乗せたシルバーのエンジン音が高鳴っていく。動き出したシルバーから見えるゴブの街は、感傷にひたる間もなく白色の霧の中に見る間に沈んでいった。

 ライクはペダルを踏み込み、徐々に移動速度を上げていく。

「あっ……」

 フウロは奥深い霧の中に、リリーが多くの人々と共に自分に向かって手を振る姿を見た。フウロが自分の目をこすり、もう一ど確かめようとした時、もう白い霧の渦は全てをのみ込んでいた。

(夢ハ記憶ノノイズダヨ)

 フウロは小さな人形たちの歌を思い出した。

ライクは磁場の強さを示す計器の数値が上がったことに気付いたが、気にしている余裕はなかった。

(あの戦いを見ていた生物は、私たちを必ず追ってくるはずだ……そして楽園の奴らも)

樹木の少ない崖下に沿うようにシルバーはさらに進む。

変拍子の楽曲のように、時に立ち止まり、足場を見付けつつ障害物を華麗に避ける振る舞いは貴婦人のように優美であった。


 フウロとライク、そして新しい家族との長い旅はまた始まった。





第二楽章(十三)


 レイブンのシルバー追撃部隊が華々しく荒れ地を渡っていったその日、北の楽園東部地区は小雨まじりの風が朝から吹きつのっていた。

 走る一人の少年を二人の警官が追いかけている。古い集合住宅に逃げ込む姿を見た住人の一人は、指をさし、警官に大声で伝えた。先回りした他の住人にあっさりとその少年は捕まり、太い棒で後頭部を殴られ、その場で口から泡を吹き昏倒した。

 ようやく追いついた警官は、少年の体を先のとがった革靴で一度蹴り上げ、卑屈な姿勢をしながら横で待っている住人に紙幣を渡した。住人は軽く頭を下げ、再び階段の踊り場から東のがれき地帯を双眼鏡で眺める作業にかかった。

 はきだめのようなスラム街から、食料を求めた侵入は昔から度々あったが、先の大規模な帝国の侵攻とテロ事件からその取り締まりはより厳しくなっている。

この街に住む者たちにとっては軍の華々しい活躍などはどうでもよく、一日口にする食料を何とか確保することで精一杯であった。中には若い女性や少年、少女のように春をひさぐために奴隷と化して、飼われる者もいたが、それはほんの一部にすぎない。

 南の帝国に関係している人物は、そこに楽園を混乱させる糸口を見付け、わずかな報酬と引き換えに爆発物や麻薬などの禁止薬物を大量に流入させていた。

(こんな糞のような世界は消えちまった方がいい)

(死、死、死、委員会のモノ共に死を)

 鉄条網でひかれた規制ラインの前では、古代の蛮国が行ったように、法を破った者たちの首をアルミ製の長い台の上に並行して並ぶ。

 楽園に飛ぶ蝶は減り、増えた蠅だけが、餓死した子供たちの目の周りに黒くかたまっている。


 楽園の首都にある委員会室では、委員の代理として出席した同志と呼ばれる三十人近い党員たちが、このスラム問題について頭を悩ませていた。今までは「ネズミは駆除すべきである」という意見が大半を占めていたが、兵士の不足という事態を受け、彼らに餌を与えるべき、自由と安価な報償を引き換えに強制的に敵地に送り込むという都合の良い方針に変わってきていた。

「彼ら虫けらをわれわれと同じ市民として迎え入れるということですな、たしかに流浪の民を受け入れることで、人口は増加しよう、しかし……」

 眼鏡をかけていた初老の党員の一人は、配布された書類を読むために、自分の眼鏡をはずした。

「同じではない、あくまでも能力のある者だけを果実のように選別するだけの作業だ」

 統合司令本部長の肩書を持つ老人は、いぶかしげに問う男たちに対し、語気を強めた。

「選別?ならば良い、腐ったモノは捨てればよいのだからな」

 上段の位置に座っていた他の男たちもゲラゲラと笑いだした。

「では、『宮殿』へ今の議題の決定事項を上申しようと思うが、皆良いか」

 一番中心に座っていた、髭をあご一杯にたくわえた男は、最終的な決を促した。



 時、同じくして南の帝国では多くの軍人や研究者が見守る中、細身の黒い人型兵器の放った弾頭がターゲットとなる戦闘車両の砲塔を吹き飛ばしていた。

「素晴ラシイ、コノ兵器ハ我ラ帝国ニ幸運ヲモタラス」

 一人の将校の上げた一言にその場にいた者たちも興奮を強めていく。南の帝国軍関係者は人型兵器の機敏な動きに感嘆の声を上げた。

 ペイバックが北の楽園からもたらした『オートメタビースト』の情報は完璧であった。オペレーティングシステムや金属の合金数値まで、全てが綿密なデータと共に記録されていた情報をもとに帝国はその豊富な資金源でさらに高性能の兵器をつくり上げていた。

 エルネストの開発した最新近代兵器『オートメタビースト』同士による両軍の戦闘行為が行われることは、今ここに確実なものとなった。


 憎しみという螺旋の時が紡ぎだされていくことをフウロはまだ知らない。














第二楽章 (Allegro con grazia) 演奏終了

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