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銀色ふうろ  作者: みみつきうさぎ
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第二楽章(Allegro con grazia)



◆ 登 場 人 物 ◆



フウロ・サク・アサマ     


 エルネストの孫 明るく優しい少女であるが、『南の帝国』による細菌兵器の後遺症により、短命を医者から宣告されている 姉のライクと希望がかなうという伝説の『黄金の泉』をさがす旅に出る



ライク・R・アサマ      


 エルネストの養女、ふうろを実の妹のように愛している 『南の帝国』による侵攻時にエルネストの開発した次世代オートメタビースト『シルバー』をヴォーカンソン重工業社より強奪する



エルネスト・サク・アサマ   


 元ヴォーカンソン重工業社技術開発部門総責任者 息子夫婦を『南の帝国』との戦争で失った怒りと悲しみを人型兵器『オートメタビースト』シリーズの開発に注ぐ



レイブン・ベルフラワー    


 『北の楽園』軍第三特務部隊所属 エルネストの監視役であったが,養女のライクに次第に恋心をつのらせる



ペイバック・K・オーガスト  


 元ヴォーカンソン重工業社技術開発部門職員



ロジオン・ヴァーベナ     


『北の楽園』軍第一特務部隊所属 レイブンの古くからの友人



リリー・ヴァレー       


 アサマ家の隣に越してきた少女 『北の楽園』高官の娘でフウロの友達



ウォリー・ヴァレー


 政府高官であったが、病気の娘を救うために情報を『南の帝国』へ流す



オルミガ・ダンデリオン


 オートメタビーストのパイロット 後にベルフラワー隊に所属する



エリック・ダチュラ


 オートメタビーストのパイロット 後にベルフラワー隊に所属する




第二楽章(一)


僕らは自ら銃をもって突き進む 友が目の前で亡骸となろうとも

愚者に運命をゆだねることを否定する者よ 死なくして勝利はあらず

自らの血で白い花を赤く染めようとも 自由の御旗のもと

銃をもって突き進め


 身体には大きすぎる歩兵銃を肩に掛け行進する少年たちは『愛国人民兵の歌』を高らかに歌う。

 見る人によっては、まるで映画の撮影シーンだと勘違いするほど、どの少年の顔も端正で美しい顔だちをしている。

 アスファルトの地面にぶつかる軍靴は、よりリズムを際立たせ、地面と平行まで振り上げた片手は弦楽奏者のように一斉に振り下ろされる。

 初々しい顔の少年のレイブンとロジオンもその列の中で、のどの力を振り絞って声を出していた。

「声が小さい!」

 醜い顔をした教官の一喝に、美貌の少年たちは一層、声を張り上げる。咳き込んだ一人の少年のなめらかな肌の頬に、容赦なくその鉄拳が食い込んだ。

 それまでの流れていた拍子が不規則なものに変わった。


 優秀な遺伝子の掛け合わせによる壮大な実験動物、レイブンたち少年兵は生まれた時からその宿命を負っていた。

 『温室』というコードネームをもつ悪魔の実験を楽園は遂行している。

全人民から選抜した知能、体力が高く、顔立ちの整った男女から生まれてくる子供たちを、楽園が管理し育成する実験であった。「エリート兵の早期育成」という表向きの目的とは違った側面をこの実験は有している。

アルミ製の二段ベッドが並ぶ就寝室で、少年たちは同じ姿勢のまま人形のように寝ている。廊下からの扉が開き、ずかずかと入り込んだ教官は、まだ、保育舎から上がって入きたばかりの少年の名前を呼び、すぐに別室に向かうよう指示した。

「今日はローズだよ」

「ローズは今晩が初めてでしょ」

「やっぱり、帰ってきた時にはアソコから血を流して泣くのかな」

「ああ、君みたいにね」

 少年兵らは、顔を動かすことなく、ただ天井を見つめたまま小声で会話を続ける。

 廊下の奥の扉が閉まった。

「いいな、レイブンとロジオンは委員会のおじさまに気に入られたんでしょ、僕なんか臭い曹長だ、この前なんかずっと僕の右目をなめ続けているんだ」

「臭いのはみんな同じだよ、なぁレイブン」

 ロジオンの問いかけにレイブンは返事をしない。

「もう、寝たのかな……寝てしまえばいやなことも忘れちゃうもんな」

 黙ったままのレイブンの目は開いている。

(夢の中でもいやなものは追いかけてくるよ……)

 レイブンはそそり立つ男性器が自分の身体へ侵入する瞬間を思い出し、顔を醜くしかめた。

鋭いナイフで心ごと傷つけられたように感じた痛みは、簡単に忘れることのできるものではなかった。

(僕たちはみんな大人たちのオモチャだ……)


 レイブンはそこで夢から覚めた。




第二楽章(二)


 北の楽園の北部都市『クレシダ』郊外には、外輪山を伴った広大な軍の特別演習場が広がっている。カルデラ地形のこの一帯は、南の帝国に知られることなく新兵器開発を行うためにたいへん重要な地であった。

 特に近年では、オートメタビーストの実戦演習場として大きな役割を担っている。野球ドーム程の容量を備えた格納倉庫が、建ち並ぶ光景に訪れた誰もが圧倒された。


「何だって?それも上官だとぉ!」

 施設内の休憩室の中に野太い男の怒号が響いた。

 声の主は黒いオートメタビーストのパイロットであるオルミガ伍長である。

 先月の南の帝国との迎撃戦において、四機のうちの一機が小破し、負傷したパイロットの検査入院が続いている。この基地で未整備であったもう一機に、新しく補充されるパイロットが配属されることは迎撃戦が終了してすぐに決定された。

しかし、エリック伍長が耳にしたというその内容はあまりにも理不尽なものであった。

「そんなケツの穴に何ができる、なぁ、エリックよ、俺たちがこのビーストのパイロットになるまで、どれだけ時間をかけてきたのか知っているよなぁ、それもいきなり上官ときてやがる」

「たたき上げのお前の意見ももっともだが、無能な奴をビーストのパイロットにするなど、そこまで軍の上層部は馬鹿ではあるまい」

「けっ、エリートのお前にはこの悔しさはわからないだろうよ」

 二人の会話を割り込むように純音のチャイムが鳴り、施設内にいるオートメタビーストの関係者を招集する放送が入った。

「噂の主の登場か」

「オルミガ……ここから先、余計なことを言うな」

「言わねぇよ」

 そう言うオルミガは狐のように目を細めた。

 格納庫の一角にパイロットや整備士が一糸乱れず整列している。向かい合うようにして統合本部の司令官、そしてその横に自分たちと年齢のそう変わらない軍服姿の青年が直立していた。

 一同は彼らを敬礼で迎えた。

「先の迎撃戦において、たった四機でありながら、敵国の兵器を多数撃滅するというめざましい戦果を上げたことは、この楽園に生きる者たち全てに勇気と希望を与えた」

 胸に多くの勲章が光る小太りの司令官は長々と訓辞を始めた。話が終わる頃にようやく横に立っている青年を紹介した。

(誰だ……あいつにはどこかで会っている)

 エリックは以前にその上官と出会っているような気がした。

「君たちの上官となる男を紹介する、レイブン・ベルフラワー少尉、特務部隊上がりで今回新たにロールアウトされる機体にも搭乗することとなる、以後、彼の下した命令は全て委員会の命令となることを心得よ」

 名前を聞き、エリックはすぐに思い出した。

(レイブン……ベルフラワー……仲間殺しの男じゃないか……)

 少年兵の頃、噂の中心になっていた男が目の前にいる。パイロット適性がトップでありながらも訓練中に故意に同期生を殺傷した自分と同じ『温室』上がりの男。

 少年の時に見た時とはだいぶ顔つきは変わっていたが、間違いなく記憶に残る上級生であった。

 レイブンが一歩前に踏みだし、礼をしたその直後にオルミガ伍長は一瞬だけ、自分の口の横を彼を小馬鹿にするようにつりあげた。

「伍長、前に出てきてもらいたい」

 着任の挨拶を前に涼しげな声でレイブンはオルミガを呼んだ。突然指名されたオルミガはふてぶてしい態度で前に出てきた。

「正直に言いたまえ、伍長は私の着任を気に入っていないようだが」

「その通りであります!」

(あの馬鹿!)

 並んだままやりとりを聞いていたエリック伍長は、オルミガの返事に耳を疑った。

「伍長、君に時間を与える、その間に私、もしくは私の機体を地面に叩き付けることができたら、私はすぐにこの地位を辞す、ただし、私が勝てば君は私のモノだ、好きな方法を選びたまえ、素手か、それとも……ビースト戦か」

「少尉、その言葉に間違いはありませんか」

「ああ、君みたいな狂犬は力で躾けなくてはならないからな、さぁ、始めよう」

 構えもしない姿勢で立つレイブンにオルミガは言われるまま掴みかかった。レイブンは姿勢を低くし、回し蹴りでオルミガの体勢を崩すと、その太い右脚を持ち上げ、彼を地面に押さえつけた。脚の関節を締め上げる度にオルミガはうめき声を上げた。

 上官が止める暇もなく、二人の戯れは終わった。

 レイブンは軍服のポケットからナイフを取り出し、暴れるオルミガの頬に冷たい刃をあてた。

「これで、今までの伍長はおしまいだ……」

 レイブンは冷や汗を浮かべるオルミガの頬を薄く切り、流れ出る血で火傷の跡が残る自分の頬に一筋の線を描いた。

「くっ……」

 倒れているオルミガの手を優しく取り、立ち上がらせた。

「古来の武人がしたように、君も相手を倒したら機体に撃墜の印をいれたまえ、私が許可する、君たちオートメタビーストパイロットは楽園の誇りだ、はじめに我々の愛する都市『ビアンカ』に巣くう汚らわしき帝国の犬共を駆逐する、一日、ものの一日で決着を付けなければ人民にその支持は得られまい、次に『シルバー・エルネスト』の奪還と楽園に対する裏切り者の処刑、これが我が隊、本来の名誉ある任務である、すぐ作戦準備に着手したまえ、以上で私の着任の挨拶を終わる」

 普段から自分の力を自慢していたオルミガを軽く手玉にとったレイブン少尉が、初めて皆に天使のような微笑みを見せた。



第二楽章(三)


 昨日の午後から続いている北の楽園幕僚による作戦会議は、朝焼けに建物が照らされる時間になってもまだ継続していた。

 衛星都市『ビアンカ』には占領した帝国軍がさらに戦力を増強、民間人は帝国への強制移住が始められている。楽園は『オートメタビースト』の製造を最重要政策におき、急ピッチでヴォーカンソン重工業社の工場部門を復帰させ、増産体制を確立させようとしていた。また、五機のビーストで編成された『ベルフラワー隊』が本格的な作戦行動を始めたという情報は藁にもすがりたい思いの幕僚らの顔をほんの少しだけ明るくさせた。


 レイブン・ベルフラワーは自室の机に送られてきた情報を眺めながら、パッケージから取り出した錠剤を口の中に含んだ。

 すぐに喉の奥が熱くなり、自分の脳から発せられた意味不明の言葉や単語が頭の中をグルグルと回った。数秒のこの時間が通り過ぎると急に五感が敏感となってくる。脳の活性化を急激に促す薬物を投与されてから、レイブンはこれまで味わったことのない快感に酔いしれていた。


 この薬物を委員会の老人からはじめて手渡された時、この薬は忘れ去られた程の過去の秘された産物であると告げられた。その被験者のほとんどが子供たちであったが彼らは優秀な兵士となり、戦場でめざましい戦果をあげた。ただ、いつの頃からかその薬物は使用されなくなっていた。

「『八月の涙』、この過去の薬物を手に入れるのに私がどれだけ苦労をしたか……どうかもう一度私に愛していると言っておくれ……」

「偉大なるご主人様……心の底からあなたを愛しています……。私の血をこうやってあなたに全て捧げます……もしよろしければ、なぜ使われなくなったかその理由をお聞かせ頂ければ……」

「全てを忘れ『快楽』の中にその命を落とす……私はお前にこれを渡したくはなかった、だが……だが……愛するお前の望みとならば……」

 生まれたままの姿のレイブンにしがみつく老人は、彼の腕を血が出るまで噛みながら興奮し半分泣いているような声で答えた。


 自分と老人の痴態を思い出しながら、椅子に座るレイブンは口の端から垂れた唾液を拭き、大きく息を吸い込んだ。

(まさしく今の私のためにつくられた宝石だ……)

「少尉、入ります」

 エリック曹長の声が廊下に響いた。

「入りたまえ」

 扉を開け、敬礼をしたエリックは既に尊敬の眼差しをレイブンにおくった。実戦演習でのオートメタビーストの動き、理にかなった作戦の行動と指示、エリックが欲していたものをレイブンは全て兼ね備えていた。

「全機整備終了、補給車両部隊も合流地点にて予定通り待機しています」

「そうか……」

 立ち上がったレイブンはエリックの側に近付き、優しい眼差しで彼の目を覗き込んだ。

「今回の作戦はとても厳しいかもしれないが、これを完遂することで、沈んだ楽園の人々に生きる勇気を与えることができる、そして……」

 レイブンはエリックの右耳に自分の口を寄せた。

「どのようなことがあっても君たちが命を落とすことはない、私が必ず正面から守ってあげよう、私たちの部隊にはかげがえのない愛と絆がある、その力を君たち自身の偽りのない心で信じたまえ……」

 レイブンの吐息に、一瞬身を震わせたエリックであったが、彼の何気ない一言一言は心の奥に清らかに響いた。


「本日、十六時五十分、我が軍の戦闘車両大隊とケペットエリアにて交戦、『ビアンカ』北部、リップスエリアに主力戦闘車両『タランテラ』二十六機、イヤーズエリアに十六機配備確認済み。スロートシティを中心に突撃型戦闘車両『ソウ』百二機からなる防衛線が東西直線上に引かれています」

「さっき聞いた数よりも増えているじゃねぇか、諜報の糞連中は仕事しているのか?」

 移動するオートメタビースト『セーブルフェネック』のコクピットで追加通信を聞いていたオルミガは苛つく声で毒づいた。

「オルミガ曹長……」

「はっ!」

 パネルに映ったレイブンの顔に、名前を呼ばれたオルミガは緊張した。

「曹長は幼少の頃にシャボン玉で遊んだことはあるかい」

「えっ、シャボン玉ですか……」

「私は吹いて増やすよりも潰す方が楽しかったよ」

 はじめ、何を例えたのかオルミガは戸惑ったが、すぐにレイブンの意図が分かった。

「はい、私も壊す方を好みます」

 いつもは誰にでも不遜な態度をとるオルミガであったが、既にレイブンに対しては一目置いている。その会話のやりとりを聞いている同じパイロットのエリックは思わず笑い声を上げた。

「我が軍の陽動攻撃を無駄にしてはいけない、彼らは私たちのために今、その命を賭して戦ってくれているのだからな」

「了解、シャボン玉は全て俺が潰します」

「頼んだよ曹長、君の声は部下たちに力を与えてくれる」

 一番年少のパイロット、『ユウ・シャラット・ガーベラ』は驚いていた。

少年の面影を残す彼は殺伐とした『オートメタビースト』小隊が、短期間の間に家族のような厚い絆で結びついていることが不思議であった。ただでさえ、訓練所時代では訓練とは名ばかりのリンチが行われているのが日常であった。

(隊長はまるで奇跡の人だ)

 先の楽園防衛戦で負傷した自分が、この部隊から外されることはまず間違いないと思っていた。しかし、レイブンは降格を命じた統合本部に自らかけ合い、ユウはこの部隊に残ることができるようになった。

(僕は、あの人のためなら……)

 ユウは、先に進撃するレイブン機の翼の生えた背をずっと目で追い続けていた。

「自軍のジャミング(妨害電波)がこれだけ効くとは……正面に敵の攻撃が集中していると思われます。しかし、敵軍の罠も予想されます、だとしたらたいへん危険です」

 戦況を確認するエリックの声は徐々に高ぶってきた。

「彼らは手に入れたばかりの玩具を守るのに精一杯だ、そのような賢いことはできないよ、さぁ、楽園の人民は私たちの戦果に期待している、ならばその期待に応えようではないか……作戦開始」

 薄暗い戦場の空の下の大地に雷光が走る。

「敵機発砲による閃光を確認!」

(自分の居場所を知らせる哀れな蛍とはな)

 レイブンのヘルメットのバイザー上に反射した光の帯が左から右へ流れていった。

 先頭を進むオートメタビースト部隊は右手に交戦を確認しながら、さらに都市中心部へ潜行していく。

 南の帝国が幹線沿いに設置した監視装置の異常に気付いた時、既に一番先頭のレイブン機は主力戦闘車両『タランテラ』三両をライフルによる攻撃で潰していた。

 帝国の戦闘車両の砲塔が行き過ぎるレイブン機を追おうと旋回させた時、後から続くオルミガ曹長の機体が放った銃弾が、装甲版を貫いていった。

『帝国軍の退路を押さえるべく大河にかかる都市南部の橋梁を全て破壊すること』これが、レイブン小隊の最大の任務であった。彼の部隊は任務を遂行しつつ、敵の戦力を削っていった。


 主にエリックとユウの機体はレイブンとオルミガに援護されながら、目標となる橋梁を西部方面から次々と破壊していった。

 帝国の戦闘車両は機動力に大きく勝るオートメタビースト『セーブルフェネック』を照準にとらえるものの、砲弾はことごとく外れていた。

 低い建物の連なる住宅街から発生した火災は灰色の煙を吐き出した。

(霧に隠された花……それはまさに)

 レイブンの瞳にライクの幻が映るのを見て、彼は微笑んだ。煙の渦を破って突然姿を現した蜘蛛の名を冠した大型の主力戦闘車両。

 相手の発砲よりも早くレイブンのライフルが火を噴き、主力戦闘車両は砲塔部を失った。

厚い装甲を持つ戦闘車両も破損部へと的確に連続で撃ち込まれていく銃弾に手も足も出ず、炎中に車両を沈めた。

(君のことだよ……ライク・ロイド)

後退する車両に次々と発砲を繰り返していくレイブン機とオルミガ機

「出口のない檻の中に閉じ込められる恐怖ってやつだな」

 エリックが盛らしたつぶやきの通り、突然の攻撃で戸惑う帝国の戦闘車両軍は、前回の楽園軍の失態をそのまま模倣していた。

 天の四方にハンターの鳴き声が朗々と響き渡る。飛び交う弾の音に反応して集まる様子はまるで天から人間の愚かな仕業を監視しているかのようであった。

「ハンターの糞野郎も見物に来やがった、ユウ、早く片付けるぞ、俺は左から展開する」

「了解」

 メインストリートから延びる橋のたもとには、突撃型戦闘車両が集結し、砲塔を迫り来る敵軍に向けていた。

 川面を滑るユウとエリック機のあげた波と飛沫は係留しているボートを転覆させ、堤防を乗り越えていく。

「撃ってくるぞ!」

エリックの上げた声がユウの耳に届いた時、正面に高々と砲撃による水柱が上がった。望遠モニターの映像には、橋上の戦闘車両の砲塔が次々と火を噴いていた。

 ほとんどが自動制御されている帝国の兵器は、『セーブルフェネック』からも発信するジャミングによって照準をとらえきることができなかった。

 巨大な橋の下をエリックの『セーブルフェネック』が腰を低くした攻撃姿勢のまま、通り過ぎ、その後を追って波が橋の上を洗っていく。

照準の定まらないまま発砲を続ける戦闘車両の一弾が主塔に命中し、メインケーブルとハンガーロープを切断した。

 戦闘車両の重量に耐えきれなくなった橋桁が折れた主塔から広がりながら崩れていく。

 ユウの放ったライフル弾がさらに橋脚に着弾し、戦闘車両を大河の流れの中にまるで石ころでも落とすかのように沈めていった。

「後片付けはオルミガに任せろ、次行くぞ!」

「了解!」

 エリックとユウの機体の背部ノズルが赤くきらめいた。

 北部から楽園の主力軍が南下を続ける中、レイブンとオルミガの先行する二機は、索敵、陽動、攻撃、破壊と鮮やかに連携しながら都市中央部まで向かっている。

「敵も馬鹿ではない、対ジャミングの手立てをうってくる時間だ、曹長、足を掬われないようにな」

 レイブンの言うことに狂いはないことをオルミガは知っている。しかし、火の付いた彼の闘争本能は荒れた戦場の中で益々駆り立てられていった。

「了解ぃ!その前に奴らをこの地から消し去ってやります」

「ふふ、頼もしい、追い詰められた鼠には反撃ではなく恐怖しかないことをこの場で教えてやることも大切だ」

 ビル街の辻で待ち伏せていた『タランテラ』の砲弾が、ガラスを衝撃音で砕きながらオルミガの機体頭部をかすめた。

「うぉっ!この野郎!」

 オルミガのライフル弾が路面のアスファルトをライフル弾で吹き飛ばしながら、直線上に走っていく。ライフル弾は戦闘車両の真上から砲塔をへし折りながら食い込んでいった。

 辺りの車両を巻き込みながら戦闘車両は爆発した。

「やはり、ライフルは薬莢付きに限るな!」

 吠えるオルミガの『セーブルフェネック』は自分専用の特注ライフルのカートリッジを高速移動しながら交換した。

「曹長の趣味は良いものだ」

 レイブン機のライフルは銃弾を使わないタイプである。プラズマ光が銃口をきらめかせた瞬間には目標物は為す術もなく焼かれていた。

(そうだ戦果だ……戦果を上げることが……私が彼女と……)

 戦闘に陶酔する笑顔のレイブンの鼻から血が二筋流れた。



第二楽章(四)


 南の衛星都市『ビアンカ』を開放したレイブン少尉率いる『オートメタビースト隊』のめざましい活躍は、北の楽園首都『希望』に付けられた戦禍の傷跡を急ピッチで進めている者たちにとって、再び歓喜の祝杯を上げる機会となった。

 委員会も高い戦果を上げた功績を讃え、他の兵器の生産を縮小し、『オートメタビースト』の配備とパイロット、整備兵増員に関する予算を倍々と増額していった。そのため、古米と呼ばれている兵の中には不満を口にする者もいたが、青年将校らを中心とする改革派を自称する者たちの勢いが落ちることはなかった。


 北の楽園、特務部隊長ロジオン少尉は、自分よりも年配である部下に対し、遠慮すること無く機密任務の報告内容について罵った。

「調査中、そんなのはわかっている、盗まれたと思われる情報は何か、たれ込まれた情報が真実かどうかという結果につながる事実が一つもないじゃないか!お前は以前に俺に命令したことの半分もできていない!」

 最近まで自分の部下であったロジオン少尉の尊大な態度に、中年の特務兵は何も反論せず、正面を向いたまま微動だにしなかった。

 机上には南の攻撃によって破壊されたヴォーカンソン重工業社本社跡地で撮影された転がる腕や、血の中でかたまる潰れた頭部の写真などが散乱している。

 彼らが追う機密任務は侵攻攻撃の際に死亡したとされるヴォーカンソン重工業社研究開発部に所属していた一人の男についての情報であった。

 『ペイバック・オーガスト』という偽名を使っていた研究主任の生存情報が、統合本部に秘密裏にもたらされた。

自動防犯カメラによって鮮明に写っていたその写真は、帝国との国境付近の街で撮影されたものであった。

「帝国か……」

 住民データの照合など詳しい追跡調査をしたその結果、青年の経歴は全て詐称されていたことがわかり、データが高度な技術で改ざんされていた形跡も明らかになった。

 『オートメタビースト』の情報が既に南に渡っているとすれば、楽園の破滅にもつながりかねない事態である。軍は最重要任務として特務部隊を動かした。

 部下の特務兵は内心からわき起こる怒りで顔を白くさせたまま、部屋を後にした。

「レイブン、お前は俺と違って陽の当たる所でしか輝けない人間だよ」

ソファーの上に広げられたレイブン小隊を褒め称える新聞記事を目にしたロジオンは一人、冷たい声でつぶやいた。



 帝国による脅威が当面薄れたことから『オートメタビースト』に関する機密情報保護と奪取が楽園軍統合本部の第一の課題となった。

ヴォーカンソン重工業社の北部工場に戦闘を終えたばかりのレイブン小隊は集結している。一番破損度が高かったのはオルミガ曹長の機体であったが、その分、敵機を短時間の間に多数撃破していた。今は、ほとんどの装甲部品が新しい物に替えられ、右肩部から肘にかけて三日月の撃墜印を入れるマーキング作業に工程を移していた。

「二か月もしない間に描くところなくなるんじゃないか」

「二か月?バカを言うな、一週間で十分だ」

 エリック曹長の言葉にオルミガは満足げな笑みを浮かべて応えた。ユウは朝から自分の機体のコクピットで整備兵とシステムの微調整作業を行っている。

レイブン少尉は、休憩室の椅子に座り、煎れたばかりのコーヒーを口にしながら、ほとんど傷のない愛機『セーブルフェネック』の整備の様子を愛しむような目で眺めている。

「老人には抱かれておくものだ……」

彼は、領土拡大のための外地侵出作戦を兼ねているとはいえ、正式にシルバー追撃命令が下ったことが喜ばしかった。

『セーブルフェネック』と砲兵部隊による新小隊も来週には西部地区で編成、増強される。徴兵令に頼っていた軍の志願者も毎日あふれんばかりに増え、都市の防備も日がたつにつれ長城のように堅牢となっている。

天井をゆっくりと移動するライトに機体が照らし出され、自分の好きな紫色に染まったようにレイブンには見えた。

「もう一輪の風露の色……全て君の為だよ……ライク・ロイド」

 命令書に添付されたシルバーの写真をレイブンは優しく撫でた後、机上にあったペンの先をコクピットの部位へ強く突き立てた。折れたペン先から漏れたインクが破れた写真をつたい、命令書に染みていく。

「待っていてくれ、君をこの狭いコクピットから開放してあげよう……」

 火傷の痕跡がきれいに消えかけた皮膚が少しひきつったように彼は感じた。



第二楽章(五)


 ビルの谷間から臨む空が赤みを帯び始めた頃、空の星々が自分を誇示するように明るく輝きだした。

 この街には非常サイレンも流れることなく、商業街のネオンの華やかな色が、道路を行きかう車やトラック、そして人々の顔を表すかのように活気を与えていた。

 メインストリートに面した大きなレストランの前で黒塗りのハイヤーが一台停まり、タキシード姿の青年が一人下りたった。青年は扉を開けた運転手に札を何枚も重ねたチップを手渡し、明るい笑顔を見せた。

「お待ちしていました、お連れ様は既にいらしております」

 入口の前で黒い背広姿の男が自分よりも年下のその青年に対し、うやうやしい態度で言葉を述べた。

「ありがとう」

 タキシード姿の青年は運転手に施したように、ポケットから取り出した、札を手渡した。招き入れられた店内にはボーイが既に待機しており、その青年をレストランの一番奥まで緊張しながら案内していった。

 真新しいシルクのクロスの上には燭台が置かれ、器用に折りたためられたナプキンと食器、グラスが並べられていた。

「心からお待ちしていましたわ」

 一番奥の席に、イブニングドレスに身を包んだ若い女性が、青年の顔を見て儀礼的な微笑みを見せた。

「あなたのような貴婦人を待たせるなど、たいへん失礼しました、急な来客が入ったもので」

 青年はボーイのひいた椅子に座った。ボーイは一礼するとすぐに下がっていった。

「さすが帝国は栄えている……これで未来は決まったようなものだ、今、この時、北との国境『ビアンカ』で戦争していると、誰が信じていることか、いや失敬、転戦したはずだな」

「転戦?負けは負けです」

「南でそのような理性的な考え方をできるのはあなたしかいない」

「お世辞だけは上手、あのような蛮国に神経を注ぐほど、帝国の者たちは暇ではありません……あれはただの対新型兵器用の実験、これが軍部の見解だということは否定しませんが」

「ごもっとも」

「失礼とはわかっていながら今日のワインはもう選ばせていただきましたわ」

「いつものか……店の者も手がはぶけて良い」

 店内の一角に設けられた小さなステージ上では燕尾服姿の数名の演奏家が弦楽器で小夜曲を奏でていた。

 初老のソムリエは持参したワインを、テーブル上の二つのグラスに鮮やかな手つきで注いだ。

「久々の再会に乾杯といきましょう、ミスターペイバック」

「オウガスティヌ皇帝と帝国の永遠の繁栄……そしてビーナスの化身との再会を祝して」

 ペイバックのもつワイングラスに、燭台にさされた蝋燭の不安定にゆらぐ灯が映った。

「あなたの贈り物について我が帝国軍はたいへん感謝しています、既に試作型が今月中にもロールアウトできそうです」

「仕事が早い、これで鋼の人形と人形のぶつかり合いを肴に美味い酒が飲めるというものだ」

「ただ……」

「『シルバー・エルネスト』の情報がない……ということだな」

「勘の鋭さには敬服いたします」

「あのシステム周りは全てもう天国住まいのエルネストの芸術作品だ、素人が手を加えた瞬間に値が下がる、そのくらいの代物といえば入手困難な理由を理解してもらえるか」

「女王はお望みです、そう言っても分かりませんか?」

 そう言う女性の目だけは笑っていない。

「別料金と言いたいところだが、その芸術品が盗まれちまったんで、約束はできそうにない、時間があれば考えなくもないがね」

「どのくらいの時間が必要かしら」

「人類の争いがなくなったら……」

 ペイバックの言葉は女性の表情をさらにこわばらせた。

「それがエルネストの口癖だったよ、が、商売は別物だからな、もう少し時間をくれ、こちらも奪われた後の情報を集めたい」

「新たな商談は成立ということでよろしいのかしら」

「断った途端に、最高のメインディッシュが味気ない銃弾に変わるのだろう?いつもの用意されているものでね」

 ペイバックが急に周囲を見渡すと、離れた位置に立つボーイや客らは一斉に視線を落とした。ペイバックにはそれがとても滑稽な動きに見えた。

「あなたもいたずらがお上手で」

「いや、ただの癖だ」

 赤ワインの注がれたグラスの向こうで微笑む女性の顔が揺れた。


 食事をそこそこにレストランを出たペイバックは、いつものように手配された迎えの車に乗らず、街なかを自らの足で歩いている。

 渋滞をつくる車の列を横目に、対面から近付く歩行者の肩ギリギリのところですれ違っていく。きらびやかなネオンと大画面に映る企業商品の広告、店内へ呼び込む男の声、女性の陽気な笑い、この街は光と音に祝福されていた。

(豊かな国だ、戦争はこうではないと勝利できない……)

 月の光さえも街の喧噪に押し込めてしまうこの帝国の繁栄を、ペイバックは皮肉な目で眺めた。

(しかし、自由と標榜する管理社会はどこも同じだな……)

 自分の後を追う気配にペイバックは気付いている。

(接待にはもれなく監視員が付いています……か)

 距離の離れた所に、数人の不自然な動きを見せる影があった。

 シャッターの下りたビルの入口の前にギターを弾く一人の青年がいる。尾行に気付いていない素振りをするため、ペイバックは足を止めた。

どこかで耳にしたことのある旋律をこったフィンガーポジションのコードにあわせてその青年は歌い続けている。

 開けられたギターケースの中にペイバックはポケットから紙幣を取り出し、放り投げるように入れた。金額の多さに青年は驚き、歌を止めた。

「ちょっ、こんなにいいんですか?」

「アレンジはしているが過去の異国の民謡だな。今時、カビの生えた楽曲を取り上げるその趣味の良さに感心したのさ」

「時々、こういう曲が歌いたくなって……」

「百年過ぎても歌い継がれる曲は本物だよ」

「でも、言われたとおりだ……お兄さん、動かないでよ、この歌を歌えば、必ず足を止める男がいるって」

 青年は腰の後ろに手を回し、小型拳銃をペイバックの胸に向けて突き出した。

「べっ甲のピックを持つ手には似合わない代物だな、せっかく、お小遣いをあげたんだけどね」

「これももらっておくよ、ほら、みんな走って来た」

「みんな知り合いか?帝国……いや、あの野暮ったさは楽園のものだな」

「今日初めて知った奴ばかりさ、兄さんごめんよ、俺は直接兄さんに怨みはないんだけど」

「素直にあやまったんで、命だけはとらないでおいてやる、お前に忠告する……あまりこういう世界に脚を踏み入れないことだ、純粋な歌の心が腐るぞ……」

「歌だけでは、生活が腐っちまうんで」

「真実みのある言葉だが、下賤だ」

 ペイバックは、左脚で拳銃を持つ青年の右手を蹴り上げた。にぶい音を立てて青年の手首が奇妙な方向へ曲がった。

「その手が治るまで、女神ミューズの貴さを讃えるのだな」

 追ってくる男たちと痛がりうずくまる青年を尻目に、密やかに笑うペイバックは雑踏の中へとその姿を消した。


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