第一楽章(Adagio-Allegro non troppo - Andante - Moderato mosso - Andante )
夏の午後、エルネスト・サク・アサマはいつもと変わらない日常の中にいた。
空間投影モニターと机上投影キーボードだけが載った簡素な机で、部下がプログラミングしたほぼ完璧なシステムデータをチェックすることが最近の彼に与えられていた仕事である。前頭葉の発達したはげ上がった頭に汗を浮かべ、時々止まるデータを手慣れた様子で修正を加えていた。
ただ、違うことは時計が五時を示した時、彼は上司の部屋に呼ばれ、一枚の辞令を手渡された。
上司とはいえ、彼はエルネストよりも一回りは年が若い。眼鏡を鼻にかけ、顎に髭を蓄えた男性は冷たい眼差しをたたえつつも彼の定年退職の効をねぎらった。
「エルネスト博士、本当に今日までありがとうございました。あなたの残された功績は我が社、いや我が楽園にとって、大変価値のあるものだと思っています」
既に決められていたような美辞麗句を発する彼の口が閉じた時、エルネストは黙って頭を深々と下げて一礼し、扉を開けるタッチセンサーに手をかざした。
「エルネスト博士、まだ、あの件については了承していただけませんか」
「孫娘らとこの広い地を旅することが私の夢でした、それがようやく実現の手前まで来ています、前にもお話しさせていただいた通り、細胞と同じ、どのような組織でも新しく若い能力に交代することが重要であり最大の課題であり、それが最先端であればあるほどそのことが顕著に結果としてあらわれる、私のような老害は早く退いた方が良いと判断しての結果のことです、推進している計画をより成功へと導くためにも鋭気のあふれる研究員の育成にこれからも努めて下さい」
「大陸を旅……ですか、それではやはり南の帝国にも?」
「まがりなりにも敵国である南になんて、そのようなことまでは考えていません、そのような硝煙くさいところは私からもおことわりです、私には孫娘と行ってみたかった場所があるのですよ」
「行ってみたい場所?そのような楽しそうな話を博士から一言も聞いていませんでしたね、今日は特別ということでぜひお聞かせ願えませんか」
「そのような楽しい質問を受けたこともありませんでしたからね……隠すこともないでしょう、『黄金の泉』はご存じですよね」
不審げな顔の上司は、エルネストの答えを聞いて一笑に付した。
「黄金の泉?それはおとぎ話だけの世界でしょう、何でも願いがかなう泉、そのような場所がこの世界にある訳がない、冗談でしょう」
「冗談ではありません、だから行ってみたい、いやだからこそ探してみたいのですよ、それでは、たいへんお世話になりました」
「まぁ、もう少し……」
食い下がる上司との会話を短く切り上げ、彼は部屋を後にした。
部屋から出てきたエルネストは思いもしていなかった部下の温かい拍手に包まれた。
「博士、たいへんご苦労様でした」
「ご退職、本当におめでとうございます」
エルネストは一人の女性職員から花束を手渡され驚きと戸惑いの表情を見せた。
「こんな爺いの為に、皆の貴重な時間を潰してもらって申し訳ない」
「そんなことはありません、博士が推進していた計画、これこそ、この楽園に住む人々がのどから手が出るほど待ち望んでいたものです。ここにいる皆全員、博士を心から尊敬しています」
「お世辞はよしておくれ」
「そんなことはありません、最後に彼らも博士との別れを惜しんでいます」
若い男性職員がリモコンのスイッチを押すと、片側の部屋の窓にかかっていた金属製のシャッターが鈍い音を上げながら上がっていった。
厚みを帯びたガラスのすぐ向こうに博士の置き土産ともいうべき、巨大な構造物が立ち並んでいる。鋭角状の特徴的な頭部と曲線で構成された胴体部をもつ人間を模した巨大なその構造物は、ライトの光に美しく照らし出されていた。
「オートメタビースト、博士の叡智が生んだまさしく北の楽園の歴史に刻まれる芸術品です。ここにいる私たちは技術者であると同時に幸福な鑑賞者でした、完成させますよ、あの銀色の闘神を」
自動制御の工作機械に囲まれたオートメタビーストの中で、一際周囲の目をひく機体があった。
『シルバー』という愛称で開発者や技術者から呼ばれる次世代試作型の機体は、他の黒色の機体とは基本デザインが明らかに異なり、純度の高い銀だけで出来た装飾鎧のように、たとえようのない美しさと気品を兼ね備えていた。
博士は無表情を装っていたが、シルバーを見た瞬間だけは嬉しそうに目を細めた。
「この機体だけは、人を殺すために使いたくないものだ……」
「え、何か?」
そばで博士のつぶやきを聞いていた職員が、不思議そうに聞き直した。
「物理学者は罪を知った……こう言ったのは誰だったかと思ってな……そう言えばペイバック君はどこに」
エルネストは、貪欲に仕事に取り組む青年研究者の姿をさがした。兵器としてのビーストの開発には彼の独創的な発想が大きくかかわっていた。
「彼なら、メインシステムの最終チェックで昨日からラボを出ていません、解析できないシステムバグが機体制御装置にリミッターをかけているようだと言って」
「あの男らしい……そのバグは私の置き土産だと伝えておいてくれ、人はそんなに簡単に神の鳥には乗れないと」
『オートメタビースト』とは、二十年前よりエルネスト博士らを中心としたヴォーカンソン重工業社の技術開発部が『北の楽園』委員会の委託を受け研究開発を続けてきた汎用二足歩行型兵器である。
『北の楽園』人民にとって、他国や異生物からの脅威から自衛するために新たな兵器を開発することが過去より強く求められていた経緯があり、委員会は自らの子飼い企業であるヴォーカンソン重工業社に莫大な予算を充てていた。
その最終的な完成品でもある銀色の結晶が、今,彼らの目前で静かに目覚めの時を待っている。
(二)
「みにくいあひるの子は実は白鳥だったのです」
フウロは九歳の誕生日を迎えたばかり。
彼女の部屋は、パステル色に統一されたかわいらしい家具の上や周囲に大小のぬいぐるみが所狭しと並んでいる。
そして今は、ベッドの隣に並んで座るライク・ロイドの優しい語り口調から奏でられる物語の世界の中に、どっぷりとひたっていた。
「本当に白鳥になれたの?」
「ええ」
「それなら、もう兄弟からもいじめられないね」
「どうでしょうか、そこまではこの本には書いていないの、でもフウロはそう思ったのね」
「うん」
フクロウのように丸い目を細めながらフウロはうなずき、続けて他の本を読んでくれるようライクにせがんだ。
「もうすぐ、お爺様が帰ってきます、お出かけ服に着替えなさい」
「あ、本当だ、でも、もうちょっとだけ読んで……」
「だめ、今日は、お爺様にとって特別な日じゃないの、二人でお食事に行く約束でしょ」
「ライクは行かないの?それなら私も行きたくないよ、ね、ピコちゃん」
円く小さな一本脚のテーブル上に置かれたかごの中の青い羽根をもつ鳥がパタパタと羽をはためかせた。
窓の外から正門の柵が開く音が聞こえた。
「あっ、帰ってきた!」
脇目もふらずフウロはベッドから飛び降り、部屋の扉を開け、階段を駆け下りていった。
その姿を見送るライクは、微笑みながら読んでいた赤色の表紙の本を閉じ、ベッドの横にある本棚に戻した。
「お爺ちゃん、お帰りなさい、あれ?」
フウロは玄関に入ったばかりのエルネストを見て驚いた。両腕で抱えきれないほどの花束を持っていたからである。
「すごいお花!」
「私の友人たちが贈ってくれた物さ、ほら、良い匂いだろ」
フウロは花びらに自分の鼻を近付け大きく息を吸い込んだ。甘く心のどこかを溶かしていくような心地よい刺激が彼女を包んだ。
「うわぁ、何かふわふわした気持ちになりそうだね」
「お爺様、お帰りなさい」
「おお、ライクか、これで私もやっと解放されたよ、長いようだが、振り返ってみると短い時間だったな、おお、手がしびれてきた、これはお前とフウロに全部あげよう」
「きれいなお花ですね、さっそく活けましょう」
エルネストから花束を受け取ったライクは、リビングキッチンへと向かった。
「おお、そうだ、今日の食事の予約は三人分とっておいた、ライクお前も来なさい」
「いえ、私は……」
躊躇するライクにエルネストは心の底から微笑んだ。
「大切な者たちだけにほんの少し祝ってもらいたのだ、すぐに着替えてきなさい、フウロ、フウロや、早く着替えておいで、出かけるぞ」
「はぁい!」
広い庭といくつもの部屋をもつエルネストの屋敷ではあったが、三人の他に人の気配はない。彼は以前からもう少し使い勝手の良い小さな家に住みたいと願い申し出ていたのだが、楽園委員会より許可は今もって下りていない。
功績の多い者が人民集合住宅に居することは、目立つ功績のない者が大邸宅に居することを真っ向から否定することとなる。そのようなことを面子にこだわる委員会が許すはずはなかった。
三人が向かった先は高級とは程遠い小さなレストランであった。一番奥とは名ばかりの入口から近い窓際席に通されたエルネストは、すぐにお気に入りの合成赤ワインを注文した。彼がまだ研究生だった頃、高級品種のワインを口にすることはまずもって無理なことであった。自分と苦楽を共にしてきた仲間とこうした小さく古いレストランで、年に数回だけ飲み語り合うことが若い頃の唯一の楽しみであった。
今は、亡くなった息子夫婦の忘れ形見フウロとライク・ロイドという若い娘が同じテーブルを囲んでいる。
水色のチャイルドドレスを着たフウロは、大好きなオムライスにソースで人の顔を描いていた。
「これ、お爺ちゃんのお顔」
「ほほぅ、似ているのぅ」
ライクの前にはサラダとコーンポタージュスープ、オレンジジュースが置かれていたが、彼女はその料理に一切手を付けてはいない。ただ視線だけは店の入り口や道を行き交う人々を注意深く見ていた。
「博士、また、あの車がいます」
不審な車両に気付いたライクは小声で博士に告げた。
レストランと車道を隔てた所に全面プライバシーガラスの張られた一台の白いセダンが駐車されている。ライクはこの数週間の間、その車が自宅周辺に止まっているが多いことに気付いていた。ライクが素知らぬ振りをして近付こうとすると、決まってその場からすぐに移動してしまう。エルネストにそのことを告げても彼は一向に気にする気配がなかった。今もライクの座っている場所から、人が乗っているのかどうかすらも確かめることはできない。
「気にするな……こう見えても一部の業界で私は人気者だからな」
博士はいつものようにそう言ってグラスに入っていたワインを一気に飲み干した。
「お爺ちゃんのお顔をね、パクッと食べちゃうんだ」
「それは困ってしまうなあ」
緊張するライクに対し、オムライスをおいしそうに頬張るフウロの笑顔は皆の気持ちをなごやかにさせる。
銀色のスプーンがもう一口分のオムライスを掬った時、突然、拳銃の乾いた発砲音が辺りに鳴り響いた。
既にスプーンを動かす手を止めたフウロを庇うようにライクは立っている。彼女が気にしていた車の周囲で予想していない動きが生じ周囲は騒然となった。
「フウロ、食べ残しはダメだよ、行儀悪いからね、ライクも座りなさい、もう騒動は終わっている」
エルネストは一度だけ横を見、それから気にもせず食事を続けている。
歩道を歩いていた一組の若い男女に向かって、車内から飛び出してきた軍服姿の青年らが発砲していたのだ。そのうち一人の青年将校はすぐに車に無線接続したマイクで周囲に呼びかけた。
「テロリスト及び爆発物を確認しました、安全を確保するため我々の避難誘導に従って下さい」
集まってきた野次馬は爆発物と聞いた途端、我先に逃げ出した。警察や消防のサイレンが建物にこだましながら段々と近付いて来る。レストランのシェフやオーナーも青ざめた顔で、店内の客にすぐ避難するよう促した。
「爆発しちゃうの?」
フウロも椅子から立ち上がって、ライクの腰にしがみついている。
「エルネスト博士、我々が安全なところまで誘導致します」
レストランに入ってきたのは、先ほど発砲をした青年将校であった。
「心配ない、彼らが本当にテロリストだったのかどうかは、まだ君にもわからないはずだ」
エルネストのかけた一言に青年将校は言葉が詰まった。青年将校も上層部から緊急命令を受け標的の男女を撃っただけで、本当に彼らが爆発物を持っていたかについてはまだ確かめていない。
「私を警護してくれるのはありがたいが、事前にうちの家族にも君の顔を見せて欲しかったな、特に姉のライクは、いつも君たちの車を見て警戒していた」
「申し訳ありません」
「まあ、良い、レストランのオーナーも困っているようだしな、フウロ、ライク、残念だが家に戻るとしよう、そうだ君の名前を聞かせてはくれないか」
「第三特務部隊所属レイブン・ベルフラワーです」
涼しげな目をした青年将校は敬礼をしながら、自分の名前をエルネストに告げた。
後日、彼ら男女が『南の帝国』から密入国した者だと明らかになったが、爆発物に関して何も報じられることはなかった。
(三)
散水機の水を浴びる庭の芝生の緑は、自らを輝かせてくれる明るい日差しの下、細い全身を精一杯伸ばし気持ちよさげにしている。
フウロのかぶる麦わら帽子の赤いリボンが風に揺れている。
庭木の枝には涼しい木陰を求めて、野鳥が二羽、三羽と入れ替わり訪れ、かわいい鳴き声を彼女に聞かせていた。
そばのデッキチェアには、ポロシャツを着たエルネストと軍服姿のレイブン・ベルフラワー曹長がウッドテーブルを囲んで、アイスコーヒーを飲むのが最近の日課となっている。
「私がこのようにしていると……」
「遠慮することはない、私が座って飲もうと言っているのだ、どうだ、彼女の入れてくれたそいつはうまいだろう」
エルネストの言う通り、口中にほのかに広がる苦みと甘さは、絶妙といっても良い入れ方であった。ライク・ロイドとの出会いも彼のこの任務を充実させている。
「あのような素晴らしい二人のご家族をお持ちで、博士は幸せですね」
「本当はここにフウロの両親もいたのだが……」
エルネストの言葉の意味をレイブン曹長はよくわかっていた。六年前の『南の帝国』による第四次侵略戦争でエルネストの息子夫婦、つまりフウロの両親が犠牲になっていた。
この件があってから軍事転用にあまり乗り気ではなかったエルネストを中心とした研究作業チームが一転、オートメタビーストを究極の軍事兵器として開発するプロジェクトを急ピッチで進めてきた経緯もある。
ライク・ロイドについては、同じく全員犠牲となった博士の知り合いの家族の孤児として、この家に養女として迎えられたと、レイブンは聞いていた。
第三特務部隊は要人の警護の任にあたっている。
本来は隠密に活動しなければならないのだが、レイブンだけはエルネストの信頼もあり、こうして陽の当たる場所にいる。軍にとってもそれはたいへん都合が良く、警護という名目の監視を問題なく継続しているので、曹長の行動に目をつぶっているところもあった。また、レイブンには、もう一つの目的も急遽、命じられていた。オートメタビーストに関する技術流用防止のための監視である。ただ、それについてエルネストは不審な活動を見せることもなく、一日のほとんどを読書か、昼寝をしている。
窓際に吊された銀色のかごの中の青い鳥が、地鳴きを単調に繰り返していた。
「博士、質問してもよろしいでしょうか」
「即答できるものであればな」
「博士は本当に、兵器開発のお仕事から引退されて後悔していないのですか」
レイブン自身、自分のした質問に下心があらわれたのではないかと思ったが、それは正直な気持ちであった。
「いいや、後悔はしていない、もう一つしたいことがあってな」
博士は少し間をおき、レイブンの質問に答えた。
「したいこと?」
亡命という言葉が、レイブンの頭をかすめた。
「黄金の泉を見つけてみたい」
レイブンは笑いながら話すエルネストの顔を見て冗談を言っているのだと思ったが、彼の言葉をまともに受け止めるつもりはなかった。
『少年の守る太陽のかけら溶け落つる泉から湧き出す黄金色の水飲む者の願いは全て叶う』北の楽園に古くから伝わる理想郷伝説である。
「黄金の泉ですか……」
「ああ、あの子のためにもな、フウロの両親の命を奪ったウィルスの変異体といえば君にもわかるだろう」
散水機からでる水を避けて遊ぶ一見元気で活発なフウロの姿があった。
「帝国の生物化学兵器……」
第四次侵略戦争では生物化学兵器が使われ、人工ウィルスにより多くの命が奪われていた。その場で命を失った者はまだ幸福であった。このウィルスの中には、人の身体の中で変異するよう複雑にプログラムされ、時限式で発症し突然命を奪っていくものもあった。この国の医療技術で他人に感染しないようにすることまではできたが、完治薬をつくりだすことは不可能であった。その為、保菌者はいつも発症に怯えていなければならない苦しみを負っていた。
「ねぇ、お爺ちゃんもこっちで遊ぼうよ」
レイブンはフウロの夏の陽のような明るい笑い声が、なぜかやけに哀しく聞こえてきた。
「そこのお兄ちゃんもこっちへ来てよ」
「私が?フウロちゃんのお誘いを断るわけにはいけないな」
フウロに呼ばれたレイブンは苦笑しながら、椅子から立ち上がった。
「ようし、鬼ごっこでもしようか」
「本当!ならそこで百数えてね、いい?」
芝生の上で追いかけっこをしながら遊ぶ二人の姿をエルネストは嬉しそうに眺めている。
(軍人と幼子か……相容れない者だが、この眺めはたいへん素晴らしい)
「お爺様、自動車販売店から連絡が入り、来週にも頼んでおいたRVが納車されます」
エルネストの気付かぬ間に、ライク・ロイドは彼の後ろに立っていた。
「そうか、お前用の単車も完成したことだし、薬や食料品をたくさん用意しておかなければな、いよいよ出発できるのか……」
「はい、すぐに準備に取りかかります、出発は二週間後でよろしいでしょうか」
「まだだ、車の改造に時間が必要だ、出発は来月の十日、そうだな、フウロの誕生日にしよう」
散水機の水の飛沫がはしゃぐ裸足のフウロの前に小さい虹をつくっていた。
(四)
高層ビルディングに囲まれた都市『希望』は郊外から臨むと、まるで大きなシャンデリアをそのまま地に逆さに置いたようにレイブンには見えた。
『北の楽園』はこの大都市を中心に、放射線状に伸びた主要道に沿って『ビアンカ』や『クレシダ』といった各衛星都市が発展を続けている。
一番中心には高い塀に囲まれた『宮殿』があり、特別委員会と呼ばれる七人で組織された最高会議によって、全ての国家の方針が決定されていることが、『南の帝国』から百五十年前に分離独立した以来の習わしであった。人民たちは、委員会がどのような者によって構成されているか、どのような経緯をもって選ばれているかは最高機密によって今もって秘匿されている。
それを確かめようとは誰もしない。なぜなら深く立ち入ろうとした者は、自らの存在をこの住みやすい楽園から失うことを知っていた。
全てがコントロールされた政治機構は、従順であればある程、居心地のよいものである。
レイブン・ベルフラワー曹長は今週の定期報告を終え、宮殿をすぐ側で護衛するように建つ、軍の統合本部を後にした。
「まだ、部隊に戻るのに時間はある、昼食にでも行かないか」
声をかけられて振り向くと、同じ紺色の背広姿をした青年が笑って立っていた。
「ロジオン、お前も来ていたのか」
「ああ、多分貴様と似たような任務でな、この前のパーティー以来だ、あのケツの軽そうなホステスを落とすことはできたのか?ちょうど良かった、貴様とはすぐに連絡をとりたかったんだ」
第一特務部隊に属している同期のロジオン曹長であった。
二人で入ったレストランで出されたコーヒーは、ライク・ロイドの入れる味に慣れ親しんだレイブンにとって好ましいものではなかった。
「ずいぶん、奴の家族に上手く取り入ったみたいじゃないか、これでまた勲章が増えるな、やはりパイロットにならなくて正解か、お前の操るビーストを見てみたい気持ちもあったが、もう乗らないのか?新型は乗り心地が最高だと聞いている」
「声が大きいぞ、ロジオン」
エルネスト・サク・アサマ家の潜入捜査のことをいたずら気に笑いながら話すロジオンの言葉を止めた。
レイブンはすぐ周囲に目を配ったが、幸いに誰も聞いている者はいないようであった。
「びくびくするな、大丈夫だよ、何たって俺たちには……」
彼の言葉の続きは「委員会のパトロンが付いている」である。
レイブンもロジオンも委員会の構成員の一人を親衛少年隊の頃からよく知っていた。女神の装飾が施された冷たい円卓の上で骨と皮ばかりの老人のだらしない性器を頬ぼった感触や赤く裂かれた肛門の痛み、そしてどろりとした苦い精液の味。レイブンのもっとも思い出したくない過去を目の前のロジオンは平気で口にしている。
「そのおかげで、この若さでこの身分さ、お互い痛い思いをしておくものだな」
「やめてくれ、そのような食事のまずくなる話は」
「気にしているのか?まぁ、昔から貴様は些細なことを気にするところがあったからな、気分を害しているのだったらすまない」
急に真顔になってあやまるロジオンをこれ以上責めようとはレイブンは思わなかった。
「繰り返すようだが,パイロットに再志願しないのか、適性検査であれほど優秀な成績をたたきだしたのに、機動部隊からいまだに要請が来ているらしいじゃないか、本当に惜しいな」
過去の映像がレイブンの脳裏にフラッシュバックした。
同胞の乗る訓練機をあっさりと撃墜していくレイブンの操る機体に嫉妬にかられた訓練生が実弾の入ったライフルを向ける。
レイブン機は銃弾を巧みにかわし、相手の機体に肉薄した。
「何をしているんだ!」
「お前のような男娼に、このような人民の希望ある機体を汚して欲しくない」
「何……」
「汚物が!何度でも言ってやる、俺たちの希望を汚すな!」
「!」
怒りに我を忘れたレイブンは、そこからの記憶が断続的に途切れている。だが、最後は血で彩られたコクピット内の潰れた訓練生の遺体で、その記憶は終わる。
「ビーストにもう興味はない、今から戻っても養成所への再入所だ、そういうお前こそどうなんだ」
「パイロット適性Dの俺にあえて聞く質問かい、こっちは最近お客がひんぱんに来るので、接待に忙しくて、今日も応接室に六名さ」
ロジオンのいつもの隠語である。意味は「南の帝国からの密入者が増えており、特別尋問施設に六名送り込んだ」ということである。
「そんなにか、随分営業が忙しそうだな」
「ああ、今までにないくらいの好景気だ、これは、はじけるのも近いともっぱらの噂だ、お前も聞いていないか?」
「今度は大きくはじけそうだな」
「こちらも負けてはいない…ビーストという確かな債券があるからな」
『南の帝国』が第五次侵略戦争を計画しているその噂をレイブンも耳にしていた。
「営業部の話だと貴様のお得意さんも場合によっては特別の応接室にご案内するそうだ」
「どこから、その情報を?」
「貴様とは昔、恋人どうしだったろ?ただ最近は同性よりも異性の方が良いがな、おっ、料理が来たぞ」
ウェイトレスが運んできた出来たてのピザは、ロジオンの振りかけるタバスコで表面が真っ赤に染まった。
「エルネスト博士の軟禁」は現在も遂行している特務事項であるが、南の帝国関係者と少しでも接触した疑いがあった場合は収容所に送致せよとあらためて上司の命令が追加されていた。
「お前が私に話したかったことって本当はそれだけではないのじゃないか、まだ、あったら聞かせてくれ」
「いつも通り、感は鋭いな、貴様が聞きたいと言うから話すぞ、株主からまた晩餐に来いと久しぶりに俺と貴様宛に招待が来ている、成長した俺たちの毛の増えた身体を味わいたいんだろう、俺はビジネスとして行こうと思っているが、貴様はどうする?今日の本当の目的はそれさ」
「私は……」
株主とは委員会の老人のことである。ロジオンは過去を嫌悪しているレイブンの反応を見て、話すことをためらっていたに違いない。
「やめておく……」
老人と同衾することによって、再び栄達に影響を与えることは間違いなかったが、レイブンはあのような屈辱を再び味わおうとは思わなかった。
(五)
ブランコに乗ると空と地面、ベンチ、灌木とめまぐるしく視界が変化する。きいきいときしむ鉄の金具の音がこぐほど短くなり、フウロはどこまでも飛んでいくことができるような錯覚にとらわれた。
「ライク!見て、すごいスピードでしょ?」
自宅の庭でライクに見守られながら、フウロは一生懸命足を振った。耳の中にまで風が遊びに来たように、ヒュウヒュウとした音がフウロの小さな空間を優しく包んだ。
「落ちないようしなさい」
「大丈夫だよ!ああ、このまま白鳥さんになりたいな……あれ?」
視界の中にフウロの見慣れぬ少女の姿が映った。
大きな白いリボンを付けた七歳くらいの少女が二十メートルほど離れた鉄柵の向こうから、うらやましそうにフウロの方を見つめていた。
フウロはすぐにブランコから飛び降り、その女の子に向かって子犬のように駆け出した。
「フウロ、どこに行くの!」
ライクはその様子を見て、すぐに彼女の後を追おうとしたが、その先の少女の姿を見て、走るのを止めた。
「こんにちはぁ!」
「あ……こん……に……ちは」
元気あふれる様子を見せるフウロに、少女はおどおどした態度の中に話しかけら
れた嬉しさを表情に浮かべた。
遠くの車両で監視している軍は、その少女の素性について、最近このエリアに転居してきた官僚の娘であることだということを既に照合している。
柵を前に向き合った二人は、子供どうしならではのはやさですぐに打ち解けた。
「私フウロって言うの、ねぇ、近くに住んでるの?名前は何て言うの?」
「おとといの前の日にこっちに来たの、おうちは隣の隣」
「あっ、お爺ちゃんから聞いた、誰か引っ越してくるって、えーと」
「リリー、リリー・ヴァレー」
「リリー?リリーって言うんだ、ねぇ、一緒にこっちで遊ぼう、ほらお爺ちゃんのつくってくれたブランコと滑り台もあるんだよ」
「いいの?」
「うん!今、門を開けるね、ライク!いいでしょ!」
ライクは二人の子供のやりとりを聞き快く同意した。
その日の夕方、リリーとその両親が菓子包みを手にエルネスト宅まで挨拶に訪れた。父親は若いながらもエルネストもその名を耳にしたことがあるエリート高官であった。
「ほう、それではリリー嬢はエレメンタリーの何年生になるのですか」
エルネストの何気ない質問に品の良い母親は答えを曇らせた。
「あ……あの……学校には」
「ウィルスですか……隠されることはないですよ、それなら家の孫も同じです、いつでも遊びに来させて下さい、姉のライクもリリーちゃんの面倒を一緒に見てくれるでしょう」
母親はエルネストの言葉を聞き、うっすら目に涙を浮かべた。
「エルネスト博士、たいへん申し訳ありません」
父親も丁寧に頭を下げた。
ウィルス保菌者が、その体内のウィルスを拡散させることはないとウィルス学的にも証明されている。しかし、委員会の通達で保菌者は学校や職場をはじめ、公共の場にとどまることを禁じられていた。
官僚とはいえ、途中で越してきたということは、そういった謂われのない差別に苦しめられてきたということであろうとエルネストは推測した。
「リリー、また来てくれたんだ!」
リリーが再び訪れたことを知ったフウロは、階段から軽快な足音をたてて下りてきた。リリーは照れくさそうに母親の後ろに隠れた。
「ああ、あなたがフウロちゃん、これからもリリーのことをよろしくお願いします、あと、今はまだ荷物で一杯ですけど、片付いたら遊びにいらして下さいね」
「パパ、ママ、本当に良いの?フウロちゃん来てもいいの?」
知らない女性が自分の名前を呼んだので、フウロは少し驚いたが、リリーの言葉ですぐに彼女の母親だということを知った。
それから毎日のようにリリーとフウロは遊んでいた。今までにない喜びを見せるフウロに対して長い旅に出ることをライクもエルネストも話し出すことはなかった。
二週間後、エルネストはリリーから、父親から預かってきた物だと封筒に入った手紙を渡された。そこには「あなたに紹介したい人がいる」とだけ書かれた、一枚のメモリーチップが入っていた。
博士はいつもの癖で、外部との回線を遮断し、隔離されたコンピュータ内でチップのデータを読み出した。
画面に映ったのはリアルマシンによって描かれたグラフィックと化学式の一部であったが、その構造図を見て、エルネストは顔色を変え、額に大粒の汗を浮かばせた。
「これは……抗体物質の化学式」
夢にまで見たフウロの病を治す薬品の化学式であった。しかし、肝心な部分が消えており、「地を駆け大空を飛翔する銀色の獣が全てを明らかにする」という裏取引をにおわせるような言葉が最後に綴られていた。
「南からの接触か……」
危険を感じながらもエルネストはデータを強力なプロテクトを施した後、複製し、チップに刻まれたデータを全て消去した。
エルネストはリリーの父親に返答することもなく、どのように行動するかここ数日ずっと悩んでいる。
当然おとり捜査であることも十分考えられた。リリーが保菌者であることは彼女の日頃の言動からも間違いはないと思っている。同じ運命をもつ家族を病魔から守りたいと思う気持ちにも嘘はないであろう。また、事実であったとしても、代償となる最高機密のオートメタビーストにかかわる情報に触れる者にはおそらく「死」が待っているに違いない。それが自分だけであればよいが、必ずフウロやライクも同じ境遇におくことを委員会は命じるであろう。
あれ以来、リリーの父親からの連絡はない。もし本当のことならば行動にうつした彼が内心一番怯えているのであろう。
エルネストは大きなためいきをついた。
(私は子供のように昔の模型を組み立てていただけに過ぎない)
北の楽園の研究者が、この言葉を聞いたら皆,一斉に否定するであろうということもエルネストは知っている。
現に、全ての設計は彼の手によるものであり、その究極が次世代試作型『シルバー』であった。
(六)
レイブン・ベルフラワーはその日もまた、監視車両から降車し、エルネスト博士宅の豪華な門柱に備え付けられた呼び鈴を鳴らした。
「お兄ちゃん、こんにちは!」
滑り台でフウロとリリーが楽しそうに遊んでいる。
「いつも仲が良いね」
レイブンにそう言われた二人は顔を見合わせて笑った。
奥の玄関から姿を見せたライク・ロイドも、レイブンの姿を見て、静かに一礼し、彼を屋敷の敷地内へと迎え入れた。
その間、二人は、ほとんど会話をしないが、レイブンは先導する彼女の美しく揺れる髪を見ているだけで十分幸せだった。
「どうぞ、ここでお待ち下さい、今日、お爺様は朝から熱を出し伏せておりまして、これからの対応を確認してきます」
エルネストの具合が悪いということを、応接室に通されてから聞いたレイブンは意外であった。昨日電話で連絡した時は、そのような病気の兆候は見られなかった。
「あっ、無理はしないようにとお伝え下さい」
「ありがとうございます、博士も監視者がレイブン曹長のような優しい方であることを喜んでいます」
何気ないライクの一言に浮ついた自分をレイブンは恥じた。ただそれくらいライクの笑顔は輝いているように見えた。
ガウン姿のエルネストは、一度だけ階下に降りて自分の顔をレイブンに見せ、二言、三言会話を交わした後、すぐにまた自分の寝室へと戻っていった。
広い応接室はレイブンとライク二人きりになった。
「今、お茶をいれます」
「あ、お構いなく」
椅子から立ち上がった拍子にレイブンはテーブルの脚につまずき、身体のバランスを崩した。転びはしなかったものの、失態を見せた彼に駆け寄ったライクは心配そうな表情を見せた。
「大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫だ……」
覗き込むライクの全てを吸い込んでしまいそうな瞳をレイブンは直視できなかった。
「美しい……」
思わずレイブンはその美しさを賛美した。
「えっ?」
「いや、そこに飾られている絵がたいへん美しいと思って」
我に返ったレイブンは、壁に掛けられた印象派絵画を指さし、その場しのぎの醜い嘘を言ってごまかした。
「ああ、この絵ですか、私も大好きな絵ですが、よくできている複製です」
「でも複製にも複製の美しさはある、私はそう思う」
「私もいつもそう願っています」
レイブンのこの言葉を聞き、いつもあまり表情を変えないライクが珍しく軽く笑みを浮かべた。
レイブンはそのまま彼女を抱きしめたくなる衝動にかられたが、そこだけは自制した。
「すぐお茶を入れてきます」
「もう少し、あなたと話をさせてもらってもいいですか」
「あなたがそうお望みでしたら」
彼女の受け答えは、簡素なものであったが、レイブンの心は十分に満ち足りた気分に浸った。軍の中では考えられないような穏やかな時間がエルネスト家の一室で過ぎていく。
「あ、失礼」
レイブンの軍用腕時計から短いコール音が鳴り、ホログラムパネルに監視交代を告げる同僚からの通信文が流れた。
「すいませんが、私はもう辞さなければならなくなりました」
「そうですか」
「ライク、ただいまぁ!」
少し気落ちしたレイブンとは違って、満足げな表情をたたえたフウロが玄関から入って来た。
「お爺ちゃん、リリーちゃんのパパがお見舞いに来たよ!」
軍のレイブン曹長がそこにいることを知らなかったリリーの父は、彼と玄関の前ですれ違った時、かなり動揺した様子を見せた。
(外務部所属のウォリー補佐官か……)
そそくさとおざなりな礼をし、緊張しながら横を通り過ぎる彼の姿をレイブンは注視した。
階段を上った先のエルネストの部屋の前でウォリー補佐官は足を止めた。
「お入りなさい」
エルネストの招き入れる声を聞き、ウォリー補佐官は真鍮製のノブを回した。
壁にかかる骨董品の振り子時計が規則正しい音を刻む。白いレースのかかる部屋に西日が差し込み、部屋の中の物全てが逆光の中、黒い影をつくっていた。
エルネストは窓際におかれた椅子から立ち上がり、彼につくり笑いを見せた。
「わざわざ、見舞いになど来なくてもよいものを……まぁどうぞお座り下さい」
自分の向かいにある籐椅子へウォリー補佐官に座るよう誘った。
「いえ、窓の側では軍に集音されているかもしれませんので、ここで結構です」
ウォリー補佐官は自分のコートを手にしたまま、扉の前で立っている。
「ご心配しなくてもよい、うちのガラスは全て特殊加工を施している、こういう仕事をしていると、色々周囲がうるさいのでな」
「博士……前にお渡しした内容の件、ご検討頂けたでしょうか」
「まぁ、こっちへお座りなさい、この部屋は既に監視されていますから、お互い自然にいきましょう」
催促されたウォリー補佐官は、窓の外の様子を警戒する素振りを見せながら椅子に座った。
「ウォリーさん、先日受け取ったフウロの写真、とてもよく写っていましたよ、リリーちゃんという本当に良い友達に恵まれました」
エルネストは彼からメモリーチップを受け取ったことを、暗に否定した。ウォリー補佐官に落胆の表情が浮かんだ。
「私は……私は娘を救いたい……」
膝の上で握っているウォリー補佐官の拳が細かく震えている。
「私だって、同じ思いで日々をおくっている……ただ君の渡ろうとしている橋は危険すぎる、どのような者から吹き込まれたかは知らないが……」
「博士……お願いです。返事の期限が明日なのです……」
「それが真実であれば、私だってそうしたい、しかし、これが嘘であったなら多くの人が命を失う結果になることだって考えられる、そうなった時、君や私がその責任をとれると思うか?いや、もっと簡単なことだ、君の愛する奥方と娘さんが収容所に送られることもあるのだぞ」
エルネストの言葉を聞き、ウォリー補佐官はがくりと肩を落とした。
「私は馬鹿な父親かもしれない……」
「違う……君は立派な父親だよ……だが、過ちは誰の身の上にも起きる」
ウィリー補佐官は、椅子から立ち上がりながら言った。
「南の帝国の新たな侵攻作戦は既に始まっています、最新型重兵器による攻撃開始時刻は明後日三日の午前零時、最重要目標はヴォーカンソン重工業社、ただし、小規模なテロ攻撃は明日にでも各所で起こるでしょう」
「なぜ、その情報を?軍はもうとっくに察知しているのではないか」
「もし、その軍内部に私のような者がいるとしたら……向こうも全てを破壊しつくす前に、ビーストの情報を少しでも入手しておきたいと思っています、それでは、博士……もう会うことはないかと思いますが……」
「それはどういう意味だ?」
「私は馬鹿な父親を貫き通したいと思います……」
「南に亡命でもするつもりか」
「これ以上博士にはご迷惑をおかけするつもりはありません、それでは失礼致します、私もリリーがこのような笑顔を毎日見せてくれることに幸せを感じていました、それが……それが余計につらい……」
ウィリー補佐官の言葉の最後は涙につまっていて、エルネストは聞き取ることができなかった。
軍の警備車両内では、レイブンと他の兵士達が窓際に移る二人の影の動きを追っていた。
「ウォリー補佐官の身辺をSクラスで再調査するよう本部に要請しろ」
「了解」
レイブンの指示通り、若い兵はダッシュボードから伸びる通信端末を操作しはじめた。
(七)
昨日の夕焼けは、今朝の青空を既に約束していた。しかし、いつもの爽やかな小鳥の声は緊急車両のサイレンによって消されている。
エルネストはライクから聞いた知らせに言葉を失った。
「本当か……」
「はい、先ほど三人のご遺体が運び出されているのも確認しました」
「リリーもか……まだ子供だぞ」
「はい……」
エルネストは、めまいを起こし、自分のベッドにそのまま腰を下ろした。
青い鳥が慌ただしく左右にかごの中を移動したので、カタカタと餌箱が鳴った。
「フウロはそのことを……」
「まだ、知りませんが、いずれ……」
ウォリー・ヴァレー補佐官の家族が何者かの手によって全員射殺された事実は、エルネストに吐き気をもよおすほどの後悔の念を与えた。
(ろくに尋問もせずに殺害か……裏切り者たちへの見せしめだな……)
そして、次の犠牲者は間違いなく自分と、その家族だと確信した。
「ライク……私の旅はもうキャンセルだ、あの少年にお詫びを言うこともできずに終わりそうだ」
「?」
「私はお前に問いたい……」
窓から通して見える空はどこまでも高かった。