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銀色ふうろ  作者: みみつきうさぎ
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同調A音

フウロ・サク・アサマ     

 エルネストの孫 明るく優しい少女であるが、『南の帝国』による細菌兵器の後遺症により、短命を医者から宣告されている 姉のライクと希望がかなうという伝説の『黄金の泉』をさがす旅に出る


ライク・R・アサマ      

 エルネストの養女、ふうろを実の妹のように愛している 『南の帝国』による侵攻時にエルネストの開発した次世代オートメタビースト『シルバー』をヴォーカンソン重工業社より強奪する


エルネスト・サク・アサマ   

 元ヴォーカンソン重工業社技術開発部門総責任者 息子夫婦を『南の帝国』との戦争で失った怒りと悲しみを人型兵器『オートメタビースト』シリーズの開発に注ぐ


レイブン・ベルフラワー    

 『北の楽園』軍第三特務部隊所属 エルネストの監視役であったが,養女のライクに次第に恋心をつのらせる


ペイバック・K・オーガスト  

 元ヴォーカンソン重工業社技術開発部門職員


ロジオン・ヴァーベナ     

 『北の楽園』軍第一特務部隊所属 レイブンの古くからの友人


リリー・ヴァレー       

 アサマ家の隣に越してきた少女 『北の楽園』高官の娘でフウロの友達


ウォリー・ヴァレー

 政府高官であったが、病気の娘を救うために情報を『南の帝国』へ流す


オルミガ・ダンデリオン

 オートメタビーストのパイロット 後にベルフラワー隊に所属する


エリック・ダチュラ

 オートメタビーストのパイロット 後にベルフラワー隊に所属する


トヒル・カーペンター

 ベルフラワー隊に所属する少年兵


同調A音


(一)


窓から通して見える空はどこまでも高い。

 柔らかい陽の光が差し込むその手前に銀色の鳥かごが置いてあり、中に尾羽の青みがかった小鳥が一羽せわしなく飛び回っていた。


「私はお前に問いたい……餌を何不自由なく与えられて一生を監視の中で終えるこの鳥のようになるか、わずかな希望と引き替えに蛇に呑まれる恐怖におびえ、冷たい土の上で屍をさらす野鳥になるか、どうする……」

「はい、私は……」

 老人に問いかけられた女性は、途中で自分の言葉を切り、立っているその位置から窓際に移動しガラス窓を大きく開け放った。

「私の答えは……」

 彼女は自分の栗色の髪の毛を優しい風にそよがせつつ、鳥かごの扉を外に向けて開いた。


「ねぇ、ライク」

 少女から声をかけられたライク・ロイドは我に戻った。

彼女の栗色の長い後ろ結びの髪の毛が揺れる。

(記憶の混乱……私のような者が……)

 彼女はすぐに柔和な表情で、少女の方へ振り向いた。

「ごめんなさい、考えごとをしていました」

女性らしい落ち着いた身のこなし方で、地面でむずかる少女のフウロを優しく抱きかかえた。そして、平らの岩場のすぐ横に位置した後部シートへと座らせた。

「今日は夜のうちに走ろうと思います、それにもう薬の時間」

「お薬、苦いからやだなぁ、まだ、寝たくないよぉ」

「それは、お爺様との約束だから、これを飲まないとフウロの病気はよくなりません」

 後部シートに座るフウロは、ライクから手渡されたシロップ薬を飲んだ後、顔を小さくしかめた。膝の上の丸い猫の人形は先に眠っているのか動いていない。

「うぇえ」

「さぁ、シートベルトを締めます、苦しかったら言いなさい」

「ねぇ、ライク、目が覚めたら、『ピノッキオ』のお話の続き聞かせてね」

「ええ、次はもっと面白くなるところ、足の悪い狐さんと目の見えない猫さんが出てくるの」

「へぇ、猫さんと狐さん?楽しみだなぁ……ふわぁ」

 薬の効き目は早い。フウロは大きなあくびをしてから、ほんのわずかな時間で深い眠りに入った。

 子供用の小さなヘルメットをフウロの頭にかぶせ、彼女のシートベルトがしっかり固定されていることを何度も確かめると、ライクはコンソール(演奏台)に囲まれた前部にある自分のシートへ身を素早く沈めた。

 強化ガラス製のコクピットを被うシャッターが閉まり、機体の正常値を示す文字や数字が正面モニターに流れていくのに呼応し、始動音がソプラノ域に向かって高まっていく。

「演奏だ……『シルバー』」

 ライクは両手で握った操縦桿を一気に前へ押し出した。後部ノズルを被っていたカバーが上下に開き、そこから発する蒼色の炎の光が辺り一面を輝かせた。

 峻険な崖の間に出来た大きな窪みから、銀色の大きな機体が滑るように飛び出していく。

 地面に降り立った銀色の大きな人形は背部に付いた軽金属製の羽を伸ばし、岩が転がる地表をまるで氷上を滑るように高速移動を始めた。

「スフマートモード(光学迷彩)アクティブ」

 操縦するライクの声に反応し、七色の光が機体の中央部からゆらゆらと広がっていった。




(二)


 ベルフラワー隊に配属されたばかりのトヒル初年兵は、アンベシル(愚者)山脈から吹き下ろす乾いた風の中に立っていた。

 空にはひときわ輝く赤い星が光る。

 隣には彼と兵学校からの顔見知りであるジンジャーやジャックも緊張した面持ちで、オルミガ軍曹のスラング混じりの手荒い訓示を受けている。

「お前らみたいな消化不良の糞野郎どもが、ベルフラワー隊で飼われているのはなぜだと思う、わかるか?そこの親指トム!答えろ!」

 巨体のオルミガ曹長は唾を飛ばしながらジャックの顔の間近まで自分の顔を寄せ、がなり声を立てた。

「サーイェッサー!上官より命令されたからでありますサー!」

 黒人のジャックは瞬きもせず、丸い目を正面に向けたまま、緊張気味の早口で答えた。

「上官の命令?だからお前は腐ったアスホール(肛門)持ちの雄犬と言うんだ!そこのピス(小便)、答えろ」

「サーイェッサー!偶然でありますサー!」

「そうだ、偶然だ、間抜けなお前らの内臓が蠅まみれになる偶然なきっかけを淫売の女神が与えてくれたのにすぎない」

 トヒルの答えはオルミガ曹長を少し満足させたが、彼によるしつこい質問がこれから続くきっかけにすぎなかった。

 それでもトヒルは嬉しかった。

あこがれの存在の近くに自分がこうして立っていることが何よりも嬉しかった。

 カーキ色のテント横には荷物を満載した軍用トラックやタンク車、そして『北の楽園』の少年たちが皆あこがれる『オートメタビースト』と呼ばれる人型兵器が新兵たちへの熱のこもった教育を見下ろしている。


偵察隊PTピーピングトム二号車より報告、本日十五時二十一分、愚者の渓谷第八十五地点にて目標機体の空間振動波を確認、引き続き任務を続行するとのこと」

 戦術会議を行うため集められていた将校たちは、その報告に手を叩いて喜んだ。

「ようやく追い詰めることができましたね」

「ああ、これもみんなのおかげだよ」

 若いエリック曹長に微笑みかけられたレイブン・ベルフラワー少尉は、机上一面に広がる薄型パネルの情報に目を奪われながらも笑顔で応えた。

 若手エリート兵と少年兵で構成された別働隊通称『ベルフラワー隊』は、母国『北の楽園』より中央委員会の命を受け、ある重要人物と兵器接収の命令を受けている。

その追っていた目標がここからわずか数時間の場所でようやく確認された。

自分の読みに一分の狂いもなかったのだと、責任者でもある彼の心は興奮にうち震えていた。

「ビースト全機出撃せよ!」

見るからに貴公子然とした彼は高らかな声で、部下に対し目標への攻撃及び接収命令を下した。

 兵たちは命令が下ると、統制された動きでそれぞれの場所についた。

 人型兵器もすぐに起動をはじめ、数分後には、レイブンの操る隊長機を先頭に、交戦位置へ進撃を開始していた。

「目標捕捉できました!第八十七地点での発光を肉眼でも確認、こちらに移動をしています、各偵察車両バイスタティック(反射波受信)レーダーを作動します」

「これでステルス機能も使えず、ふふふ、まさに自殺行為だな」

 ベルフラワー隊指令車両のレーダー上に赤い光点が明滅を始めるのを見て、エリック曹長は作戦完遂への手応えを感じた。

「レイブン少尉、ご覧の通りです、ものの数分で目標と接触することができます」

 目を見張るほどの冴えた星空を二機、三機と続くベルフラワー隊メタビーストのあげる砂煙が隠していく。

 山脈の一部が愚者の渓谷と呼ばれる場所ではアカギレのように深く細くえぐられている。月明かりで一端をわずかに浮かび上がらせた山の稜線が遙か奥まで延びているのが、レイブン少尉の座るコクピットから良く見えていた。

「これより散開、各機どうしの距離はそのまま、発砲は許可するまで控えろ」

「了解」

 レイブン少尉の一言に各機はすぐに統率のとれた動きでさらに加速する。

 渓谷の出口では大地がやや扇状に広がっている。彼は通信で作戦通りじわじわと範囲を狭め、一気に片を付ける方針を実行した。

「空間震動さらに増大、来ます!」

 偵察車両の反射波受信レーダーには機影がはっきりと映っているが夜のとばりもすぐ隣にいる。

 モニターのターゲットマーカーはまだ点灯していない。

 後続の戦闘車両隊や砲兵隊に所属する隊員達の緊張は頂点に達していた。特に軍用トラックの荷台に座るトヒルら初年兵はしきりに瞬きを繰り返し、運転席にいる上官には聞こえないようしきりに小声で会話を続けていた。

「大丈夫だろうな」

「当たり前だろ、この隊にはビーストが四機も配備されているんだ、瞬殺だよ」

「もし、万が一、防衛線が突破されて俺たちのところに来たら終わりだな」

「そりゃ、ありえないだろ」

 彼らの会話は、すぐ耳元から聞こえてきたように感じる砲声によって遮断された。


いくつもの照明弾が凝縮した時間の間に撃ち上げられ、辺りは晴れた昼下がりの景色へと一変した。

「攻撃開始」

 ライフルから放たれた銃弾が、手前から突き進むように次々と目標地点へ着弾していく。

 砕かれた岩塊と立ちのぼる土煙が、地表に咲く蓮の花びらのように大きく高く開いた。

「目標は?」

「破壊されたぞ、地獄で糞でも喰らいやがれ!」

「いい気味だ」

 光点の消えたレーダーを見つめるビースト各機のパイロットは息をついた。

「目標物の回収を急げ」

「了解」

 余りにもあっけなく終わった戦闘に、パイロットは安堵の表情を浮かべ、操縦桿を握る手の力を弱めた。

「振動波増大!危険だ、下がれ!」

 今にも絞められそうな雄鳥に似た通信兵の悲鳴が、全コクピット内に設置されたスピーカーを割った。

 金属のぶつかる甲高い音が、錆色をした岩だらけの荒野に響いた。

「な……何?」

最右翼に展開していたビーストが、空から突然舞い降りた銀色の物体に、機体を左側面から袈裟懸けで切られた。

 断末魔を上げる間もなく裁断面から火花をショートさせ、少年達の憧れの詰まった機体は潤滑系統の茶色い飛沫の中に沈んでいった。

「四番機ロスト!右翼突破された!」

 ベルフラワー隊のオートメタビーストとは明らかにフォルムの異なる銀色の機体は、横から高速度で回り込み包囲網を難なく貫いた。

 銀色のビーストは日本刀のような武器を背中のホルダーに収納し、腰に付いたライフルを手に取った。

 銃身が振り出し型に伸び、光のラインが銃口に収縮していった。

 中央に位置しているレイブン少尉は、自分の機体を急行させたが、時既に遅く、二機目のビーストは頭部と携行する武器を破壊され、パイロットによる制御が不可能となっていた。

「なぜ、なぜ奴はレーダーから消えたのだ」

 レイブン機のサブモニターには、ヘルメットもかぶらずコクピットに一人座る女性の姿が映った。

 彼女の髪の毛と同じ色をした栗色の瞳はモニターを通しても美しさが際立っていた。

「お前たちに警告する、私たちを追うな……」

 閉じられた周波数を開放した女性は、追撃部隊に対し、抑揚のない声で二回呼びかけた。

「ライク・ロイド……貴様」

 小さく光るターゲットマーカーの輪郭が攻撃可能距離を示す赤色に変色した。

 レイブン機のライフルの先を輝かせはじき出された光弾は、直線状に銀色の機体へ向かって飛んだ。

 銀色の機体は陽炎のように弾の飛び交う空間に消えた。

「ロスト?どこだ、どこにいる、奴の機体はどこにいるんだ!」

「振動波……振動波がジャミング(電波妨害)されています!」

「見つけろ!すぐに見つけるんだ!」

「ハンター(空中浮遊生物)もこちらに向かっています!」

「これだけ空を震わせたからだ、地対空ミサイルの準備を、歩兵にはスティンガーを持たせろ」

 ベルフラワー隊は予想していなかった目標の戦闘行動に驚愕した。

 後続車両は前進を止め、歩兵を目標監視と携行武器による迎撃にあてるため、車両から全員降ろした。人間が耳と目から受ける信号にかなうレーダーはない。

 トヒル初年兵は、人工の昼と自然の闇の中間の空にきらめく銀色のオートメタビーストを確認した。

 空が大きく振動を続ける。

「あ……あれは……」

 銀色の機体は、指令車両や兵站、戦闘車両を眼下に認めた。

「何てきれいな鳥なんだ……」

 トヒルがそうつぶやき終えた時、銀色のオートメタビーストから発砲されたライフル弾は全ての車両を地表まで貫き、破壊した。

「何があった!応答しろ!何があった!」

指令車両のデータにリンクしているレイブン機の機器の一部が沈黙している。

 彼が部隊の後続車両が停車していた地点に着いた時、辺りは黒煙と紅蓮の炎の園に変貌していた。焦げた兵士の屍や潰れた車両が散乱し、みすぼらしい荒野のオブジェとなっている。

赤い星は忙しなく瞬く。

 将来の夢をあふれるほど抱いていたトヒル初年兵の身体は、黒曜石のような色に焼かれ、残ったわずかな灰だけが土の上を撫でる風に舞っていた。



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