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夜桜妖夜  作者: Urs
11/15

二日目・二十三日:金曜──昼から放課後2

 これはデートだ。千夏はそう決めた。

 昨日、山に行く冬野明里の姿を見つけた時、これはチャンスだと思った。何かが自分の肩を押してくれた、いつも一歩踏み出せなかった自分に機会を与えてくれたのだ。しかし昨日は時間が無かったから、今日こそはやってやる。

 放課後、学校をダッシュで飛び出し彼の移動に合わせ昨日の道で待つ。彼が来るまでは怪しまれないように子供と遊んでいればいい。幸いそういうのは得意だ。

 向こうからのったりと明里が歩いてくる。ふらふらと足取りは危なっかしく、足を滑らせそうになっては立ち止まる。

 明里が来るのを横目で見守りながら雪玉の集中砲火を避ける。全部叩き落としてもいいのだけれど、子供たちによるとアウト判定だそうだ。

 そうしているうちに、明里とエンジン音が近づいてくる。折しも子供が一人、雪玉の攻撃から逃げようとして道を飛び出した。

「危ない!」

 叫びながら、千夏は手に持っていた雪玉を投げた。子供にはやらなかった、手を振りかぶってからの全力投球。握り潰した雪玉は途中で崩壊せずに道の反対に届き、明里の腹に突き刺さる。クリーンヒット。

 というわけで、無事に明里と山へ行くことになった。手を握ってしまったり、ちょっとくっついてみたり。

 でも、いつもと違う距離はどこか不安定だ。話しかけることもできず、自然と足は速くなって、会話も少なくなる。

 明里は少し鬱陶しそうで、でもどこか嬉しそうで、黙っているのも悪くなかった。一緒にいる時間を、口少なでも話す時間をともにいるのは、いいものだ。

 そして山が見えてきた。花見でもするのかと思ったら本当にそうらしい。雪と桜、ほとんど見られない組み合わせだ。

「……風景が好きなのかな」

 これまで知らなかった明里のこと。その呟きは、幸いにも明里の耳には届かなかったようだ。

 明里の気持ちが少なからずその樹に向いていることは容易に察せられた。その言葉を口にするだけで明里の頬は赤みを帯びて声は優しくなる。自分は植物以下なのか、少し妬ける。

 しかし、実物を目にすると余計な感情は吹き飛んだ。

「わーお!」

 これはすごい。毎年友人たちと花見に行っていたが、雪景色の花は飛び出すくらい美しかった。さながら巨大な絵画が無造作に置かれているような、永遠に描き続けられている名画のような、この世のものではないような。

 引き寄せられるように足が動いた。走って近寄っていた。

 その姿は近くで見ると一層のこと雄大で、去年見た桜よりも幻想的だった。

 曇り空の下で陰りになった雪面は灰色で、落ちている花びらの淡いピンクがよく映えている。

 樹を枝の下から仰ぎ見れば、花の天蓋に覆われるような、それでいて安心できるような不思議な感覚。甘い匂いに全身を包まれ、気がつけば目が離せないでいた。そうしていると安らぎとともに眠気までもが溢れてくる。このまま、穏やかなままでいたい……

 ぴぅっと音がして頬に冷たいものが触れた。風で雪が桜の下に流れてきたのだ。その刺激で目が覚めた。

 身体から力が抜けて後ろに一歩下がった。首を振ると先ほどまでの感覚は消えていた。風のせいか妙に寒気がする。周囲を見回すと、明里は空を見ながら眉根に皺を作っていた。その顔に白いものが落ちていた。

 声をかけながら駆け寄ると明里がこっちを向いた。

「明里、雪が降ってきたよ」

「ああ、そうだね」

 こちらを見た目はしっかりとしていて、眠気は消えているようだ。

「ねえ、どっか行かない? 雪も降ってきたし」

「うん……たまにはいいかな」

 心の中でガッツポーズをする。

「どこ行きたい?」

「ええと……。千夏の行きたい場所でいいよ」

「そう? じゃ、日が暮れる前に行こ!」

 明里の手を取って駆けだした。いつの間にか、自然と手を掴んでいた。

 明里を引っ張っていった先は大学だ。

 私立・白城大学。名門ではあるが先進的な風潮の波に乗って、ここらでは駅の周辺よりも面白くなっている。加えて、自分たちが通う第三高校とも交流や提携があり、一部の店舗では値引きや特典があったりとお得なこともある。

 当然、第三高校の生徒もいる。

「ねえ、見られてない?」

「大丈夫だよ」

 千夏も視線を感じていた。自分が高校でそれなりに有名なことは自覚している。それに大会に出ていると大学生からも視線を感じることだってある。明里が考えている以上に、自分に目が集まっている。

 そして、その半数以上は隣にいる明里にも注目している。大学に入る前に手は離したが男女二人というのは目につく。片方が有名人ともなればそれはどれほどだろう。

 だからこそ、千夏はここを選んだ。

 そんなことは知らず明里は物珍しそうにしている。大学の中に入ったことは無い、とここまでの道の雑談で聞いた。だったらオススメの場所に案内したい、と話したのだ。さて、と地図を頭の中に思い浮かべる。

 門からは中央棟まで直線の通りが引かれており、大学全体は中央棟の左右に長く広がっている。目的の場所は棟の奥や左に寄っている。まずは奥から……時間をかけてゆっくりしたい場所は最後にしたいし……すると道が少し面倒くさいんだよな……

 そこまで考えた時、手が引っ張られた。明里が袖をつまんで引っ張ったのだ。

「何?」

「このプレートすごいね。学内が全部分かるんだ」

 見ると、明里は電子パネルに指を滑らせてすごい勢いで操作していた。門を入ってすぐ脇の、記念講堂の前にいくつもあるそれを、千夏自身は使ったことは無かった。

「ええと千夏の言ったのは……」

 呟きながらいくつかのマークをクリックして、表示窓を3つ並べた。

「えっと、どれかな?」

 驚いた。その全部が、これから行こうとしていた場所だったから。大体育館、視聴覚ラウンジ、カフェ。特にカフェは学内にいくつかあるから、それを正確に見つけたのはすごいと言うしかない。

「全部だよ、すごいね」

「そりゃ、まあ、あれだけ聞けば」

 素っ気ない答えだけど目を合わせようとしない。さては照れているな。

「それと、もう一つ、行きたい場所があるんだけど」

「いいけど、どこ?」

「図書館」

 そう言って、パネルをスライドさせてウィンドウを表示した。

 図書館は大学の中でも特に大きく歴史のある建物だ。外観や場所は知っていても自分の守備範囲じゃない。でも、確かに明里は好きそうだ。

「分かった。でも、こっちが先」

「ん。いいよ」

 まずは大体育館からだ。本当はグラウンドの方が良かったのだけど、雪で使えなくなっていることは予測できる。だから屋内だ。明里は興味ないかもしれないけど一緒に来てくれるのが嬉しい。

「明里はこの白大に来たことないよね」

「学園祭には来たことあるよ。でも、図書館は空いてないから」

「じゃ、これから行くところは?」

「ラウンジはあるけど、学園祭のだから、展示を見たり説明受けたりくらい。平日に何やってるかは分からないんだ」

「明里はそんな度胸は無さそうだよね」

「そうだけどさ」

「見学くらいなら大丈夫なのに。私なんか用がなくても来てるけど」

「そりゃ千夏は部活でつきあいがあるから」

 中央棟まで通りを歩く。寒さのせいかすれ違う人は少なく、足跡を並べながら速足になって建物に入った。

 中央棟の入り口は多少の大きさがあるホールになっており、椅子や机もある。いつもより賑やかな風景は、そこかしこで人の集まりができている。話をしている人、ゲームを広げている人、遅めのティータイムを楽しんでいる人。

 その一つに見知った顔があった。向こうから声がかかってくる。

「八雲じゃない。雪でグラウンドは使えないけど、どうしたの」

「遊びに来たの」

 その目がちらりと明里の方を見た。その口がにやりと笑う。

「ふぅん。遊びに、ね」

「そう、遊びに」

 軽口を叩きながら明里を引っ張って先に行く。他に知った顔はいないけど、こういうのは一人から広まっていくものだ。幸先はいい。

 中央棟は一階と二階をぶち抜いて大講義室があり、その周囲を囲むように通路が走っている。体育館は中央棟の向こうにあって、外を歩くと遠回りだから、中を進んで体育館へと向かうのだ。

 建物の中は暖房が入っていて温かい。明里は手袋を外して、手を外気にさらしていた。千夏は、その手に直接触れたいと思う。

 少し手を近づける。廊下が狭いのをいいことに身体を近づける。人とすれ違い脇に寄るついでに手を触れる。ぴくり、と明里が反応するのを楽しむ。


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