第四話 さて、人はどこまで進めるんだろうね?
第四話
「時雨君、何か僕に聞きたいことってないかい?」
あれからもう一週間がたっていた。何をすると言うわけでもなく、いつものように僕は生活していた。今日、珍しく剣治が放課後に僕を屋上へと誘ったので僕はおとなしくついていくことにした。その真意は謎だが、どうせ剣治のことだからどうでもいいことなのだろうと思っていたのだが、そうではないと僕の中の何かが警告をしている。
「………剣治はずっとここに住んでたんだよね?」
「まぁね、生まれたときからこの町から出てないってわけじゃないけど毎年の殆どはここで生活してるね………この町には面白い話があってねぇ………聞く人によって内容が変わるんだ。狐と鬼のお話………してあげようか?」
「………うん、教えて欲しい」
じゃ、しゃべりますかね〜と剣治は呟く。
「ああ、はじめに言っておくけどあくまでこれは僕が知っている話だからね。信じる、信じないは君の勝手さ。無論、さっきも言ったけどこの話は話す人によって内容が変わる………その昔、この村には狐が住み着いててね、これがまた、変わった狐なんだ。その狐はある日、山の中に入ってきた女性を驚かして遊んでいた。だが、その日は雨が降った次の日だったから女性はあやまってがけ下に落ちて死んじゃったんだよ」
「…………それで、どうなったの?」
「さすがの狐も罪悪感を覚えたのかな?このままではまずいってことで………山の神様にどうにかして生き返らせて欲しいって言ったんだそうだ。山の神様は別に人間とかには興味がなかったんだけどちょうどこのまえ狐に祠を壊されて頭にきていてある条件を出したんだ」
「………ある条件?」
剣治はどこからか狐面をとりだすと僕に投げつける…………いいのだろうか、結構年代物でさらにいわくがついているような代物のような気がするんだけど………。
「代々その家と村を守り、面となってその家系を見張ることだって。山の神様はここらの土地を守るのに疲れたらしいんだけどね。それを狐に代わりにやってもらおうとしたんだそうだよ………それ以降、村に何か魔物が入り込むたびに狐は張り切って家系と村を守り続けたんだ。けど、ある日………一瞬の隙をつかれて狐面となっていた狐は鬼にのっとられたんだよ。よわっちいってわけじゃない狐は狐面の状態でも狐面をつけていた少女の中に鬼を封じ込めたんだ。だけど、鬼はそれでも暴れてしまう………こまった狐は狐面の一族のとある侍を村に呼び寄せて退治してもらったそうだよ、自分とともに………だけど、これで話は終わらなかった…………まぁ、今でもこの町には鬼がいるんだって話だよ。お互いがお互い、狐面と侍は今でも相手のことを鬼だとおもっているんだ。実際のところはその問題となっていた鬼、滅んじゃってるんだよ。残っているのは思念だけ………だけどまぁ、それが一番厄介なのかな?それさえわかればこの町は平和になるんだろうけどね………」
剣治はそういって立ち上がると首をすくめた。
「これでおしまい…………たまにさ、数年に一回ぐらいの割合で行方不明者が出るってことがよく予想されるんだけど……先に言っとくよ、今年鬼面をつけた人は既に鬼が存在しないことを知っている。だから、へたに手を出さない限り行方不明になることはありえないと思うね」
「ねぇ、剣治、実はさ………」
僕はこの男になら信じられなかったことを話しても大丈夫なのではないかと思えた。だが、剣治は首を振って僕がしゃべるのを制した。
「何を言うのかはわからないけど言葉って物は伝染するんだ。その言葉に何か重大な意味がこめられていてそれに僕が気がついてしまったら………どうなるとおもう?」
「………ごめん、わかんない」
ため息一つ、若干呆れ気味の表情で剣治はどこから取り出したのかわからないが美少女フィギュア(女子高生、婦警さん、メイドさん)を屋上に置く。
「ここに、事件を目撃した女子高生Aがいました」
「うんうん、それで?」
「で、その日の夜に脅迫電話がかかってきたのです。内容は『今日見たことを言えばお前を殺す』と………それで、彼女は事件のことについては知らないといっていました」
「うん、そんで?どうなったの?」
「彼女は言いつけを守っていましたが、信用できるメイドさんにそのことを言ってしまいました………そして次の日、女子高生が殺されているのが発見されていたのです」
そういって女子高生のフィギュアがゆっくりと倒される。
「さて、この女子高生をころした犯人は誰でしょう?」
「え?メイドさんじゃないの?」
「正解………まぁ、実際のところは誰も彼女がメイドさんにしゃべっていたというところを見てないから確証がないんだけどね」
そういうと剣治はフィギュアをすべてなおしたのだった。とても簡単な話だった………名探偵が出る幕はなさそうだ。
「つまり、君が信用している中に犯人がいるかもしれないってことさ」
「………あのさ、婦警さんのフィギュアを出した理由は?」
「君、一瞬だけこの七尾さんのことを事件に関係している人だっておもっただろう?」
そりゃまぁ、普通はおもうだろう。あの婦警さん(七尾さん?)がいたのは単なる偶然ではないとおもったのだが………
「疑うのは君の自由だけど、今の七尾さんみたいに見た目はとてもその物事に関係あるかも知れない…………けど、実は関係ないってことが良くある。『鬼渡し』だってそうさ。間違えた人を侍が鬼だとおもって切ってしまえば狐はその侍のことを鬼だとおもって切ってしまう。君が勝つべき相手は君自身さ………所詮人間は鬼にはなれない。近づくことは出来ても………ね。『鬼渡し』にはルールがあるといわれているけれどそれ自体だって無いに等しいんだよ。鬼さんが誰かを切ればそこで鬼さんは終わりってことは変わりないけどね」
剣治はそういって屋上から去っていった。
「…………」
剣治が言おうとしたことをきっと僕は理解などしていないに違いない。わかったことといえば僕は誰も切ってはいけない、いない鬼を切れば再び鬼が侍に取り付いたと勘違いをした狐が僕を殺す………ということだろう。それならば、疑心暗鬼となっている狐と侍はお互いに極限状態まで追い詰められているのではないだろうか?
「…………」
僕の陰を見る。陰は静かにだが、確実にあたりを探っている感じがする。そして、僕の脳内に直接語りかけてきたのだった。
『におう、におうぞ………鬼女のにおいだ』
匂うと言ってもそれは陰のほうだ。僕自身が何か異臭を感じていると言うわけではない。におってくるものといえば夕食のカレーぐらいだろうか?
立ち上がってフェンスに手をかけて夕焼けを眺めていると人の気配を感じた。
「あれ?天道時君こんなところで何しているの?」
「あ、霜崎さん………」
後ろに立っていたのは霜崎亜美さんだった。帰るところだろうか?手には鞄を持っている。
彼女は僕の隣に立って同じように夕焼けを眺めていた。
「ん〜夕焼けっていいねぇ………あれ?その狐面もしかして剣治に渡された奴?」
「あ?これ?うん、多分渡したまま忘れて帰っちゃったとおもう………明日にでもかえしておこうかな………」
僕がそういうと彼女は頷いた。
「うん、それがいいとはおもうよ。その狐面、持ってるといいことないって言われてるし………」
「え?マジで!?」
やはり、いわくつきのものだったのか………剣治、そんなものを僕に押し付けるなよ!とまぁ、そういいたかったが剣治はいないし、既に僕の顔面には先客が張り付いている。この狐面が顔にはりつくということは………いわば眼鏡の上に眼鏡をつけるというおかしな状況に陥るということで、さすがにそうはならないだろう。
「その狐面さ、つけていろんなところを見ると変なものが見えるんだって」
「へ、変なものって?」
そうだな〜と呟いて彼女は言った。
「とりあえず、人間以外のもの。人間が見えなくなるっていう噂もあるね♪」
何故そんなに嬉しそうなんだろうか?
「…………え〜と、何でそんなに嬉しそうなの?」
「あ、私こういった話大好きなんだ♪天道時君は?」
さぁて、どう答えたものだろうか………もしかしたらこの狐面についていいことが聞けるかも知れないし、鬼面のことについても色々と聞けるかもしれない。
「うん、大好きだよ♪剣治がいってたけどこの町にもなんか恐い話があるんだって?」
僕がそう尋ねると彼女は目をきらきらさせながら頷いた。生き生きしているという言葉がぴったりである。
「うん♪あるよ!教えてあげようか?それはね………」
彼女が話してくれた内容と『鬼渡し』については剣治とさして変わらなかったが………最後の部分に彼女は付け加えた。
「この話ってさ、ホントのところ神様を起こさないと終わらないんだよね」
「え?どういうこと?」
驚いて彼女を見ると彼女は言った。
「狐がこの村を守り続ける限り未だに鬼が狐の中にいるっておもっている侍は狐を探し続ける。もとは狐って山の神様が寝ている間の代役だそうだから神様を起こせば狐はこの世から完璧に消えて侍もそれを追うようにして消えちゃうんだよ」
「ふ〜ん?」
それにしてはおかしな話である。聞こうと思えばこうやって町の人に聞くことが出来るのだし、地元の人のほうが郷土については知ってそうなのだが………それならば、何故行方不明者が続いているのだろうか?
「う〜ん?」
「あ、それとさ、この話は家に帰ってしないでね?この話、木曽家の人たちには秘密にしておかないといけないんだからさ………」
「え?そうなの?」
彼女は深く頷いていった。
「なんかさ、木曽家の人には絶対に教えちゃいけないんだって………ええと、狐を切る権利があるからこちらも狐を守る権利がど〜たらっていってたかなぁ?」
う〜ん、と唸って霜崎さんはそういった。
「じゃ、何で僕に?」
「だって天道時じゃん?木曽って名前じゃないからさ」
そんなものなのだろうか?とおもって僕はその日霜崎さんと一緒に帰り、途中で別れたのだった。
転校する前は女子と一緒に帰るなどという夢のシチュエーションなど想像もできなかったのだが、こちらに来て遂にことのときがやってきたか!と思えたのだが………人生というものは一風変わったもので彼女が一方的に恐い話のみを連続してしゃべり、僕はいや〜な空気を味わいながら帰路に着いたのである。