第八話 あれ?時間ってこんなにもろいもの?
第八話
携帯電話から声が返ってきた。
『やぁ、時雨君じゃないか……どうしたんだい?おじいさんがいなくなってまさか行方不明にでもなったんじゃないかっておもったのかい?』
剣治はそんな適当なことを言っているようだったが、それでもまだ本心は見せてくれていないようだ。それはまるで明日の天気について知らせているお天気お姉さんみたいな感じだった。とても軽いノリなのだ。
「いや……違うよ」
僕は慌てていたのでそんな冗談にかまっていられなかった。僕が言おうとしていたことなど剣治は知っていたようで、次の瞬間には軽いノリなどどこかに吹き飛んでしまったようなシリアス全開の声が返ってくる。
『大丈夫さ……君ら二人の事をあの人が………いや、漸増さんが無視するはずがないよ、あの漸増さんは………きっと二人のことを待っているって僕はかけたっていい………そうだね、はずれたら僕の大切なフィギュアをプレゼントしよう』
僕は剣治の言った最後の言葉は無視して前のことについてたずねてみる。
「まってるって……どういうこと?」
学校へと急いで向かっている僕の隣に電柱の上から霜崎さんが現れる。まだ狐面はつけていないようだったが姿は既にあの巫女服のようなものだった。
「天道時君、あの無限回廊に………何か気配がしてる」
「え?それって一体………どういうことなんだろ?」
『おやおや、既に亜美までそっちに言っていたとは………お二人さん、どうやら今日はデートのご予約が入っていたようで………先生には仲良く風邪をひきましたって伝えておくよ。ああ、その中に漸増さんが入るだろうからデートじゃないかな?』
最後に後のことは任せて欲しいと剣治は言ったのだった。
「うん!よろしく!!」
剣治に学校のことは任せ僕らは並走し、段々と大きくなってきている学校へと視線を移した。周りの人たちは数人いるのだが、まるで僕らのことには気がついていないようだった。
校内へと入る扉を開け、僕らは転がるようにして中に入る。霜崎さんが指をぱちんと鳴らすとそこはもう、永遠と続く廊下………無限回廊へと変わっていた。
「………ここから先にはいかんせんぞ」
「漸増さん!?」
「やっぱりか………」
ただ、昨日と違うのは廊下の真ん中に漸増さんが姿勢正しく右手には日本刀を持ってたっているということだけだった。影を落としたような感じでこれまで一緒に生活してきたおじいさん………という雰囲気などどこにもなかった。あるのは殺伐としたつめたい空気だけ。
「やはりというか………霜崎家のものが手助けをしておったとはな」
霜崎さんを一睨みし、今度は僕へと視線を向ける。その目には優しそうな瞳をしていた漸増さんの瞳などどこにも無かった………いや、もしかしたらこちらのほうが事実なのか?
「あれだけ偽の情報を与え、自分が鬼であるという虚実さえも認めさせたのに………どうやらわしの配慮が足りなかったようじゃな」
「ちゃんと天道時君の友人関係を調べておいたほうが良かったんじゃない?漸増さん?」
僕が何か答える前に彼女はあっさりと返答した。その瞳には余裕のためかどうかわからないが微笑がたたえられている。
「小娘が………いいよるわい。やはり木曽家に相対する霜崎家の血をその身に受け継ぐものじゃ………」
「漸増さん、何故、僕らの行方を阻もうとするんですか?」
不思議に思ってそれを口にするのだが、漸増さんは霜崎さんのほうを見るだけだった。
「ほう、霜崎家の連中には教えられていなかったのか………」
「………そりゃまぁ、木曽家、霜崎家にとっては聞いておくべき話だろうけど天道時君が知ったところでどうするの?大体、あれってもう無効だっていったのはそっちでしょうに」
漸増さんは一つ笑ってからようやく僕のほうを見た。
「確かに……そうじゃったな。じきじきにわしからいいにいったことじゃったわい。いかんのう、年をとると。……行方不明者が出るたびに木曽家と霜崎家は莫大な富を得る……と言っても、何も神様から施しを受けるというわけではない。運がつくようになり、富豪になるなど軽いこと………わしはその欲に狩られし鬼じゃ……」
「!?」
漸増さんの顔にひびが入り、その額からは二本の角が伸び始める………
「………だからわしは反対したのじゃ………よもや、ここまで我が家の欲を、わしの欲を潰そうとしようとしているやからを家に置くなどと………ここで切り捨ててくれよう」
漸増さんは抜き身の刀をこちらへと向ける
「や〜れやれ、まさか人が鬼になるなんて………はじめてみたよ」
霜崎さんは懐から狐面を取り出してそれをつける。僕も陰の中から漸増さんが持っているのにそっくりな刀を取り出して構えた………説得するには相手は人の話を聞かない、相手の言っていることを認めるには僕にとって無理な話だった。
「さて、鬼にどれほど通用するか………この技、試してみようかな?」
「………」
僕ら二人は目の前の漸増さんと相対する。これから二人を相手にするのにとても余裕の表情を見せている。
霜崎さんは懐から何かの紙を取り出すとそれを漸増さんへと投げつけ……その紙は嵐を廊下に巻き起こした。
うるさい風の音で耳が無力になってはいたが、すぐ隣にいた霜崎さんの言葉はしっかりと聞き取れた。
『………あのさ、天道時君……早い話私ら二人じゃあの鬼は倒せないと思う』
「え?」
驚いて隣の霜崎さんを見るが、狐面の上からでもわかるが、きっと不安そうな表情をしているに違いない。
「えっと………じゃ、どうすれば?」
『いってなかったけどもう神様が眠る場所まで半分以上来てるわ。えっと、具体的にいうなら四分の三ぐらい』
嵐は徐々に小さくなってきている。どうやらこの話を聞かれないように霜崎さんは嵐を起こしたようだった………ナチュラルに人間技とは程遠いね………いまさらだけど僕の周りの人って変わった人が多い気がするよ。
『私が囮になるか、天道時君が囮になるか………どっちにしろここで漸増さんの相手をどちらかがしている間にもう一人が神様をおこすの。そうすれば“神の領域”と呼ばれる力が発動されてあの鬼を………』
嵐は今では完全におさまっており、漸増さんが駿歩で五メートルはあったであろう間合いを踏破してきた。そして、その刀は霜崎さんへと降り注ぐ。慌てた僕は彼女と漸増さんの間に割ってはいる。
「くっそぅ!!」
振り落とされた日本刀に“土蜘蛛”をぶつける。
「それなら、霜崎さんがいって!」
『わかった』
至近距離でにらみ合う僕らを二度と振り返ることなく霜崎さんは去っていった。振り返ってくれなくて悲しかったが、今はそんなことを言っている場合ではない。
「ほほう、このわしの相手をしてくれるのは木曽家の裏切り者か………」
「裏切るも何も、僕は天道時っていう苗字がある!」
漸増さんは僕から離れるとその右腕を光らせる。
「!?」
必殺技でもあるのだろうか……霜崎さんがやったみたいに………そんな感じで危機感を抱きながら僕は僕が握る刀に力をこめる。
「素人が達人に勝てると思ってか?」
「いや………それは出来ないってわかってる」
「ふふん、そうだろうな………」
当然の結果だといわんばかりに漸増さんは頷いたが………次に鼻を鳴らして不機嫌そうに僕に告げる。
「だが、今のお前とわしはほぼ対等。この鬼面をつけている間両者の間での実力は一緒なのだ………」
自らの刀を左手でさわり、今度は僕を見る。
「この刀の刃は自分の心で出来ておる」
「心?」
「そうじゃ、心……といっても、使えば使うほど磨耗し、いずれはその所有者もろとも消滅してしまうという代物じゃ」
それじゃ妖刀じゃねぇか!?そうぼやきそうになったのだが黙って相手の出方を見る。もしかしたら相手が僕の隙を狙っている可能性も無いわけではないのだ。だが、相手はもう僕の相手をする気にならないのか刀を鞘におさめる。
「ふふふ、あの狐面の巫女を追いかけなくていいのか?神を起こせば確かにわしも終わりだが………その昔山にいた神は寝起きが悪く近くにいた者たちを一掃したらしい………わかるか?この無限回廊はそのためにあるのだ」
「…………」
つまり、霜崎さんがいう『神の領域』というものが発動すれば確かに鬼となった漸増さんを倒すことは出来るのだがついでに霜崎さんも消滅する可能性があるってことか………
「さぁ、どうする?わしは何もせずにこの道を譲ってやろう」
そういって廊下の脇へと移動する漸増さん。
「くっ………」
僕は目の前の漸増さんをもう見ることなく全速力で霜崎さんの元へと向かった。
「せいぜい犬死しないようにがんばるがいい……」
はっきりいってあの鬼を外に逃がせば……このまま木曽家はずっと悲劇を繰り返すに違いないだろう………多分。漸増さんが何をしたかったのか、それさえわからないが………今するべきことは一つ!とりあえず霜崎さんを止めることだ。
―――――
「やはり、青いのう………」
いまや軽々として脱出を図り始めていた鬼は一人ほくそ笑んでいた。
「じゃがまさか………あそこまでの実力を備えていたとは………奴にはこの鬼面の法則が通用していなかった………今摘まねばいつかは摘まれるかもしれんが今は逃げの一手じゃ………」
そんな鬼の目の前に一人の人間が待ったをかけた。
「おっと、そうそう逃げ帰らなくてもいいんじゃない?嘘をついてまで帰らなくても………ね」
「おぬしは………たかだか人間の子どものくせしてわしの前に立ちはだかるとはいい度胸じゃ、ここで切り捨ててくれよう」
刀を手にしたはずの鬼だったが、その手に刀は無かった。
「お?」
正確には、右腕そのものがなかった。
「きちんと手はにぎっておかないと………ほら、右腕おっことしちゃったでしょ?」
「く………」
「ほらほら、いつの間にか体が………」
無限回廊入り口に確かに二人の人影があったが………今では完全に一人の影しか見受けられなかった。
「やれやれ、年をとっても強いって噂の鬼だったと思ったんだけど………ま、そんなことはどうでもいいか………あとは君たち二人にまかせるよ亜美、時雨君」
無限回廊と名づけられた場所に背を向け、彼は指を鳴らした。そして彼は姿をくらまして………後に残ったのは血なまぐさい風だけだったのである。
――――――
無限回廊の果て、僕はようやく霜崎さんを見つけた。そこは一つの教室のような場所で中央には光り輝くお札が貼られており、祠まで置いてあった。後一歩のところで……というところで霜崎さんは祠のお札を引き裂き、祠の扉を開けた………
「だ、駄目だ!霜崎さんっ!!!」
ただ、僕の声だけがむなしく響いたのだった。