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気ににゃる彼女。  作者: 水瀬透
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エピローグ 彼の結論

 エピローグ 彼の結論


 ねずみは「わかりました」と頷きました。

「ほんとうに、そんなことが出来ると思うのか?」

 すぐに頷いたねずみを不思議に思って神さまがそう尋ねると、ねずみは言いました。

「確かに、すぐには難しいかもしれません。わたしだけではできないかもしれません。でも、もしも、いずれ出会うわたしの家族や子供たちが力を貸してくれるのなら、きっと、いつか叶えられるとわたしは思います。わたしはねこさんに謝りたい。そして、今度こそ、ねこさんと友達になりたいのです」

 ちいさな身体で、力強く言葉を紡ぐねずみに、神さまはにっこりわらって言いました。

「それなら、わたしはお前を応援しよう。いつも、見守っているよ」


 酒盛りが終わり、動物たちが帰るのを見送ったあと、神さまは誰にも内緒でねこの人形を作りました。

 そして、不思議な力を込めると、福を招く神さまとして人間の世界にそっと広めました。神さまはひとりだけれど、くすくすわらって楽しそうです。大きな、両手を挙げたねこの人形を自分の家に置いて、神さまはよしよしと頭をなでます。

「いつか叶ったときには、ねことねずみを招いて酒盛りをしようかな」

 神さまは、その日をずっと楽しみに待っていました。

「いつか、ねずみの心にねこが根負けするときがくる」

 こんなふうに、お手上げになるか、仲直りのばんざいか、どちらでも楽しみだなあとわらいました。

 ねことねずみに招待状が届くのは、きっと、もうすぐのことでしょう。


 ☆


「うわ、どしたの?」

 翌日、いつもの早朝勉強会の時間にケイは教室に入って思わず吹き出した。

 猫に囲まれて、困り顔で動けなくなっているすずみがいた。

 朝日に洗われたような教室で、柔らかいブラウンの髪がさらさら光っている。すずみはいつものように後ろ向きに座って、ケイの机に頬杖をついている。

 あの後、神宮にすべてを明かされ、ねずみへの憎悪が一転、崇拝に近いほどの感謝に変わった猫たちはその場で非礼を詫び、感謝の言葉を並べ立てた。叔父だけは渋い顔をしていたが、こんなに豹変するもんかね、とすっきりしなかったケイはかえって大丈夫だと思えた。

 叔父はどちらかといえばすずみの祖父と因縁があるらしい。――数十年の恨みつらみ、笑いものにされた記憶がさっぱり消え去ることは難しい。あとはもうそれぞれが自分で片をつけることだ。そう呟いたのは神宮だったか。

 なんやかやとすずみに絡もうとするねこたちと戸惑うすずみの間に入って、ケイは危害を加えない念書を書かせた。過保護だなあと苦笑いする神宮の下で書いたそれに逆らう者はいないだろう。

 ケイにとって、すずみが耐えていたあの日々は簡単に消せるものではないからだ。

 ケイはまだ、すずみを傷つけたねこを許せない。――しかし、そもそも何に怒りを向ければいいのか、謝罪をさせたいのかもわからないし、すずみがそれを望まないのならば。神宮のいったように、この感情はケイがカタをつけることなのだろうと思う。

 それでも、しばらくはごたついても静かに過ごせるだろう。

 とりあえずは見守ろうとケイが決意した矢先の朝だった。

 傷だらけにした机や教科書を直して弁償したのは聞いていた。ついでにとケイたちの教室の掃除をしていたのかまではわからないが、いつも一番乗りのすずみと鉢合わせて、そのまま挨拶をしてまとわりついていたのだろう。ケイが見ているこの間にもねこが出入りしている。


 すずみは律儀にも、猫まみれの教室で待っていてくれたらしい。

 どうにかして、と目で訴えている彼女は困り果てていて、やはり猫が怖くないわけではないのだろう。怖くなくても、こんなに囲まれたら誰だって戸惑う。

「あ、坊ちゃん! おはようございます!」

「おはようございます!」

 挨拶をしてくるねこに応えながら、ケイはねこたちをひょいひょい避けていく。

 大丈夫? と声をかけても黙ったままで、こんなに態度で困っていると訴えているのに素直にどうにかしてくれと言わないすずみに、ケイはついこらえきれずに吹き出した。なに? いやいや。なんでわらってるの? いやいや。

 むっとしたように彼女は睨みつけるけれど、眉が下がっていて怖くなんてない。ケイはねこたちを呼んだ。

「なあ、もうすぐみんな来るから、帰ってくれないか?」

「それは失礼しやした!」

「坊ちゃん、嬢様、失礼します!」

 丁寧に一匹ずつ挨拶をしていくのに手を振って、ねこたちが帰るとようやっとケイも席に座る。

 彼女は相変わらずわらわないけれど、頬杖をついて彼を待っていた。


「おはよう、すずみさん」

「……おはよ」

 挨拶を返してくれるのが、ケイは嬉しかった。

 昨日のことを謝らないとと口を開く。

「大丈夫?」

「もういないからいい」

「えーと、ねこじゃなくて」

「……?」

「あのさ、昨日の――」

 ケイが言いかけたところで木ノ葉と潮がやってきて、その日の早朝勉強会はそのまま質問攻めになって終わってしまった。

 ねえ、二人は付き合ってるのかしら? え?! あれ、付き合ってないのか? お前はなんで知ってんの?! いや、見てたから。 なんで?! いやあ、人払いはしといたけどおれが見ちゃいけないもんでもなかったしいいかなって。そんなことより! もう付き合ってるの? い、いや……。先輩だめですよ、こいつらはおれらと違って甘酸っぱい青春すぎてこっちが恥ずかしい。おれらと? ああああ甘酸っぱいわねえ! ねえ、すずみーん、なに黙ってるのかしら? あーもう! 後日きちんとご報告いたしますのでどうかこの辺りで許してください!

 ちゃーんと挨拶に来なさいよ? ふふふとわらう潮の笑顔に迫力があったことはケイの勘違いではないようだ。ほんとうだったらお前引っぱたかれて口に出せないようなことされるはずだったんだぞ、と木ノ葉がこっそり耳打ちした。幸せそうな彼の目の下に濃いクマがあったのも、気のせいではない。

 高くつくぞ、ぱこんと頭を叩く彼に、ケイは「さんきゅ」とわらった。



 屋上の屋上はあんなことがあった翌日でも日向ぼっこに最適だ。

 また木ノ葉と潮に質問攻めにされてはたまらないと二人は早々に逃げ出した。

 いつも通り弁当をつつくケイと、チーズ蒸しパンをかじるすずみは隣同士でお昼を食べている。もうすぐ夏が来たら、屋上の屋上は暑くて寝転がってなんていられないだろう。そうしたら入口の影がいいかな、なんて考えながら、ケイはちらりとすずみを横目で見る。すずみは両手でチーズ蒸しパンを持って、いつも通り小動物よろしくもそもそと咀嚼している。

 ケイはいつ話を切り出そうかと迷っていた。怖い思いさせたことは早く謝りたい。しかし、いやがうえにも告白にも触れるので、返事は欲しいが振られたらどうしようと手をこまねいてしまうのだ。そしてご飯を飲み込むと卵焼きを口にする。さっきからその繰り返しだった。

「……」

「……」

「……」

「……ありがとう」

 不意に口を開いたのは、すずみだった。

「え?」

「……朝と、昨日も。ありがとう」

「いや、おれこそなんていうか――嘘じゃないしふりなんかじゃないから! 本当ごめん!」

「もういいよ」

「いやでも屋上バンジーなんて怖い思いさせたし、」

「それは、怖かったけど」

「だよね……ほんとにごめん!」

「怪我もないから、いい」

「でも、――あ、ハンカチもずっと借りっぱなしだった! ごめん……」

「いい」

 少し俯いてチーズ蒸しパンを食べていたはずのすずみと目が合った。

 でも、と言いかけたケイの唇を柔らかいものが塞ぐ。

「ひとかけらだけ、あげる。……ねずみだけに、ちゅう。なんて」

 おどけたような言葉と裏腹の真っ赤な頬で、――すずみはわらった。

 不器用な、でも花がほころんだみたいに優しい、ふにゃりとした可愛い笑顔だった。

 追いつかない頭で、きっとずっと猫はねずみにかなわないとケイは思った。それでいいやと空を見上げる。


 さらりと風が吹けば今日もふわりと香る、だいすきな彼女の香り。



 fin.



2014.04.29.






 身分違い……とは少し違うかもしれませんが、猫とネズミの恋の物語です。ちゃっかり者が自分の恋を叶えたりもしていますが。

 ロミオとジュリエット、自分はとても好きですが、もしもハッピーエンドにしようと思ったら、出来ないこともなかったんじゃないかなと思うのです。

 これは、ハッピーエンドを作ろうとした彼らの物語です。

 もし何か届けられたのなら、そんな幸いはありません。

 ありがとうございました!


 水瀬


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