プロローグ 彼女の決意
プロローグ 彼女の決意
昔々、山また山奥に住む神さまは、十二月三十日に国中の動物たちに手紙を書きました。
『一月一日に酒盛りをしましょう。一番から十二番までにきてくれたものは、一年ずつ動物の王様にしてあげましょう。』
風を呼んで、神さまは国中に手紙をばらまきました。
誰が来てくれるかなあ、と神さまはお酒や料理の支度を始めました。
手紙は十二月三十一日に届きました。
手紙を読んだ動物たちは自分こそ王様になるんだと、うきうきと用意をしました。ちいさなねずみも心を躍らせて手紙を読んでいましたが、ちいさなお前じゃ無理だとわらわれてしょんぼり家に帰りました。確かにちいさな自分は王様には向かないかもしれないけれど、だからこそ、こんな機会を逃す手はないじゃないか。そう自分を奮い立たせて、どうやって神さまのところへ行こうか考え始めました。
のんびり屋のねこが目を覚ますと、お昼ご飯を食べながら、きつねがなにか手紙を持っています。「それは何だい?」「神さまからの手紙だよ」ねこはきつねに何が書いてあるのかと聞くと、酒盛りの招待状だよと答えて、ご飯を食べ終えたきつねは支度があるからと駆けていってしまいました。
きつねにさよならしてから、いつなのかを聞き忘れたことに気付いたねこは、近くに誰かの家がないかときょろきょろしていると、ちいさな扉が目に入りました。
「そうだ、ねずみさんなら知っているだろう」
ねずみは動物の間では、しっかり者で有名だったのです。
☆
昔話には十二支がどうしてあの動物たちに決まったかという由来の話がある。
ねずみに騙されて十二支になり損ねたねこと、ちゃっかりもののねずみが出てくる話で、現在に至るまでねこがねずみを追いかけているのはこのことがきっかけだと言われている。長い長い喧嘩のきっかけは、誰もが耳にしたことがあるかもしれない。
いたずら好きのねずみは神さまの宴会は一月一日なのに、二日の朝だと手紙を読み損ねたねこに教えた。
そして、夜中に出発した牛の背にこっそり乗って、悠々と神さまのところへ一番乗り。
一月二日に現れたねこは、顔を洗って出直してきなさいと神さまに怒られたために、いまでもしょっちゅう顔を洗っていて、もちろん、ねずみに騙されたことに腹を立てたねこは、ねずみを追い掛けまわすようになった。――という、こんな話。
『ねずみがうそつきなんて、うそだあ』
ある晩、おばあさんが子守唄代わりに本を読んでやっていると、べそべそと小さな孫娘が泣きだした。十二支の由来を聞いて、ねこがかわいそう、そう言ってあんまり泣くものだから、おばあさんは涙を拭ってやると、十二支の続きの話を教えた。――どんな本にも載ってない、ばばだけが知ってるお話だよ。
そう、わらって頭を撫でた。
『どんなおはなし?』
『ふふ、いいかい? 好きなもの同士が一緒になれるほど、幸せなことはない。それを覚えておいで』
ふくふくとわらって、おばあさんは小さな孫娘にその話を繰り返し聞かせた。秘密だよ? とわらうおばあさんが、こっそり話してくれるお話が、孫娘は大好きで毎晩その話をせがんだ。そらで覚えられるくらいに聞かせた、秘密のお話。
おばあさんはいつも、こう話し始めた。
『干支のねずみが、なんであんなに一番になりたがったと思う?』
大きくなった孫娘は、もう泣かない。
代わりにわらいもしない女の子になったけれど、心は変わっていなかった。
願いを叶えるために、彼女は泣かないし、わらわない。
たったひとつの願いは、逃げ切った先にあるのか戦って得られるのかすらわからないけれど。
『――こうしてねずみの娘を青年は結ばれ、末永く幸せに暮らしました。めでたしめでたし』
『でめたしでめたし?』
『めでたしめでたし、ね』
『なにそれ?』
『このお話みたいに幸せに、そう! ハッピーエンドになることさね』
『しあわせ?』
『そうだよ、ほら、ねずみさんも好き同士で一緒にいられたろ?』
『だれがきめるの?』
『うーん、ねずみさんだねえ。すずもだよ?』
『すずも?』
『そう、すずはハッピーエンドを作れるんだよ』
『でめたしでめたし?』
『ふふ、そうそう。』
『ばばさまは?』
『うん?』
『つくれた?』
いつかの夜、きょとんとした顔からひどく優しい目をして、わらっていた。
『作れたさ。ばばはいま、ハッピーエンドのなかにいるの』
『?』
『すずもきっと、ううん。絶対に素敵なハッピーエンドを作れるさ』
ちりん、と仏壇に手を合わせる。
遺影の中で、彼女のおばあちゃんはおしとやかに微笑んでいる。彼女が好きだったのはいたずらっ子みたいに目をきらきらさせて、口を大きく開けてわらうおばあちゃんだったのだけれど、おしとやかにわらう静かな目を見て、少しだけ口の端を上げてみせた。――それ以外では顔色一つ変えやしない彼女の、唯一の笑み。
「行ってきます、ばば」
きっと、叶えてみせる。鈴のような声は、自分に言い聞かせるように言葉を紡いだ。
「ハッピーエンドを、絶対、作ってみせるよ」
行ってきます、と出て行く彼女を静かな目が見つめていた。




