金の硬貨と金の髪
その日、私は“姫”を切り捨てた。
パサリ、と髪が切れ落ち、冷たい風が首筋に当たる。
「……よし、これで」
人の髪は高く売れると、昔誰かに聞いたことがあった。
生きていくにはお金がいる。これでどれくらいに為るのかも、何処で使えばいいのかもさえ判らないけど。
「お金稼ぐのって、大変なのねぇ……」
空を見上げると、耳元までの髪がうなじに当たった。くすぐったい。
━━━━お金が欲しい。
生まれてからこんなこと、思ったことなかった。
喜怒哀楽とも違う、怖いような薄暗いような初めての感情。それを、怖いとも、嬉しいとも思った。
(彼らはこんな気持ちだったのかしら?)
欲しい、欲しいと繰り返し、願い、訴えて死んでいった彼ら。……父が殺した彼ら。
死ぬと言うのに、何が何故欲しいのかしら、その感情はどこから来るのか、ずっと分からなかったけど。
……やっと理解できた気がする。
「……欲しい、欲しい」
怒りとも悲しいとも付かない、欲と云う思い。
━━━彼女もこんな思いを抱いて死んでいったの。
生きたかっただろう、死にたくなかっただろう。
あなたはどうして、私なんかを助けたの……?何が欲しかったの?何を願っていたの?……私には全くわからないの!
「……何を、馬鹿なことを」
……いくら墓を作っても、彼女は、もう、願わない。
そもそも私に彼女の願いを叶えることなど、できないくせに、何を。
「これ、売ってこなきゃ……」
ローブを被り、そっと路地裏から出る。
稼いで墓を作って弔う。
殺した私なんかには、其れぐらいの事しか出来無いのだから。
売れそうな店は、思ったより早く見つかった。
路地裏から出てきょろきょろと辺りを見回すと目に付いた、珍しく建物の中でやっている店。
『売り場』と書いた看板が立てかけてあるし、他の屋台みたいな店とも違うから……もしかしたらこういう特異な物も売れるかもしれない。
レンガの間にある小さな窓へ背伸びし、中を覗いてみる。
「…………」
薄暗い店内を、壁にかかったオレンジの明かりがぽつりぽつりと照らしていた。
その小さな光の中、ガードマンらしい屈強な男たちが5人ほど見えた。
じっと目をこらすと、その人たちが……奥にあるカウンターで、店主に何かを渡している人を見張っている。
(……彼は……お客さん?何を売っているのかしら?)
もっとよく見ようと目をこらした、その時。
ガードマンの一人がグリン!とこちらを向いた。
「きゃっ!」
慌てて窓から顔を離し、バランスを崩して尻餅をつく。
なんて不気味な振り向き方!
「何をしている?」
「ひぃぃ!」
立ち上がろうと地面に手をついた瞬間。
まだ三秒も立っていないのに、あっという間に後ろに回り込まれていた。
肩を掴まれ、ぐっと持ち上げられる。宙ぶらりんの状態で必死にもがくけど、そいつの腕は微動だにしない。
「……離して!」
「何をしているかと聞いている」
ぞっとするほど冷たい低い声。別に、盗みを企てているわけでもないのに!
「…っつ。これを売りに来ただけよ。……離しなさい!」
懐に入れた自分の髪を急いで取り出し、勢い良く男の目の前に突き出す。
キッと睨むと男は僅かに目を見開いた。
「客か…わざわざ店内を覗くな。入れ」
そういうなり、くるりと反転し店内に私を放り込んだ。乱暴!野蛮!無礼者!
でも、ギリギリ立ったまま着地できた。薄暗い店内を見返す。私に視線が集まっているのが分かる。
ゾワッと肌が粟立つ。視線で人を殺してそうな、むしろ2、3人は視線で殺してそうな鋭い視線だった。
怯んで足が止まる。ぎゅっと大切な髪を握り締め、反射的に胸に押し付けた。
━━━━━━━━これぐらい。
心の中で強がり、覚悟を固める。
きゅっと唇を噛み、男たち睨み返すと、視線は店内に元いた客へ戻っていった。
そのまま奥に進む。すると、ちょうど先客が用を済ませたらしく、カウンターから店主が私を手招きした。
睨んで来るガードマンと視線を合わせないようにその手を見つめ、一歩一歩早足で進んだ。
…………途中ですれ違った先ほどの男が売っていたのは、貴族の高価そうな服だった。
店主がカウンターに置かれたそれを脇に除けると、何を売るんだ、と聞かれた。
「これを売りたいの」
「……髪か、金貨三枚、300シードだ」
「ありがとう」
所有時間20秒。お金ってこんなに素早く移動するのね……。
…………私の髪が意外と高く売れて、ちょっと驚いた。
三百シードっていうと、私が誕生日に貴族からもらった宝石が一つ買えるほどだ。
人の髪ってこんなに高かったのね……。知らなかったわ。
硬貨を見たのはこれで初めて。だけど、金色に輝く綺麗な見た目は私の髪よりずっと美しく見えた。