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『黄金のキノコ』

作者: 中之 吹録

(1)「それは小さな村から始まった」

 その謎の病気は確実にその村を蝕んでいた。


 数ヶ月前、一人の男が村の診療所を訪れた。顔の一部と左手の甲、足の一部などに大きな瘡蓋かさぶたか松ぼっくりの様な出来物らしきものが複数あった。

 医者は皮膚病の一種と判断し、簡易手術でこれを取り去った。珍しい症例だと思い、これを無菌袋に入れ保管しておいた。


 数週間後、その男がまた診療所にやってきた。今度は顔全体と背中の半分ほどが松ぼっくりのような出来物で覆われていた。

 その医者にはもう、手の施しようが無かった。大学病院に連絡し、そちらで見てもらうように紹介状を書いた。

 男は一通の「○○大学病院 医学博士 ▲様 机下」と書かれた封筒を持ち、大学病院へと向かった。


 私はその大学病院の研究員だ。研究班を組織し、病気の原因の特定を急ぐように教授に指示された。

 診療所の医者から渡された「謎の物体」の解析を急ぐことにした。

 患者の男性も日々外観が悪化してきていた。一応生命の危険はないものの、解析は急がなくてはならない。


 3週間が過ぎた。そうこうしているうちに、村には謎の病気が蔓延し始めた。300人あまりの村で、既に100人近くがこの病気にかかっていた。

 だが、不思議な事にこの病気で亡くなる患者数は”0”だ。不幸中の幸いと言えるだろう。

 国は「非常事態宣言」を発令。それを受けて、県と村は「入村制限」と「夜間外出禁止令」を発令。同時に「謎の病気対策本部」が診療所と各種大学病院・研究所・製薬メーカー・厚生労働省に設置された。

 村を中心とし、半径50km以内の物資の搬出は禁止。人の行動も厳しく制限された。


 厳戒態勢が敷かれ、村への出入りは各所研究員と保健所の職員が村人に代わって食料や日用品などの生活必需品を買いに行く事だけが許され、他の出入りは一切禁止となった。

 医薬品も出入りできる人間が村に戻る時に渡されるという厳しいものだった。


 日々、爆発的に患者の数は増えていった。私は研究室の中だけではなく、現場に行ってこの目で現状を確かめようと村へと向かった。

 3日間の滞在で出来うる限りのデーターを集めようと計画していた。


 入村後の村の現状は、思っていたより凄まじかった。見る人見る人の何処かしらに出来物が見えた。

 早く原因を究明せねばと強く心に誓った。


 聞き取り調査を始め、1日目・・・2日目・・・どうやら原因は空気感染によるものらしいと言う所までは掴んだのだが、その先が一向に進まない。

 原因はカビか?細菌か?新種のウィルスか???どうにも見当がつかなかった。

 「入村制限」も厳しさを増す一方で、必要な物資は感染を避ける為に、約1kmに及ぶベルトコンベアーで搬送されてくるようになった。かなり不便な生活になってきた。

 もう期間が無い。感染死者が出る前に対策を打たねば。



(2)「秘密のお茶」

 遂に滞在も最終日、3日目の朝を迎えた。患者の数は村人の殆どの人を占めるようになった。

 その頃から、不思議な事件が多発するようになった。入村した研究班の人員が数人行方不明になっていった。病気を押して山での捜索に当たってくれた村人が山道近くの沢や谷で遺留品と思われる衣服やナップザックを発見した。

 今度は駐在所に「失踪事件対策本部」が置かれ、殺人・自殺・事故などの多岐に渡る方向から捜索と原因究明の捜査が始まった。

 私も少し怖くなったが、もう乗った船だ。沈むか、向こう岸に辿り着くかの覚悟を決めた。


 午後になった。聞き取り調査もあと数十人という所で、重大な話を耳にした。

 村人の話によれば、ある家族の1人だけが感染を免れ、健康にしているという話だった。私は早速その人物の家に向かった。

 医学的根拠には欠けるが、「何か解決策があるに違いない」と何か心の中に確信のようなものがあった。


 家はそう遠くは無かった。徒歩で15分ほど歩いた村の隅の方にある古い木造の一軒家。そこに高年の夫婦とその母、子は夫婦の長男の家族3名と成人した妹、それに高校生の女の子が住んでいた。

 家族全員が謎の病気に悩まされていたが、高年の夫婦の母(お祖母さん)だけが、感染もせずに完全な健康体で暮らしていた。

 お祖母さんは・・・多分90歳くらいだろうか。何事も知らぬような涼しい顔をし、縁側に座ってお茶を楽しんでいた。

 「こんにちわ。」声をかけてみた。

 「あんた、大学のお医者さんだね。よお遠いとこから来なすった。まずはお茶でも飲まんかねえ。」

 間もなくしてお茶が出された。普通のお茶ではないようだ。少し香りがする。椎茸茶か松茸茶のような香りがした。

 一口飲んでみた。確かに何かの茸茶のようだ。不味くは無かった。飲み終わった頃に、お祖母さんが話し始めた。

 「このお茶はのう、この村にしか生えん黄金のキノコを天日で乾かして煎じて作ったお茶なんじゃ。このお陰で私は病気もせずに長生きしとるんじゃ。」


 私は心の中で「しめた!これだ!」と叫んだ。多分これに含まれる成分の何かが感染を抑えてくれるのだと直感した。これをワクチン化出来れば、村の人たちも助かるに間違いないだろう。


 「お祖母さん、どこにこのキノコは生えてるのかな?」と尋ねてみた。

 「裏の山に生えちょるが、そう多くは見つからんて。それでもあんたは探しに行くんかい?あずっても(急いでも)早ようは見つからんで。」

 もう少し話しを聞いたが、数はかなり少ないらしい。松林でない場所で松茸を探すのと同じくらい確率が低いようだ。

 しかし、1本さえ見つかれば培養可能かもしれないし、分析の後に化学合成という現代科学の技もある。

 私はおばあさんに黄金のキノコ茶の粉末を少しもらい、そのキノコの生えていそうな場所を教えてもらった。


 初日は時間もそう多くはなかったので、黄金のキノコを見つけるには至らなかった。

 夕方、謎の病気対策本部と厚生労働省に連絡をし、滞在期間の延長を申請した。申請はあっさりと通り、「無期限」という形で許可が出た。

 その日から毎日山歩きの日々が続いた。



(3)「キノコ発見!治験開始」

 黄金のキノコ探しから5日目。また研究班の人員が数人行方不明で捜索中との一報が朝から流れていた。

「私も何かの原因で行方不明になるかもしれないな。」と少々怖さを感じながら山に入っていった。そして・・・毎日登っていた獣道を進みながら何気なく横の笹薮に目をやった時、少し光るものが目に入った。

 毎日登っていた道だ。一瞬間違いではないかと疑ったが、間違いなくそれは生えていた。たった1本だが確かに黄金のキノコの様だった。

 大きさは人で言えば腕の関節から指の先ぐらいまでの大きさ。太さも同様。笠はちょうど手のひらが4つ分ほど。思っていたより大型のキノコだ。

 黄金のキノコは、本当に金箔を貼り付けたように煌びやかに輝き、その美しさに一瞬目が釘付けになってしまうほどだった。

 これ1本あれば十分だ。早速採取し、早速おばあさんの元を尋ね、間違いが無いかどうか確認してもう事にした。


 下山し、お祖母さんにキノコを見てもらった。

 「あんた、運がいいねえ。わしでも2年に1本も取れれば上出来な方でねえ。」

 間違いないと確認した。早速研究室に持ち帰る準備を済ませ、謎の病気対策本部と厚生労働省に連絡を取り、村を出る許可を取った。

 最後にお祖母さんの血液を採取し、研究室へと急いで戻った。


 研究室に戻ったのは、夜だった。少し疲れていたが、何日徹夜しても原因を解明しようと気合い十分だった。

 すぐにサンプルの比較対照に入った。お祖母さんの血液と無作為に抽出した血液の成分比較とDNA鑑定、もらったお茶の粉とキノコの整合性、血液の成分比較で出た物質と血液の成分比較で出た物質の照合。

 研究班全員が一丸となってこの分析に力を注いだ。厚生労働省も予算無限大と言う事で大きなバックボーンになった。考えうる検査は何でもしようと思った。


 5日が過ぎた。データー解析チームを作り、毎時間送られてくる膨大な量のデーターをカテゴリ別に分け、作業は効率的に進んでいた。

 そして6日目。お祖母さんが健康でいたと思われる物質の特定に成功した。たんぱく質の一種のようだ。しかし細菌やウィルスでもない。

 何かを媒介しての感染は間違いないようだが、そのセオリーが未だ解明出来なかったが、それ以前に特定された物質の合成とワクチン化が先だ。ワクチンさえ出来てしまえば、空気感染も収まるだろう。その後に詳細な調査をすればよい。感染拡大防止が最優先事項だ。


 7日目。皆の努力で化学合成ではあったが、同等の効果を示すデーターが出たワクチン第一号が完成した。が、すぐには使えない。最低限の臨床試験は必要だ。

 村人で一番症状の悪い患者といい患者の比較か、大学病院に来た男性患者か・・・と思っている時だった。何となく足の脛辺りに違和感とかゆみを感じた私は、防護服ズボンを捲り上げてその場所を見た。

 ・・・「しまった!」私が感染していた。

 私は研究班と各所対策本部のチームリーダーを招集した。皆が集まった所で、私が感染している事を告げ、治験第一号に立候補する事を皆に告げた。

 間もなく厚生労働省から治験第一号の許可が下りた。早速治験を開始する事にした。治験と平行し、製薬会社2社が24時間体勢ででワクチンのフル生産を開始した。


 ようやく治験開始だ。1日目、変化なし。血液採取。2日目。変化なし。血液採取。いつまで続くのだろう。10日もすれば体の血液が無くなってしまうかもしれない。そして一番怖いのは「効果なし」の判定が出た時だ。全てが水の泡になってしまうどころか、日本中、いや、世界中の人類はこの先どうなってしまうのだろうと考えるようになった。


 治験3日目。病状の進行停止を確認。どうやら間違ってはいなかったようだ。4日目、縮小を確認。5日目、消滅を確認。無事治験に成功したようだ。

 一応、再発防止と根絶の意味合いを兼ねて、6日目も投薬。精密検査の結果、完治と認定。ちょうどその頃、製薬会社も十分な量のワクチンを製造・確保。治験成功の連絡を受けて、ワクチンは村へ無事輸送された。



(4)「キノコの反撃」[終]

 謎の病気対策本部の一部は解散を始めた。プロジェクトは成功だった。後は警察が管理する失踪事件の方だけだ、と思っていたが、私にもある異変が起こっていた。


 完治宣言から2日経った朝、体が少し黄色味がかっていることに気が付いた。もともと黄色人種だが、それではない。黄疸とも違う。少し気になりはしたが、体調も悪くなかったのであまり気にも留めず、すぐにそのことは忘れてしまった。早々にレポートを仕上げなければならなかった。

 その夜、帰宅後に事件が起きた。体中が黄色を通り越して、かなり金色に近くなってきた。場所によってはもう既に金色に光り輝やき始めていた。

 再発したのではないかという恐怖が蘇った。すぐに研究班に連絡をした。

 「再発したのかもしれない。すぐそちらに向かうので、精密検査の用意をしておいて欲しい。」帰宅したばかりの私は、とんぼ返りで研究室に戻ろうとした。

 

 もう、時間は深夜に近かった。電車の乗り継ぎより車の方が早い時間帯だ。車に乗り、研究所へと向かった。


 もう研究所まで数分だった。急に私の頭の中で囁く声が聞こえた。「帰ろうよ・・・山に帰ろうよ。帰りたいんだ。」

 その声は秒単位で私の思考回路を捻じ曲げ、奪い取ってしまった。

 気が付いたのは病気の発生源の村に入ってからだった。その間の記憶が支配されていたようだった。そして、また囁きが聞こえ始めた。


 「あー!!!!あー!!!!」

 私はその声を振り切るように大声を張り上げ、正気を保とうとした。少し正気を取り戻した私は車のハンドルを握る両手を見て愕然とした。

 両手は金色に輝き、金色の胞子のようなものまでがハンドルや私の衣服に付いて金色に煌いていた。そしてバックミラーで見た私の顔はまるでツタンカーメンのマスクのように黄金に光り輝いていた。


 また囁きが聞こえてきた。全身金ぴかになった自分を見てしまった私は、もう対抗するだけの気力は無かった。呼ばれるように車を出、山の中に入っていった。

 だんだんと意識が遠くなってきた。言われるがままに衣服を脱ぎ捨てながら山道を登っていった。

 「・・・行方不明の・・・原因・・・ってのは・・・」意識は完全に消滅した。


 数日後、あのお祖母さんがキノコ探しの為に山に登ってきた。

 「今年は黄金のキノコが大漁じゃのう。あんなに取れんかったキノコが、今年はもう5本も取れたで。いい年じゃ。」


 それから数週間後、ワクチン投与された村人のおよそ半数は完治し、以前と変わらぬ健康な生活を送っているが、完治出来なかった人は次々と行方不明になっていった。

 お祖母さんはいつもと変わりなく、縁側で黄金のキノコ茶を楽しんでいた。


 謎の病気の詳細な報告書が発表されたのは、それから半年後の事だった。

 感染は、飛沫感染と接触感染・性交渉が原因だった。村人の昔からの習慣で、アメリカばりの抱擁と頬へのキスが当たり前のように行われていたそうだ。

 製造されたワクチンは詳細な臨床試験の結果、未感染者の予防には絶大な効果が認められるが、感染後の接種には、キノコに変体すると言う副作用が高い確率で発現するというものだった。


 「今日はなかなか黄金のキノコが見つからんのう。この間までぎょうさん生えておったのに。」

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