第九話
「……」
「お待たせしました。って、待ってください!?」
優夢が伐の家で暮らすようになってからは伐は護衛もあるため、彼女のバイトの終了時間には裏口の壁に寄り掛かり、タバコを吸っている。
優夢はドアを開けるといつも伐が立っている場所へと視線を移し、伐を見つけると笑顔で彼に駆け寄った。
彼女の様子に伐は表情を変える事無く、壁から背を離すと一人で歩きだし、優夢は慌てて彼の後を追いかける。
「……面倒だな」
「黒須くん、どうかしたんですか?」
しばらく、歩いていると伐は何かに気が付いたようで気だるそうに言う。
その言葉に優夢は何かを感じたようで、首をかしげて彼に聞く。
「……尾行されてる」
「び、尾行ですか? ……あの、この間みたく歪みが狙っているって事ですか?」
「人だ。それもそれなりに手慣れてるな。素人じゃねえな。しかし……」
伐は自分達が尾行されている事を優夢に教えると、優夢は驚きの声をあげるが、自分を落ち着かせようと深呼吸をし、直ぐに自分達を尾行しているのが歪みかと聞き返す。
気配から伐は歪みが相手ではないと答えると何かあるのか優夢へと視線を移した。
「どうかしましたか?」
「いや、ずいぶんとたくましくなったなと思っただけだ」
「だ、だって、死にたくないですから、それにあんなに怖い思いをすれば胆だって据わってきます」
純粋に優夢の成長に伐は驚いたようであり、表情を緩ませる伐。
優夢は伐が珍しく自分をほめた事に少しだけ焦ったようで声を裏返すものの、もう一度、深呼吸をするとここ数日で自分に起きた事を思い出すように言う。
「それもそうか……」
「あ、あの。それでどうするつもりなんですか?」
「どうするかな? 先輩がいなければ、まくか、ぶちのめすんだけど……足手まといだからな」
優夢は尾行している相手が人間だとわかり、少しだけ安心したようではあるが、本来、彼女自身、尾行などされる人間ではないため、どのような対処をして良いのかわからないようで伐の服を引っ張る。
伐はその言葉に欠伸を一つすると、優夢が邪魔だと言いたげに頭をかく。
「邪魔だと言うのには自覚がありますよ。だけど、黒須くんがおかしな事ばかりしてるから、尾行とかおかしな事になってるんじゃないですか?」
「それに関しては否定しねえよ。しかし、家までついてこられるのも面倒だな。おびき寄せるかと言いたいところだけど……色気が足りねえな」
「それって、どう言う事ですか!?」
優夢は伐がおかしな事ばかりしているせいで、尾行されているのだと頬を膨らませる。
その言葉に小さくため息を吐いた伐は仕返しなのか、優夢を見て眉間にしわを寄せた。
バカにされた事に気が付いた優夢は声をあげるが、伐は何かを考えているようでその声に反応する事はない。
「……取りあえずは、場所を移動するか? 周りを巻き込むと先輩がうるさそうだからな」
「ま、待ってください。どこに行くんですか!?」
「公園で良いんじゃねえか?」
伐は尾行している人間の目的も知りたいようであり、その足を近くにある公園に向け歩き出すと優夢は慌てて伐の後を追いかける。
「あ、あの、まだ付けてきているんですかね?」
「あぁ……ブラックはダメだったか? それなら、これで良いか?」
公園の自動販売機が近くにあるベンチまでくると、優夢は不安そうに伐に聞くが、伐には緊張感などなく、自動販売機に小銭を入れて缶コーヒーのボタンを押す。
自分の缶コーヒーを買い、次は優夢の分だと思ったようだが、以前、彼女の文句を言われた事もあり、優夢に何を飲むか聞くがその指は青汁を指差している。
「どうして、その選択ですか!?」
「あ? タバコは吸うな。酒は飲むなって言うから、健康志向なんだと思ってな」
「健康志向とかじゃないです。多少は気にしてますけど、ウーロン茶でお願いします」
優夢は驚きの声をあげると伐は自分の趣向に関してくどくどと言ってくる彼女を皮肉っているようであり、優夢は大きく肩を落とすと無難なものを選ぶ。
「ありがとうございます」
「あぁ……それで、そっちのあんたは何が良いんだ? 缶ジュースくらいなら奢るぞ」
優夢は伐からウーロン茶を受け取るとベンチに腰を下ろし、のどが渇いているのかウーロン茶を一口飲む。
伐は彼女の事など気にする事無く小銭を自動販売機に入れながら、こちらをうかがっている人物に問う。
その行為は自分達を尾行していた人間へのある種の挑発行為であり、優夢は慌てるが自分には何もできない事もわかっているようで相手の次の行動を待つ。
「いつから気が付いていたんだ?」
「その質問に答える意味はねえな。それで、何が良い? これで良いか?」
「……黒須くん、普通のを選びましょうよ」
伐の問いかけから少し時間が開くと二十代後半のスーツ姿の男性が両手を上げて二人の元に向かって歩いてくる。
そのポーズは降参を表しているようで、伐は少しだけつまらなさそうに言うと自動販売機の中にあるお汁粉を指差し、優夢は伐の選択が何の嫌がらせだと言いたいようで大きく肩を落とした。
「それは悪かったな。それで」
「缶コーヒーで。ブラックじゃないのが良いな」
「あぁ」
「隣、良いかい?」
伐は男性からの答えを聞くとボタンを押し、出てきた缶コーヒーを男性に向かって軽く投げ、男性は缶コーヒーを受け取ると優夢の腰かけているベンチに腰をおろした。
「それで、何のようだ?」
「悪名高いノラ猫さんに依頼を受けて貰いたいと思ってね」
「依頼ね……」
伐は男性に問うと、男性は自分は伐に仕事を依頼しにきたと答える。
その言葉に伐は怪訝そうな表情をすると男性の意図を探ろうとしているのか目を細めて男性の様子をうかがう。
「どうかしたか?」
「いや、尾行の仕方にあんたの様子を見れば、あんたがそれなりにやる人間だってのはわかる。俺に持ってこなくたって自分でやれば良いだろ」
「そうしたいのはやまやまなんですけど、俺には手に負えない分野なんだよ。それに依頼主のご指名だからな。俺は仲介をしにきただけだ」
首を傾げる男性に伐は男性の実力を評価したようで、自分が出る幕ではないと答えるが、男性は自分には手に負えない仕事だと答える。
「……わかった。話を聞こう。依頼を受けるかはそれからだ。先輩、帰るぞ」
「わかってる」
「は、はい」
伐は男性の話を聞く気になったようで優夢に声をかけると一人で家に向かって歩き出し、優夢と男性は慌ててベンチから立ち上がると彼の後を追いかける。