第八話
「従姉弟だって? 嘘吐いてない?」
「つ、吐いてないよ。それより、移動教室なんだから、急いで」
伐の予見していた通り、しばらくすると優夢は友人達に伐の家に転がり込んでいる事がばれてしまう。
先日、教室に入ってきた時に友人達の伐への印象は悪化しており、優夢の事を心配しているのか友人達は心配そうに追及を開始する。
伐に慌てないように言われていた事もあり、優夢は慌てないように心掛けているが、その声は裏返っており、優夢の言葉は疑いようがあり、友人達は怪しんでいる。
「どうして、そう思うの?」
「だって、私達が優夢の従弟くんを初めて見た時、優夢だって初遭遇って感じだったでしょ?」
「初遭遇、なかなか、衝撃的だったよね。移動教室の時に廊下に人だかりができていて、先輩をぶっ飛ばしてた……あの中にいないよね?」
友人達は伐と初めて会った日の事を思い出しているようで、眉間にしわを寄せると優夢達が進む先に人だかりができている。
その様子にまた伐が廊下でケンカでもしているのではないかと思ったようで冗談めかして言う。
「そんな、毎回、毎回、黒須くんだって、ケンカをしているわけがないよ」
「そうよね。ケンカばかりしてると同じ学校なら、優夢にだって迷惑だってかかるし」
「……自分でケンカを売ってきたんだから、これくらいで泣き言を言うなよ」
優夢は伐が素行は悪いが、無意味な暴力はしないと思っていたようで首を横に振ると、本当に従弟であるなら、少しは優夢の事を気にしてくれるはずだと言うが、気だるそうな伐の声と泣きながら伐に謝罪をしている声が聞こえる。
「く、黒須くん、何をしてるんですか!?」
「……本人だったよ」
伐の声に大きく肩を落とす友人達をその場に残し、優夢は人だかりをかきわけて伐の元に向かう。
人だかりをかきわけた優夢の視線の先には気だるそうに欠伸をしている伐と男子生徒が三人、廊下に転がっている。
三人のうち、二人はすでに気を失っているのかぴくりとも動かず、一人は制服を鼻血で真っ赤に染め、泣きながら伐に向かい頭を床に押し当てて命乞いをしている。
「黒須くん、何をしてるんですか? ストップです。やり過ぎです」
「何をと言われたら、正当防衛じゃねえか?」
しかし、伐は命乞いなど聞きいれる気などまったくないようであり、小さく口元を緩ませると命乞いをしてる男子生徒の頭を踏みつけようとする。
優夢は彼の行動に気が付き、伐に抱きつき彼を止めると、伐は興が冷めたと言いたげにため息を吐いた。
「明らかに過剰防衛ですよね!?」
「そうでもねえよ……」
優夢はやりすぎだと声をあげるが、伐はどうでも良さそうな口調で言うが、その視線は鋭くある一点に向けられている。
「そうでもないじゃ、無いです。どうするんですか? また、都築先生に怒られるじゃないですか!!」
「……だから、正当防衛だ」
「カッター? これって、どう言う事ですか?」
優夢は現在は学園側に伐とセットで扱われる事になっているため、圭吾に怒られると彼を怒鳴りつける。
ご立腹の優夢の様子に伐はため息を吐くと廊下の床に転がっているカッターナイフを拾う。
その刃には血が付着している優夢は状況が理解できないようで首を傾げた。
「黒須、水瀬、お前達は何をしているんだ!!」
「す、すいません!?」
「……やっと来たか」
その時、騒ぎを聞きつけた圭吾が怒鳴り込んでくる。
優夢はその声に慌てて頭を下げるが、伐は圭吾の到着を待っていたようでため息を吐いた。
「やっと来たか?」
「……言っておくが、俺は巻き込まれただけだぞ」
「巻き込まれた? ……絶対に黒須くんが加害者ですよ」
怪訝そうな顔をする圭吾に伐は自分が被害者だと言う。
しかし、最初から見ていなかった優夢や圭吾から見れば完全に伐が加害者であり、今の三人の会話を聞いている周囲の生徒達も大きく頷いている。
「都築先生、彼が言っている事は本当ですよ」
「蓮沼? 本当なのか?」
その時、人だかりの最前列に立っていた女子生徒が伐の無実を主張する。
圭吾はその女子生徒の名前を呼ぶと信じられないのか、別へと疑いの視線を向けながら、女子生徒に聞き返す。
「はい。本当ですよ。言い難いんですけど、床に転がってる二人がお金を」
「そして、このバカがカッター振りまわしやがったんだよ」
気を失って廊下に転がっている二人がカツアゲをしていたようであり、カツアゲの被害者がキレてカッターナイフを振り回した時に伐が通りかかったようである。
「……だとしても、やりすぎ」
「あ? こいつの使い方も知らずにただ、振り回してただけだぞ。使い方も知らねえのか?」
通りかかった伐は被害者、加害者両方を鎮圧したようだが、明らかにやりすぎであり、優夢は大きく肩を落とす。
伐はカッターナイフの刃を出し入れしながら言うと急に視線を鋭くする。
「声だけ上げて、振り回したって意味がねえよ。立ち向かおうとしたのは上出来だけどな……殺る気なら、ただ振りまわすだけじゃなく、ギリギリまで殺気を消して、こいつをここに突き立てれば良い。わかったな」
「は、はい」
冷たい口調で伐は鼻血を流していた男子生徒を誉めると刃をしまったカッターナイフを彼の心臓部に押し当てる。
その動きは無駄も何もなく、最短距離で人の命を奪う事が出来る動きであり、男子生徒は伐の声に背筋が凍ったようで顔を真っ青にして頷く。
「黒須、お前は何を言ってるんだ!!」
「あ? 事実だろ。それに自分で選んだ覚悟だ。それを止める権利は他人にはねえよ。だいたい、こんな騒ぎになる前に生徒指導をしろよ。生徒指導担当の都築センセ」
伐の言葉が人道的に大問題であり、圭吾は伐を怒鳴りつけるが、伐は欠伸をすると自分への疑いは晴れたと言いたいのか人だかりへ向かって歩き出す。
人だかりは伐を避けるように割れ、伐は当たり前のようにそこを通って消えてしまう。
「待て。黒須」
「都築先生、黒須くんを追いかける前にやる事があるんではないでしょうか?」
伐を追いかけようとする圭吾だが、女子生徒が圭吾を引き止めると、廊下に騒ぎの原因である三人をそのままにしておく事ができないようで圭吾は眉間にしわを寄せながら、彼女の言葉に頷いた。
「く、黒須くんは何がやりたいのかな?」
「何がしたいんですかね。でも、彼の従姉であるあなたがわからないなら、私達には皆目見当もつきませんよ。それでは私も失礼しますね。水瀬優夢さん、また、機会があれば」
「ど、どうして、それを」
伐が消えて行った先を見て、ため息を吐く優夢に女子生徒はまるですべてを知っていると言う口調で言うと早足で優夢から離れて行く。
驚きの声をあげる優夢だが、伐がいなくなった事で人だかりは解散の方向に向かっていたようで彼女の姿は人ごみに隠されてしまう。