第六話
「……で、何の用だ?」
「何の用だ? じゃないだろ。黒須、お前はもう少し態度を改めると言う事は出来んのか?」
「する必要がない」
優夢が伐の家で住むようになって、数日、生活指導の『都築圭吾』が伐の家を訪れる。
伐は圭吾を居住スペースに招くつもりはないようで先日の事務所のような部屋に圭吾を通し、優夢は突然、圭吾が訪れた事に顔を強張らせているが、伐はふてぶてしい態度でタバコに火を点けている。
圭吾は対象的な二人の様子に大きく肩を落とすと伐に態度を改めるように言うが、伐が態度を改める理由はないときっぱりと言う。
「あ、あの、都築先生、私、停学ですか? で、でも、これにはわけがあるんです」
「……いや、そう言うわけでもない。今回のこの状況に関しては近江から学園側にも連絡があったからな」
優夢は伐との生活が学園で処罰の対象になったと思ったようで顔を真っ青にして、圭吾が訪れた理由を尋ねる。
その様子に圭吾は首を横に振ると真から学園側に便宜を図って欲しいと言う連絡があった事を話す。
「近江さんからですか? あ、あの、都築先生は近江さんとお知り合いなんですか?」
「あぁ、学生時代に少しな」
「……ほら」
優夢は真の名前に少し安心したようで胸をなで下ろした後に圭吾と真の関係が気になったようで二人の関係を聞く。
圭吾は言葉を濁そうとするが、伐はタバコをくわえたまま立ち上がると、棚から紙束を取り出して優夢の前に置いた。
「えーと……なんですか? これ?」
「……黒須、お前はなんで、こんなものを持っているんだ?」
紙束の表紙には『近江真、都築圭吾、身辺調査』と書かれており、優夢は状況がわからずに伐へと視線を移す。
圭吾は紙束にある自分の名前に眉間にしわを寄せる。
「あ? 妙に仲が良いって話になって、二人の関係者から以前に調査依頼がきたんだ」
「そ、そうなんですか?」
「……黒須、調査依頼を出したのは誰だ?」
優夢は中身を見てみたいと言う思いが少しあるようで、紙束に視線を移しており、圭吾は伐にこんなくだらない事を依頼した人間の事が気になるようで眉間にしわを寄せたまま聞く。
「あ? 依頼人について話をするわけねえだろ」
「あ……後で見よう」
「……女は総じてバラが好きと」
「な、なんてもったいない事をしているんですか!?」
「で、結局、何しにきたんだ? あいつから話が行ってるなら、今更、確認する事もねえだろ。先輩はまだしも、俺が現実も知らないガキどもにばれるように動くと思うか?」
伐は紙束を回収すると、優夢は伐の家にいる間に中身を確認しようと思ったようで小さな声でつぶやくと、伐は優夢の言葉にため息を吐き、紙束をシュレッダーにかけて行く。
その様子に優夢の本音は駄々漏れになっているが、伐は気にする事無く、ソファーに座り直すと圭吾にここにきた理由を尋ねる。
「もう少し言い方はないのか? 確かに黒須はばれるようなへまはしないとは思うが……ここではおかしな噂になっては困るし、他に場所はなかったのか?」
「それが……」
「俺はあいつから先輩を警護するように依頼を受けただけだ。それ以上でも、それ以下でもない。あいつが学園側にも説明して許可も出てんだろ。とやかく言うなよ」
学園の生徒達に二人がわずかでも一緒に住んでいる事が噂になってしまえば大問題になるため、他に方法はなかったのかと聞くが、伐は面倒だと言いたげに指で耳をほじっている。
「しかしな……水瀬、色々と気を付けるんだぞ」
「そ、それに関してはいくつかカギも買ってきてドアが開かないようにしてますから、大丈夫です」
「あ? 市販のカギくらいなら、二秒あれば充分だな。無駄な労力を使うなんて、ヒマだな」
圭吾が心配しているのは優夢の貞操であり、彼女の両肩に手を置き念を押す。
優夢もそこももっとも警戒しているようであり、準備は万全だと言うと力強く頷くが、伐は平然とカギなど問題ではないと言う。
「黒須、わかっているな」
「孕ませるような下手はしねぇよ」
「おかしな事をするなと言っているんだ!!」
圭吾は伐に釘を刺そうとするが、伐の答えは彼が望んでいるものではなく、圭吾は力強くテーブルを叩き、伐を怒鳴りつける。
「おかしな事ね? 人間はどれだけ行っても、動物なんだ。欲求の前では素直なもんだぞ。それに俺が何かするとは限らねえじゃねえかよ」
「何もしません!!」
自分だけ疑われるのは問題外だと言うと優夢は全力で何もしないと声を上げた。
「と言う事だ。安心しろ。何かあってもはらませなければ、何もなかったで済むから」
「済むか!!」
「うるせえな。何だ? 誓約書でも書けば安心するのか?」
すでに優夢と圭吾は完全に伐の手のひらの上で踊らされており、部屋の中には圭吾の怒声が響いている。
伐はうるさいと言いたげに右手の人差し指で耳を塞ぎ言った後に立ち上がり、最初から用意していたのか、ノートパソコンの置いてある机から『誓約書』と書かれた書面をテーブルの上に置く。
「じゅ、準備、良いですね」
「教師ってのは、薄っぺらい紙が好きだからな。形だけでも体裁を整えて置きたいんだろ」
「……別にそう言うわけではないがな」
目の前に置かれた誓約書に優夢は苦笑いを浮かべるが、伐は興味無さそうに短くなったタバコを灰皿に押し当て火を消すと、新しいタバコを取り出して火を点ける。
圭吾は伐の態度に納得はできなさそうだが、圭吾も真と同様に伐のルールを知っているのか契約書へと視線を移し、内容確認を始め出す。
「……先輩は見なくて良いのか? 先輩の方が確認しないといけないんじゃねえのか?」
「そ、そうかも知れませんけど、こんなもので大丈夫なんですか?」
「俺から破る事はねえよ。先輩がその気になって夜這いでもかけてくれたら、その後からはやり放題だけどな」
優夢にも確認するように言う伐だが、優夢は誓約書など信用できないと思っているようで伐へと疑いの視線を向かる。
その様子に伐はため息を吐くと、優夢からきてくれるなら歓迎だと口元を緩ませた。
「そ、そんなはしたない事はぜ、絶対にそんな事はしません!!」
「それは残念だ」
優夢は顔を真っ赤にして否定すると、伐は彼女の様子にくすりと笑う。