第五話
「何人か?」
「は、はい。えーと、この人は3年の蓮沼由貴先輩ですよね? 後は自信はないですけどこの人は同じ中学、私がバイトをして直ぐに止めた人……」
真は首を傾げると優夢は自分の知っている顔写真を指差して行く。その中で顔と名前が一致するのは一人しかいないようで困っているようで苦笑いを浮かべている。
「……他には」
「わかりません。見た事あるような気もするんですけど」
「ノラ猫くん、何が引っかかっているんだい?」
伐は他の人間には心当たりがないかと確認すると、優夢は記憶の片隅に何か引っかかっているようで腕を胸の前で組み、首をひねるがそれ以上は思い出せないようである。
真は伐の質問の意味がわからないようで、伐が気になっている事を聞く。
「……歪みは執着する。この間のストーカーが先輩に執着しているなら、もっと先輩に近い人間に被害が出ていてもおかしくないんだ」
「確かに……被害者と犯人の関係を調べては見た物のあまり関わり合いがない人間もいるしね」
「そうなるとこの間の男に指示を出した奴もいるかもな」
「……それは厄介だね」
先日の失踪事件の被害者達に共通点が少ない者もいるようで伐は眉間にしわを寄せる。
真は伐の言葉で面倒な事になっていると思ったようで小さくため息を吐いた。
「あの、指示を出した奴がいるって言うのはどう言う事ですか?」
「んー、ノラ猫くんは優夢ちゃんに人がどのように歪みになるか話をしてないのかな? 後学のために教えてあげたらどうだい?」
「へ? い、いや、近江さんは私をからかって遊んでいるだけ、そうに違いない」
優夢は話について行く事ができずに首を傾げた。
真は伐に歪みについて優夢に説明してやるように言うと伐の耳元に顔を近づける。
どこか広がるバラの匂いを感じ取った優夢は顔を赤くして二人から視線を逸らす。
「……教えてあげたら良いじゃないか? ノラ猫くん、君が歪みに堕ちた日の事をね」
「うるせえよ」
「歪みは執着する。確かにそうだね。大和との約束に執着する君が言うのは説得力があるね」
真は優夢が視線を逸らすと伐の耳元でささやいた。
その言葉に伐は表情を変える事無く、一言だけ言うと真は伐に殴られたくはないようで直ぐに距離を取るが、彼の口が減る事はない。
「それ以外にもノラ猫くんが引っかかっている事があるんじゃないのかい?」
「……歪みは執着する。先輩に執着していたはずの歪みが消えたのに先輩の後を付けている歪みが減らない。なら、本当に先輩に執着している歪みはなんだ?」
「ちょ、ちょっと待ってください。黒須くんは歪みに見られても知らないふりしてれば気付かないって言ったじゃないですか? 私に嘘を教えたんですか!!」
伐は歪みの特性から今日、優夢が歪みに狙われている理由がわからないと答える。
彼の言葉に優夢は学校で言われた事と違うと伐に詰め寄った。
しかし、伐はどうでも良いのか欠伸をしながら頭をかいている。
「黒須くん、説明してください!! 執着してたって言うなら、歪みはあの後も私の事を見ていたって事ですか?」
「あぁ、小さな違和感は気付かないだろうけどな。意識すると小さな違和感でも気がつくだろ」
「それって、また、私を囮にしてって事ですか!?」
説明を求める優夢に伐は悪びれる事無く優夢はエサだと言い放ち、優夢は怒っているのか顔を真っ赤にしている。
「ようやく気が付いたか、ここまで言われないと気付かないなんてやっぱり、鈍いな」
「鈍いじゃありません!!」
「良いだろ。助けてやったんだから、だいたい、普通は二度もタイミング良く助けがくるなんてできすぎだろ。気がつけよ」
伐は優夢が鈍いのをこっちに押し付けるなと言うが、優夢は納得できるわけもなく、伐の耳元でぎゃあぎゃあと騒いでいる。
その姿に真は苦笑いを浮かべているが、伐と優夢の距離感をどこかで好ましくも思っているようでその表情は柔らかい。
「ノラ猫くんの見解で言えば、この間の失踪事件はまだ終わってないと言う事で間違いないね」
「そっちだって、それがわかってて、USBを持ってきたんだろ」
「そうとも言うね。確証がなかったから、勝手に動くわけにもいかなくてね」
真も伐と同じ考えだったようで伐の答えを聞いて確証を持ったようでソファーから立ちあがる。
伐はノートパソコンからUSBを抜き取ると真に向かってUSBを投げて渡し、真は平然と受け取った。
「ノラ猫くん、正式に依頼するよ。この間の失踪事件の裏で糸を引いている歪みを潰してくれるかい? 捜査協力費も出すから」
「良いのか? 勝手にそんな事を決めて、経費も少ない窓際部署なんじゃねえのかよ」
「知らないのかい? 警察は正義の味方なんだよ。歪みのような意味もわからない悪役と戦わないといけないじゃないか。そのために作られた部署なんだから、こう言う時に働かないと」
真は伐に捜査依頼を出すが、伐は真にそれまでの権力があるのかと問う。
その問いに真は笑顔で問題ないと言い切った。
「俺に協力する理由はねえぞ」
「あるね。ノラ猫くん、君と優夢ちゃんの契約は終わっていない。これはこの間の失踪事件と繋がっている。ここで辞めれば君は優夢ちゃんとの契約を破る。ルールを守るのは黒須伐が人間であるのに重要な事だろ? 絶対に曲げてはいけない呪いだろ」
ため息を吐く伐だが、真は伐が依頼を断るとは思っていないようであり、言いたい事だけ言うと部屋を出て行く。
真の去り際の言葉に伐は忌々しそうに舌打ちをするとノートパソコンのディスプレイを苛立ちを晴らすように勢いよく閉じる。
「く、黒須くん?」
「先輩、悪いけど、もう少し付き合って貰うぞ。聞いてた通り、面倒な事になった。しばらくはここに住んで貰うからな」
「……断れませんよね?」
「死にたかったら、断れば良い。その場合、どうなっても俺は知らん」
伐の様子に自分の怒りなど吹き飛んでしまったのか優夢は目を白黒させながら、伐の名前を呼ぶ。
伐は優夢に当たる気はないようで、優夢の生活を制限すると言うと優夢の荷物を取りに行くつもりなのか立ち上がる。
優夢は話の内容から断れない事は理解しているものの確認はしておきたいようであり、顔を引きつらせて聞き返すが伐からの返答は決まっている。