第三話
「あ、あの、黒須くん……怒ってます?」
「別に先輩が喰われようと俺にはどうでも良いんだ……ちっ」
優夢は早足で伐の隣に並ぶと、彼の不機嫌そうな表情に気づき、気まずそうに聞く。
しかし、彼の不機嫌そうな表情はいつも通りのものであり、伐は立ち止まりポケットからタバコを取り出して口にくわえると何かあるのか舌打ちをする。
「舌打ちなんて、酷いなぁ。ノラ猫くん」
「ノラ猫くんですか?」
「あれ? ノラ猫くん、こんな時間にデートかな?」
その舌打ちにスーツ姿の男性が苦笑いを浮かべながら、二人に近づいてくる。
優夢はその男が伐を『ノラ猫』と呼んだ事に首を傾げた。
首を傾げる優夢に男性は気がつくと伐と優夢の顔を交互に見た後、一つの答えを導き出したようで含み笑いを浮かべ出す。
「……何のようだ?」
「何のようだ? じゃ、ありません。ここは先に否定をしてください!!」
「ノラ猫くん、ずいぶんと嫌われているね」
男性の言葉に伐は面倒だと言いたげに言うとオイルライターを取り出し、くわえていたタバコに火を点ける。
表情が変わらない伐とは対照的に優夢はデートなどしていないと顔を真っ赤にして全力で否定を開始し、二人の様子に男性はくすくすと笑う。
「まぁ、冗談はこれくらいにしておこうかな? はじめまして、水瀬優夢ちゃん、僕は近江真だよ」
「近江真さんですか? ……あの、黒須くんとはどう言うご関係で?」
男性は伐と知り合いの刑事の『近江真』であり、優夢は伐と真の関係が気になったようで首を傾げた。
「どう言う関係と聞かれると……肉体関係?」
「肉体関係? ……って、黒須くん、男の人も行けるんですか!?」
真は優夢の反応に予想が付いたようで口元を緩ませて言う。
優夢は真の言葉を繰り返すと頭で理解できなかったようであり、首を傾げるが直ぐに言葉の意味ができたようで顔を真っ赤にして驚きの声を上げた。
「いけなくもねえが、俺にだって選ぶ権利がある。だいたい、そいつは男女は関係なく十二才以下限定だ」
「そうですか? ……と言うか、そっちも問題大有りです!? そして、黒須くん、否定してください!?」
「そうだよ。優夢ちゃんが否定して欲しいと言ってるよ。ノラ猫くんが男の子を食べてると水瀬さんが困るらしいよ」
「そんな事、一言も言ってません!!」
伐は気だるそうにタバコをふかしながら、真の性癖を話すと優夢は軽く流す事はできず、声を上げるがその様子は完全に遊ばれているだけである。
「……で、先輩で遊んでないで本題を言え」
「その言葉はノラ猫くんに言われたくないね」
「遊んでたんですか!?」
ころころと変わる優夢の表情の変化に伐は時間の無駄だとしか思っていないのか、真が自分を訪ねた理由を聞く。
真は伐だって乗っていたじゃないかと言いたげにため息を吐くと、優夢はそこで遊ばれていた事に気が付いたようで声を上げた。
「はいはい。それじゃあ、立ち話もなんだから、ノラ猫くんの巣にでも行こうか? 優夢ちゃんもね」
「へ? ちょ、ちょっと待ってください!? 私は家に帰ります」
「大丈夫。大丈夫。それに君にとっても聞いておいた方が良い話だよ……君、歪みが視覚できるんでしょ?」
「ど、どうして、それを知っているんですか!?」
話があると言うと真は優夢の背中を押して歩き出し、優夢はここで話を聞いてしまうとまたおかしな事に巻き込まれると思っており、絶対に嫌だと主張する。
真は優夢の事も調べ上げているようで彼女の耳元でささやくと優夢は声をあげるが、真が答えるわけもなく、彼女は拉致されて行く。
「……めんどくせえな」
「ノラ猫くん、逃げると優夢ちゃんの大切なものをぶち破るよ。優夢ちゃんなら、僕も頑張れそうな気がするから」
「……知らねえよ」
「く、黒須くん、見捨てないでください!? ち、違います。黒須くんのせいでおかしな事になってるんです。責任を取ってください」
目的地を自分の家にされている事に伐は面倒だと言いたげに頭をかいた。
伐が逃げようとしているのは察しがついていたようで真は振り返る事無く、釘を刺し、真の言葉に身の危険を感じた優夢は伐に助けを求める。
「……騒ぐな。近所迷惑になるなら、他の場所にしろ」
「さ、騒ぎません。じ、自分でも歩けますから、放してください」
「あれあれ、残念だね」
騒がしい二人とセットにされたくないようで伐はため息を吐く。
優夢は真よりは伐の方が安全だと判断したようで真から逃げると伐の背後に隠れようとするが、伐はひらりと彼女を交わすと諦めたのか一人で家に向かって歩き出す。
「ここって」
「相変わらず、汚い事務所だね……いつまで、このままにしているつもり?」
「うるせえよ。余計な事を言うなら、追い出すぞ」
伐の家に到着すると優夢が先日、訪れた伐の生活スペースではなく、広い部屋に案内される。
その部屋は事務所のように見え、窓際に一つの机、部屋の中心にはソファーとテーブルが置かれている。
部屋は伐が生活している場所より、散らばっており、優夢は伐らしくないと思ったようで首を傾げているが、真はこの部屋にきた事があるのか、この部屋の状況について聞く。
その言葉に伐は舌打ちをすると一度、部屋から出て行ってしまい、ドアがしまる音が部屋に響いた。
「まったく、ここをそのままにいても大和が帰ってくる事はないのにね」
「大和さん?」
「優夢ちゃんは気にしなくて良いよ」
伐と部屋の様子に真はため息を吐くと部屋の中を見回し何かを思い出しているのか、悲しそうな表情でつぶやく。
真の口から出た大和と言う名に優夢は首を傾げると、真は口を滑らせてしまった事に誤魔化すように苦笑いを浮かべた。
会ってからずっと、他人をからかうように振る舞っていた真の姿に優夢はこれ以上、何かを聞けないと判断したようで気まずそうに視線を逸らす。
「優夢ちゃん、とりあえず、座ろうか? 伐の事だから飲み物とか気の利いた物は出てこないだろうしね」
「あ、ありがとうございます」
「あれ? 警戒してる?」
真は表情を元に戻すと中央にあるソファーに腰を下ろし、優夢にもソファーに座るように促すと持ってきていたカバンから缶ジュースを二本取り出して、一本を優夢に渡す。
優夢は素直に缶ジュースを受け取ると真と距離を取って座る。