第十八話
「クソガキ!!」
「……感情で動くと周りが見えなくなるぞ」
伐の言葉に由貴は感情をあらわにし、先ほどまで両手足だけであった身体の変色は彼女の身体全体に広がって行く。
由貴の変化など気にする事なく、伐の手は優夢の肢体をまさぐっており、優夢の顔は羞恥で真っ赤に染まって行く。
膨れ上がった歪みの気配でも動じることなく、自分の欲望を優先する伐の様子に由貴は怒りのまま伐へと攻撃を始める。
しかし、由貴の攻撃は伐の肉体に当たる事なく、弾き返されるだけである。
「こりねえな。あんたが俺より、力が上だって言うなら、一発でも当てて見ろよ……ほら、攻撃しないと当たりもしねえぞ」
「な、なぜ? き、貴様、何をした!!」
由貴を挑発するように笑う伐の姿に、由貴は怒りの形相で攻撃の手を強めようとするが、その手が突然、止まる。
それは由貴の意志ではないようであり、由貴は意味がわからないと言いたげにつぶやいた後、原因を伐だと決めつけたようで彼を睨みつけた。
「簡単な事だ。あんたが俺の中に自分の力を潜り込ませたと勘違いしている間に、俺も同じ事をさせて貰っただけだ。自分と同じ事を誰もできないとでも思ったのか? ……最終勧告だ。もう人に戻れないのはわかってるんだ。それでも人として生きるように努力でもしろよ」
由貴の殺気のこもった視線など何とも思っていない伐だが、目つきを鋭くして、由貴に歪みの力を使わずに生きるようにしろと言うと優夢の身体を解放する。
彼の言葉と視線には由貴を黙らせるだけの威圧感があるが、由貴は手に入れた力を捨てる事に抵抗があるだけではなく、このまま、伐の力に屈する気はないようで指揮能力を失った身体を必死に動かそうとしている。
「……そこまで必死になって、すがりつく力か? 少なくともあんたには歪みでも良いから人として生きて欲しいと思うばばあがいるんじゃねえのか? 後は自分が彼氏だってだまされていたバカとか?」
「黒須くん、どうして、先輩の事を悪く言うんですか?」
伐は歪みの能力より、彼女の事を心配してくれている人達のために生きろと言う。
しかし、その言葉使いは悪く、優夢は乱れた服装を整えながら、伐を睨みつけた。
「あ? 知らねえよ。依頼人のばばあはどうか知らねえが、あのバカはきちんと見ていなかったって事だろ。蓮沼家は名家で家族が顔を見合わせる時間は俺達庶民が思ってる以上に少ないんだろ。自分を特別だと勘違いして周りを見下していた自分の責任だろ。それを他人のせいにしている時点で甘えてるだけだろ」
「そんな言い方しなくても良いじゃないですか!! さびしくたって、さびしいって言えない人だっているんです。言ったら、迷惑になっちゃうかな? 困らせちゃうかな? とか、いろいろと考えるんです。誰もがみんな、黒須くんみたく言いたい事が言える人とは違うんです!!」
由貴が歪みに堕ちた原因は多々あるのだろうが、伐はそれは由貴自身の甘えが原因だと言い切る。
そんな伐の言葉が不満なのか優夢は声を張り上げて、由貴を擁護し始める。
彼女の擁護は自分が一人で悪夢にうなされてながらも、悪夢の内容を友人達の相談できなかった時や、一人暮らしを始めたばかりに誰もいない家に帰った時の寂しさと重なっているようにも見える。
「さびしいね……それは誰が作ったんだ? 少なくとも、行動も何もせずに一人でやさぐれたんだろ。それで一時のさびしさを紛らわせるために男に走った。肢体目当ての男なら街を歩けばすぐに見つかるからな。そこに残ったのはあんたの力の源である色欲か? 求めたのは本当にそんなものか? 男を喰い漁って本当にその寂しさが埋まったか?」
「黙れ、だまれ、ダマレ、ダマレ」
由貴を擁護する優夢の言葉を鼻で笑った伐は由貴に問いかける。
その問いは彼女の核心を突いているようであり、彼女は狂ったように声を上げ始めた。
「自分で心を壊したんだろ。何で、あのバカを選んだんだ? 少なくともあのバカは現実が見えてなくても、あんたを心配してたぞ。あんたが男をくわえこんでいる間もな……言っておく、今、すがりつこうとしているものの先には何もないぞ。まだ残っている繋がりを食い散らかした先には何もないぞ。それでも、そっちにすがりつくって言うなら、俺が殺してやるよ」
伐は由貴が目を逸らしただけで、まだ、歪み以外にも彼女がすがりつく者がある事を告げると彼女に問う。
由貴には選択が与えられると同時に、首すじに真っ黒な巨大な大鎌の刃が当てられている。
それは彼女の身体の中から現れており、その大鎌は先ほど、伐が由貴の中に潜ませた彼自身の力である。
「く、黒須くん、待ってください。蓮沼先輩には考える時間が必要なんです」
「……先輩は少し黙ってな。ここで決着をつけねえとまた被害者がでるぞ。外で暴れているバカはまだ良いけどな。この間のバカみたいに戻れなくなる奴だって出てくる。それに、道を選ぶのはいつも分岐点に立たされた人間だ。まだ、選ぶ道があるうちはそいつは人間だ。どうする? 選ぶのは人か歪みか?」
目の前に現れた巨大な大鎌の様子に優夢は伐が本気だと言う事が理解できたようで、彼の服を引っ張り、由貴にもっと時間をあげるべきだと言いたいようである。
しかし、伐は優夢が口を出す問題ではないと言い切ると、由貴に選択を迫った。
それと同時に由貴の首筋にあてられた大鎌の刃は彼女の首に食い込んで行く。優夢はその様子に身体を震わせながら伐の服を引っ張るが、由貴の姿を直視できないようで視線は床に向けられている。
刃が首に食い込もうとすでに由貴の身体から血が溢れる事はなく、既に由貴が人でない事は明らかであるが、伐は彼女を人だと言う。それは誰よりも彼女の事を理解している者の言葉にも聞こえる。
「……本当に戻れると思ってるの?」
「さあな。何度も言わせんな。戻れなかったら、俺が殺してやるよ」
「無責任ですね」
「何度も言わせんな。責任ってのは各個人にあるんだよ」
自分の身体の中には伐の力が入っており、彼の言葉に嘘はないと言う事はわかるようで由貴は理性を取り戻したのか伐に問う。
彼女の問いに伐は知らないと言いたげに欠伸をすると由貴は呆れたようにため息を吐いた。




