第十七話
「……ずいぶんと私を見下していますね」
「あ? 何度も言わせんなよ。最初から目にも入っていねえ三下なんて、相手じゃねえんだよ」
由貴は自分の誘いに乗るわけでもなく、自分の目の前で優夢に手を出している伐の様子にプライドを傷つけられているのか、背後にまとっている黒い靄は禍々しいくらいの気配を発し始めている。
しかし、伐は由貴など歯牙にもかけていないと言い切った。
「く、黒須くん、ど、どうしてそんな風に挑発してるんですか? う、後ろからだって来てるんですよ」
「あ? 元々、小者なんだよ。食った男を操る事しかできない小者、その中で適正がある男が居れば厄介だけどな。見た感じ、手ゴマは足りていないようだしな。単体の戦闘能力だけで言えば、この間の男の方が高い」
玄関のドアの作りは頑丈のようであり、男性達は金属バットを振り下ろし、ドアを叩きつけている音が響いている。
その音に優夢は恐怖を感じているようで伐の服を引っ張るが、伐は自分を手ゴマに従っている由貴や歪みの領域の中で戦闘を仕掛けてこれない男性達の様子から由貴を雑魚だと鼻で笑う。
「舐めるな。ガキ」
「本性が透けて来たぞ。先輩」
自分の事を見下している伐の様子に由貴が怒りの声をあげると伐に向かい、彼女の背後にあった黒い靄が弾丸のように伐と優夢に向かって撃ち放たれる。
だが、放たれた弾丸は伐と優夢を撃ち抜く事はなく、伐の前で弾かれ、弾かれた弾丸は部屋の壁に突き刺さった。
「ったく、経費で落ちるか?」
「黒須くん、そんな場合じゃないでしょ?」
壁に突き刺さった黒い弾丸は再度、二人を狙うがその攻撃も弾かれ壁に突き刺さる。
部屋の壁は穴だらけになっており、伐は修繕費をどうするか考え始めたようだが、優夢はいつか伐が力を使って弾いている弾丸がすり抜けてきてしまう事を心配しているようでどうにかして欲しいと声を上げる。
「一応、依頼人はできれば消さねえで欲しいって言ってるからな」
「そ、それって、蓮沼先輩を助ける方法があるんですか?」
「崩壊は乗り越えたんだ。歪みに完全に喰われずに押さえ込む資質はあるんだろう」
伐は目を細めながら、由貴の様子をうかがっているようであり、伐の言葉に優夢は食いつく。
由貴の歪みの戦闘力は見下しているものの、彼女自身の資質は認めているようであり、由貴ならもしかして歪みを制御する事ができるのではないかと言うのが伐の見立てのようである。
「時間を稼いでいるんですか?」
「……あぁ、分体から能力の分析はできたけどな。戻れるかは本人次第だからな」
伐の攻撃能力で言えば由貴程度の歪みを消し去る事など簡単のようであり、伐はどうしたものかと言いたげにため息を吐いた。
その間も、由貴から放たれている弾丸は二人を襲い続けており、優夢は少しでも的を小さくしたいのか身体を縮めて伐の背後に隠れる。
「私を見下しているわりには手も足も出ないんじゃありませんか? 先日もでしたが、身を守る事だけはずいぶんとお得意みたいですね」
「あ? 身を守る? 何かしてるのか?」
由貴は伐が守りを固めているせいで、二人に攻撃を当てる事ができないため、伐を挑発して攻撃させ、隙を狙おうとしたようだが、伐はこんな攻撃など攻撃の内にも入らないと言いたいのか、欠伸をしている。
「……このガキが」
「ガキねえ。二年くらい早く生まれただけで偉そうな面すんなよ。それに歪みなら俺の方が先輩だぞ」
伐の不遜な態度に由貴は歪みの力を一段階引き上げたのか、両足と両手が黒く変色して行く。
黒く変色し終えると同時に両手は人の持つ部位とは形を変えて行く。
姿を変えたそれはまるで刃物ように鋭い。
伐は人のものとは違う形に変化して行く由貴の身体につまらなさそうにため息を吐いた時、由貴は伐と優夢に向かい人とは思えない速さで駆け寄り、刃物と化した手を伐の頭に向かって振り下ろした。
「……で、何がやりたいんだ?」
「ぐっ」
伐は気だるそうに欠伸をすると振り下ろした由貴の手を左手でつかむ。
刃物と化しているはずの由貴の手では伐の身体にキズを付ける事などできないようであり、由貴は伐の手を払おうとするが伐が手を離す事はない。
伐の手を振り払えない事に由貴は悔しそうな表情をする。
「あの、黒須くん、大丈夫なんですか?」
「最初から、相手じゃねえと言ってるだろ。男を操るくらいしかできねえ。ちんけな能力しかねえって言ってるだろ」
「……相手じゃないと言いながら油断をするのはどうかと思いますよ」
伐が由貴を捕まえた事に優夢は大丈夫なのかと聞く。
その言葉に伐は気だるそうに答えるが、由貴は先ほどの悔しそうな表情を変え、伐をあざ笑うように言う。
「あ?」
「私の力はあなたに比べればちんけかも知れませんけど、一度、私の力の支配下になってしまえば男一人操るのは簡単なんですよ」
「く、黒須くん、大丈夫なんですか!?」
由貴の言葉に伐は眉間にしわを寄せると、伐がつかんでいたはずの由貴の手は黒い靄に形を変えると伐の手の中に溶け込んで行く。
由貴は伐が自分の手のうちの中で踊っているだけだと言いたいようで高笑いをあげると、優夢は慌てて伐に声をかける。
「ぐ」
「く、黒須くん、しっかりしてください」
黒い靄が伐の左手の中に完全に溶け込むと伐は右手で左手を握り、自分の中で暴れ始めた由貴の支配に抵抗しているように見える。
優夢は伐が由貴の支配下に置かれてしまってはいけないと彼を力づけようと必死に声をかけ続ける。
「さぁ、忠誠を誓いなさい。その目障りな女の腹を裂き、私の前に出しなさい」
「……」
「く、黒須くん、冗談ですよね?」
由貴は目の前で優夢の身体が伐によって引き裂かれる様を見るのが楽しみなようで高笑いをあげた。
その声に反応するように振り返り、優夢を見下ろす。
伐の瞳はいつもの伐の目の光ではなく、優夢は背筋を伝う冷たいものに後ずさりをする。
「く、黒須くん、正気に戻ってください!! って、どこに手を伸ばしてるんですか!?」
「さっきので濡れてるかと思ってな。腹を引き裂くより、こっちの方がお互いに楽しいだろ」
伐は優夢に覆いかぶさると彼の手は優夢のスカートの中に向けられ、優夢は予想していたのとは違う伐の攻撃場所に顔を真っ赤にして声をあげた。
優夢の反応に伐は殺すなどもったいない事はしないと言い切り、その様子から伐が由貴の支配下になど陥っていないのは明らかである。
「……どう言う事ですか?」
「何度も言わせんなよ。三下は相手じゃねえって、言ってるだろ。つまらなさ過ぎて、相手をするのと同時に先輩の処女膜をぶち破ろうと思っただけだ」
完全に支配下にしたものだと思っていた由貴は伐の様子に眉間にしわを寄せた。
伐は相変わらず、由貴を見下しており、彼女に向き合う事なく優夢の肢体に手を伸ばしている。




