第十五話
「……それで、朝から暴漢に襲われて遅刻したと言いたいわけだな」
「それ以外に言いようがねえな」
「す、すいません」
伐と優夢は思ってた通り、遅刻になってしまい届出を出すために職員室に顔を出す。
2人の姿を見て、圭吾は眉間にしわを寄せているが伐の態度は不遜であり、優夢は慌てて頭を下げる。
「だいたい、あのうさんくさい男から連絡がきてるんだろ」
「あの、黒須くん、近江さんの事をうさんくさいと言うのはどうかと」
「うさんくさいだろ。あの笑い方とか?」
「……確かにうさんくさいな」
真から学園に連絡がきているため、圭吾に文句を言われる筋合いなどないと言う伐。
優夢は伐が年上の真をうさんくさいと言うのは問題があると思っているようであり、直した方がいいと言う。
しかし、伐は真に関する評価を変える気などなく、うさんくさいと言い切り、その言葉に圭吾まで頷いてしまう。
「あ、あの、都築先生、それはどうかと思うんですけど」
「水瀬、なら、聞くぞ。本当にうさんくさくないと思うか?」
「……」
「沈黙は肯定と」
圭吾にまでうさんくさいと言われる真の事をフォロしようとする優夢だが、彼女自身、2回しか会っていないにも関わらず、真の笑顔をうさんくさいと思ってしまっていたようで言葉は続かない。
そんな優夢の様子に伐は気だるそうに言うと遅刻届を2枚手に取り、1枚を優夢に渡す。
「そ、そんな事はありません!?」
「もう否定するのも遅いだろ。それじゃあ、俺は行くぞ」
優夢は全力で否定しようとするが、既に遅い。
伐はため息を吐くと遅刻届に自分の名前を書くと圭吾の机の上に置き、職員室を出て行こうとする。
「く、黒須くん、待ってください!?」
「待たねえよ。だいたい、学年が違うんだ。待つ必要がねえ」
優夢は慌てて遅刻届に名前を書くが、伐が優夢を待つ理由はなく、職員室を出て行く。
「……受験生が授業をさぼって良いのかよ」
「ええ、受験などに意味はないですから」
「確かに必要はねえな……少ししたら、存在事消えてなくなるかも知れねえんだからな」
職員室を出て、屋上に向かおうとする伐だが、屋上へと続く階段を昇り始めた矢先、空気が冷たくなるのを感じた。
その気配に視線を鋭くして顔をあげると階段の踊り場に立っている。
彼女は伐を見て笑顔を見せているが、その笑顔には見るものすべてを威圧するような力がある。
しかし、伐はその圧力になど屈する事はなく、彼女を挑発するように笑う。
「消えるのはどちらでしょうか?」
「どちら? 少なくとも俺は消えるヤツを一人しか知らねえよ」
「言いますね」
「それで、もう良いか? 俺は一服してえんだよ」
由貴は伐の言葉に感情をあらわにする事なく笑顔で返すと、伐は優夢と一緒ではタバコが吸えない事もあり、いらいらとして着ているようで制服のポケットからタバコを取り出した。
「タバコは健康に良くはないんですか? あなたも私と同じ存在なんですから、肺癌なんてものとは無縁ですよね?」
「同じ存在ね……俺はあんたみたいな三下と同列扱いされる筋合いはねえよ」
「そうですね。私もいつまでも人のような下等な存在相手にすがりつくあなたのような半端な人と一緒にはなりたくないですね」
由貴は伐を自分と同族だと言うが、伐自身は由貴の事など歯牙にもかけていないと言うとタバコを口にくわえた。
由貴は由貴で伐を見下すように言うが伐は気にする様子などなく、オイルライターを取り出してタバコに火を点ける。
「人が下等ね。まるで神様にでもなったような言い方だな」
「神様ですか? まさか、歪みに落ちたあなたの口からそんなものの名前が出てくるとは思いませんでしたね」
「俺は神様を信じてるぞ。神様ってのは、何よりも無慈悲で残酷だ。力を手に入れて調子に乗ってるバカを地に落とす事なんて平気な面をしてするぞ。せいぜい、気をつけな」
由貴は伐の口からでた言葉に意外そうな表情をするが、伐はこれ以上、話す事はないと言いたいのか由貴の隣をすり抜けて階段を上って行く。
「待ちなさい。わざわざ、私が足を運んだのもわけがあるんですよ」
「どうせ、仲間になれとかそんなもんだろ。仲間にしてやる代わりに、邪魔な先輩の腸でも引き裂いて生贄でもしろとか言うんだろ。却下だ」
由貴は自分が手ゴマにした章久達より、伐の方が使えると判断したようで伐をスカウトしにきたとようである。
そんな事など伐にはお見通しのようであり、興味なさそうに言う。
「後悔しませんか?」
「しないね。少なくともあんたのやろうとしている事は面白くねえ。だいたい、歪みにまで落ちたくせにあんたの先祖が作ったものを手にしたいだけってスケールが小さいな」
「何を言ってるんですか? 私の物になるものを少し早く手に入れようと思っただけです。まぁ、最近は私に継がせないとか言い始めるような脳なしがいたようなので排除しましたけど」
由貴のしようとしている事はつまらないと言い切る伐に由貴は表情を緩ませて答える。
彼女の表情には人を人だとは思わない様子に伐は眉間にしわを寄せる。
「少なくとも、消されたバカはこの先の事を見れたんだろ。あんたについて行くと不味いってな。あんたもくわえこんだ男を操るとかしょぼい事しか、できねえんだ。人として生きろよ。それで充分だろ。身の丈に合った生き方をしねえと蝋で固めた鳥の羽持って飛び立ったバカみたいに地上に真っ逆さまだ」
「そうですね。身の丈に合った生き方をするつもりですよ。まだまだ、私が手に入れなければいけない物がありますからね」
伐は最後の忠告だと言いたいようだが、由貴は伐だけではなくこの世の全てが自分の物だと言いたげに嘲笑った。
「ずいぶんと強欲だな。気を付けな。男をくわえこんでるだけなら、まだしもすべてを手に入れようとするなら……自分自身を食われねえように気をつけな。力だけに飲み込まれれば、あんたが利用したバカな男みたいな結末になるぞ」
「あの男みたいな小者と一緒にしないでいただきたいですね。それではそろそろ失礼します」
伐は由貴が歪みを理解し切れていないと判断したようで、彼女が利用した章久の事を思い出すように言う。
しかし、由貴は自分が歪みに飲まれないと言う自信があるようで、章久をバカな男と言い切ると伐との話は決裂したと言いたいのか階段を下りて行く。




