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第十二話

「……黒須くん?」

「何だ? 夜這いか?」

「ち、違います!?」


 USBからプリントアウトした資料を伐が事務所のソファーで寝転びながら読んでいるとパジャマに着替えた優夢が顔を覗かせる。

 伐は優夢の声に視線を向ける事無く、彼女をからかうように言うと優夢は顔を真っ赤にして否定した。


「それは残念だ。先輩からきてくれるなら、契約違反にはならないからな」

「どうして、そう言うエッチな事ばかり言うんですか?」

「三大欲求って言うんだ。普通だろ」


 伐は起き上がり、ソファーに座り直すと優夢は伐にいつもからかわれている事に不満なようで頬を膨らませているが話があるようで伐の隣に座った。

 しかし、伐には優夢の不満に答える気はないようであり、テーブルの上に置いてある缶ビールを手に取る。


「それで、何かようか? 真面目な先輩は夜更かしして遅刻はできねえだろ」

「そうなんですけど……あの、普通に登校して良いんですかね? 黒須くんや速水さんの考えで言えば、蓮沼先輩がこの間の失踪事件の黒幕なんですよね?」


 優夢は由貴のいる学園に登校するのは危険な気しかしていないようで不安そうな表情で聞くが伐は優夢の質問がつまらないと言いたいのか欠伸をしている。


「……もう少し、緊張感を持ってくれませんか? 黒須くんは命を狙われているわけじゃないですけど」

「不安に思っていたって何も変わらねえんだ。不安に思ってる方が無駄だし、疲れるだろ。だいたい、相手は俺が先輩の護衛についてるのも知ってるんだ。その上で、こっちにケンカを売ってくるなら、先輩だけじゃなく、俺も殺すつもりだろ」


 優夢は伐の態度に命の危険を感じているのが自分だけだと思ったようで、恨めしそうな表情で彼を睨みつける。

 しかし、伐は自分の危険も感じ取った上での余裕の態度であり、由貴が仕掛けてくるなら受けてたつと口元を緩ませた。


「どうして、そんな簡単に殺すとか言えるんですか? こんなのあり得ないです」

「あり得ないって言ったって、現実だ。目を逸らしたって変わらない。薬だろうが毒だろうが、聖だろうが邪だろうが、全部、飲みこんで生きてくしかねえんだよ。たまたま、歪みって言うおかしな物が見えたが、それだけの話だ」


 優夢は悠馬の話を聞いて、はっきりと自分が狙われている事に不安そうにうつむくと、伐は手にしていた資料をテーブルに置き、彼女を抱きよせる。


「……私の方が年上のはずなのにおかしいですよね?」

「なれの問題だろ。先輩はこの間、初めて歪みを見たわけだしな。俺は見過ぎてる。

感情や感覚がマヒするくらいにな。俺にとっては歪みを消す事は虫を踏みつぶすのや、食事をするのと変わらねえんだ。それに先輩はなれるなよ。こっち側は先輩には似合わねえからな」


 優夢の身体は小さく震えており、不安を吐き出すように言う。

 その言葉に伐は無表情だが、彼女を気づかっているのか優夢は優夢のままで良いと答える。


「あの……歪みに飲まれた人を元に戻す方法ってないんですか? 黒須くん、強いですし、本当はそれくらいできるんじゃないですか?」

「ないな……ただ」

「ただ? 何かあるんですか? 教えてください。私は戦う事はできないです。でも、助ける方法があるなら、私は蓮沼先輩を助けたいです」


 優夢は伐の言葉に少し考えると、先日の失踪事件の実行犯が死んでしまった事、悠馬と依頼主が由貴が死んでしまっても仕方ないと言った事が引っかかっているようで伐の顔を見上げて聞く。

 その問いに伐は首を横に振るが何か方法はあるようであり、優夢は自分にもできる事はないか知りたいようで伐に詰め寄った。


「……周りができる事なんてねえ。歪みに食われた人間が自分で最後の一線で思いとどまる事ができるかだ。先輩は崩壊に立ち会ったんだ。わかるだろ?」

「そ、それなら、蓮沼先輩もあの光景を見ていたなら、思いとどまる事ができないですかね?」


 伐は首を横に振り、周りが何を言っても無駄だと言うが優夢は失踪事件の中で章久が理性を失って行く姿を見たため、由貴は思いとどまってくれるのではないかと希望的な事を言う。


「無理だな。むしろ、あの崩壊を抑え込んだから、こんな事になってるんだろうからな」

「崩壊を抑え込んだ?」

「あぁ。歪みに飲まれるとしばらくは歪みの力を扱える。それに味を占めると力を使って何でも自分の思い通りにしようとする。だけど、歪みの能力ってのは生物が使ってはいけない力だ。使い続けると肉体に限界が来る」


 伐は由貴は優夢が望む段階をすでに超えていると言うと、彼女に歪みについて説明しようとしているようでゆっくりと話し始める。


「限界?」

「扱いきれなかった歪みが肉体を蝕みながら溢れ出す。その時に最初に壊れるのは理性。その後に徐々に記憶が欠落して行く。そして、欠落した記憶を補うために自分の周りを食い散らかして行く。誰を食っても何を食っても欠落した部分が埋まる事はないのにな」

「あ、あの」


 首を傾げる優夢に伐は物悲しげに笑う。

 その表情に優夢は息を飲むが、話を聞かないといけないと思ったようで続きを聞こうと伐へ声をかける。


「……歪みは執着すると言っただろ。歪みになった時に思っていたもの、それを食い終えて、自分を知っている物を食い散らかして行く。それを食うために力をあげるために能力を持っている物を食って力を付ける。執着する物を食いきった歪みはどうなると思う」

「目的を達した時は誰もいなくなってるって事ですか?」

「そう言う事だ。生きていた記憶も、自分を知る者も何もない」


 執着するものがなくなった歪みには何も残っていない事を話す伐。

 優夢はその言葉に何と言って良いのかわからないようで目を伏せてしまう。


「それって悲しいですよね?」

「先輩がそう思うなら、そうなんだろ。少なくとも俺は何とも思わない」


 しばらく沈黙が続いた時、優夢は言葉をひねりだすように伐に聞く。

 しかし、伐はすでに自分はそんな事を思うような優しさなど持っていないと言うとタバコを口にくわえて火を点ける。


「そんな事は無いです……黒須くんは優しいですよ」


 優夢はこの間の章久への対応に伐の不器用な優しさを見ている事もあり、彼の横顔を見ながら小さな声でつぶやく。


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