第一話
「……眠い」
「優夢、お疲れだね。バイト忙しいの? それとも、まだ、おかしな夢を見てるの?」
『水瀬優夢』は午後一の授業を眠気に耐え何とか乗り切ったようで休み時間になるなり、窓際の自分の机の上に突っ伏す。
その様子に友人達は苦笑いを浮かべると、両親との約束で最低限の生活費と授業料を貰い現在、一人で生活している彼女に声をかける。
「夢はもう見ていないけど、ちょっと、バイトが一人、減っちゃってね。この間からバイトは募集してるんだけど、新しく入るまでシフトが増えちゃって」
「そうなんだ。バイトばかりして、色気がないね……」
優夢は友人の言葉に頷くが、その瞳には少しの後悔の色が見えた。
減ってしまったバイトは一週間ほど前に起きた優夢が巻き込まれたある事件の時に亡くなってしまっているのである。
しかし、その時に起きた事件は日常から外れた物であり、優夢には友人達に話せる事でもないため苦笑いを浮かべて誤魔化す事しかできない。
友人達は優夢の様子には気づいてはいないようでバイトばかりに時間を浪費している彼女を哀れむようにため息を吐いた。
「……いや、待てよ。それなら、あの優夢の彼氏にバイトを手伝って貰えば良いわけだ。そうすればいちゃつく時間も取れるし、一石二鳥ね」
「それだ!!」
友人達はバイトで忙しい身の優夢を気づかいつつも、先日、優夢と一緒に行動していた一学年下の男子生徒『黒須伐』の名を出してからかいだす。
「だ、だから、黒須くんとはそんな関係じゃありません。おかしな事を言わないで、あの時はちょっとおかしな事に巻き込まれて、黒須くんに助けて貰っただけです!! そんな関係じゃまったくありません!!」
「そうらしいぞ」
優夢は伐とは疑われる事は何一つないと声を上げて否定しようとした時、彼女の背後から気だるそうに欠伸をした伐が音もなく近寄り、彼女達に声をかける。
予想していなかった伐の登場に優夢だけではなく、友人達は驚きの声を上げるが伐の表情が変わる事はない。
「黒須くん!? どこから現れるんですか!?」
「……普通にドアからだ。窓から入ってきて欲しかったか?」
「ちょ、ちょっと、危ないから、そ、それで、どうしたの? 優夢に用事?」
くだらない事を聞くなと言いたげにため息を吐いた伐は、優夢の期待に答えようと言いたいのか窓を開けた。
彼女の友人達は伐の行動は冗談だとは思いながらも慌てて、彼を止めると伐が教室を訪れた理由を聞く。
「用がねえのにわざわざくるかよ。それくらいの頭もねえのか?」
「く、黒須くん、ちょっとこっちに来て」
伐は優夢の友人達がくだらない事を聞くなと言いたいのか鬱陶しそうに答えると、伐の態度に友人達は少しムッとしたようで表情をしかめる。
伐と友人達の間に流れ始めた険悪な空気に、優夢はこのままではおかしな騒ぎになると思って行けないと伐の腕を引っ張って教室を出て行く。
「どうして、人にケンカを売るような言い方をするんですか?」
「あ? 用事があるから、足運んでるんだ。それをわざわざ言うバカが悪いんだろ」
「そうじゃなくて、先輩相手なんですから、もう少し態度を気にして欲しいと言うか」
優夢は伐を屋上に続く階段の踊り場まで引っ張って行くと肩を落としながら、伐の口の聞き方にため息を吐くが、伐の態度が改まる事はないとも思っているようで彼女のため息は深い。
「あ? 一年や二年、早く生まれただけで偉いと思ってるなら、それはそれで人間的に小さいだろ。先輩、あんたは威張り散らすだけの年上を尊敬できるか?」
「それはこの間も言われましたし、わかる事はわかるんですけど……違います。今はそう言う事を言ってるわけじゃありません。だいたい、用があるなら、教室に来る前に電話かメールで連絡くれたりしても良いじゃないですか? 黒須くんがくるとみんなにからかわれるんですから」
伐は優夢の言い分など知った事ではないと気だるそうに言い、優夢にも尊敬できない先輩はいるようで納得できないながらも頷く。
その時、また、伐のペースに巻き込まれている事に気が付いたようで、伐が連絡も無しに教室を訪れて事に対して文句を言う。
「気にしすぎだ。だいたい、教室に顔を出すより、廊下で男の腕を引っ張って歩く方がおかしな噂になると思うんだけどな。教室でクラスメートに噂をされるより、学年中で見られたわけだけどな」
「……へ? 学年中に?」
「……頭に血が上ると冷静に物事が考えられなくなるぞ」
「あう。私、先輩なのに」
伐は優夢の行動は裏目にしか出ていないと言うと、優夢はそこで発の腕をつかんで歩いていた姿を多くの生徒に目撃されている事に気づき顔を真っ赤にする。
その様子に伐は小さく口元を緩ませると優夢の頭をポンポンと叩き、優夢は自分が伐に年上だと思われていない事で自信を失っているのか肩を落とす。
「威厳なんて、自分で誇示するもんじゃねえよ。自分で一つ一つクリアしていけば、勝手に周りが評価してついてくるもんだ。まぁ、同様に足を引っ張ろうとする人間も増えてくるけどな」
「うー」
「……いつまでも付き合ってられるか」
考え方としては年下であるはずの伐の方が何倍もしっかりしており、優夢は悔しそうな視線を向ける。
伐はこれ以上、優夢の子供の部分に付き合っていられないと思ったようで懐から茶封筒を取り出すと優夢の顔の前に差し出す。
「これ、何?」
「あ? この間の分け前だ。上手く行ったら金は出すって言ってただろ」
「この間の?」
首を傾げる優夢だが、伐は先日、彼女に手伝わせた仕事の報酬だと言う。
しかし、優夢は伐が本当に報酬を出すなどと微塵も考えていなかったようでその視線には裏がないか探ろうとしている。
「……疑う前に中を確認しろ」
「わかりました……諭吉さんが十人!? ど、どう言う事ですか!?」
「あ? 少ないとでも言うつもりか? 見かけによらず、がめついな」
疑われている事を気にした様子もない伐は優夢に報酬を確認するように言う。
その言葉に優夢は頷くと茶封筒を受け取り、しっかりとのり付けされている部分をキレイにはがし、中の金額を確認する。
茶封筒の中には十万円といくばくかの小銭が入っており、予想をはるかに超えた金額に優夢は驚きの声を上げ、その手はいきなり大金を手に入れてしまった事に震えている。
その様子に優夢が金額の値上げを要求すると思ったのか伐は呆れたようにため息を吐いた。
「ち、違います。こ、こんな、大金、いきなり渡されたら、驚くに決まってるじゃないですか? そ、それより、こんな大金をどこから手に入れたんですか? や、やっぱり、私は悪い事の片棒を担がされたんですか?」
「大金ね? まぁ、気にすんなよ。俺達、貧乏人にとっては大金でも、依頼者にとってははした金だ……あー、そう言えば口止め料も入ってるな」
優夢は金に汚いと言われた事に顔を真っ赤にして猛抗議をした後に、関わってはいけない事に足を突っ込んでしまったと思ったようで後悔したのか今度は顔を真っ青にして大きく肩を落とす。
優夢の様子に伐は鼻で笑うと優夢が思っているようなものではないと言うも、依頼の中身を思い出したように言う。
「口止め料?」
「気にすんな。先輩には依頼主は話してないだろ」
「そうですけど……」
優夢は首を傾げて聞き返すと、伐は聞く必要のない事だと答え、その答えが優夢の不安をさらにあおって行く。
「金額に文句がねえなら。もう用はない。一応、その金額の内訳は中に入ってるから、確認はしておけよ」
「は、はい……ちょっと待ってください!? これって、どう言う事ですか!?」
優夢が不安に思っていようが伐には関係などなく、用は済ませたと言うと教室に戻る気はないのかタバコを懐から出して屋上に向かって行く。
優夢は伐に何か言っても仕方ないと思ったようで、不安を抱えながらも教室に戻ろうとするが、自分への報酬の内訳が気になったようで茶封筒からメモを取り出し、視線を移す。
その目に映った報酬への内訳に優夢の危険手当は茶封筒に入っていたいくばくかの小銭であり、自分の命の値段に優夢は声を上げて伐を追いかけるように階段を上って行く。
「あ? 何を言ってんだ? 人の命なんて、自分が思ってるほど高かねえよ。どれだけ重要な位置にいようが死ねばそれを誰かが引き継ぐ。代りなんて腐るほどいるんだ。どれだけ感傷的になろうが他人は死を忘れるようにできてる。悲しんでいるふりをしてる奴が命に値段を付けてるだけだ……それより、良いのか? 鐘が鳴るぞ」
「そ、そんな事、無いです!! 代りなんて誰にもできません!!」
「そう思うなら、勝手に思ってろよ。ただ、現実ってのは先輩が思ってるほど優しかねえぞ」
伐は振り返ると冷たい口調で命に価値などないと言い切り、優夢に教室に戻るように言う。
その言葉に優夢は声を上げて、伐の考えを否定するが彼が考えを改める事はなく、彼女の言葉を鼻で笑うと再び、屋上に歩き出す。
「……で、ですけど」
「後、忠告だ。見えても表情に出すな。見える人間は歪みに取って良いエサだからな。見えないふりをしろ」
優夢は伐の言葉に反論しようとするが、伐は振り返る事はない。