第七話 謎の襲撃者
その光景は、一言で表すならば「惨状」の二文字に尽きるというのが、この場に到着した四人の感想だった。
辺りの木々はなぎ倒され、地面にはひび割れた窪みがあちこちにできている。その周りには多くの生徒が意識を失った状態で横たわっており、ボロボロの体操服の隙間から見える傷は相当生々しかった。
「……一体、何が起きたんだ!?」
中林のこの言葉に、答えてくれる人間は誰もいない。
まるで嵐が過ぎたかのような悲惨な一場面に、他の三人はただただ呆然と立ち尽くし、言葉も出ない状態となっていた。
「はっ! 久坂ちゃん、久坂ちゃんはどこ?」
いち早く我に返った希初は、この場にいるはずの仲間の名前を叫んだ。すると、その声に反応したのか、遠くの方でガサゴソと何かが動く音がする。
四人は真っ先にそこへ向かうが、木々の間から現れたのは弱気で小柄な少女ではなく、紺色の帽子を深くかぶった、警棒のような武器を持つ中肉中背の全く知らない二人組の男であった。
驚くことに、その二人は双子なのか、まるで鏡に写したかの如く顔・身長・服装全てがそっくりそのまま同じだった。
「……一応、聞いておくけど、お前ら光輪の生徒……じゃないよな?」
「「…………」」
半ば確信してながらも問いかける中林に、無言を貫く二人組。
突然現れた見知らぬ人間に、四人は警戒心を露にするも、彼らの後ろで久坂がぐったりと横たわっているのを発見すると、希初が一目散に飛び出していった。
「久坂ちゃん!」
怪しい二人組など目もくれずに、倒れている仲間の傍へ駆け寄ろうとする希初。だが、その瞬間、二人組の片割れが素早い動きで彼女の前に立ちはだかり、手に持った警棒を振りかぶる。
「っ、希初!」
三原が叫ぶが、時すでに遅し。帽子の男は、希初の頭目がけて警棒を勢いよく振り下ろし――――
「がはっ!!?」
――――派手に男の方が吹っ飛んだ。
「……いきなり動くなよ。希初」
足元からバチバチと火花を散らしつつ、心底ダルそうに言う景は、蹴り上げた足をそっと下ろす。
「す、電光石火、使っちゃって良かったの?」
「使わせた本人に言われたくねえが、まあ、でも、大丈夫だろ。これで、四対一だし」
そう言うと、景は一人となった帽子の男に目を向ける。すると、今まで一度も口を開かなかった男が、初めて声を出した。
「……なめられたものだな」
年相応の若い少年の声。だが、そこにはあるべき感情が込められておらず、機械で作ったかのような無機質な声だった。
「何だ、喋れんのか。つーか、お前ら一体何者だよ?」
「俺は復讐者だ」
景の問いに答える彼の口調は変わらなかったが、突如現れた剣呑な単語に四人は身構える。
「復讐者……だと」
「何よ、それ」
中林と三原はそれぞれ警戒しながら、その意味を聞こうとしたが、向こうはこれ以上会話を続けるつもりは無いようだった。
「そのことについて、教える気はない。お前たちも、俺たちの野望の礎としてここで潰れてもらう」
その言葉と同時に、男は警棒を剣のように構える。
と同時に、景が一瞬で背後に回り、男の無防備な背中に蹴りを入れた。
「甘い」
だが、男は素早く身を翻すと、景の蹴りを警棒で受け止める。
「なめるなよ。不意さえ突かれなければ、この程度ーーーー」
「下がれっ! 早房」
叫ぶと同時に中林は両手を自分の胸の前に出し、手のひらを十cmほど離して向かい合わせると、バチバチという音と共に手の間から電気の塊が生み出された。
そして、それは一つの槍のような形に変わると、目の前の敵に向けて勢いよく放たれる。
「くっ」
それを見た男は大きく後ろに下がり、電撃の槍を回避した。
「こざかしい真似を」
男は標的を中林に変更しようとしたが、それを阻むように景が蹴りで応戦する。
「オレを無視するとは、なめられたものだね」
「ぬかせっ!」
帽子の男が振り回す警棒を掻いくぐりながら、景は攻撃する隙を窺っていた。
(……まずいな。速攻で決着つける気でいたけど、結構できるぞ。こいつ)
警棒による打撃というシンプルな戦い方にもかかわらず、全く先の読めない動き。いつかの彗の時のような型のある動きなら、まだ対処できるが、彼の動きは武道というよりルール無用の喧嘩の方に近い。それでいて、無茶苦茶な自己流というわけでもなく、基礎的な格闘術は下地として存在している。
(強いて言うなら、膨大な戦闘経験から編み出した独自の体術、ってなところか?)
いささか誇張気味ではあるが、それが景が彼との戦いの中で得た感想だった。
横一閃に振るわれた警棒を避け、間合いを取るために更に後ろへ下がる景だったが、下がった直後に足元の木の根につまずき、体勢を大きく崩す。その隙をついて、帽子の男は景の脇腹へ警棒を打ち込んだ。
(まずいっ!)
この一撃は流石に回避できないと景はダメージを覚悟したが、警棒が触れるよりも先に男の後ろから火花を散らしながら走る一筋の閃光が彼の背中を直撃した。
「うぎゃぁぁぁぁぁああ!!」
彼の悲鳴が辺りに響き渡り、その場に膝をついて崩れ落ちる。
「……ギリギリだったな」
プスプスという音を立て、衣服が焦げ付いている男に、火花を纏ってない足で近づき、完全に意識が飛んでることを確認した景は、ようやく一息つく。
(何とか能力が切れる前に倒せたな。ま、中林のおかげだけど)
中林の能力は“付和雷同”。
追尾機能を持った電撃を生み出す能力で、さっき男を襲ったのは中林が最初に放って外した電撃の槍。勢いをつけすぎたせいで、多少戻ってくるのに時間はかかったが、それでも一度狙った標的を捉え損ねるようなことは無い。
景が腰を下ろすと、再度地面に倒れている男に目を向ける。
(にしてもこいつ、一回も能力使ってこなかったな)
発動に特殊な条件があるのか、はたまた元々持ってないなかったのか。正体が謎に包まれたままの襲撃者に、景はもやる思いを抱えながらため息をつく。
「早房」
「おう、中林。さっきは、助かった」
「ああ。だが、そんなことより―――――っ」
駆け寄ってきた中林の口が不自然なタイミングで止まる。一体どうしたのかと、彼の視線を追うと、その先には帽子の男にナイフを首元に突きつけられる希初の姿。
「希初!」
「動くなっ!」
慌てて立ち上がった景に、男は強い口調と視線でけん制する。
「妙なことを考えるなよ。人質は一人だけではない」
そう言って、男は二人の後方を視線で指し示す。
景と中林がゆっくり振り向くと、そこには前方にいる男と瓜二つの帽子の男が、同じようにナイフを三原の首元に突きつけていた。
◇◇◇◇◇◇
「……まさか、双子じゃなくて四つ子だったとは。完全予想外だったな」
「おい、そんなこと言ってる場合か」
窮地を退けたと思ったのも束の間。また新たな窮地に陥ったのにもかかわらず、呑気な様子の景に、中林が小声で怒鳴る。
「これを見ても、まだそんな減らず口を」
「殺せないとでも思っているのか。俺たちの覚悟をなめるなよ」
二人は交互に脅し文句を吐くと、ナイフの刃をさらに近づける。
「ひぃ」
「うぅ」
人質となった三原と希初は見るからに怯え、抵抗する素振りもなく、人形のように大人しく捕らわれていた。
「お前らはそのままでいろ」
「少しでも妙な真似をしたら、殺す」
恐ろしい顔で殺気を放っている二人の男に、中林は自分の無力さに歯噛みする。
(どうすんだ、早房。このままだと彼女たちが……)
(落ち着けよ。心配しなくても、そのうちチャンスはやって来るから、お前は備えてろ)
(? それは、一体どういうーーー)
「「お前ら、何をこそこそ話している!!」」
小声で話す中林と景に、二人の帽子男は叫んだ。人質を取り、有利な状況に持ち込みはしたもののではあっても、彼らに余裕があるわけではない。むしろ、余裕がないからこその人質作戦である。
故に二人は今、かなり神経質になっているのだが、景はそんなの知るか、とばかりに、空気の読めない発言をする。
「そんなカリカリすんなよ。心配しなくたって、オレは何もしねえから」
「「…………」」
「だって、」
なおも疑わし気な目を向けてくる二人に、景は人の悪い笑みを浮かべる。
「する必要がないからな」
「「っ!!?」」
その言葉を言い終わると同時に、二人の帽子の男は急に両手で耳を塞いで、苦しみだした。
まるで耳障りな騒音を聞かされているような二人を見ながら、景は軽口を叩く。
「油断したな。三原は知らんが、希初は大人しく人質になるようなタマじゃないんだよ」
だが、その声も今の二人の耳には届かない。彼らの頭の中では、けたたましい大声が絶え間なく響いており、耳を塞いでも音は少しも軽減されはしなかった。
これぞ希初の以心伝心応用技の一つ。
相手の脳内に大声を響かせて相手を怯ませる、その名も脳内騒音。
「くっ」
「待てっ」
脳内騒音によって、咄嗟に手を放してしまった二人は、逃げ出す女子二人にそれぞれ手を伸ばす。
しかし、
「今だ、中林」
「お、おう」
バチバチと音を立て、電撃の槍を二つ作った中林は、それぞれ男たちに向けて射出。二人はモロにそれを食らうと、絶叫を上げ、そのまま気を失った。
「一件落着、だな。中林」
「あ、ああ。そうだ、な」
未だ実感のない様子の中林に、景は終わった終わった、と一息つく。
こうして、四つ子の襲撃者との闘いは一先ず終了した。