第六話 実習開始
実習が開始されてから、十分くらい経った頃。景はアスファルトで舗装された山道を一人駆け足で登っていた。
「大体、この辺で間違いないはずだが」
景は生徒手帳を片手に、機械の居場所を見つけようと辺りを見回す。
タブレット画面には、機械の位置を示す赤い点が、自分の今いる場所からあまり離れてないとこにあった。
(まさか、遥か上空を飛び回ってるなんてことはねえだろうな)
だとしたら、とんだ無理ゲーだと、景が首を上方向に動かそうとしたとき、視界の端で蠢く何かとかすかな機械音が聞こえた。
「あっちか」
景は山道の横にある整備されてない方の道を進む。その視線の先には一つの球体が一、二m上空で不規則な動きをしながら、プロペラを回転させて飛んでいた。
景は機械を捕まえようとしたが、近づいた途端、急に機械がさっきまでのフラフラした動きとは一転、逃げるかのようにスピードを上げて景から離れていく。
(ちっ、やっぱりあの機械、センサーか何かついてやがるな)
景の予想通り、あの機械には小型カメラによる映像から障害物を自動で避ける機能の他に、人の姿を捉えたら、すぐにその場から離れるようにプログラムされた熱源センサーも仕込まれていた。
いくら実験的な試みが導入されているとはいえ、ここまで無駄にハイテクな教材を使えるのは光輪高校だけであろう。
遠ざかっていく機械を景は頑張って追いかけてみるが、自動回避で流れるように飛ぶ機械に対し、景は生い茂る木々に邪魔されて思うように進めず、あっという間に距離を離された。
「……速いな。あの機械」
走るのを止めて、機械が飛んでいった方向に目をやると、頭の中で景が人生で二番目によく聞く声が響いてきた。
(あ、景君。作戦通り、あの機械を捕まえられたよ)
希初の以心伝心による捕獲成功の知らせを受けて、ほっと景は一息ついた。
◇◇◇◇◇◇
希初は仲間全員に伝えたあとで、目の前でプロペラが回転してないのに、空中で静止している機械に手を伸ばし、掴んで側面にある小型のレバーを上げる。カチッと音がした後に手の中にくるわずかな振動が消え、機械の動きが完全に停止した。
「ようやく一個捕まえられたな」
希初の後ろから、景が小走りで近づいてきた。
「あ、景君。お疲れ~」
「ああ、疲れた」
景は希初と短い会話を行なった後で、彼女の手にある機械に目を向ける。
「で、どうするんだこれ」
「景君、先生の話聞いてなかったの? スイッチを切れば、天川先輩が回収しに来てくれるから、それまで待てばいいんだよ」
「いや、待つって」
時間かかるだろ、と景が言いかけたとき、目の前にその当人である天川が音もなく突然現れた。
「え~と、何グループ?」
「Dです」
「はいよ、Dね」
クリップボードに挟まれてる紙に書き込むと、天川は希初から機械を受け取り、その場から一瞬で消えていった。
「……瞬間移動の能力か」
「うん。天川先輩の能力は“神出鬼没”。私と同じ定番な超能力だよ」
納得した声を出す景に、希初が補足説明をする。
「さて、そう言えば中林と久坂の方はどうなった?」
「失敗だよ」
希初へ向かって発した質問の答えが、斜め後ろから聞こえてきた。そこには、中林と三原と久坂が立っており、三人共疲れた表情をしている。
「何とか罠を張った方へ追い込もうと頑張ったんだけど、思うように誘導できなくてさ」
「中々上手くいかないものね」
「はぅぅ、すみません」
「あ~、それは残念だったね」
がっくりと肩を落とす三人に、希初は慰めの言葉を送る。
「ていうか、この方法って効率悪くない。もっと、機械の多い場所を重点的に狙ったほうがいいと思うんだけど」
三原が作戦について不満そうに愚痴り出したが、中林がそれを止める。
「そういう場所には、違うグループも集結する。そして、そこでは機動力ある石川や七瀬のいるグループが独占状態だろうぜ。つまり、俺たちはこうやって、お前の作った罠で一個一個地道に捕らえていくのが、一番効率がいいんだよ」
なあ、と中林は久坂に同意を求めるものの、彼女は怒鳴られたかのようにビクッと体を震わせるだけで、返事をしない。
(何か知らんが、臆病なやつだな)
オドオドしている久坂を見て、こんなんで大丈夫かと少々不安になる景。
「じゃ、次に行こうか」
希初が明るく言うと、新たな機械を探すためDグループは、場所を移動し始めた。
◇◇◇◇◇◇
それから約一時間半後。実習も終わりに近づいてきた中で、捕まえた機械の数はわずか二個。
(少ないな。ま、こんなもんか)
成果の少なさに思うところはあるが、元々それほど実習に熱心でなかった景は、特に悔しがることなく合流地点へと急ぐ。その途中で、グループ仲間の一人と出会った。
「おっ、早房」
「中林か」
出会ったのはひょろりと背の高い男、中林。肩を落としていることから、どうやら彼も失敗に終わったようだ。
「はぁ~、結局三個か」
「ああ、そうだな」
機械の数がもう片手の指で数えられるほどに減少している今となっては、最早捕まえることは不可能に等しい。Dグループの獲得数は三つで終了だと景は考えていた。
そうして、しばらく黙って歩いていた二人だったが、唐突に中林が口を開く。
「なあ、早房」
「何だ?」
「何で能力使わなかったんだ? お前の能力なら、もっと捕まえることができただろう」
非難しているわけではなく、純粋な疑問から尋ねる中林に、景は怪訝そうな顔で聞き返す。
「……お前、オレの能力知ってるのか?」
景は入学してから、一度も人前で能力を使ったことがなく、彼の能力を知っているのは祐や希初など、ごく少数の親しい友人しかいないはずだった。
景の言葉に中林は一瞬、呆気にとられた表情になるが、すぐに真顔に戻り、はぁ~と長いため息をついた。
「もしかして、覚えてないのか?」
そんなことを言うということは、どこかで面識があったはずなのだが、記憶をさらってみても彼に関することは何も思い出せなかった。
「中学ン時の同級生の顔くらい覚えておいて欲しかったな」
長いこと沈黙している景を、見るに見かねた中林が答えをばらす。
「ああ、悪ィ。全然覚えてなかった」
「だろうな。まあ、それはどうでもいい。で、何でお前は能力を使わなかったんだ?」
再度、問う中林に景は苦笑しつつ答える。
「まあ、中学じゃ、オレの能力はコピーだということまでは知ってても、その条件までは知らないだろうからな」
「条件?」
「やはり、か」
予想通り、中林は景の能力は知っていても条件までは知らなかったようだった。
景の能力”他力本願”は、他人のどんな能力もコピーしてしまう、ある意味最強に近い能力だが、それほどの力を有しているのに景が自身の能力を多用しないのは、そして彼の能力を知る人間がその力をあまり重要視していないのは、ひとえにその発動条件の特殊さにあった。
「で、その条件って何だ?」
「ああ、それは……」
景が口を開こうとした矢先、それに覆いかぶせるように別の声が聞こえてきた。
「景君の能力は、コピーする対象から許可を貰わないと発動できないんだよ」
その声を発したのは、二人の前方に立っている希初だった。
「えっ、許可?」
「うん。景君の他力本願は他人から許可されなければコピーできない、文字通り他人任せな能力で、更にコピーした能力の使用時間はわずか二分。しかも、一回使うと消えちゃうし、使わずにおいても、コピーしてから24時間経つと自然消滅しちゃう微妙チート能力なんだよ」
「へ、へぇ~、そうなのか?」
本人に代わって勝手に説明し出した希初に、若干引きながら中林は隣にいる景に確認をとる。
だが、景が頷こうとした矢先、ガサガサっという音とともにもう一人の仲間が顔を出す。
「ふぅ。ようやく戻れた」
「あ、トモちゃん。お帰り……って、どうしたの、その格好!?」
ここへ戻ってきた三原を見るなり、希初はギョッとした顔になる。彼女の体操服はあちこちに泥がついていて、一部が破けていた。
「ああ、これ。いや~、機械追いかけてたら、足元にあった根っこに引っ掛って。それで、こけたら目の前が坂でズササーって落っこちちゃったんだよね」
アハハハ~と笑っているが、その姿は結構ボロボロで彼女以外の三人の目には同情の色が浮かんでいる。
「ま、怪我はしてないから、心配しないで。この服もすぐ縫っちゃうから」
そう言って、彼女は自分の服の裂け目に手をやると、その裂け目はひとりでに直っていった。
三原の能力、“天衣無縫”は透明な糸を生み出して操り、あらゆる物を縫いつける能力。
服の傷が勝手に直っていくように見えたのは、能力で生み出した透明な糸で縫ったから。そして、機械を捕まえられたのも、彼女が木の幹に糸を縫い付けて透明な網を作ってくれたおかげだった。
「それはそうと、久坂ちゃんはどこ?」
三原の体操服の修復作業が終わったところで、希初がこの場にいないもう一人のメンバーについて尋ねた。
「久坂なら、もう一つの機械を追いかけて行ったけど、まだ戻ってなかったのか」
「深追いしすぎて、戻れなくなってるのかもね。あるいは、どっかで怪我して動けないとか」
中林と三原の言葉を聞くや否や、希初はオロオロと狼狽えだした。
「えっ。ど、どうしよう。もし、そうなら早く探しに行かないと」
「落ち着け、希初。まだ、そうと決まったわけじゃ……」
慌てふためく希初を景がなだめようとした時、いきなり西の方から目もくらむ程の強い光が射してきた。
一瞬、雷でも落ちたのかと景は思ったが、音は聞こえないし、何より今の天気は雲一つない晴れ模様。
謎の光はすぐに消え失せたが、その直後、希初が一目散に光のあった方へ走っていく。
「あっ、ちょっと待って!」
その後を追いかける三原。置いてかれた景は、棒立ちのまま彼女たちの背中を見送る。
「おい、行くぞ!」
「えっ!? あ、ああ」
と思ってたら、横にいた中林に促され、景も彼女たちの後を追いかけることなった。
(……誰か説明してくれ)
事情が全く呑み込めないまま、走り続ける景。
すると、突然、頭の中に声が響いてきた。
(景君、景君)
(希初か。一体何が起こってるんだ?)
希初の以心伝心は考えたことをそのまま相手に伝えられるため、こういう急ぎの時とかにはかなり重宝する。
(やっぱり、景君は分かってなかったんだね。簡単に説明すると、さっきの光は久坂ちゃんの“紫電一閃”っていう一瞬だけ強い光を発する能力なんだけど)
(ああ、あの光は久坂の能力だったのか)
(うん。それでね……実は久坂ちゃん、いじめられてるらしくて)
(いじめ?)
(久坂ちゃんの順位は603位でEランク。陰で“落ちこぼれ”って呼ばれて、色々と嫌がらせされてるっぽくてさ)
光輪高校の総生徒数は604人。そのうちの一人、景は順位を持ってないため、実質彼女が最下位となる。
(ひどいのになると、新技の実験台だとか言って、久坂さんを能力の的にしたりってのもあったって……)
(典型的なクズだな。まあ、でも、ようやくお前の言いたいことが分かったぜ)
この実習において、久坂が能力を使う機会はない。あるとすれば、それは敵の目を眩ます自衛のパターン。
(つまり、そのいじめている連中に久坂が襲われている可能性があるってことか)
(そういうこと)
そこで、以心伝心は途切れ、希初の走るスピードがアップした。
説明を終えたので、走る方に集中し出したのだろう。
(やれやれ、何か面倒なことになりそうだな)
嫌な予感しかしない景は、気付かれないようにこっそりとため息をつくのだった。




