第五十七話 光輪のトップランカー
久しぶりの早めな更新。
第五十七話です。
某県某所のとある巨大なビル。
そこでは、昨日から何十人もの能力者による立てこもり事件が発生していた。
元々、この事件は武器密輸と不法入国者の斡旋の疑いがある業者の摘発から始まったのだが、予想以上にあちら側の戦力は多く、用意した国家特殊公務員と機動隊だけで押し切ることは出来ずにいた。
そんな長い膠着状態が続き、これ以上長引かせるわけにはいかないと判断した異能管理局のトップは光輪高校に連絡し、特例クエストとして生徒会、風紀委員を含めた高ランクの生徒を多数送り込むことを決定。
そして、ちょうど今彼らが到着し、戦況は動き出そうとしていた。
「ヒィャッハー!! 消し炭になりやがれっ、クソ野郎共!!」
能力者が立てこもるビルの中に突入しようと、国家特殊公務員、生徒、機動隊の人たちが構える中、ビルの入り口からやたらとテンションの高いスキンヘッドの男が飛び出してきた。
彼が叫ぶと、周囲から一気に巨大な炎が上がり、爆風と熱気が彼らを襲う。
「まずい! 皆、下がれ」
「遅ぇ!!」
国家特殊公務員の一人が周りの人間に退避を促すも間に合わず、さらに炎は爆発的に勢いを増し、辺り一面を呑み込んだ。
「ヒャーハッハ!! 見たか。俺様の能力、“火上加油”は炎を増幅して操り、全てを焼き尽くす!!」
自らが生み出した炎で埋め尽くされた前方を眺め、男は満足そうに高笑いをする。
「ギャハハハ、ハハッ……はあ!?」
男は狂ったように笑い続けていたが、いつの間にか炎がある一点を中心に集まり出していることに気付き始める。
「な、何だァ!?」
徐々に視界が晴れていくと、周りの炎が渦を巻くように短髪で目つきの鋭い少女へ引き寄せられ、手元で球状にまとまっていくのが見えた。
「無駄だ、ハゲ。アタシに炎は通じない」
少女の見下したような発言に、男はキレる。
「ああ!? テメェ、今何つった!!」
男は再度、火上加油を発動させ、さっきよりも巨大な炎で少女を焼き殺そうとする。
しかし、今度はどこからともなく茶色く濁った水が大量に放出され、向かってくる炎は一瞬で打ち消された。
しかも、濁流の勢いは止まることなく、敵の男を呑み込み、ビルの壁へ叩きつける。
「ったく、こんな暑い日に炎なんか使われたら、たまったもんじゃないね」
「おい、何勝手に倒してんだ。相澤」
寝ぐせだらけの頭を掻きながら現れた男に、少女は巨大な炎球を手元に残したまま睨み付けた。
「アタシの獲物を横取りするとは、いい度胸だな」
「いや、だってただでさえ暑いのに、これ以上温度上げられたらたまったもんじゃないし。あと、一応僕先輩だよ」
男がかったるそうに答えると、少女は舌打ちする。
「ちっ、何でアンタみたいのが六攻疾風の一人なんだか」
忌々しそうに呟くと、少女は手元の炎球をビルに向かって投げつける。
巨大な炎球はビルの少し手前で失速し、入り口付近に命中。
その瞬間、爆音と爆風、そして熱気をまき散らしながら、ビルの入り口を無残なまでに破壊し尽くしていく。
「と、突入っっっ!!」
一連の流れを呆然と眺めていた機動隊のリーダーは、我に返ると慌てて大声で周りに指示を出す。
かくして、戦いの火ぶたは“濁流滾々”の能力者、相澤天馬と“趨炎附熱”の能力者、服部火恋の二人の手によって、盛大に切られたのであった。
◇◇◇◇◇◇
「唸れッ! 我が右腕に秘められし黒龍の力!
“邪龍闇黒鏖滅轟覇撃”!!」
ビルの五階。
全身黒一色で統一された服装の少年が物凄く語呂の悪い必殺技を叫びながら、右腕を突き出すと、そこから龍の形をした漆黒のエネルギーみたいなものが放出され、目の前にいる二人の光輪生に襲い掛かる。
「破ッ!」
しかし、その凄そうな攻撃は彼らに届く前に、一人の男が数メートル離れたところから繰り出した拳によって無残にも打ち砕かれた。
「ば、バカな! 俺のダークドラ……」
「長い」
色々と詰め込み過ぎな必殺技が呆気なく破られたことに動揺する少年に、男はもう一度拳を放つと、まるで直接ぶん殴られたかのように少年は仰け反り、バタリと倒れた。
「いや~しかし、やっぱ強えーな。佐久間の“徒手空拳”は」
「皮肉か。波瀬」
頭の後ろで手を組む長身の彼、“つむじ風”波瀬弘道と、突き出した拳を下ろして振り向く、坊主頭の武道家然とした男、“鉄拳”佐久間良。
嵐神派の中でも六攻疾風という幹部クラスに位置する二人は、順調にこの階を制圧していた。
「いやいや、俺の能力は攻撃には向いてないからさ。マジで頼りにしてるぞ」
グッと親指を立てる波瀬に、佐久間がハーっと長い溜息をついた時、背後からバタバタと大量の足音が二人の耳に届く。
「いたぞっ! 皆、撃てェェ!!」
廊下の端から端を埋め尽くすように並んだ男たちは、サブマシンガンを構えて一斉に引き金を引く。
そう遠くない距離から雨霰と発射された弾丸は、一秒にも満たない内に二人の元へ殺到した。
だが、
「は……?」
その弾丸は一発も彼らの体に掠ることもなく、天井、壁、床を穴だらけにするだけで終わった。
「そ、そんな……ふべっ!?」
集中砲火がまさかの不発に終わり、間抜け面を晒す彼らに佐久間の徒手空拳が炸裂する。
「くっ、ならば!」
次々と倒れていく仲間を見て、焦り出した男は手榴弾のピンを口で外し、放り投げる。
直後、爆風と膨大な熱が二人を襲う。
「これなら……なぁ!?」
二人は爆炎に呑み込まれたかのように見えたが、数秒後。
彼らはかすり傷どころか服に焦げ目一つつけることなく、こちらに向かってゆっくりと歩いていく。
「残念」
二ヤリと嗤う波瀬の隣で、佐久間が正拳突きを放つと、その男もぶん殴られたような音を立て、後ろに倒れる。
「悪いな。そんな攻撃、俺には通じねえよ」
「おい、次行くぞ」
この階層の敵を全て撃破した二人は、次なる敵を倒すべく上へと向かった。
◇◇◇◇◇◇
「ガハハハッ! くたばれっ、ガキども!」
「うわあああっ!!」
ビルの最上階より一つ下の階では、全身を岩石で覆われた大男が巨大化した右腕を振りかざし、一人の生徒を追い詰めていた。
周りには生徒が何人も倒れており、彼の顔は恐怖で歪んでいる。
「く、来るなあ―――っ!!」
叫ぶ彼はがむしゃらに能力を発動させ、相手に生成した火の玉をぶつける。だが、その拙い反撃も岩石の鎧で防がれてしまう。
「ハハッ、無駄無駄ァ!」
(チクショウ! 誰か、誰か来てくれっ!)
最後の抵抗も呆気なく潰された彼の目の前で、巨大な右手を握り、拳を叩きつけた。
ドゴォン!!
床をぶち抜きかねない衝撃が建物を震わせる。
まともに食らえば、人一人など容易くミンチに変える一撃だったが、大男が拳を持ち上げた跡には、叩き潰したはずの生徒の姿は無くなっていた。
「あ……!?」
よくよく周りを見渡せば、さっきまで床に倒れていた他の生徒も消えており、代わりに目の前には威圧的な三白眼の男が立っていた。
「テメェは―――」
「死ィィねェェェッッッ!!!!!!!!」
三白眼の男、柏木は大男の懐に入り、思いっきり殴りつけると、岩石の鎧は粉々に砕け散り、中にいた人のみぞおちを直撃した。
「がっ……」
予想外の痛みに大男はうずくまり、その低くなった頭を柏木は容赦なく踏みつける。
同時に、逆の足で能力”土崩瓦解”を発動させ、床を破壊した。
「ぐぇ」
床ごと真下の階に落とされた大男は、度重なる衝撃で全く動けなくなり、その様を柏木はつまらなそうに見下ろしていた。
「……相変わらず、おっそろしい人だな。んで、お前は大丈夫か? 牧瀬」
柏木が大男を下した遥か後方では、機動隊の使うライオットシールドを持つ一人の光輪生が、意識を失っている何人もの生徒とついさっき大男に潰されそうになっていた少年に足元を囲まれていた。
「ああ、助かったよ。ニュートン……って、後ろっ!!」
牧瀬が叫び、ニュートンと呼ばれた少年が後ろを振り向くと、そこにはサブマシンガンを構えた一人の男性がこちらに銃口を向けていた。
「食らえっ!」
引き金を引き、何十発もの弾丸が彼らを襲う。もっとも、ニュートンはライオットシールドを盾にしているため、銃弾が彼の身体に届くことはない。
だが、他の生徒は違う。
辛うじて意識のある牧瀬は別としても、それ以外の生徒は為す術なく、銃弾の餌食に――――。
「ま、させないけどな」
「何っ!」
生徒を葬るべく男が放った弾丸は、まるで吸い寄せられるように全てニュートンの持つライオットシールドに着弾する。
「くそっ、ならば……なっ!?」
弾を撃ち尽くした銃を捨てて別の武器を取り出そうした時、男の身体は前方に強く引っ張られる。
「こ、の……うわぁぁ!!」
その場で踏ん張れたのは一瞬だった。
男は凄まじい勢いでニュートンに引き寄せられ、ライオットシールドに顔面から激突。そのまま、意識を失った。
六攻疾風の一人、ニュートンこと彩羽篤志の能力は”我田引水”。
引力を操り、あらゆる物体を自身のもとへ引き寄せることが出来る。
「一丁上がりィ、っと。ってか、一体、どうした? んな、ボロボロになっちまって。久しぶりの戦闘で勘でも鈍ったのか?」
「い、いや、違う! 実は……」
「ちょっと!! 危ないじゃないっ!!」
牧瀬が何か言おうとした矢先、柏木がいた方向から女性の怒鳴り声が聞こえてくる。
「なんだ、テメェか」
「なんだ、テメェか、じゃない!! アンタのせいで、下の階にいる私たちが危うく巻き添え食らうところだったのよ!!」
「知るかよ。クソがっ」
「はぁ~? 何、その言い方!!」
柏木と言い争っているのは、金色の長髪をなびかせて、宙に浮く美少女、綾村だった。
「うわ、すげぇな。綾村の奴、あの柏木先輩に喧嘩売ってるぜ」
光輪”最凶”と名高い柏木に食って掛かるクラスメートの姿に、彩羽は感心しつつも、どこか引いたような声を上げる。
「いや、そんなことよりも……」
「オイ、コラァ!! 牧瀬ェ!! んだ、そのザマはよォ!!」
牧瀬が話を続けようとした時、またもや別方向から今度は男の怒鳴り声が聞こえてきた。
「げっ! 上杉先輩」
「ああァ! 何だァ、その面はァ!」
近づいてきたのは、金髪のリーゼントにグラサンをかけた、いつの時代だと言いたくなるような、古いタイプの不良だった。
「お前ェ! あんな奴らに遅れをとるとはァ、根性が足りねえぞォ! オラァァ!!」
「ひぃぃ」
上杉は怯える牧瀬の胸倉を掴み、無理やり立たせ、顔を近づける。
「まあまあ、落ち着いてくださいよ。上杉先輩」
「あああァ!! 外野は黙ってろっ!!」
キレ気味に返す上杉に、止めに入った彩羽はあっさりと追い返される。
「ち、違うんです。なんか知らないけど、ここにいると何か体がダルくって……」
「ああァ! 言い訳なんて、漢らしくねぇぞ!!」
恐怖で縮こまりながらも、必死になって言葉を紡ぐ牧瀬だが、完全に頭に血が上っている上杉は聞く耳を持たない。
「い、いや、そうじゃなくて、現に俺だけじゃなく、一緒にいた仲間全員が……」
「ああァ! テメェ、まだ言うか!」
「……そいつの言ってることは、本当だぞ。上杉」
「あァ!?」
そんな上杉を止めたのは、目元を前髪で隠したモブっぽい印象の男子生徒。
彼は自分より大柄な青年男性を引きずりながら、彼らのもとに歩いてくる。
「こいつが、その原因だ。木暮真造。範囲内の人物の生命エネルギ―を消耗させる”栄枯盛衰”の能力者」
男のボソボソとした説明を聞き、上杉の手が緩む。
「分かったら、とっとと放してやれ。流石に、可哀想だろ」
「……チッ」
上杉は軽く舌打ちすると掴んでいた手を放し、牧瀬はその場にドサッと腰を下ろした。
「災難だったな」
「た、助かりましたあ、明智先輩」
涙目になりながら、牧瀬は明智に縋りつく。
「つーか、牧瀬。お前って、柏木派だったっけ?」
「いや、牧瀬は上杉とは同じ中学で、能力が似通っていることから、当時よりあいつが舎弟にしているらしい」
彩羽の疑問に、明智が代わりに答えた、その時。
「ちょっと! 待ちなさいよ!」
またしても綾村の声が一際大きく響いてきた。
「何だよ。もう俺から話すことは何もねえぞ」
「アンタに無くても、こっちにはあんのよ!」
背を向け、こちら側に近づいてきた柏木の肩を掴み、なおもまくし立てる綾村。
「……まだ、やってたのか。あの二人」
未だに言い争っている二人を見て、彩羽は呆れ果てた顔をする。
「大体、アンタは……って、彩羽!? いつの間に」
「いや、そこそこ前からいたんだけどな」
気づいてなかったのか、と彩羽は苦笑する。
「押っ忍!! 柏木さん。お疲れ様です!!」
「おつ」
こちらに向かってくる柏木に、上杉は腕を後ろに組み、頭を90度下げる。対して、明智は相変わらずボソリと短い呟きを発するだけ。
柏木は自らの派閥の幹部に位置する二人を一瞥すると、「おう」と素っ気ない返事だけして、そのまま上の階目指して、歩き続ける。
「おっ、こっちももう終わってるっぽいな」
「あ、波瀬先輩。それに佐久間先輩も」
下の階から上がってきた波瀬と佐久間。六攻疾風の先輩二人の登場に、彩羽は顔を綻ばせる。
「よう、彩羽。一応、聞くがこの階層の敵は?」
「全員倒しましたよ」
「そうか。なら、残るはもう最上階だけか」
そう言うと、波瀬と佐久間の二人は上の階へと向かう。
「おい、明智。俺たちも、負けてらんねえ。柏木さんについていくぞ!」
「はいよ」
上杉と明智も柏木の後を追い、綾村も不機嫌な表情のまま、その列に続く。
残ったのは、倒した敵を除けば、彩羽とへたり込んで動けなくなっている牧瀬、そして意識のない何人もの生徒だった。
「……ニュートンは、行かないのか? 上に」
「ああ。綾村と波瀬先輩がいるなら、特に俺は必要ないだろ。それに、お前らを放っておくわけにもいかないし」
「……すまん」
「気にすんな。ま、流石に俺一人でこの人数は運べないから、天川先輩の力を借りなきゃだけど」
彩羽はズボンのポケットからスマホを取り出すと、RINEを開き、文字を打ち込み始めた。
◇◇◇◇◇◇
「……敵、九割を無効化、内三割を捕縛。残るは最上階。柏木豪、波瀬弘道、佐久間良、上杉紅次、明智歴、綾村美姫の計六名が向かってます」
「一桁順位、六攻疾風、五虎将がそれぞれ二名ずつか。戦力としては、申し分ないね」
ビルの外。
今作戦の情報処理班の女子生徒から報告を受ける風紀委員長の神海は、顎に手を当て神妙に頷いた。
「……むしろ過剰戦力とも言えますが」
「ハハハ、確かに」
報告担当の女子生徒の言葉に、神海は軽く笑う。
「でも、やっぱり敵の捕縛と負傷者の救護があまり進んでないね」
「すいません。突入時の乱戦の影響か、エレベーターが全基停止しているせいで、上手くいかず……」
「ああ、ゴメン。別に責めているわけじゃないんだ」
申し訳なさそうにする女子生徒に、気にするなと神海は笑いかける。
「ね~、神海先輩。僕は、一体いつまでこうしていればいいのかな?」
折り畳み式のパイプ椅子に腰かけ、足をぶらぶらさせながら問うのは、光輪高校序列2位の葵。
何らかの想定外の事態が起こった時のため、後方で待機させていたのだが、作戦もそろそろ終わりそうになり、しびれを切らし始めていた。
「そうだね。この調子で上手くいけば多分、君が戦う場面はなさそうだ」
「え~、そんなのつまんないよ」
「そんなこと、言わないで。君を使う機会がなかったということは、作戦が予定通りに行われてるってことなんだからさ」
不満たらたらな葵を、神海は諭すと目の前のビルを見据える。
(そう、このまま上手くいけば……ね)
順調に制圧している敵組織のビル。Aランク、Bランクの能力者を大量に投入しているのだから、当然の結果とも言える。
だが、神海は今のこの状況に、拭いきれない漠然とした不安を感じていた。
(僕の気にしすぎなら、それでいいんだけど……)
上手くいっている時ほど、仕掛けられた罠には気付きにくい。
神海は油断することなく、改めて何か見落としがないか頭の中で再確認する。
「あ、あのー、神海さん」
「んん、何かな?」
思考の海に沈みかけた時、女子生徒がおずおずと切り出した。
「出来れば、会長にも報告しておきたいのですが……会長は今どこに?」
「ああ、彼なら機動隊の人たちと一緒に話をしているよ。もうそろそろ終わると思うから、ここで座って待ってるといい」
「分かりました」
ペコリと頭を下げると、女子生徒は少し離れた場所で、葵と同じ形のパイプ椅子に行儀よく座る。
(さて……じゃあ、始めるとしますか)
今度こそと集中し始めた神海は、周りの音が聞こえなくなるほど深く、深く思考の海の底に沈んでいった。




