第五十五話 ルークの能力
長らく、長らくお待たせしました。
2019年初投稿の第五十五話です。
「あ~、残念。どうやら、彼らはここでゲームオーバーのようだね」
雲外鏡によって空中に映し出された映像の中で、ナイトによって斬り刻まれた八人の男女を見た社は、屈託のない表情で声高に喋り出す。
「ぐっ……テメェ」
今現在、学校を占拠しているテロリストにしては、異質とも言えるほどの無邪気さに、雷王は隠し切れない怒りを滾らせ、他の風紀委員も社を射殺さんばかりに睨みつける。
「こんなもん見せて、一体テメェは何を考えていやがる!!」
怒気を込めた声で詰問する雷王だったが、社はへらへらした態度を崩さずに答える。
「別に何も」
「なっ!?」
あまりにも中身のない返答に、雷王は唖然とした。
「……誤魔化す気か」
「いや、違うよ。僕には目的なんてない。ただゲームを楽しんでいるだけさ」
社はそう言うと、雲外鏡の映像が切り替わり、別の場所を映し出す。
「さて、彼の方は、どうなってるかな?」
新たに映し出された映像の中では、二人の男が戦っていた。
一人は左手に盾を持ち、右手で槍を振り回すルーク。そして、もう一人は槍の届かない絶妙な距離を維持しつつ、拳銃を片手に逃げ回る景。
雲外鏡が映し出すのは映像のみで音は届かないが、ルークが槍を振り回す度に、粉砕される窓ガラスや深い溝を刻まれる壁や床を見て、生徒たちは戦いていた。
「うわっ、荒れてるね~。何か嫌なことでもあったのかな?」
そんな中、予定以上に暴れまくっている仲間に対し、社は相も変わらず呑気なことを呟く。
「こりゃ、相手してる方は死んじゃうかもね」
ケラケラと嗤う社に、周りからの反感が一層強まったが、当の本人は気にした風もなく、二人の戦いを観続けていた。
「まあ、あのルーク相手じゃ、それも仕方な……ん?」
滔々と語っていた社の口が不意に止まり、映像を注視する。
(今、彼と目が合ったような……)
気のせいかな、と思った矢先、今度は間違いなくこちら側―――――敵であるルークではなく、映像を見ている社や生徒たちの方に景は銃口を向ける。
(まさか、気付かれ……)
パァーン。
発砲音と同時に、投影されていた映像は消え、残された観客たちはざわざわと騒ぎ立てるのだった。
◇◇◇◇◇◇
(よし、取りあえずあの変な目玉は片付いたな)
さっきから鬱陶しい程執拗に自分を追い回していた視線の元凶を撃ち抜いた景は、これでようやく目の前の敵に集中出来ると、物陰に潜みながらルークの様子を窺う。
「ウォラッ! コソコソ逃げてんじゃねえぞ、モヤシ野郎!」
吠えるルークは、まるで特撮映画の怪獣の如く暴れまわり、周りをガンガン破壊していく。
(あ~、やっぱ、オレも一緒に逃げときゃ良かったかな)
内心で愚痴りながら、景は右手の中にある拳銃を一旦、懐にしまう。
「そこかァ!」
(さて、避難避難っと)
ルークに居場所がバレた景は、一目散に退避する。
「このっ、待ちやがれっ!」
背後からルークが追いかけてくるが、両手に武器を持っているせいか、その足はかなり遅く、100m走のタイムが女子の平均にも届かない景でさえ、余裕で逃げられる程だった。
ならば、能力を一旦解除して、追いかければいいだけの話なのだが……。
パァーン、パァーン。
(くっ、この野郎……)
逃走していた景は、突如上半身をひねると懐から取り出した拳銃の引き金を引き、ルークに向かって二、三発の弾丸を放つ。
だが、それらは全て大きく軌道を外し、ルークの持つ盾に着弾した。
一般人なら命をも脅かす拳銃の弾も、”最強”の盾を持つルークの前では傷を負わせるどころか、足止めにすらならない無駄な攻撃。
しかし、景はこの『無駄な攻撃』を繰り返すことによって、ルークが盾を手放すことが出来ない状況に陥れていた。
「あ゛あああっ!! クソうぜぇ!!」
かれこれ十分近くこうして鬼ごっこ続けているルークは、景を捕らえられないもどかしさで激しく苛立っており、八つ当たり気味に壁や床を破壊していく。
「いい加減、逃げんの止めろォ!! 雑魚の分際で、この俺に手間かけさせてんじゃねえ!!」
(……さてと、アイツの能力も分かってきたことだし、そろそろ仕掛けるとしますか)
そんな彼の叫び声を聞き流しながら、景はマイペースに次の一手を考えていた。
◇◇◇◇◇◇
雲外鏡の映像が途切れ、周りのざわめきが収まらない中、希初とライラはヒソヒソと小声で話していた。
(どうしよう、不破さん。景君、何かピンチっぽかったよ)
(……落ち着いて、希初)
不安に押しつぶされそうな希初を、ライラはいつも通りの無表情で諭す。
(で、でも……)
(……それに、景のことだから、きっと何か策があるはず)
(…………)
(……信じよう、彼を)
(……うん)
完全にではないがある程度納得した様子の希初を見て、ライラはホッと胸を撫で下ろす。
(それで、不破さん。私たちは、これからどうすればいいのかな?)
(……取りあえず、様子見。私は、他の人に何か描くものを持ってないか訊いてくる)
そう言うと、ライラは立ち上がり、クラスメートが固まっている方へ向かう。
残された希初は特に何もすることが無いので、改めて自身の能力、以心伝心を試みるも、相変わらず頭の中にノイズが走るばかりで、上手く能力を扱うことが出来なかった。
(弱ったなぁ……せめて、景君とは連絡取りたかったのに)
はぁ、と希初が肩を落とした、その時。
(……ザーザー……ぅい……ザザッ……き…ザー)
(?)
(ザー…きうい、希初!)
(えっ!? 景君!!)
ノイズだらけだった希初の以心伝心に、景の声が割り込んできた。
(おお、ようやく通じたか)
(えっ? ええっ? 景君、一体どうやって?)
脳内ではっきりと響いてくる景の以心伝心に、希初は戸惑いつつも、同時に彼の無事が確認できて、少しだけ不安な気持ちが和らいだ。
(悪いけど、時間無いから、用件だけ伝えるぞ。そっちに漆原はいるか?)
(う、うん。いるけど……)
(なら、良かった。ちょっと、繋いでくれ。そいつの能力がいる)
◇◇◇◇◇◇
「っし、コピー完了っと」
希初の以心伝心には自身を仲介にして、RINEやチャットルームのように複数の人間と意識を共有する“思念共有”という技がある。
それを使って漆原から許可を取り、能力を手に入れた景は足を止め、背後から迫りくる敵と対峙した。
「へへっ、とうとう観念したか」
強者特有の傲慢な笑みを浮かべながら、ルークはじりじりとこっちににじり寄って来る。
「勘違いしてるとこ悪いが、オレが足を止めたのは、ここでお前を迎え撃つためだ」
「はっ! 笑えねえ冗談だな。何度も言うが、“最強”の俺にテメエみたいな雑魚が敵うと思ってんのか?」
嘲笑うルーク。だが、景はそんな彼に向かって、含みのある呟きを漏らす。
「最強……ねえ」
「あ゛っ、何だよ。何か、文句でもあんのか?」
「いや、別に。ただ、最強を名乗る割には、意外とセコい真似するな~、と思って」
「なっ」
余程意外だったのか、ルークは言葉を失いかけるも、瞬く間に顔色を変え、激昂する。
「テメェ!! 俺のどこがセコいっつんだよ!!」
“最強”を自負する者として聞き捨てならない台詞に、声を荒げるルーク。
しかし、景がそんなことで臆するはずもなく、いつも通りの感情のこもらない平坦な声で指摘する。
「だって、それ槍じゃないだろ」
「っ!!?」
その一言で、ルークの顔つきが一変した。
「テメェ……」
今までのような傲慢な態度が鳴りを潜め、代わりにピリッとした空気を纏い出したルークは、槍を強く握り直す。
(……まだだ。たとえ俺の能力がバレたとしても、こいつに対処する手立てはない)
はやる気持ちを落ち着かせ、ルークは目の前にいる敵を鋭く睨み付ける。
「はっ、全部お見通しってか。知ったところで、お前にはどうすることも出来ねえくせに」
「…………」
「大方、それをだしにして、俺を引かせたかったんだろ。まあ、お前のような雑魚にはお似合いの姑息な手段だが、生憎俺には通じ―――」
「いや、そういうのはいいから、とっとと来い。それ以上、喋ると……あれだ、
何か三流っぽい」
煩わしいとばかりに言い放った景の言葉に、辛うじて残っていたルークの理性は吹き飛んだ。
「こっ、のっ、クソモヤシがぁぁぁぁああああああああああああっ!!」
獣の如く猛るルークは、槍の矛先を獲物に向けると、そのまま突き進んでいく。襲い掛かって来るルークに、景は避ける素振りも見せず、左手を懐に突っ込むと、さっきしまった拳銃を取り出した。
(バカが! そんなの効くわけねえだろ!)
今まで散々防がれた武器を出してきたのを見て、ルークはやはり手は無かったのだと確信する。
「死ねええええええええっっ!!」
渾身の力を込めて槍を突き出すルーク。回避不可能の間合いに入った防御不可能の槍は、今まさに景の体を貫く―――――寸前で消えた。
「っ!!?」
確実に命を刈り取るはずだった一撃が、不意に消失し、混乱するルーク。
だが、次の瞬間、目の前にいた敵の右手に握られていたモノを見て、驚愕する。
(それは……俺の……)
景の右手に握られていたのは、ルークがさっきまで手に持っていた“最強”の槍。
景が許可をもらった漆原の能力は、相手の持ち物を自身の手の中に転移させることが出来る“鼠窃狗盗”。
「しまっ―――」
“槍”を奪った景はそれを使い、逆にルークを迎え撃つ。
自身に迫る鋭利な刃を、ルークは咄嗟に盾で防ごうとするが、切っ先が盾に触れる寸前で、二つの武器は光の粒子となって消滅する。
タァーン!!
直後、景が引き金を引き、銃弾がルークの脇腹を貫く。
「がぁああああああっ!!」
「……やっぱ、“槍”じゃなくて“矛”だったか」
撃ち抜かれた箇所を押さえ、廊下でジタバタとのたうち回るルークを見下ろしつつ、景は独り言のように呟いた。
“最強”の盾と“最強”の矛。
すなわち、“矛盾”。
それが、ルークの能力の正体だった。
かつて口達者な武器商人が、どんな防御も貫く矛とどんな攻撃も防ぐ盾を売ろうとして失敗した話から、つじつまの合わないことを意味するようになった故事成語。
その由来通りに、矛と盾をぶつけ合わせようとしてみたら、案の定、その二つは存在を保てなくなり、消え失せた。
(“矛”を“槍”と偽ったのは、そのことに気付かせないようにするためだろうが、あんだけ性能を自慢してりゃ、普通に気付くっての)
持ち前の傲慢さに、見事足をすくわれる形となったルークに、景は再び銃口を向ける。
「ま、待てっ」
「無理」
パン、パァーン!!
「ガッ、あああああああっ……!!」
続けて二発の銃弾が撃ち込まれ、想像を絶する痛みがルークの意識を完全に刈り取った。
「安心しろ。この弾は死ぬほど痛いが、死にはしない」
きっちりとトドメを刺した景は拳銃をしまうと、死んだように動かなくなったルークの傍にしゃがみ込み、服やズボンのポケットをまさぐり始める。
(おっ、これか。社の言ってたヒントってのは)
右の尻ポケットから折りたたまれた一枚の紙を見つけた景は、それを取り上げて広げる。
「a1h1」
「…………うん、全くわからん」
紙に書かれていた四文字のアルファベットと数字をしばらく眺めていたが、やはり四つ集めなければ分からないタイプの暗号らしく、景はため息をつく。
「やれやれ、苦労した割には随分と少ない成果だったな」
手の中にあった紙を握りつぶし、後ろに放り投げると、景は横たわっているルークに背を向け、その場から立ち去っていく。
こうして、ルークvs景の死闘は、景の勝利で幕を下ろした。
「がっ!!?」
……はずだった。
数歩程歩いたところで唐突に、景は背中から焼けつくような痛みと衝撃に襲われた。
恐る恐る、視線を下に向けると胸から血濡れた刃が生えており、ポタポタと廊下に赤い雫が滴り落ちている。
(バカな。いくら何でも、こんなに早く……)
有り得ない、と景は困惑した。
景が使用した弾は能力で作られた特殊弾で、その効果は対象に“痛み”のみを与えるというもの。
故に、急所に撃ち込んでも肉体にダメージはないが、痛みは本物なので、三発も食らえば最低でも丸一日は気を失ったままだし、奇跡的に意識を取り戻したとしても、体中を走る激痛でまともに動けるはずがない。
だが、いくらそうやって否定しようとも、今まさに自身を貫いているこの刃は、紛れもなくルークの矛。
「死ね。クソもやし」
その声を聞いた瞬間、体を貫いていた刃が一気に引き抜かれ、盛大に血が飛び散った。
力の入らなくなった足は体を支えきれずに崩れ落ち、景の眼前に白い廊下がひどくゆっくりと近づいていく。
(……ああ、そうか…………これが……走馬燈か)
時間が何百倍にも引き延ばされた緩慢な世界の中で、景はしくったな、と心の中で舌打ちしながら、意識を手放した。




