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ロストナンバー  作者: 宇野 宙人
第三章 終業式編
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第五十四話 脱出計画2

お待たせしました。約四ヶ月ぶりの投稿です。

プライベートで色々とごたついており、こんなに遅くなってしまいました。

読者の皆様、どうか長い目で見守ってください。



「ま、待ってよ、澪ちゃん。作戦って、もしかして戦う気?」

「無論、そのつもりだが」


 水樹が訊ねると、九条は当然とばかりに頷く。

 それを聞き、結界の維持に尽力していた賀茂が口を挟む。


「策はあるのか? 九条」

「無くはない」

「ふ~ん…………なら、いいか」

「ちょ、ちょっと」


 あっさりと同意する賀茂に、水樹は焦り出す。

 その時、鏡原の幽寂閑雅(サイレントゾーン)によって声を封じらていた鷹岩が彼らの間に割り込んできた。


「…………!」


 身振り手振りと表情から大声で怒鳴っていることは容易に予想できたが、いかんせん声が聞こえないので、どうにも滑稽さが際立つ。


「さてと、それで作戦のことだが……」

「いやいやいや、澪ちゃん」


 鷹岩の存在を完全に無視して話を続けようとする九条に、水樹がツッコむ。


「流石に、それは無いんじゃない?」

「ふん。ただ喚き散らすだけの馬鹿に、構ってる暇はない」

「…………!!」


 九条の物言いに激昂した鷹岩は殴り掛かって来たが、彼女はあっさりとその拳を避けると、腕を掴み、見事な背負い投げを決める。


「~~~~!!」


 地面をのたうち回る鷹岩を見下ろし、水樹はやれやれと肩をすくめる。


「……何か、余裕あるよな。先輩たち」

「ああ、そうだね」


 そんな先輩たちを眺めながら、後輩組の祐と鏡原は呑気に呟く。


(いやいや、それはアンタたちも同じでしょ……まあ、私もだけど)


 琥珀の背から二人の話し声を聞いていた鍵本は、おもむろに視線を二人と同じように先輩たちの方へ移す。


(これも、先輩たちのおかげかな)


 あの四人の先輩たちの気負いのない姿があったからこそ、この危機的な状況の中でも取り乱したりせず、比較的落ち着いていられたと、鍵本は考えていた。

 もっとも、先輩たちはそんなこと微塵も考えてはいないだろうが。


(完全に素だもんね。あれは)


 思わず苦笑してしまいそうになった瞬間、鏡原が見かねて能力を解いたのか、鷹岩の怒声が響き渡った。


「何でっ! この俺がそんなことしなきゃならねえんだっ!」

「まだ言うか。全く、お前という奴は……」


 途轍もなく不満そうな鷹岩に、九条が頭痛をこらえるように額に手を当てる。


(賀茂の結界に守られているとはいえ、状況は圧倒的にこっちが不利だというのを分かっているのか?)


 呆れ果てる九条はため息を一つつくと、鷹岩に背を向ける。


「……分かった。ならば、好きにするがいい」


 九条は強い口調で話を切り上げると、水樹が何か言いたげな表情を浮かべていた。


「……悪いが、今は奴に構ってる時間は無い。失った分の戦力は、私と賀茂でカバーする」


 彼女の気持ちに答えるよう、九条は言葉を紡ぐと、すぐ傍で意味深な嗤い声が聞こえてきた。


「くくく、我を忘れてもらっては困るな」


 右目を手の平で覆い、独特のポーズをとるナイトを、九条と水樹は冷めた目で見つめる。


「ま、こいつの戯言はともかく、俺たちも協力しますよ。先輩」

「おい、戯言とはなんだ、戯言とは」


 渾身の決め台詞と決めポーズを無碍に扱われたナイトは不服そうにしていたが、祐はそう言って拳で胸を叩く。


「ああ、感謝す……」

「せ、先輩!」


 九条が礼を述べようとした時、鍵本の興奮した声が割り込んできた。


「どうした? 鍵本」

「理央っちが、理央っちが、目を……」


 鍵本の言葉を遮り、白虎の背中から黒髪の少女、黒谷理央(くろやりお)が目を覚まし、ゆっくりと起き上がった。


「理央っち……」

「虹、ありがとう。もう大丈夫だから」


 若干フラつきながらも、白虎の背中から降りて自分の足で立ち上がる理央。


「ご迷惑をおかけしました。それで、他の人たちは……」

「すまないが、その話は後にしてもらえるか。今は、ここから脱出するのが最優先だ」


 九条がそう言うと、親指を立てて結界の外を指し示す。

 そこには、羽を生やして空中に留まる夜鳥と、依然として校門前に陣取り、こちらを見下ろしているがしゃどくろの姿があり、理央はヒッ、と声を漏らした。


「それで、九条。作戦はいつ始める?」

「彼女に作戦を伝え次第、すぐにだ。合図は私がする」

「分かった」


 賀茂が頷くと同時に、すぐ傍から弱々しい女性の声が聞こえてくる。


「……なら、その作戦……私にも聞かせて、もらえますか」

「ッ、うずめちゃん!」


 気を失っていたもう一人の女子、枝切うずめも意識を取り戻し、水樹が感極まった声を上げる。

 かくして、復活した二人分の戦力を手に入れた一行は、やや作戦を修正しつつ、脱出の準備を整え始めるのだった。




◇◇◇◇◇◇




 一方、結界の外で彼らの出方を窺っていた夜鳥は、その時間を利用して自身の右腕を驚異的な速度で再生し始めていた。


(あと一分もあれば、完全に元通りね)


 夜鳥が右腕の再生状況を確認すると、改めて結界の方に目を向ける。

 賀茂が作り出した結界は、外からでは曇りガラスのように中が見えず、音も聞こえないため、夜鳥には結界内の様子は一切分からない。

 だが、結界が生じる直前に睨んできたあの背の高い少女から感じた強い意志から察するに、恐らく彼らはここを突破しようとしてくると、夜鳥は考えていた。


(そんなこと、絶対に無理なのに)


 夜鳥が物思いに耽っていると、後方でがしゃどくろの咆哮が轟く。


(ん、これは……)


 警戒を促す奴の声を聞き、夜鳥は違和感に気付く。自身の黒い靄が周りに漂っていたせいで分かりにくかったが、辺りに極薄く霧が立ち込めていた。


「ようやく、動き出したわね」


 警戒心を強める夜鳥を前に、霧はどんどん濃くなっていく。


(視界を妨げる気かしら? なら……)


 夜鳥は背中の両翼を思いっきり羽ばたかせ、強風を生み出す。

 だが、霧は全く晴れる気配がなく、更に濃さを増していく。


「……厄介ね」


 一m先すらも見えなくなる程の濃霧に、夜鳥はたまらず地面に降り立った。


「でも、これで何とかなると思っているなら、甘いわ」


 そして、両腕を二匹の黒蛇に変えると、地面の中に潜り込ませる。

 目に頼れないならば、使うのは“耳”。

 彼らが結界の外に出ればその振動を黒蛇が感知し、即座に地面から飛び出して襲い掛かる。


「さて、一体貴方たちはどうす、っ!?」


 黒蛇を地面の下にセットした瞬間、音もなく夜鳥の目の前に札をつけた金属製の槍が飛んできた。


(破魔の槍っ!!)


 咄嗟にかわしたが、行きつく暇もなく、今度は右から槍が飛んでくる。

 それもかわすが、次は左、その次は後ろと、四方八方から夜鳥目がけて槍が何本も向かってくる。


(……マズイわね)


 この濃霧の中、こんな正確に居場所を把握されていては、じっとしている自分はいい的だと、夜鳥は黒蛇に変えていた両腕を元に戻し、バサッと翼を広げて空中に退避した。


(取りあえず、ここから離れないと)


 顔は無表情のままだが、若干余裕が無くなってきた夜鳥は黒い翼を羽ばたかせ、ぐんぐん上昇していく。


(ここまで来れば……)


 かなり高度のある場所まで移動した夜鳥だったが、そのすぐ横を槍が一瞬で通り過ぎたのを見て、すぐさまそこから離れる。

 自分の位置だけが一方的に知られ、攻撃されるのに、相手の位置は分からない。

 追い詰める立場のはずだった自分が、いつの間にか追い詰められている現実に、夜鳥は彼らの認識を改める。


(意外と、やるのね)


 とは言え、そんな悠長なことを考えている場合じゃないと、夜鳥は狙いをつけられないよう空中を真っ直ぐ飛び続けながら、どうやって彼らの居場所を見つけるべきか思案する。


(まあ、この程度の広さなら、虱潰しでもそんなに時間は……ん?)


 そう思っていた夜鳥だったが、ふと何か引っかかるものを感じ、速度を少し上げる。


(…………やっぱり、おかしい)


 十秒くらい経った頃、夜鳥の違和感は確信に変わった。

 今の夜鳥のスピードで十秒も飛び続ければ、例え対角線上のルートだとしても校庭の端から端まで移動出来るはず。

 それなのに、未だ彼女の視界には真っ白な霧以外何も映っていない。


(一体、何が……)


 その時、夜鳥の周りを覆っていた霧がいきなり薄まり、正面から一人の少女が槍を手に向かってきた。


(あの()は……)


 夜鳥は向かってくる敵がさっき自分を睨んできたあの少女だということ認識すると、右腕を黒蛇に変化させて伸ばし、彼女の胴体に噛みつかせる。

 しかし、黒蛇に噛みつかれた瞬間、彼女の姿は掻き消えた。

 空を切る蛇の顎。そして、それと同時に背後から一本の槍が彼女の体を貫く。


「――――――っ!」


 胸の部分に大穴を開けられた夜鳥は、一瞬大きく目を見開き、そしてゆっくりと閉じる。

 断末魔の叫び一つあげることもなく、彼女の体は錐揉みしながら落下し、全身を黒い靄と化すと、大気中に溶けるようにして消えていった。




◇◇◇◇◇◇




「……やりました、先輩!」


 賀茂の結界内で、霧が立ちこもる外に目を向けていた枝切は、隣にいた九条に結果を報告する。


「そうか……よし、黒谷後輩。もう能力を解いていいぞ」

「はい」


 黒谷が了承すると、辺り一面に漂っていた霧が瞬く間に晴れていき、いつもの校庭と校門前に鎮座しているがしゃどくろの姿が見えるようになった。


「では、頼むぞ。鍵本後輩」

「ラジャーで~す」


 ピッと軽く敬礼する鍵本。すると、何もない空間から巨大な樹木が生まれ、がしゃどくろを縛り上げる。


―――――グウウゥ!


 がしゃどくろは引きちぎろうと力を籠めるが、今度は一本の札をつけた金属槍が途轍もないスピードで飛んでいき、頭蓋骨に突き刺さった。


―――――――グワァァアアアッ!!


 絶叫し、苦痛に悶えるがしゃどくろ。だが、それでも未だ倒すには至らない。

 夜鳥を一撃で葬った破魔の槍を、二発もその体に受けてなお、がしゃどくろは耐え抜いていた。


「頑丈な奴だな」

「くくっ、だが、終わりだ」


 祐とナイトが話している間に、またもや槍が現れ、がしゃどくろ目がけて飛んでいく。


――――――ギシャアアアアアアッ!!


 槍が突き刺さり、がしゃどくろはまたもや絶叫する。

 しかし、間を置かずに、次々と槍が同じ場所から、同じスピードで、同じ軌道を描いて、がしゃどくろに向かってくる。

 連続で飛んでくる槍に、がしゃどくろはとうとう耐え切れなくなり、遂にその身を破魔の槍で貫かれた。


―――――ギッ、ガァアア……。


 頭蓋を砕かれたがしゃどくろは力なく項垂れると、大量の黒煙を辺りにまき散らす。


「くくく、これぞ秘技“無限に繰り返す悪夢(リンカーネイションナイトメア)”!!」

「…………」


 ドヤ顔で、今勝手に名付けた技名を高らかに叫ぶナイトに、隣で祐が“ツッコんだら負け”とでも言いたげな顔をしていた。


「仕上げは俺だな。“五行相生・木生火”」


 賀茂が掌を合わせ、呪言を唱えると、がしゃどくろに絡みついていた大樹から炎が生まれ、天まで焦がさんばかりに巨大な火柱と化す。


―――――ガアアアアアアッ!!


 巨大な炎によって、がしゃどくろは全身が黒く炭化し、ボロボロと崩れ落ちていく。

 結果、数秒と経たないうちに校門の番人は焼き尽くされ、跡には黒煙だけがゆらゆらと立ち上っていた。


「……倒せたか」

「ああ、作戦成功だ。賀茂」


 九条の得意げな顔を見て、賀茂はフゥーと長い息を吐き出す。


「二人共、お疲れ様」


 駆け寄ってくる水樹に、九条は笑みを見せつつ、首を振る。


「いや、その言葉は後輩たちにかけてやってくれ」


 そう言って、視線で黒谷、枝切、鍵本を指し示す。


「この作戦の功労者は、間違いなく彼女たちだからな」

「そだね」


 水樹は頷きつつ、九条の立てた作戦と後輩三人の能力を思い返す。

 

 黒谷の能力は、方向感覚を狂わせる霧を生み出す“五里霧中(ミストメイズ)”。

 それによって、校庭全体を覆いつくし、相手の視界を潰すと同時に、迷わせることで夜鳥を霧の外へ出ることを防いだ。

 当然、こちら側も視界が利かなくなるのだが、そこは枝切が“鵜目鷹目(バードビジョン)”を使い、敵である夜鳥の位置を常に捕捉する。

 そして、今回最も活躍した鍵本の能力は、過去の現象を同じ空間上に再現する

再三再四(リプロダクション)”。

 自分が体験したものという条件が付くが、賀茂の“樹縛鎮封”や“破魔の槍”を再現し、夜鳥とがしゃどくろを倒す決め手となった。


「でも、後輩に頼りっきりなんて……情けない先輩だよね。私たち」

「いや、私は幻影を使って、夜鳥を軌道上に誘導したり、槍を確実に当てるための隙を作ったりしてたから、何もしてない水樹と一緒にされる筋合いは無いぞ」

「…………」


 相も変わらず正直すぎる親友の物言いに、水樹は閉口する。


「ま、何もしてない先輩はもう一人いるがな」

「ああ゛っ! んだと、コラァ!」


 九条の皮肉に厚かましくも怒り出したのは、協力を拒んでおきながら、未だ結界の中から外に出ていない鷹岩だった。


「テメェ、調子乗ってんじゃねえぞっ!」

「ふん、何もしてないくせに偉そうな口を利くな!」

 

 詰め寄ってくる鷹岩に、九条は負けじと言い返し、またもや険悪な空気が二人の間に流れる。


「九条、そんなのに構ってないで、早く外に出るぞ」

「おっと、そうだったな」


 結界を解除した賀茂に言われ、九条は鷹岩から離れると、皆の前に立つ。


「では、行くぞ」

「チッ」


 リーダー面で皆を先導する九条に、鷹岩は不服そうに舌打ちしたが、脱出する機会を逃す気はないようで、他と同じく校門に向かって駆け出そうとする。

 

「くくく、待て」


 だが、その時。ナイトが不気味な嗤い声を上げ、全員の視線を引き戻した。


「何だ? 後輩」

「悪いが、汝たちとはここでお別れだ。我は盟友(とも)の所へ戻る」


 堂々と宣言してから背を向けるナイトに、他の九人は一瞬思考が硬直する。


「……って、待て待て待て! お前は、いきなり何言ってんだよ」


 そんな中、いち早く我に返ったのは祐で、校舎に向かうナイトの片腕を掴んだ。


「何か?」

「『何か?』じゃねえよ! 何で今更……ってか、お前、それがどういう意味か、分かってんのか(・・・・・・・)?」

「無論だ」


 ナイトは微塵の迷いも見せずに言い切るが、祐は納得できない顔で叫ぶ。


「いいや、分かってねえ! お前、そのキャラ設定維持するために死ぬ気か!」

「何を言うか、韋駄天よ。闇を統べる黒き覇者、闇夜の黒騎士(ナイト・ザ・ナイト)である我は、不死身だ!」


 ナイトは祐の手を振りほどくと、フハハハと高笑いしながら走り出す。

 しばらく、彼の背中を目で追っていた祐は、頭をガシガシ掻きながら、九条の方へ顔を向けた。


「すいません、先輩。あいつ一人じゃ不安なんで、俺も行ってきます」


 そう言うと、祐は足元からバチバチと火花を散らして、その場から姿を消す。


「……いいの? 澪ちゃん」

「仕方ないだろう。彼らの気持ちを考えたら、無理に引き留めることも出来まい」


 おずおずと問いかける水樹に、九条はどこか煮え切らない様子ではあったが、当初の予定通り、このまま学校から脱出することに決める。

 かくして残された八人(と一匹)は、何とも言えない微妙な空気の中、校門前まで辿り着いた。


「外に出ても気を抜くな。安全な場所に辿り着くまで油断しないように」

「分かってるって。“家に帰るまでが遠足です”みたいな感じでしょ」

「……呑気ですね。先輩方」


 注意喚起する九条を、水樹が茶化し、鍵本がツッコミを入れる。病み上がりの黒谷と枝切は琥珀の背に乗せられ、賀茂は閉じられた校門の上から鏡原を引っ張り上げ、鷹岩は一人校門をよじ登っていた。


「しっかしなぁ。普通、こういう場合はレディーファーストじゃねえのか?」

「スカートを履いている私たちを先行させる気か?」

「この状況で、そんなこと考えるわけ……っ!!」


 九条と軽口を叩き合っている最中、賀茂は明確な殺気と頭上からくる空気を切り裂くような音が耳に届き、咄嗟に校門の上から外に飛び降りる。


「ぐあっ!!」


 直後、校門とその周辺に突き刺さるいくつもの光輝く剣状の物体と、避けきれずにその内の一つを右足に食らった鏡原の悲鳴が聞こえてきた。


「何だ。不意を突いたってのに、倒せたのは一人だけか」


 どこからともなく現れたのは、下卑た笑みを浮かべた男、峰村。


「追っ手かっ!」

「早く行け! 賀茂。ここは私に任せろ」


 自身の周りに数十を超える光剣を携えて、やって来た敵を前にし、九条は外に出た仲間に逃げろと言い放つ。


(迂闊だった。考えてみれば、あっちには転移系の能力者がいるというのに)


 奇襲を警戒しなかった自分の見通しの甘さを悔やみつつも、九条は水樹と後輩たちを後ろに敵と対峙する。


「愚問だと思うが、あえて問おう。貴様は敵か?」

「はっ、当然。イリーガル・ムーブのナイト。峰村様とは俺のことよ」


 自慢げに語る峰村は、見下したような目つきで相手の反応を窺うが、それほど動揺していない彼らの様子に、首をかしげる


「ん? んんん? もしかして、知らないのか。かつては“光影の騎士(クリュサオル)”と呼ばれ、恐れられていた、この俺をよォ!」

「何っ!?」


 峰村の話を聞き、九条は驚きで目を見開き、水樹も息を呑む。


「澪ちゃん、“光影の騎士(クリュサオル)”って……」

「ああ、そうだ。元光輪高校序列3位、“刀光剣影(ダークレイソード)”の峰村正士(みねむらまさし)

「何だ。やっぱ、知ってんじゃん」


 二人の反応に、峰村は満足したのか、再び笑みを取り戻すと、


「じゃあ、とっとと死んどけ」


 周りにあった光剣全てが、九条を含めた五人の女子の元へ飛んでいった。


「“三連土符・土波濤(つちはとう)”」

「賀茂!?」


 背後から賀茂の呪言が聞こえた瞬間、足下の地面が大きく盛り上がり、五人と一匹はその勢いのまま校門の外に投げ出される。

 柔道の有段者である九条と水樹は受け身の姿勢を取り、鍵本は賀茂に受け止められ、黒谷と枝切も琥珀の背に乗っていたおかげで、全員落下によるダメージは無い。

 放たれた光剣も、全て盛り上がった地面に遮られていた。


「賀茂、何でお前逃げ……」

「そんなことはいいだろ。とにかく逃げるぞ。ほら、鷹岩も急げ」

「っ、命令すんじゃねえ!」


 賀茂は鍵本を降ろし、足を怪我した鏡原を琥珀に乗せると、皆と一緒に走り出す。

 

 度重なる戦闘で体力と精神を削られ、既に疲弊しきっている上に、敵はあのルークと同じ幹部級。

 追いつかれれば、万が一にもこちらに勝ちの目は無い。

 故に一行はただ逃げることだけを考え、とにかく足に力を込めて走る。

 余計なことは考えず、その先に安全な場所があると、迫る脅威から逃れられると信じて。


 だが……


 ガツン!!


 ……その足は、僅か十m程で止まることになった。


「痛っ、こ、これは!?」


 走っている最中に、何かに頭をぶつけた賀茂。よく見ると、目の前にはアクリル板のように透明な壁が行く手を塞いでいた。


「何だ、これは!」

「嘘……まさか、そんな……」

「先輩、これじゃ先に進めませんよ」


 皆が透明な壁の存在に動揺し、焦り出す。琥珀が壊そうと体当たりをかますも、壁はびくともしない。


「……最初から、私たちに逃げ場など無かったのか」

「そん通りだ」


 膝から崩れ落ちる九条に、悠然とした足取りで峰村がやって来た。


「無駄な努力、ご苦労だったな。お前ら」


 ニタニタ嗤いながら近づく峰村に、九条は力ない声で問いかける。


「なら……一体どうして、あんなに厳重に校門を?」

「キングの意向さ。その方が、“ゲーム”が盛り上がるんだとよ」


“ゲーム”。


 その答えを聞き、八人のの心は抗えない無力感に襲われる。

 自分たちは必死で戦っていたというのに、あくまで敵にとっては“遊び”の範疇に過ぎなかったのだと。


「ふっっざァけるなーーー!!」


 折れそうになっていた心を誤魔化すように鷹岩は吠えると、ポケットからいくつもの鉄球を取り出し、投げつける。

 凄まじいスピードで射出されたそれはしかし、峰村の影から現れた黒い剣に阻まれる。


「この程度か」


 嘲るような微笑を浮かべる峰村は、影の剣を飛ばし、鷹岩の肩を斬り裂いた。


「ぎぃやあああああっ!!」


 ドバッと噴き出る血に、後輩たちや水樹は腰を抜かし、その瞳は恐怖に染まっていく。


「ハハッ、おいおい、もっとあがいて見せろ」

「お前ッ!」

「貴様!」


 賀茂が式符を取り出し、九条が能力で周りの景色を歪ませる。

 だが、峰村は不敵に嗤うと右手を上げ、周りに数十もの光剣と影剣を創り出した。


「喜べ、必殺技で葬られるなら、負けても少しは箔が付くだろ」


 次の瞬間、白と黒の剣が一気に降り注ぎ、悲鳴と絶叫が入り混じる。


「“光と影の殺戮剣舞(モノクローム・ブレイドダンス)”ってな」


 抵抗も空しく血だまりに沈む八人と煙のように消えゆく一匹の白虎の前で、峰村は一人得意げに宣うのだった。





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