第五話 チーム
時間は少し遡り、景が教室に戻ってきた頃。
自分の席を目指す彼の姿に、一部のクラスメートはチラチラと好奇の目を向けている。
(確実に何かやったと思われてるな、オレ)
クラスメートの視線を受け流し、自分の席に座って弁当箱を開けると、お馴染みの希初が情報を聞き出そうとやってきた。
「景君、景君。一体何があったの?」
「覗けば」
「はいは~い」
面倒臭かったので、記憶を覗かせることにした景は、希初そっちのけで遅めの昼食をとる。
「おお~、まさか景君があの風紀委員に誘われるなんてね」
「断ったけどな」
「景君らしいね。普通は入りたくても簡単には入れない、エリートの集まりなんだよ」
頭の中を覗き見た希初は風紀委員とのやり取りを知り、驚いているようで納得している声を出す。
「興味ないからな。面倒いし」
「ま、確かに今の風紀委員は色々と面倒くさそうだけどね。それで、景君は神海先輩に何をお願いする気だったの?」
希初の何気ない疑問に、景は「あっ」という表情になって固まった。
「……頼み事、伝えるの忘れてた」
この言葉を聞いたと同時に、希初はズルッと椅子から転げ落ちそうになった。
「オイオイ、自分から条件付け加えておいて忘れる、普通?」
「悪かったな。しっかし、どうするかね~」
呆れた顔をしてこっちを向く希初に、どこ吹く風と開き直る景は今になってようやく思い出した賞品について考え始める。
(能力をコピらせてもらおうと思ってたんだが、あれは今やっても意味ないしな~)
さて、どうしたもんかと思案する景は、ふと隣にいる少女に目をやった。
「なあ、希初」
「ん、何?」
「……一応聞くけど、お前、神海先輩って知ってるか?」
「もっちろん。3年1組所属で風紀委員長。能力は相手に認識させたルールを強制する”金科玉条”。順位12位でAランクーーー」
「ああ、もういい、もういい。」
情報過多な人物紹介に辟易した景は、早々に希初の話を切って、本題に入る。
「で、その神海先輩のメアドなんだけど、知ってる?」
「とーうぜん!!」
そんなこんなで景は希初から神海先輩のメアドを教えてもらい、携帯からメールを送信することとなった。
「そう言えば、景君はどうするの?」
「ん、何がだ?」
メールを送信し、弁当の中身をほとんど平らげた景は聞き返す。
「何って五、六時限目の実習のチーム分けだよ。昨日先生が五人でグループを作っておくよう言われたでしょ」
「あ~、あったな。そういうの」
希初の言う実習とは能力の実技訓練のことで、来るべき能力試験に備えての練習でもあり、能力決闘に参加しづらい非戦闘向きの能力者も力を試せる時間である。
「もう大体メンバーが決まちゃったよ」
「ま、オレは足りないところにでも入れてもらえればいいさ」
「景君は組みたい人とかいないの?」
「誰と組んだって、変わりゃしないからな」
「ふ~ん、そっか」
希初は少し黙ると、何か決意したような表情になって話しかけてきた。
「あのさ、それなら私たちのグループに入らない? ちょうどあと一人足りないんだ」
「ああ、いいぞ」
景の返事はひどく淡白だったが、自分の誘いを受け入れてくれた希初は横で小さく「よっしゃ」とガッツポーズして、生徒手帳に何やら急いで文字を打ち込み始めた。
(……やっぱ変な奴)
自分を引き入れて、何がそんなに嬉しいのやら、と景は横目で彼女を見ながら、少なくなってきた昼休みを気にしつつ、空になった弁当を片付けた。
昼休みが終わり、体操服に着替えた1年2組の面々は校庭に集合していた。グループで固まっている者もいれば、景のように独りでポツーンと立っている寂しい奴もいる。
「景君、こっちこっち」
そんな景を希初は手招きして、呼び寄せる。
彼女の周りには三人の生徒、より正確に言うと一人の男子生徒と二人の女子生徒がいた。クラスメートなので、当然顔は知っているが名前までは知らない者ばかりだ。
と言っても、それは景の方だけだったらしく、向こうの三人は景のことを知っているようだった。
「希初、彼が五人目のメンバー?」
「そ、私的には結構役に立つと思うよ」
希初の言葉に彼女はふぅーんと、半信半疑といった感じで景をジロジロ見てくる。肩まであるセミロングの髪を持つ彼女の名前は「三原」だということを、景は体操服に縫い付けられている名札から判断した。普段から彼女が希初と親しく話しているのを景は度々目撃している。
「まあ、希初ちゃんが信頼してるようだから、別に反対はしないよ」
何か引っかかる言い方だが、三原は景のメンバー入りを認めたらしい。
「ありがとう、トモちゃん。二人もいい?」
希初が後ろにいる二人、一六〇前後の身長を持つひょろりとした男子とビクビクと小さな体を震わせている少女にも聞いてみる。
「ああ、まあ問題無いだろ」
「あぅぅ、わ、私もそう思います」
男の方は「中林」、少女の方は「久坂」と景は名前を確認する。
二人にも了承され、景が晴れて五人目のメンバーとなった時、生徒たちの前に二人の人間が現れた。
一人は今日の実習担当の教師、相模先生で、もう一人は上級生らしい端正な顔立ちをした男子生徒だった。
「あ~、静かに。今日の実習は学校の裏にある山で行う。まずはこれを見て欲しい」
そう言うと、先生は野球ボールサイズの球体にプロペラがついたような機械を見せた。
「これはこの学校で使われている機材の一種で、見てわかるようにプロペラで飛ぶものだ」
試しに先生が手に持った機械の横についているスイッチを入れてみると、ブゥーンと音がして、プロペラが高速回転し、辺りを飛び回る。
「こいつと同じものが山に五十個放ってある。これを探してかき集めるのが、今回の実習の内容だ」
先生が内容を話すと、生徒たちはざわめき立つ。あの山はかなり広く、捕まえるどころか見つけることすら困難の極みだと生徒全員が思っていた。
先生もそのあたりの空気は察したようで、「ただし」と言葉を続ける。
「闇雲に探すにはあの山は広大すぎる。だから、さっき君たちの生徒手帳にこの機械を探知できるアプリを送っておいた。それを手がかりにして機械を捕まえ、スイッチを切れば、この天川君が回収に向かう」
そう言って、先生は天川という男子生徒の肩を叩く。景は興味がないので知らないことだが、彼は役員五名の内四名が一桁順位という化物揃いの組織である生徒会の副会長であった。
故に、景以外の生徒たちは先生の隣にいる上級生に興味と畏敬の混ざった視線を注ぎ、希初に至ってはランランと目を輝かせている。
「制限時間は今から三時半まで。ちなみに、その時間以内に捕まえられなかった機械は自動的に戻ってくるようプログラムされている。捕まえる方法は問わないが、高価なものだから壊すような真似はするなよ」
これで説明は全て終わったらしく、生徒の顔を見渡した後で先生は皆に告げる。
「それでは、これより実習を開始する」
その言葉と同時に、生徒たちは一斉に山へと向かって行った。