第四十九話 イリーガル・ムーブ
ズガガガン、バン、バキューン、ガガガガッ。
光輪高校の放送室で重苦しい発砲音が鳴り響く。
「……よし、ステージクリア」
そこでは携帯型ゲーム機のボタンをせわしなく動かしていた少年と言っても差し支えないほど若い男が、無邪気な笑みを浮かべていた。
「柊真。そろそろ時間よ」
「ん、分かった。夜鳥」
彼の真向かいに立っていた女性、夜鳥に促され、柊真はゲーム機の電源を切ると立ち上がり、放送室を後にする。
「あっ」
「どうしたの?」
「牛鬼がやられたみたい」
「そう」
「これで残りはあと五十五体か。意外とハイペースだね」
呑気なことを口走りながら、柊真は廊下を進んでいく。
「なら、そろそろこっちも仕掛けるとしますか。夜鳥」
「ええ」
とある教室の前で止まり、扉を開けて中に入る二人。
教室では男三人と女が一人、計四人が椅子に座って待っていた。
「何だ、大将。もう俺たちの出番か」
「ああ。予想以上に彼らは強いみたいだ。流石は、君の母校だけはある」
柊真を大将と呼んだのは、昨夜、梅宮と戦った光と影の剣を操る男、峰村。
「それよりも、奴はまだ生きているのか? 社」
次に訊ねたのは、小柄でやせ細った体躯の少年。
「君の言ってた彼なら生きていると思うよ。と言うより、生徒は極力殺さないようにしているからね」
「おいおい。仮にも俺らはテロリストだろ。そんな甘っちょろいこと言ってていいのか?」
話に割り込んできたのは、片腕にびっしりとタトゥーの入った男。
その言葉に、柊真は肩をすくめる。
「人質を無闇に殺すわけにはいかないだろう」
「あんなにいるんだ。一人や二人消えたところで、どうってことねーよ」
「だとしても、リスクはあまり冒すべきじゃない。下手に感情を煽って、彼らが自暴自棄にでもなったら、こっちの計画が狂う恐れがあるからね」
柊真はそう言うと、コホンと一つ咳払いしてから本題に入る。
「じゃあ、これより第二ステージを開始する。ナイト、ビショップ、ルークは所定の位置に移動。クイーンはポーンⅧと一緒に、教師たちの所へ」
ナイトと呼ばれた峰村は「りょ~かい」と軽い返事をし、ビショップと呼ばれた小柄な少年は「ようやく、ようやくこの時が……」とぶつぶつ呟き、ルークと呼ばれた刺青の男はポキポキと指の関節を鳴らす。
やる気十分な三人の男に対し、クイーンと呼ばれた赤い髪の女は特に何か反応することもなく、速やかに移動を開始する。
「柊真。やっぱり、彼女には監視を……」
「大丈夫だよ、夜鳥。少なくとも、クイーンは僕たちを裏切るような真似はしない」
彼女に疑念を抱く夜鳥の不安を、柊真は笑い飛ばす。それと同時に、峰村の嫌味ったらしい声が響いた。
「けっ、相変わらず、見てくれはいいのに愛想のねえ女だな」
なあ、と峰村は隣に座るビショップへ同意を求めたが、興味がないのか完全に黙殺された。
「……そういや、こいつも愛想がなかったな」
チッ、と舌打ちすると、峰村は立ち上がり、乱暴に扉を開けて教室を出る。
「じゃあ、暴れてくるぜ」
「復讐、復讐……」
ルーク、そしてビショップも同様に教室から出ていき、柊真と夜鳥は再び二人きりとなる。
「……夜鳥。確か、僕の出番はまだ先だったよね」
「ええ、そうだけど」
この後の予定を軽く確認した柊真は、ポケットに手を突っ込むと携帯ゲーム機を取り出し、電源を入れる。
「…………」
ゲームの続きをやり始める彼の姿からは、やはり組織の長としての風格は微塵も感じられなかった。
◇◇◇◇◇◇
「とりゃっ」
「ぎゃふ!」
目の前に立ちはだかる全身毛むくじゃらの塊を蹴り飛ばし、景は勢いよく前進する。
しかし、背後から巨大な蝦蟇が勢いよく舌を伸ばし、景の足を絡めとった。
「だが、残念」
「ゲッ、ゲベベベベッ!?」
奇妙な鳴き声を上げながら倒れる蝦蟇は、黒い煙となって消えていく。
解放された景の足からは、バチバチと青白い火花が踊っていた。
「悪いが、この足には迂闊に触れない方がいいぞ。つっても、妖怪らには通じないか」
今しがた倒されたのを見たばかりだというのに、怯むことなく襲い掛かってくる妖怪共にうんざりしながら、景は次々と蹴散らしていく。
「急げっ! 足を止めたら、狙われるぞ」
妖怪の攻撃を避けながら叫ぶ九条に、他の面々は言われた通り死ぬ気で足を動かしていた。
保健室を目指していた一行はつい先程、運悪く妖怪の集団と遭遇してしまい、現在強行突破の真っ只中。
人一人抱えた状態では逃げきれないという九条の判断によるものだが、鷹岩の鉄球では大したダメージを与えられないので、仕方なく景が電光石火を使い、彼らの露払いをする羽目になった。
「よし、何とか突破できそうだ……なっ!」
ようやく抜け出せそうな所まで来たと思った矢先、先頭を走る九条の目に飛び込んできたのは更なる妖怪の集団だった。
「ここにきて増援とは…………行けるか、後輩」
「無理です。さっきので、能力切れました」
「何っ!」
二分が過ぎ、攻撃の要だった景の電光石火も効力を失う。引き返そうと振り返れば、今度は景が蹴散らした妖怪共が起き上がり始め、こちらに向かってきている。
前後を挟まれ、じりじりと妖怪に囲まれていく一行は、まさに絶体絶命のピンチに陥っていた。
「…………くっ、ここまでか」
八方塞がりなこの状況に、九条は半ば諦めに似た言葉を忌々しげに呟く。
(ならば、せめて後輩たちだけでも……)
覚悟を決め、九条は理央を背中から降ろす。
「後輩、彼女を頼む」
「えっ、先輩」
近くにいた鍵本に理央を託すと、九条は囮となって時間を稼ぐべく、妖怪の群れの前に立ち塞がろうとした。
その時。
「いやいや、ちょっと諦めるの早すぎない?」
バタン、と廊下の一部が箱のふたのように跳ね上がると、中からテンションの高い声と共に、一人の少女が顔を出す。
「水樹! 何故、お前がここに……」
「まあ、そんなことより、みんな! 早く中へ!」
驚く九条を余所に、人懐っこそうな顔つきの彼女は約一・五メートル四方の穴の中から急かしてくる。
状況はよく呑み込めなかったが、取りあえず皆は彼女に言われるがままに、その穴へ飛び込んでいった。
◇◇◇◇◇◇
「……青龍、白虎、朱雀、玄武、空陳、南寿、北斗、三体、玉女」
保健室の真ん中で、髪を短く刈りそろえた男が厳かに呪言を唱えていた。
壁には読みづらい文字の書かれた札が数枚ほど張り付いており、彼の言葉に呼応するかのように微かな光を発している。
呪言を唱え終え、ふぅーと一息ついた矢先、バタンという音を立てて、保健室の床がふたのように開いた。
「みんな、着いたよ」
その中から、水樹を先頭にぞろぞろと人が出てくる。
「無事だったか。水樹」
「まあね。“脱兎”は逃げ足が早いのが取り柄ですから」
えへん、と水樹は男に向かって起伏に乏しい胸を張った。
「賀茂。お前も、飛ばされていたのか」
「ああ、そいつと一緒にな。それより九条、お前の背負ってるそいつ……」
賀茂という男は、九条が背負っている理央に目を向ける。
「おっと、そうだった。ええっと、包帯とガーゼ、それと消毒液はどこにある?」
理央を白いベッドに下ろして寝かせると、九条は怪我の手当てのために動き始める。
「しかし、まさか、光輪の地下にこんな通路があったなんてな」
「くくく、確かに。これは何か陰謀の匂いがする」
鏡原とナイトが今しがた通って来た地下通路の存在に驚いていると、包帯と消毒液を探していた九条が呆れた声で言った。
「何を言っているんだ、君たちは? あれは元からあったものではなく、水樹の能力で作られたものだぞ」
「「えっ?」」
二人が驚いた顔で水樹を見ると、彼女は得意そうに笑った。
「その通り! なんと私の“狡兎三窟” は自在に抜け道を作りだす能力なのだ!!」
どうだ、と言わんばかりのドヤ顔をする水樹だが、二人の反応は「はぁ」と鈍かった。
「むぅ、どうやら私の偉大さが伝わってないようだね。これでも私、結構な実力者なんだよ。“脱兎”って二つ名くらいは聞いたことあるでしょ」
「あ~、それなら」
「ほらほら」
「確か、毎度問題を起こしながらも、風紀委員に一度も捕まったことがない厄介者って」
「…………」
顔を背け、無言になる水樹に、九条が近づいて肩を叩く。
「流石だな。まさか一年生にまで、その悪名を轟かせているとは」
「くうぅ、相変わらず口が悪い」
ニヤニヤとからかうような笑みを浮かべる九条に、水樹は悔しそうな声を出す。
「それはそうと、水樹。どうして、私たちの居場所が分かった?」
「ああ、それはうずめちゃんのおかげだよ」
「うずめ?」
水樹の口から出た知らない名前に、九条が首をかしげる。
「枝切うずめ。私や加茂くんと一緒に飛ばされた一年生の一人で、“鵜目鷹目”という視線を飛ばして、離れた場所を見ることが出来る能力者だよ」
「風紀委員の“天眼”みたいなものか」
「うん。あの子に比べると範囲は狭いけど、視点を自在に動かせるからこういう建物の中とかを探るのに向いてるんだ」
「そうか。で、その肝心の彼女はどこにいるんだ?」
水樹の説明を聞き、九条は保健室を見回してみたが、どう見てもそれらしい人物は見当たらなかった。
「彼女たちは今、別の場所の救助に向かっている」
「別……ということは、もう一つの飛ばされたグループか? 賀茂」
九条が訊ねると、賀茂はコクリと頷く。
「……そうか」
九条はそう言うと、ほぼ無意識にベッド寝かせられ、鍵本の手当てを受ける理央の方に視線を向ける。
(おそらく、彼女がいたグループだな)
未だ目覚めない理央に、九条は彼女のグループが無事に救出されることを祈った。
「なら、私たちはその間に情報の整理と今後の方針を決めておこう。先生方がいない今、ここは上級生である我ら三人が引っ張っていかないとな」
「ああ」
「うん」
賀茂と水樹が頷く中、端の方から不機嫌な声が響いてきた。
「おい、俺を忘れんじゃねえ!」
「ん? 何だ、いたのか。鷹岩」
「いたに決まってんだろッ! テメェ、あんま舐めくさった態度とりやがると承知し……」
鷹岩は鋭く睨み付けながらこちらに近づいてくるが、バンッと急に跳ね上がった床の一部が彼の顔を強打する。
そのままドサリと仰向けに倒れる鷹岩だが、それを気にかける者はこの場にいなかった。
何故なら、
「先輩! 枝切が、早く手当を!」
頭から血を流して、ぐったりとしている少女を抱えた祐が、真四角の穴から飛び出してきたのだから。




