第四十話 豹変
「うおおおおおおおっ!」
北側。
景とライラの担当する区域で、二人は一人の4組の選手に突撃されていた。
彼の能力は“猪突猛進”。突進する力を上げるだけのシンプルな能力。
凄まじい勢いでやって来る少年だが、景の卓越した動体視力はそれを見切る。
「ほいっ」
「うおっ!?」
景は軽く体を逸らし、すれ違いざまに足を引っ掛ける。
それだけで猛進していた彼は、勢いそのままにゴロゴロと地面を転がり、派手な音と砂埃を立てて建物にぶつかった。
「……能力も使わず、流石」
「大したことねえよ。それに、出来るだけストックは温存しときたいし」
2組の点数が50になったのを確認した景は、そのまま歩き続ける。
「4組が王手をかけたから、逆転を狙うには60の……おそらく祐を倒さなきゃ勝ち目は薄いだろうな」
「……そう」
それっきりライラは口を閉ざし、景もそれ以上何かを言うことはなく、黙々と歩き続ける。
会話の無い二人の耳を賑わすのは、時折吹きつける風の音だけ。
そんな静かすぎる空気の中、T字路に差し掛かったので右に曲がると、数m先にいる一人でいる4組の選手と遭遇した。
跳ねまくった髪に、猫のようなアーモンド型の目。但し、やる気が全く感じられず、ボーっとした顔をしている。
「……気をつけて」
能力の特性から後衛にまわるライラは、そっと忠告する。
「……彼は唐西悠太。前の試合、月島に続いて多くの選手を退場させた実力者」
「へ~」
そんなに大した奴には見えないが、と景は目の前の彼に少々失礼な感想を抱く。
その時、心ここにあらずといった様子の唐西が、のっそりと動き出した。
彼はズボンのポケットから一本のボールペンを取り出すとそれを掴み、目の前の二人に向けて無造作に振るう。
彼との間合いは約数m。届くはずもない距離だが、そのボールペンは景の胸元に迫ってきた。
「うおっ」
バックステップで避ける景。振り切った唐西の手の中には、彼の身長の二倍はありそうな巨大なボールペンが握られていた。
「……能力は“針小棒大”。手に触れた物を巨大化させる」
「そういう大事なことは、先に言ってくれ」
遅すぎる情報に、景はやや恨みがましい目でライラを睨む。
「……で、どうするの?」
「オレが行く。だが、トドメは任せる」
「……分かった」
ライラはルール上の例外として持ち込みを許可されたスケッチブックと鉛筆で何かを描き始め、景はその時間を稼ぐべく前に出た。
唐西の針小棒大の前では間合いが意味をなさない。
よって、景は接近戦に持ち込む。
「来るか」
唐西は一言呟くと、一旦ボールペンを元の大きさに戻し、今度は地面から肩ぐらいまでの手頃な長さまで伸ばし直す。
「ヤァッ!」
「うおっと」
巨大化したボールペン、名付けるとするならペンロッドとでも言うべき武器を構え、唐西は鋭い突きを放つ。
氷室の騎士槍よりも速い突きだったが、景の目で追えないほどではない。
身をかがめて唐西の攻撃を避けた景は、右手に炎を灯し、彼の懐に打ち込もうとする。
しかし、唐西は再び能力を解除し、元のボールペンに戻すともう一度巨大化させ、寸前で景の燃える拳を払った。
(……如意棒かよ)
かの有名な孫悟空の武器を思わせる多彩な動きに、景は苦戦する。
とはいえ、戦えば大抵が苦戦になる景なので、別に慌てたりすることはなく、冷静に相手の能力を分析していた。
(取りあえず、分かったことは…………)
打ち払われた手をさすりながら後退する景。
その胸元目がけて、唐西はまたもや能力を解除し、ボールペンを巨大化させる。
それと同時に突きの動作も行い、巨大化するスピードに突きのスピードが足され、ついにペンロッドが景の体を捉えた。
「ぐっ!」
かろうじて狙いのカプセルから逸らすことは出来たが、肩を強打された景は痛みに呻く。
それでも、ちゃんと頭は冷静に回っていた。
(……あいつが一度能力で大きくした物の大きさは、変えられないってとこか)
いちいち元のボールペンまで戻しているのが、その証拠。
(……つまり、長さを調節する瞬間、その隙が狙い目か)
景の中で戦略は固まった。だが、問題はその隙が極端に短いことにある。
さて、どうするか、と考える間もなく、ペンロッドが伸びてくる。
それをかわし、景は炎を纏った手でペンロッドを掴む。プラスチックの溶ける嫌な臭いが鼻をつくと同時に、唐西は武器から手を放す。
(今だ!)
すかさず、景は左手で電撃の槍を作成し、武器を持たない敵目がけて、射出する。
迫る電撃に、唐西は後ずさりしながら、その辺に落ちていた瓦礫の破片を拾い、能力を発動。
手の平サイズの瓦礫は瞬く間に体積を増やして壁となり、電撃の槍と衝突する。
一瞬、閃光が散るが、ダメージなくやり過ごした唐西は、反撃のため瓦礫の陰から飛び出す。
だが、彼の視線の先には白い髪の少女が一人いるだけだった。
「……どこに、消えた?」
思わず疑問が口をついてしまう唐西。前後左右を見渡しても彼の姿はどこにもない。
「逃げた? いや――――」
唐西の耳に、かすかだがバチバチと火花の散る音が聞こえる。
「上かッ!」
「当たりだ!」
唐西が視線を上空に移すと、そこでは景が両手の平を向かい合わせて大きな電撃の槍を作っていた。
唐西が景に気付くのとほぼ同時に、景は最大クラスの付和雷同を放つ。
瓦礫を拾う暇も与えず、一直線に突き進む電撃槍は、確実に標的を捉えたかに思われた。
されど、4組の二番手はその程度でやられるほど甘くない。
唐西は咄嗟に履いていた運動用シューズを半分だけ脱ぐと、能力を付与させ、電撃槍へ向かって蹴っ飛ばした。
徐々に巨大化していくシューズに電撃槍はぶつかり、激しい閃光が辺りを照らす。
「……ここまでやっても、ダメか」
唐西の盾となり、黒焦げになったシューズがドサッと地面に落ちるのを見て、景は苦々しく呟いた。
(まさか、祐のために温存しておいた能力を三つも使わされる羽目になるとは)
気炎万丈、付和雷同、羽化登仙。
2組の中でも、かなり高順位な三人の能力を駆使しても追いこめない唐西悠太に、景は敵ながら凄ぇと純粋にそう思った。
(何か戦い慣れてるって、感じだな)
能力決闘のおかげか、それとも別の―――――
(いや、今はいいか)
余計なことを考えそうになった頭を切り替え、景は地上に降りる。
何もかもが振り出しに戻った現在の状況。いや、能力を使える時間が限られてる景にとっては、むしろ振りだしよりマイナス方向に寄っている。
(出し惜しみしてる場合じゃない……か)
景は覚悟を決めて炎を拳に纏い―――――――その炎が消える。
「げっ、もう時間切れかよ」
使用時間が二分を超えたため、気炎万丈が使用不可になったことに焦る景。
その隙をつき、唐西が凄まじいスピードで迫ってくる。
人の足では出せない速さの理由は、彼の手に握られたボールペンだった。
景の手によって先の方を溶かされたボールペンを拾い上げた唐西は、地面に向かって巨大化させ、伸びる力を推進力に変えたのだ。
「ヤァァッ!」
ペンロッドによる高速移動で接近した唐西は、景の目の前で両足を地に下ろすと、そのままカプセル目がけて拳を撃つ。
だが、その寸前で、景は四つ目のストック能力を発動させた。
「くっ!」
突如、目も眩む程の強烈な光が唐西を襲った。
とはいえ、それは一瞬のことで、すぐに視界は元に戻ったが、その一瞬の間に唐西は景の姿を見失う。
「……どこだ?」
再び、姿を消した敵に唐西は周囲を見渡そうとするが、それよりも早く、景が彼の背後に肉薄する。
唐西がその存在に気付き、振り向いた時には、既に景の拳は間近に迫っていた。
そして―――――――
パキッ。
カプセルの割られる軽い音が耳に届く。しかし、景の拳は唐西のカプセルに届いていない。
さっきの音は、唐西の手に握られた二本目のペンロッドに押しつぶされている、景のカプセルから発せられたものだった。
「残念。リタイアだ」
唐西が得意そうに言う。
最初のボールペンがダメになった時、わざわざ拾い上げてまでそれを使い続けたのは、ボールペンに代えはないことを印象付けるため。
全ては唐西の作戦である。
「勝ちを確信して、油断したな」
―――――――だが、
「…………いや」
―――――――景の策はそれを上回る。
「……計画通りだ」
瞬間、景の体が掻き消えた。
「はっ!?」
予想外の事態に呆然となる唐西。
その隙をついて、唐西が巨大化させた瓦礫の陰から、景が姿を現す。
「何ッ!?」
驚愕の表情を浮かべる唐西の胸元に、今度こそ景は拳を叩きこむ。
カプセルを割られた唐西は、今だに驚きで見開かれた目を景に向け、その視界の端に映るライラの姿を見て、ようやく理解した。
「そうか。彼女が……」
「そう。さっき、お前が攻撃したのは、不破が描いたオレの絵だ」
紫電一閃で唐西の目を眩ませた時、景は瓦礫に隠れるのと同時に、ライラが画竜点睛でもう一人の自分を彼の背後に描き出す。
それで奇襲が成功すれば良し、失敗しても敵を倒して気の緩んだ相手なら不意をつくのは難しくない。
全ては景の策略だった。
「……月島の言った通りだったか」
何やらボソボソと呟いている唐西に、景は怪訝な顔をするが、戦い終わった相手に興味はないので、とっととその場から離れていく。
「……やったね、早房」
「まあな」
ライラが無表情でハイタッチを求めてきたので、応じる景。
しかし、祐対策として取っておいた四つの能力を使わされたのは相当痛い。
(もし、今この状況で4組の奴らに出くわしたら……)
最悪だな、と景が冗談交じりにそんなことを考えていた、その時。
「見つけたぞ! 2組ィ!」
「タイミング良すぎだろ!」
不吉な想像が、現実となってしまった。
「……逃げる?」
「しかねえよな!」
こちらへ向かってくる4組の男子数名に、二人は捕まってなるものか、と一目散に廃墟の街を駆け抜けるのだった。
◇◇◇◇◇◇
4組の連中に追われ、何とか撒くことに成功した景とライラは、建物の陰で呼吸を整えていた。
「ふぅ。しっかし、逃げては来たけど、これからどうすりゃいいのかな」
壁に手をつき、景は独り言のように愚痴る。
今の自分は、祐はおろか他の選手と戦っても、勝てる気があまりしない。
無論、あの猪突猛進の時のように、能力を使わず倒す策も無くは無い。だが、能力を使わないと使えないでは、心的余裕に大きな差がある。
「不破。もう、オレはあんまし役に立てねえから、あとは任せるぜ」
自分の役目はこれで終わったと、他人に丸投げする景。出来ないことはやらない、それが景のスタンスである。
そんな景にライラは――――――――何も言わず彼から距離をとった。
呆れられたか、と景は思ったが、彼女の顔に浮かんでいた表情を見て、絶句する。
そこにあったのは、悲壮なまでの覚悟の表情。何か重い運命を背負った戦士の顔だった。
「おい、どうした? そんな怖い顔して。敵でも警戒してんのか?」
「……ここに、敵は来ない」
いつも通りの感情の起伏がない声。
「……味方も来ない」
しかし、今の彼女を見てると、それは必死で激情を押し止めているようにしか聞こえないかった。
「……茶番は終わり」
ライラはスケッチブックをめくるとその内の一枚を破り取る。
「……早房景」
その紙を投げ捨て、地に落ちたその時。ライラの手には鈍く光る拳銃が握られていた。
「……貴方は、私と共に来てもらう」
身構える景に銃口を向け、ライラは険しい目つきでそう告げた。
……二章完結まで、あと三、四話くらいですかね。




