第三十九話 西と東
約一か月ぶりの投稿です。
更新速度が中々上がらないのですが、せめて三年目を迎える前には転校生編を終わらせたいと思ってます。
それでは、三十九話です。
南側に向かった三人が祐に瞬殺された頃。
時を同じくして、西側に向かった二人組も戦闘を行っていた。
「うおおおっ! 燃えてきたァ!」
全身に炎を纏った宮代が天をも焦がさんばかりの勢いで、複数の敵を追い詰める。
燃える男に追いかけ回されている4組の面々は、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
「待てぇい!」
声を張り上げ、熱とテンションとスピードを上げる宮代の前に、ちょうど十字路の真ん中で一人の少年が佇んでいた。
迫る宮代に、少年は慌てず騒がず、そして動かず。
一切微動だにしない少年に、宮代の燃える拳が胸元のカプセルに叩きこまれる……かに見えた。
しかし、宮代の拳は彼に当たる寸前で止まっていた。
止められたのではなく、宮代が無意識に拳を止めたのだ。
「な……何でだ?」
本能的に動きを止めた宮代は理由が分からず、困惑する。
別に危険を察知したわけでも、罠の存在を感じたわけでもない。
例え、そうだったとしても構わず突っ込むのが、宮代のスタンスだ。
だが、何故か彼は何もないのにも拘らず、目の前の少年に一歩踏み込むことができなかった。
「あ~、ちょっと熱いから、もう少し離れてくんない」
手で仰ぎながら少年が言うと、宮代の体はその言葉通り後ずさる。
「一体、それは何の能力だ?」
「敵に訊かれて、答えるバカがいるかよ」
もっともな指摘に、宮代は黙る。
こうなれば自分で考えて、解き明かすしかないと思った矢先、思わぬところから助言が届いた。
「――――足下を見てみろよ。宮代」
すぐ間近で声が聞こえると同時に、誰もいなかった所から紫苑が姿を現した。
「糸川。何でお前がこっちに来ている?」
「それは、後だ。ともかく、足下を見てみろって」
紫苑に言われた宮代は諸々の疑問を置いといて、視線を地面に落とす。
すると、自分の足先の少し前に白く光る線が描かれていた。更によく見ると、その線は目の前の少年を中心とした円の形をとっている。
「“前人未踏”。自分以外の人をその線の内側に入らせない能力、だろ。郡司」
「正解」
郡司と呼ばれた少年は肯定する。
「そして、発動中はその場から動くことが出来ない」
「そこまでバレて……ああ、そうか。2組にゃ、あの星笠がいたっけ」
まいったな、と頭をかく郡司。その割には、焦っている様子がない。
「だけど、知ったからって、どうすんだ? お前らの能力じゃ何も出来ないだろ」
「いや、そうでもないぜ」
不敵な笑みを浮かべる郡司に、紫苑は余裕の笑みを浮かべる。
「お前の能力は対人限定。実際に壁を作ってるわけじゃなく、強力な暗示で人を入りこませないようにしてるだけだ」
紫苑はその辺に落ちていた手頃な瓦礫を拾うと、郡司に向ける。
「つまり、人を通さないが物は通す」
「……なるほど。だったら、もっと離れてもらおうかな」
言うや否や、彼を中心として描かれた円は一気に広がり、二人は白線に追いたてられるようにして距離をとらされた。
その距離、直線にして約五〇m程。当てるどころか、届くかどうかも怪しいくらいに、二人と郡司は引き離された。
(ここまで距離があれば、大丈夫だろ)
小さくなった二人の姿を見て、郡司は一旦、気を緩める。
その瞬間。
―――――――パァン!!
「……へっ?」
郡司のカプセルが砕かれた。
「よっしゃ! 命中、命中」
宮代と紫苑よりも後方に位置する建物の天辺で、速水遠子はスリングショットを右手に持ち、左手でガッツポーズを決めていた。
(ホント、許可されてよかった。これが無かったら、私はただの足手まといになるとこだったし)
原則として許可されない武器の持ち込みだが、速水の能力はルール上の例外に当てはまる。
“百発百中”。遮蔽物が無ければ、狙った的に必ず命中させる能力。
紫苑がわざわざ姿を現し、自分の意図をペラペラと喋っていたのは、自分達に注意を引き付けた上で郡司の能力効果範囲を広げ、標的までの弾道を限りなくクリアにするためだった。
標的のカプセルを撃ち砕いた速水は、上機嫌で下に降りると、とっくに鎮火している宮代と合流する。
「おーっす、宮代」
「速水か。ご苦労さん」
能力を解き、宮代は通常のテンションに戻っていた。
「あれ? エロ川は」
「あいつなら、また東に向かってったぞ」
「ふ~ん。そう言えば、何であいつは西側に来たの?」
スリングショットをいじりながら訊ねる速水に、宮代が答える。
「早房の指示だとさ」
「へ~。早房が……ね」
「何か言いたそうだな」
「別に。ただ、意外だと思ってさ」
早房景。
速水の印象では、影の薄いクラスメート程度にしか思っていなかったが、この校内対抗戦では参謀役として地味に活躍している。
(よくよく考えてみれば、選手の大半が彼と縁のある人物だしね)
何かと関わることの多い希初とライラ、悪友の紫苑とナイト、同中の中林。
偶然にしては出来過ぎているレベルで、選手に早房の知り合いが集まっている。
「ホント、人って見た目じゃ分かんないことだらけだな」
「どうした? 急に」
「何でもないよ」
速水はそう言うと歩き始め、その後に宮代も続いた。
◇◇◇◇◇◇
「六〇対三〇か。くそっ、希初がいねえから、誰がやられたのかが全然分からん」
生徒手帳を操作しながら、北条はぶつぶつと独り言を呟いていた。
「くっくっく。なぁに、気にすることは無い。この我、“闇夜の黒騎士”がいる限り、敗北することなど有り得ぬ」
「ハイハイ」
相変わらず中二病全開のナイトに、北条は適当に返事をする。
東側のとある場所。紫苑が抜け、二人だけになったナイトと北条の周りには、カプセルを砕かれた二人の男が悔しそうに顔を歪めて、倒れていた。
「くそっ、こんな奴らに……」
「Eランクの分際で……」
怨嗟のこもった言葉を呟く4組の選手。しかし、二人は気にした様子もなく立ち去っていく。
「糸川がいなくても、案外何とかなるもんだな」
「当然であろう。奴なぞに頼らなくとも、我は無敵なのだから」
「……ああ、そう」
最早、ツッコむことを放棄した北条は、先へと進む。
東側担当の彼らはあまり、というか全く戦闘向きでない能力者である上に、今は一人抜けている状態。
にも拘らず、彼らは意外としぶとく生き残っていた。
いくら、この校内対抗戦が能力の強さだけで勝ち抜けないものだからといっても、Eランクが格上相手にここまで奮闘したのは前代未聞である。
「…………来るぞ」
八割がた理解できない話を、未だにペラペラ喋っているナイトに、北条は足を止め、忠告する。
刹那、建物の影から一人の少女が姿を現し、こちらに飛びかかって来た。
「ナイト!」
「御意」
すぐさまナイトは能力を発動させ、北条は前方へと走る。
「闇に捕らわれて消え失せろ! “奈落の迷宮”」
技名を叫ぶと、彼の全身から闇が噴き出し、瞬く間に周りの景色を黒く塗りつぶしていく。
一切の光が届かない闇の牢獄に閉じ込められた北条と4組の選手。
しかし、北条は視界の利かないこの状況下でも、臆することなく突っ込んでいく。
北条の能力は“以耳代目”。
耳を目の代わりに、すなわち音だけで周囲の状況を把握する能力。
原理としてはイルカやコウモリの反響定位と似ており、そのおかげで北条は、この真っ暗な世界でも難なく動きまわることが出来る。
ナイトが闇で覆い、その隙に北条が近づき、カプセルを壊す。
彼らが格上を倒せたのは、この方法によって相手が動く前に決着をつけられたからだった。
「ナイト、もういいぞ」
前の二人と同じように、視界を奪われ立ちつくす少女のカプセルを破壊した北条は、ナイトに向かって声を張る。
すると、途端に闇が晴れていき、周りの景色が顔を出した。
「ご苦労だったな。夜を狩る者よ」
「ああ。だけど、残念ながらまだ終わって―――――ッ!!」
唐突に北条はナイトを突き飛ばす。直後、バチバチという音と共に一つの影が駆け抜け、北条のカプセルが破壊された。
「……来たか。韋駄天」
「よう、ナイト。相変わらず中二だな」
Bランク、81位。電光石火の月島祐。
知らない間柄ではないが、戦闘中のせいかいつもと雰囲気が違って見える。
「くっ、“奈落の迷宮”!」
ナイトの体から闇が噴き出し、周囲を黒く染めていく。
だが、闇で包みきる前に祐は加速し、ナイトに肉薄した。
距離を詰められたナイトは反応できず、祐はさっきと同じようにカプセルを破壊しようと拳を突き出す。
しかし、その瞬間。ナイトの体が誰かに引っ張られるような不自然な動きをし、祐の拳は空を切る。
「……いたのか」
拳をかわされた祐は、超高速でその場を離れた。
「助かったぞ。無銘」
「その呼び方、止めろ」
背後の何もない空間に語りかけるナイト。すると、そこから嫌そうな声が返ってくる。
「……戻っていたのか。糸川」
「ああ、悪いな北条。そっちは助けられなくて」
「いや、気にするな。後は頼んだぞ、お前ら」
「承知」
「ま、出来る限りはね」
リタイアした北条は二人の仲間に望みを託して、その場を立ち去っていく。
「行くぞ、紫苑。今こそ我らの力を凡愚なる人間に知らしめる時!」
ナイトは声高に叫ぶと、包帯を巻いてある右腕を高らかに上げる。
「行け! “影の軍勢”」
ナイトの周りから闇が生み出され、それがいくつもの人型を成して現れる。
「影人形と何が違うんだ?」
呆れた声でツッコむ紫苑。しかし、ナイトは気にすることなく数十体の人型の影に命令を下す。
「敵を撃ち滅ぼせ!」
ナイトが声を張り上げ、右腕を祐の方に向けると、数十体の人型の闇が一斉に動く。見た目はかなり不気味だが、例によって攻撃力は皆無である。
続々と押し寄せる闇兵隊。その中で、微かににジャリッ、ジャリッという足音が響く。
(まあ、俺にその手は通じないんだが)
足下でバチバチと火花を散らしながら、祐は構える。
2組の一回戦の様子は補欠の二人から既に聞いており、当然ナイトが梶浦相手に使った戦法も既に看破している。
梶浦はナイトの戦法を人型の闇の中に選手を忍ばせ、ダミーと混合し、攪乱させて攻撃するものだと思っていたが、その人型の闇の動きに気をつけていてもカプセルを破壊された。
視えない攻撃を遠距離で放てる能力者は2組の選手にはいない。
つまり、ナイトの戦法とは、人型の闇の中に選手を忍ばせるのではなく、近くにいる人型の闇と連動して透明化した紫苑が動き、敵を仕留めるというもの。
(梶浦も最後の方には気付いてたみたいだけど、少し遅かったな)
コツコツとつま先で地面を叩きながら、祐は戦闘準備に入る。
「悪いけど、一気に決めさせてもらうぜ」
「くっくっく、望むところ。我の力をとくと味わうがいい」
影の軍勢が祐の周りを囲うように動き始める。
だが、祐は特に慌てた様子もなく、来るなら来いと言わんばかりに佇んでいた。
そうこうしてるうちに、祐の周囲は影の軍勢に埋め尽くされ、四方八方から一斉に襲い掛かかってきた。
「……行くぞ」
祐の足からバチバチと散る火花の量が次第に増えていき、纏う電撃も強く大きくなっていく。
その足で地を蹴ると、わずかな砂埃を残して祐の姿がその場から消える――――否、消えたように見える程のスピードで移動する。
初速が無い。電光石火最大の利点は、つまるところそこにある。
通常、最高速度に到達するにはある程度の間が必要だが、電光石火は初速を無視して、スピードを0から一〇〇へ自在に変化させることができる。
故に、常人の目では追うことは叶わず、ナイトは一瞬で距離を詰められた祐に対して、避けることも反応することも出来ず、胸元のカプセルを砕かれた。
「まさか、これほどとは……」
周りでわらわらと動いていた影の軍勢が消え、ナイトは膝から崩れ落ちる。
「……いや、そこまで強く殴ってないだろ」
「くくく、だが我を倒そうとも、いずれ第二、第三の……」
「あ~、悪いけど、そういうの今はパス」
地面に倒れて何やら魔王じみた台詞を吐くナイトを放り出し、祐は周りに目を向ける。
誰もいないし、足音も聞こえない。
だが、そう遠くない範囲に透明化した紫苑がいることは疑いようがない。
もしかしたら、もうすでにすぐ傍まで近づいてるのかもしれないし、逆に逃げ出しているのかもしれない。
景と違って気配を感じ取れない祐は、足音だけが紫苑の位置を特定する唯一の手がかりであるが、それも慎重に動けば極力小さくすることは可能だ。
つまり、祐には紫苑の位置を知るすべがなく、無難に考えればここを離れて別の選手を探す方が理にかなっている。
そう、彼一人だけならば。
「佐原! 頼むぞ」
祐が大声を出すと、建物の陰に隠れていた小柄な少女が姿を現し、コクリと頷く。
彼女が左手を軽く上げると、地面の砂が一斉に舞い上がり、微細な砂粒が辺り一面に極めてゆっくりとしたスピードで降り注ぐ。
すると、一ヶ所だけ人型をなした砂をはじく空間が現れた。
4組の選手の一人、佐原泉の能力は“平沙万里”。
周りの砂を自在に操る能力を持つ彼女によって、紫苑の姿は浮き彫りにされる。
慌てて紫苑は逃げようとするが、スピード勝負で祐に敵うはずもなく、あっさり追い付かれ、吹っ飛ばされた。
「……やっぱ、強いな。二桁順位は」
チクショウ、と悔しそうな声を出す紫苑に、祐は一言だけポツリと漏らした。
「いや。まだまだ、だ」
校内対抗戦 準決勝
2組 40点 VS 4組 90点
残り時間 26分
南に続いて、東まで全滅。
どうなる2組!
次回は、ようやく主人公組です。




