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ロストナンバー  作者: 宇野 宙人
第一章 退学組編
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第三話  風紀委員

「はぁ。まさか私が犯人を取り逃がすなんて……」


 ひとしきり暴れてスッキリしたのか、少しは落ち着いた様子の彗は、ブツブツぼやきながら帰路についていた。


「ま、どっちにしろ逃げたところで、無駄だけど」


 そう意気込むと、彗は生徒手帳を取り出した。

 光輪高校の生徒手帳には、部活・委員会ごとに異なる特殊なアプリが配布されている。

 彗の所属する風紀委員のアプリは探知(サーチ)と言って、全校生徒の顔と名前、順位・ランクを把握することが出来る。

 彗は一年生の欄から二人の顔を探し、数分ほどで目当ての人物を見つけた。


「ふ~ん。一年で二桁順位(セカンド)か」


 彗は液晶画面に表示されている顔写真とその横にある「月島祐 1年4組15番 順位81位 ランクB」の文字を読んで、ふむふむと頷く。


「さてと、お次は」


 もう一人の方の顔写真をタッチして、彗は出てきたプロフィール欄を見る。


「……えっ!?」


 その瞬間、彗の顔は驚愕に染まり、すぐには言葉が出てこなかった。


「……どういうこと!?」


 彼のプロフィール欄には、こう書かれていた。


「早房景 1年2組18番 順位なし ランク0」




 ◇◇◇◇◇◇




 朝日が眩しくきらめく、爽やかに晴れ渡った青空の昨日とは打って変わって、今日は今にも雨が降りだしそうな曇天だった。こんな天気だと、自然とやる気もなくなってくる。


「はぁ~。鬱だ」

「ん、どうした? 朝からテンション低いぞ」


 学校の通学路を歩きながら、景と祐はいつもの如く益体もない会話をしていた。


「そういや、景。結局、あん時は聞きそびれたけど、一体何があったんだ?」

「聞くな。思い出すだけで、疲れる」


 そう言うと景は、貝のように口を閉ざす。祐は首をかしげるが、友人として何か察したのか、それ以上聞くことはしなかった。


「おっはよう。祐君」


 そんな祐の後ろから、元気な少女の声が耳に届く。


「ああ、おはよう。星笠さん」

「うん。景君もおはよう」


 挨拶と同時に、希初は覇気のないもう片方の友人に気合を入れようとしたのか、彼の背中目がけて勢いよく手を振り下ろす。

 だが、景はごく自然にその手をかわした。


「……ん?」


 自分の手が盛大に空振ったのを、希初は不思議そうに眺めた後で、再び手を振り下ろすが、その手も景はかわす。


「…………」


 その後、何度も背中目掛けて手を振り下ろしたが、その都度、景はかわしていく。


「もう! 何で避けるの、景君!」

「察しろ」


 短く言い返した景に、希初は膨れっ面になると、両手を上げて襲い掛かってきた。


「とりゃ」

「しつこいな。お前も」


 距離をとる景に、完全に意地になっている希初は何が何でも触れてやろうと、こちらの出方を伺いつつ近づいてくる。


(……付き合ってられんな)


 アホらしくなった景は、希初を振り切るべく、駆け足で学校に向かった。


「あ、待ってよ~」


 逃走した景を当然のごとく追いかけていく希初。そんな二人を、祐は生暖かい目で見送るのだった。



 ◇◇◇◇◇◇




「よし、何とか凌げたか」


 生徒手帳の時刻表示を見ながら呟く景は、希初からダッシュで逃げたおかげで、いつもよりやや早めに学校へ到着した。


 校門を通って中に入ると、校庭に人だかりができているのが目に飛び込んでくる。


(また、能力決闘(ナンバーチェンジ)か。朝っぱらから、元気なこって)


 景は昨日と違い特に興味を示すことなく、そのまま素通りしようとした。

 その時、おおっ!!という歓声が聞こえ、彼らの呟く声が自然と耳に入ってくる。


「す、すげぇ。一分で終わった」

「相手三年生で、しかも、26位だぜ」

「本当、この実力は一年とは思えないな」


 どうやら、一年と三年の先輩が勝負して一年が勝ったらしい。


(三年の二桁順位(セカンドナンバー)を倒す一年か……)


 話を聞いて、ちょっとだけ興味が出てきた景は、勝利した一年の顔を見てみようと人だかりへ方向転換した。近づくにつれ、彼らの声がより鮮明となって聞こえてくる。


「やっぱり、流石としか言いようがないな」

「これが、一桁順位(ファーストナンバー)の実力か」

「9位の肩書きは伊達じゃないわね」


 …………。


 彼らの言葉から、相手の一年が誰か察した景は、ややこしい事態に巻き込まれるのを避けるため、くるりと一八〇度回転し、まっすぐ昇降口へと向かった。



 





 景が入った朝の教室内は、友達同士との会話で溢れかえっていて、相変わらずガヤガヤと騒がしい。

 いそいそと自分の席に着くと、景はいつものように一人ポツーンとラノベを読む。

 大体、半分程読み終えた頃、荒い息遣いと共に希初が教室へ入ってきた。


「よう、希初」

「あ、おはよう。って、景君。よくも登校中、私から逃げたね。ひどいよ」


 漫画ならプンプンという擬音が頭の上にでもつきそうな顔をしている希初に、景は全く感情のこもってない声で応える。


「あ~悪い悪い」

「もう、今日は朝から最悪だよ。景君は逃げるし、さっき4組で起きた『黒板消し増殖事件』の取材は断られるし」

「どんな事件だよ、それ」

「え~と、説明するとね……」

「あ~、いい、いい。そんな興味ないし。にしても、今日はやけに諦めるのが早かったな」


 いつもならチャイムが鳴る直前まで粘り続けるはずなのに、珍しいと景は思った。


「あー、私も出来るなら粘りたかったんだけど、郡司君が能力で邪魔して、私は教室に入れなかったんだよ」

「……そうか。そいつは…………ご愁傷様」


 残念そうな希初を見て、景は気休め程度の言葉を吐く。


 彼女の能力、“以心伝心(テレパシー)”は自分と相手の意思を、言葉を介さずに伝え合うことが出来る能力だ。

 口で伝えるよりも早く、正確に情報を伝えることができるため、彼女が情報通と呼ばれる理由の一つでもある。

 さらに希初はその能力を応用し、相手の記憶を探ることまで出来るのだが、その場合は対象に触れなければならず、また最大でも十二時間前までの記憶しか読み取れないという制限が存在していた。


(しっかし、こいつに”取材”を諦めさせるとは……あとで、祐にその郡司って奴の能力聞いておくか)


 場合によっては、次に希初がやって来た時用にコピーする必要があるかもしれないと、一人密かに検討し始める景なのであった




 ◇◇◇◇◇◇




「それでは問3の答えを、え~柳岡君」

「あっ、はい。X=3 Y=0.6 Z=1.2です」

「正解だ。問4ならな」

「えっ? あっ! え~っと」


 数学の授業中。四時限目でもう終わり頃なせいか、ほとんどの生徒たちの集中力は切れかかっており、答える問題を間違えてしまった男子生徒は、しどろもどろになりながら再び答える。


「……X=7 Y=2 Z=5です」

「そうだ。ちゃんと授業を聞いていなさい。え~じゃあ、問5は……」


 三十代前半の数学教師はそう言うと、次の問題を当てる生徒を選び始めた。


「星笠さん。いってみようか」

「ふぁいっ!?」


 希初は当てられた途端に奇声を発して、慌てて教科書に目を通す。


「え、えーっと」


 後ろの方にいた自分には当たらないだろうと油断していた希初は、焦った表情を浮かべる。


(け、景君。ヘルプミー)


 希初から以心伝心(テレパシー)で助けを求められた景は、ため息をつくと答えを教える。


「34.8πです」

「正解。じゃあ、問6は……」


 無事答えられてホッとする希初。そのまま教師が次の問題へ進もうとしたとき、生徒を解放する福音、もとい四時間目終了のチャイムが鳴る。


「おっと、ここまでか。それじゃあ、問6以降は宿題として、各自やっておくように」


 教師が教室から出ると、生徒たちは各々自由な行動をとり始める。


「いや~、助かったよ。景君」


 教室から弁当を持って出ていこうとする景に、希初が後ろからついてきた。


「まあ、別にいいけどよ。あんまし頼ってると、後々自分が困ることになるぜ」

「う~ん、わかってるんだけど、どうも私って数学とは相性が悪くて」

「さいですか」


 景が呆れて扉に手をかける直前、扉がガラリと開けられた。


「……来たか」


 そこには暴走正義の風紀委員(オーバージャスティス・ジャッジメント)、江ノ本彗が憮然と立っていた。風紀委員突然の訪問に周りの生徒はざわめき出す。


「早房景。昨日の件で風紀委員長が話を聞きたいそうなので、ご同行を」


 事務的な口調で告げる彗に、景は周りから矢のように突き刺さる視線を背中で感じながら、彼女に従う。


「えっ、何何? この状況」


 皆が遠巻きに見ている中で、一人だけ興味津々で近づいてくる希初を追い払い、景と彗は教室を後にした。


「……」

「……」


 互いに一言も話さず、廊下を歩く二人。景は、てっきりこの前のことで何か言われるだろうと思っていたのに、彗は黙々と目的地に向けて足を動かすだけだった。


(妙だな。昨日、あれだけのことがあったのに、今日は不気味な程大人し過ぎる)


 景が疑問に思っていると、彗は唐突に足を止める。


「着いたわ」


 彗は風紀委員が使っている第3準備室の扉を開け、中に入っていく。彼女に続いて中に入った景は、長机を挟んで真向かいに座っているメガネをかけた黒髪の先輩らしき人がいるのに気づいた。


「委員長。連れてきました」


 彗が目の前にいるメガネの先輩に報告する。相変わらず口調は事務的だが、顔は不愉快そうになっているのを隠しきれていなかった。


「ああ、ご苦労様。江ノ本さん」


 神海と呼ばれた先輩は、笑顔で彗をねぎらった後、景の方を向いて声をかける。


「さて、早房君。僕は風紀委員長、神海昴(こうみすばる)。まずは、急な呼びかけに応えてくれたことに感謝するよ」

「はあ」


 どうも何か違うと景は感じた。この言葉は普通、校則違反者にかけるようなものではない。


「取り敢えず、立ち話もなんだし座ったらどうだい」

「あ、はい」


 神海に勧められるまま、景は椅子に座る。


(何か調子狂うな。しかも、後ろには何か不機嫌オーラ出してる奴いるし)


 景がチラリと後ろに目をやると、彗が入口近くで立っていて、景をジト目で睨んでいた。


(……居心地悪い。大体、何でオレだけなんだよ。祐はどうした?)


 色々と不審な点が多いこの呼び出しに、景は一刻も早く自分の教室に戻りたいと思った。


「じゃあ、早速本題に入りたいんだが……」

「オレは無実です」


 神海が口を開くと、即座に景は否定する。しかし、神海は2、3度目を瞬かせると、ああ、そうかと納得したような顔で説明し始めた。


「大丈夫だよ。君と月島君が女の子を無理やり連れ去ろうとした犯人じゃないことは、知ってるから。江ノ本さんにも、もう説明済みだし」


 苦笑混じりに話す神海に、景は目が点になる。


「えっ、どうして?」

「君たちが助けた女の子、実はあれ僕の妹なんだよね」

「マジですか」

「うん、マジ」


 意外な事実に、景は驚いた。


「で、神海先輩は妹から話を聞いたと」

「そ、実は妹は逃げ出したはいいんだけど、やっぱり君たちのことが心配だったようで、偶々出会った江ノ本さんに頼んだのにも関わらず、自分でもこっそり様子見に行ったんだとさ」

「義理堅い性格してるんですね」

「それで、君と江ノ本さんの戦いも陰でこっそり見ていて、これはまずいと思って僕に相談したってわけ」

「見てないで誤解をそこで解いてくれれば、こんなややこしいことにならずに済んだと思うんですが」

「そこは許してやってくれ。妹は、かなり引っ込み思案なんだ」

「でしょうね」


 景はあの三人組に嫌だと言えない弱気な態度を思い出し、同意する。これで、彗が何故何も言ってこないのかようやく理解できた。

 無実が証明されてホッとする反面、彗からなんの謝罪もないのをやや不服に感じていた。


「まあ、江ノ本さんもやりすぎたって反省してるし、ここは大目に見てあげて欲しい」

「はぁ……まあ、いいですけど。それなら、オレは一体何のために呼ばれたんですか?」


 正直、彼女が反省しているとは微塵も思えなかったが、余計なことを言って、これ以上話をややこしくしたくなかった景は先を促す。


「ああ、そうだった。大分話が脱線してしまったね」


 神海は一呼吸おくと、本題に入った。

 

「では、早房君」

「はい」

「風紀委員に入らないかい」

「お断りします」

「早っ!」


 神海の誘いをにべもなく即座に断る景は、話は終わりとばかりに立ち上がって帰ろうとする。それを、神海は慌てて引き止めた。


「いや、ちょっと待って。少しくらい、考えてくれてもいいだろ」

「ちゃんと考えましたよ。その上での、返事です」

「いや、でも……」

「そもそも、オレを風紀委員にする意味がわかりません。自分で言うのもなんですが、非力なオレが大して役に立つとは思えませんが」

「そう、謙遜することはないんじゃないか。君は仮にも能力を使わずにウチのエースである江ノ本さんと互角に戦ったそうじゃないか」

「生まれつき動体視力が良いんで、何とかかわせただけですよ」


 景はあくまで自分は大したことないと主張するが、さっきの神海の発言で、彗はさらに不機嫌オーラを増大させてしまい、ますます居心地が悪くなった。


「話がそれだけなら、もうオレは帰らせてもらいますね」


 今度こそ話を終わらせて帰ろうと、景は第3準備室の出口へと歩き出す。去ってゆく背中に向けて、神海はボソッと呟いた。


「僕は、君の能力に興味がある」


 その言葉を聞いた景は、ピタリと歩くのを止めた。


「……先輩はオレの能力を知っているんですか?」


 振り向いて、まっすぐ神海の顔を見ながら話す景の目には疑惑と警戒の色が浮かんでいた。


「ああ、知ってるとも。そして、僕は君の能力は風紀委員でこそ活かせると思っている」


 自信たっぷりに言い切る神海に対し、景はため息をつく。


「悪いけど、オレの”他力本願(フルディペンデンス)”は多分、先輩が考えてるほどの能力じゃないと思いますよ」

「そうかい。まあ、君がそこまで言うなら、別にいいけど」


 断り続ける景に、神海はこのままじゃ埒があかないと思ったのか、ある提案を口にする。


「それじゃあ、ここは一つゲームをしないか?」

「ゲーム?」

「そう。ゲームをして、僕が勝ったら君は風紀委員に入る。君が勝ったらもう二度と誘わない。どう? 受けてくれるかい」

「断る」

「ノリが悪いね」


 風紀委員に誘われた時よりも強い拒絶の意思を示す景に、神海は特に驚いた風でもなく、むしろ予想済みとさえ取れる態度で迎える。


「オレにそのゲームを受ける義理はないですよね。ついでに言うと、メリットもないですし」

「確かに、そうだね。けど、君は僕のゲームを必ず受ける」

「どういう意味ですか?」


 不気味なほど強く断言する神海に、景は首をかしげる。


「“早房景はゲームを受けなければ、この部屋から出ることはできない”からさ」

「はっ、何を言って……!?」


 神海の言葉を無視して、再び出口に向かって歩きだそうとした景だったが、


(足が……動かない)


 自分の足が床に張り付いたかのように、動かなくなっていた。

 力で押さえつけられているのとは違い、まるで自分の体が動くことを拒否しているような、金縛りに近い感覚。


「……これは先輩の仕業ですか」

「そうさ。自分が設定したルールに対象者を従わせる。それが僕の能力“金科玉条(ルールマスター)”」


 神海は得意げに自分の能力を明かす。


校則(ルール)で相手を拘束するとは、何とも風紀委員長の名にふさわしい能力ですね」

「ハッハッハ、まあね。で、どうだい? 受けてくれる気になったかな」


 白々しい台詞を吐く神海に、景は心の中でため息をつく。


(全く。見た目に反して、この横暴っぷり。流石は江ノ本の上役ってところか)


 正直、勘弁してもらいたいものだが、そろそろ断り続けるのも面倒になってきたことだし、これで諦めてくれるならと腹をくくった。


「OK、そのゲームとやらを始めましょう」


 待ちに待ったその言葉に、神海はニヤリと笑みを浮かべた。


「じゃあ、始めようか。ゲーム“真実と嘘”をね」


感想欄で見事、景の能力名を言い当てられたのに驚きです。


何でわかったんでしょうか?


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