第三十五話 校内対抗戦
やっぱり、バトル展開だと筆がスムーズに進みますね。
翌日。
清々しく晴れ渡った青空の下。生徒たちは体操服を着用し、校庭でクラスごとに整列していた。
『それでは、ただいまより校内対抗戦を開始します。各クラスの代表メンバーは、それぞれ指定の場所で待機していてください』
運営委員のアナウンスが響き渡り、整列していた生徒たちは各々、持ち場に戻っていく。
その中で、1年2組に与えられたパイプテント内では代表である十二人が椅子に座り、緊張した空気を作りあげていた。
「ふぁあ~、眠ぃ」
……訂正。約一名、全く緊張した様子も無く欠伸をしている少年がいた。
「おい、早房。もうちょっと、緊張感持てよ」
「ああ、悪ィ。昨日、ろくに寝れなくてさ」
同じレギュラーの中林に諭され、景は目じりに溜まった涙をぬぐう。
「へぇ、そんなに今日が待ち遠しかったの。景君」
「違ぇよ。野暮用を済ませてたら、遅くなっただけだ」
からかう希初に景が言い返した時、とある一団がせせら笑いを浮かべながらやって来た。
「おいおい、まさかとは思ったが本当に“落ちこぼれ”が出場してるぜ」
色白で軽薄そうな男があからさまに馬鹿にした台詞を口にした瞬間、ビクッと久坂の体が揺れる。
「うっわ、マジかよ」
「久坂を出すなんて、もう勝負を諦めちまったのか」
「オレ、2組じゃなくって良かった~」
周りにいた奴らも口々に嘲り、笑いの渦を広げていく。
その間、久坂は何かに耐えるようにギュっと拳を握りしめていた。
「……おい、氷室。何の用だ? ここは2組の待機場所だぞ」
「そうよ! ただ馬鹿にしに来ただけなら、即刻出てってちょうだい」
石川と七瀬が堪りかねたようにその一団へ詰め寄ると、氷室と呼ばれた少年は「まあ、落ち着け」と笑いをかみ殺したような顔でなだめる仕草をする。
「誰だ? あいつは」
「氷室英一君。Cランクで3組の代表メンバーのトップだよ」
「トップ?」
景は首をひねる。
確か、3組にはBランクの古賀という風紀委員がいて、順当に考えれば彼がトップになるはずだが。
「古賀君の能力は、この対抗戦向きじゃないから、今回はパスしたんだって」
「へ~」
例によって、頼んでもないのに希初はきっちりと説明をしてくれた。
「アイツがトップか…………その割には、かなり小物な感じがするけど」
「あっ、分かるー。中盤辺りに出てきて、敵の幹部に瞬殺されそうなキャラっぽいもんね」
「そうそう」
「テメェら、聞こえてんぞ!」
いつの間にやら、すぐ傍に“負けフラグ製造機”こと氷室が突っ立っていた。
「あ、聞こえちゃった」
「まあ、聞こえるだろ。この距離で、普通に会話してたし」
煽る二人に氷室は青筋を立てると、「これを見ろ!」と言って生徒手帳の画面を目の前に突きつけてきた。
そこには、校内対抗戦優勝予想アンケート(一年生用)と書かれた棒グラフで、上から順に1組、4組、3組、5組、2組と並んでいる。
特に1組と4組は圧倒的で、この二つだけで全体の八割以上の票を持ってかれていた。
「何これ?」
「非公式の優勝予想アンケート。こういう大会は派閥の人たちが注目してるし、この対抗戦で賭けしてる人も多いから、誰かがこういうものを作ってるんだって」
「つまり、2組は全く注目されてない、と」
「そういうことだ。分かったか、最下位ども」
ニヤリと笑う氷室は、見下すような表情で胸を張る。
「でも、1組と4組以外はほとんど票数変わらないよね」
「ああ。期待されてないという点では3組も2組と同じだし、こんなドングリの背比べ程度の差で優越感に浸るのは正直どうかと思う」
希初と景が客観的な意見を述べると、氷室はややたじろいだ。
「チッ、せいぜい言ってろ。一回戦、2組の相手は俺ら3組だ。格の違いってのを、教えてやるから覚悟しとけよ」
吠えるだけ吠え、最後にフハハハと高笑いを上げながら、氷室は帰っていく。
残された2組の面々は、ビクついている久坂を除いて、全員がほぼ同じことを心の中で思っていた。
――――何かアイツはすぐ負けそうな気がする。
根拠はないが、すごくそんな気がした。
◇◇◇◇◇◇
校内対抗戦のルールは大体以下の通りに行われる。
1.参加メンバーの十人は、それぞれ胸元にカプセルがついた特別なチェストプロテクターを着用。カプセルが割れると相手チームの得点になり、その選手は退場となる。
2.得点は一〇点が五人、二〇点が三人、四〇点が一人、六〇点が一人とする。
(相手チームは誰が何点か知ることはできない)
3.先にチームの合計得点が一〇〇点以上になった方が勝利する。制限時間の四〇分以内に決着がつかなかった場合は、得点の多い方を。得点が同じ場合は、コイントスで決める。
4.相手に対する過度の暴行、及び人道に反した行動をとった場合、そのチームを失格とする。
5.武器・道具の類は持ち込み禁止だが、能力に密接な関係を持つ場合のみ制限付きで許可される。
能力決闘を能力者の模擬戦闘とするのであれば、校内対抗戦はさしずめ能力者たちの模擬戦争。
個々の実力はもちろんのこと、チームプレイや情報戦なども視野に入れて臨まなければならない故に、例え高ランクの能力者が大勢出場していたとしても、それだけで勝てる程甘くはない。
「と、建前上言ってはいても、やっぱり高ランクがいた方が有利なのに変わりはないんだよね~」
今さっき氷室に見せられたグラフを自前の生徒手帳で眺めながら、髪をポニーテールにした女子、速水遠子はやけに大きい独り言をつぶやく。
「ねぇ、アンタもそう思わない」
「……否定はしないけど、そのグラフはあんまり当てにならないと思う」
「どうして?」
「このアンケートじゃ、ランクと順位くらいしかチームの強さを測る判断材料がないから、Aランクのいる1組とBランクが二人いる4組に票が偏るのは当然」
「おお、なるほど。アンタ、意外と賢いね」
感心する速水に、同じ補欠組であるライラはわずかに視線を向けると生徒手帳の画面を操作する。
この試合は、各地に設置されたカメラの映像によってリアルタイムで配信されており、手持ちの生徒手帳はもちろん、来賓用に校舎内の食堂に備え付けてある大型ディスプレイでも観賞が可能となっている。
『それでは、第一試合。2組対3組と4組対5組の対抗戦を行います』
「お、いよいよか」
アナウンスの声を聞きながら速水は、生徒手帳を見る。(ちなみに1組は抽選によりシード権が与えられた)
そこでは2組の選手十人が、真剣な表情でこの場に臨んでいた。
『まず、初めにフィールドの選出を行います』
アナウンスの声が止むと、何やらがさごそという音が聞こえてきた。
『……フィールドは“樹海”。樹海ステージです。荒木庶務、お願いします』
『へいへい、了解っす』
新しく現れたパシリ口調の声。
その声が聞こえると同時に、校舎の裏にそびえ立つ山が消え、代わりにうっそうと生い繁った森林が現れる。
『舞台№12“樹海”』
声の主はふぅー、と息を吐く。
「やっぱ、凄いな~。生徒会の人たちって」
「……あれが、生徒会」
速水は憧憬の、ライラは驚愕の目でさっきまで山だった樹海を見続ける。
地形を自在に変える。それが生徒会庶務、荒木大和の能力“改天換地”。
『それでは、校内対抗戦第一試合、開始!』
こうして、計四クラスの戦いの火ぶたは切って下ろされた。
多くの木々が並び、移動しづらく視界も明けていない樹海ステージでは、どのチームもまず相手の位置を把握することから始める。そのため、2組では先行偵察として機動力に優れた七瀬が先陣を切っていた。
何もない広大な空を飛び回る、否、駆け回る彼女は、わずか数分で敵の一人を見つける。
(希初。3組の一人を見つけたよ)
七瀬が強く念じると、離れた場所にいる希初がその情報を受信する。
「よし。えーっと、その辺なら中林君が近いね」
希初は中林に向けて、思念を飛ばす。
数十秒後、響き渡る絶叫と二〇点が加算されるのを生徒手帳で確認する。
「まずは、一人目撃破っと」
「あと八〇点」
「先は長いですね」
希初、景、久坂の三人は辺りを警戒しつつ、少し離れた所にいる北条に声をかける。
「そっちはどう? 北条君」
「問題ない」
目を閉じている北条は、そう応えると今度は別の方角へ歩きだす。
希初は念話に集中し、景は頭の中でさっき立てた作戦をおさらいする。
2組は七瀬が偵察役として飛びまわり、希初を中継役として、方々に移動した戦闘役が仕留めるという、確固撃破の作戦を使っている。
もちろん、情報戦の要である希初を無防備にしないためにも、傍には景がついて守り、カバーしきれない所は北条に任せるといった、防御にもぬかりは無い。
唯一心配なのは久坂だが、彼女もこの一週間で少しは自信をつけてきたので足を引っ張るようなことはない……と思う。
相手のメンバーも大体は希初が能力を把握していたため、チームワークと情報戦においては圧倒的にこちらが有利。
(あとは、戦闘役の五人がどれだけ頑張ってくれるか)
紫苑、ナイト、中林、石川、宮代。
いくら希初でも、五人との繋がりを維持し続けるのは流石に難しいそうだが、そこは何とか頑張ってもらう他ない。
「あ、えーっと次のターゲットは……宮代君たちに頼むよ」
七瀬からの報告を受け、希初は次の指示を送る。
普通に振る舞ってはいるが、少し無理をしているのが伝わってくる。
(オレも偶には、本気出すか)
そこそこの決意を胸に、景は樹木を背に空を見上げるだった。
希初の指示を受けた宮代と石川は、三人組の男たちに戦いを挑んでいた。
「よっしゃあ! 燃えてきたぜ」
宮代が闘志を全開に叫ぶと、全身から炎が立ち上り、周りに熱気をまき散らす。
火達磨状態で突き進む宮代に、ひるむ二人は瞬く間にカプセルを燃える拳で砕かれた。
宮代錬磨の能力は“気炎万丈”。
自らの熱気を炎に変える能力で、精神的のみならず物理的にも暑苦しいと、クラスメートに夏場である最近は特に迷惑がられている。
「宮代。これで二〇点加算だ」
木の上で傍観していた石川が、一応彼に向かって報告をする。
ちなみに、彼が宮代に加担しないのは自身の能力が戦闘向きでないのもあるが、下手に周りをうろつくと炎の巻き添えを食う恐れもあるからだった。
話を聞いてたのかどうかは分からないが、宮代は残りの一人も倒すべく火力を上げて迫っていく。
足下の草に炎が飛び火し、少しだけ燃え広がったが、彼はそんなのお構いなしとばかりに拳を振るった。
だが、そのやや大ぶりな動きは見切られ、軽く避けられる。
どうやら、呆然と立ち尽くしていた二人とは違い、この男は意外にも肝が据わっているようだ。
「やるじゃねえか」
宮代は更に燃え、手数を増やして追い詰めていく。
だが、相手は巧みに避けながら、徐々に彼から離れていった。
「おーい、宮代。頑張るのはいいけど、少しは周りのことも考えて……って、全然聞いちゃいないな」
やる気に比例して燃え上がる炎に危機感を抱いた石川は宮代に忠告するが、全く聞き入れている様子がない。
「まさか、あいつ……ここが樹海だって、忘れてんじゃないだろうな」
生木は水分が多いのでそう簡単に燃え広がりはしないだろうが、念のため距離をとろうと石川は枝から枝へ忍者のように移動する。
その間にも、宮代はますます燃え盛りながら残りの一人を追いかけていた。
「どうした? お前は逃げることしかできねえのか」
宮代は挑発するが、彼は何も言わず黙々と逃げ続ける。
「うおおおおっ!! いくぜェェ!!」
宮代が纏う炎は刻一刻と大きくなり、最早熱気で近付くことも出来ない程にまで膨れ上がっていた。
すると突然、彼はいきなり足を止め、こちらへと振り返る。
急に逃げるのをやめた男に、宮代は多少の疑問を抱いたが彼はもう止まれなかった。
「食らえええっ!!」
炎が纏わりついた拳を振りぬき、宮代は胸元のカプセルを砕く。
「ごほっ!?」
「何っ!?」
砕いた瞬間、宮代はギョッと目を見開く。
カプセルを砕いた相手はさっきまで追いかけてた3組の生徒……ではなく、距離をとったはずの石川だった。
「…………一体、どんな能力を?」
痛みに呻く仲間を見下ろしながら、困惑した表情で宮代は呟いた。
校内対抗戦 第一試合
2組 40点 VS 3組 10点
残り時間 32分




