表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ロストナンバー  作者: 宇野 宙人
第二章 転校生編
38/70

第三十四話 ひきこもりの後輩

 レギュラー選抜のサバイバルランニングが行われてから一週間後。

 おそらく、全校生徒のほとんどが待ち望んでいない期末テストがやって来た。


「……はい、そこまで」


 監督の教師が終了を告げると、カリカリと鉛筆を動かす音が止み、後ろの席から答案用紙が順に送られてくる。

 先生が答案用紙を回収し、教室を出ると生徒たちがざわざわと騒ぎ出す。

 その中で、真っ白に燃え尽きた一人のクラスメートに、景は話しかける。


「よ、希初。分かりやすく打ちひしがれてんな」

「あ、景君。うん、もう私はダメだ」


 余程出来なかったのだろうか、希初の落ち込み具合は半端無かった。


「ま、終わったことは気にすんなって」

「……うん、そうだね。よし、忘れよう!」


 希初は急に起き上ると、そそくさとどこかに行ってしまう。


「……学習しない奴め」


 中間テストの時と同じ行動を繰り返す希初に、景はため息をつく。


 しかし、今回に限っては希初だけでなく他のクラスメートも、いや一年生全員が期末テストの結果よりも、明日に行われる校内対抗戦の方に関心を向けていた。

 景もレギュラーの一人であり、賞金も手に入る以上、ちゃんと自分に与えられた役割は果たすつもりはあるのだが、正直なところあんまり興味がない。


「さて……帰るか」


 鞄を担ぎ、教室を出ていこうとした時、彼の目の前にある少女が立ちはだかる。


「何か用か? 不破」

「……一緒に帰らない」


 一瞬にして、クラス中の視線が自分に向けられるのを感じた。


「断る」

「何故?」

「理由は…………無いけど」

「じゃあ、問題ない」


 意外にも押しの強いライラに、景はどう言い訳したものかと考える。


「あ~、そういや今日、オレ用事があったんだ。つーわけで、一緒には……」

「構わない」

「……ああ、そう」


 こうして折れた景は、矢のように突き刺さる視線と一部、生温かい眼差しを背に教室を出ていくのだった。



 ◇◇◇◇◇◇ 



「……で、何でお前までついてきてんの。希初」


 帰り道。不破と帰ることになった景は、何故か一緒にやって来た希初に話しかける。


「不破さんは良くて私はダメだ、って言うの? 景君」


 そう言って頬を膨らませる希初に、景はやれやれと肩をすくめる。

 テストのため、半日で終わった学校から多くの生徒が近くの飲食店に向かい、景たちもまた昼食をとるための店を探していた。


「不破さんは何か食べたいものってある?」

「……特に」

「適当なとこで済まそうぜ」


 そんな感じで一行は、近くのさびれたラーメン屋に入っていく。古いがほとんど改装されておらず、そこだけ時が止まったまま置き去りにされたような昭和の雰囲気漂う店だった。

 注文をし、料理が運ばれてくるまでの間、女子二人はガールズトークに興じ、男一人の景は寂しく、高い台の上に置かれた小型テレビを観賞する。


(……あっ)


 何の気なしに画面を眺めていた景の目がわずかに見開かれた。


「――――い君、景君」

「ん、何?」

「いや、ラーメン来たけど食べないの」


 そこでようやく、景は目の前に湯気の立つラーメンが置かれていることに気付く。


「悪ィ、気付かなかった」

「ふ~ん、珍しいね。何をそんなに熱心に見てたのかな」


 希初が興味深げに訊くと、景は箸でテレビを指す。

 つられるように顔を向けると、そこに流れていたのはただの報道番組で、一人の政治家が大勢のマスコミに囲まれているところだった。


「あの人って、確か……」

鳳景政(おおとりかげまさ)。今現在、能力者関連の法改正を訴えてる、タカ派の大物政治家だ」

「詳しいね。景君って、政治に興味あるの?」

「いや、全く」


 麺をすすりながら、景は否定する。


「じゃあ、何でそんなに詳しいの?」

「だって、オレのじいちゃんだから」

「えっ!?」


 驚きの新事実に希初が目を丸くする。


「嘘っ! 全然知らなかった」

「そりゃあ、初めて言ったんだから、当然だろ」


 煮玉子を口にしながら、何でもないことのように景は言った。


「でも、情報庫(データバンク)を自称してるのに、友達の秘密を知らなかったなんてショックだよ~」

「……別に秘密じゃねえし」

「ねー、びっくりだよね。不破さん」

「……うん」


 ライラは静かに首肯するが、表情は全く変わっていない。まるで最初から知っていたかのような、いつも通りの無表情。


(やっぱ、調子狂うわ。こいつ)


 残ったスープをすする景は、やはり苦手だと内心でため息をつくのだった。

 



 ラーメン屋を出た後、景は二人を連れてとある場所に向かっていた。

 用事があると言ったのは、もちろんその場しのぎの出まかせだったのだが、特に予定も無かった景は、そこへ足を運ぶことにした。


「ここに、用があったの?」

「ああ」


 景に付き添い、やって来た二人の目の前にあるのはただの家。

 二階建てで、庭があり、四人家族が住むには十分な広さを持つ普通の家だった。


 景は無言でその家の玄関を開けると、挨拶もせずにずけずけと中へ入っていく。

 二人が呆気にとられているのも気にせず、景は二階に上がり、向かって左側の部屋の扉をノックする。


「…………………誰?」


 盛大な間をおいた後で、か細い少女の声が聞こえてきた。


「早房だ。入るぞ」

「どうぞ~」


 許可が出たので、景と後ろにいる希初とライラは扉を開けて、部屋に入る。


「うわっ」


 入った瞬間、そんな声が希初の口から漏れる。

 

 壁はありとあらゆる種類の銃器で覆われ、床には着替えや雑誌、ゲームのケースなどが散乱しており、足の踏み場もない

 また、カーテンを閉め切っているせいで薄暗く、パソコンの画面がやたらと眩しい。

 自分の部屋の二倍近いスペースにも関わらず、息苦しくなるような閉塞感を覚える汚さ。


 そんな部屋の真ん中で、かなり長い髪を携えた少女がパジャマ姿でカタカタとキーボードを打ち鳴らしていた。

 カチッと最後のキーを押すと、少女はクルリと振り返る。

 パッと見で言えば、中の上レベルの容姿。しかし、顔はダウナー系で青白く、あまり健康的には見えない。


「よっ、久しぶり」

「ん」


 少女は返事とも呼べるか怪しい反応を示すと、景が連れてきた希初とライラに目を向ける。


「リア充め。爆」

「ちげーよ」


 軽口を叩き合う二人。かなり親しげな様子に、希初がたまらず訊ねる。


「景君。えっと、この人は……」

「おっと、悪い。紹介が遅れたな。こいつはオレの中学の後輩の小森小夜(こもりさよ)だ」

「よろ~」


 気の抜けた挨拶と共に、小夜は手をひらひらと振る。


「んで、こっちはクラスメートの―――」

「星笠希初。よろしくね」

「……不破ライラ。よろしく」

「どもども」


 希初とライラがそれぞれ自己紹介を済ませると、小夜はニッと口角をつり上げる。


「ゆっくりしてくといい」


 そう言うと、彼女はその辺に無造作に置かれていた毛布を引っ張り、全身をくるむとコテンと床に倒れる。


「おい。寝る前に、少しくらい片づけたらどうだ」

「む~」


 何やら恨みがましい視線を向けるも、のそのそと小夜は動き始める。


「……ねえ、景君」

「ん、何だ?」

「色々と訊きたいことが山のようにあるんだけど……結局、この子は景君とどういう関係なの?」

「さっき言ったろ。中学の時の先輩と後輩」

「それは分かったけど……う~ん、何て言ったらいいのかな」


 希初が頭を悩ませていると、隣にいたライラが代わりに口を開く。


「……普通、卒業後にまで交友のある先輩後輩は少ない。同じ部活だったとか、何かしらの枠組みで親しくしてない限り」

「そうそう」

「……まして、他人に興味を持たないあなたなら尚更」

「うんうん。全くだね」

「お前らな」


 半眼になる景だが、否定は出来ないので何も言わなかった。


「ふみゅ~」


 自分の周りにあるものを隅に追いやり、円状のスペースをつくった小夜は再び横になると、すぐに寝息を立て始めた。


「……寝ちゃったね」

「変わった子」


 希初とライラが小夜の寝顔を見つめていると、景はポケットからいつぞやの拳銃を取り出し、彼女の傍に置く。


「それ、この子のだったんだ」

「ああ。言っとくけど、こいつの前で銃関係の話題は振るなよ。何時間にもわたって延々と聞かされ続けるから」


 壁に所狭しと飾られた彼女のコレクションからも分かる通り、小夜はかなりのミリオタで、特に銃器を愛するガンマニアだった。

 景は小夜の睡眠を邪魔しないように、静かに部屋を出る。希初とライラも彼の後に続き、三人は階段を下りるとそのまま玄関に直行し、小夜の家から去っていく。


「景君の用事って、あれだったの」

「まあな」


 用事を果たした一行は、まだ陽の高い午後の道をあてもなくぶらぶらと歩き続ける。


「……それで、一体あの子は何者なの?」

「オレの後輩……なんて答えじゃ納得しそうにねえな」

「うん」


 いつになく真剣な目の希初に、景はハァーと息を吐く。こういうときの察しの良さを、もっと別の方面でいかせれば、といつも思う。


「さてさて、何から話そうかね」


 景は足を止めると、昔のことに思いを馳せながら、彼女との縁を語り出した。




 ◇◇◇◇◇◇




 小森小夜。年は景より一つ下で、当時は彩鹿島中学の生徒会会計だった。


「あいつとオレはほぼ同時期に選ばれたこともあって、よく会長からあいつの面倒をみるように頼まれてたんだが、当時……いや、今もだけど、あいつはかなりのひきこもりで、ほとんど登校してなくてね」

「そんな人が、よく生徒会に選ばれたねえ」

「それは、あいつがIQ一七〇の天才だったからな。日本に飛び級制度があったら、すでに超一流大学を首席で卒業できるレベルと言われてたらしい」

「……あの子が?」

「そう。あいつが」


 希初の気持ちは、景にもよく分かる。あのだらしない少女が、頭脳明晰な才女と言ったところで信じられないのも無理からぬ話だ。


「まあ、そんなわけで当時のオレが、彼女を学校に引き戻すために色々やって、そこから徐々に親しくなったというわけ」

「へ~。でも、よくそんな面倒な役、引き受けたね」

「柄にもないことをした自覚はある。でも、どうしてもあの時はあいつの能力が必要だったからな」

「能力?」


 ライラが口を挟んできた。


「もしかして、彼女も能力者?」

「ああ、言ってなかったっけ?」


 景の言葉に、二人は首を振る。


「それでどんな能力なの?」

「何か不破さんって、やたらと他人の能力にご執心だね。でも、私も気になるな」


 訊ねるライラと便乗する希初に、景は別に隠すことでもないので答えようとしたその時。

 突然、ライラのポケットから着信音が聞こえてきたので、会話をいったん中断して、彼女は電話に出る。


「もしもし……っ、あなたは!」

 

 通話相手を知った途端、無表情だったライラの顔が驚愕に染まった。


「……はい…………はい、分かりました」


 通話を切ると、ライラは二人に向き直る。


「不破さん。今の電話って……」

「ごめん。急ぎの用事が入ったから、今日はもう帰る」

「えっ? う、うん、じゃあ、また明日」


 やたらと取り乱した様子のライラに面食らった希初は、そのまま立ち去る彼女を見送った後で首をかしげる。


「何だったんだろう?」

「さあな。ま、オレにはどうでもいいことだ」

「……景君って、そればっかりだね」

「まあな」


 また新たな転校生の謎を垣間見た希初と景。

 だが、その電話がこれから来る波乱のきっかけであったことに、その時の二人が気付けるはずもなかった。




 ◇◇◇◇◇◇

 


 時刻は午後六時を過ぎたころ。

 約四時間ほど眠りこけていた小夜は、ようやく起き上ると部屋を片付け始めた。


「よいしょっと」


 手当たり次第に周りの物をかき集めると、小夜はそれら全てを抱え込み、立ちあがる。

 それと同時に、彼女の目の前に黒い縦線が現れた。

 その線は徐々に横幅を広げ、ある程度の大きさになったところで、小夜は抱え込んでいた物を一切合財、その中に放り込んだ。


 あらゆる物を異空間に収納し、好きな時にポケットから質量・体積を無視して取り出すことができる。

 それが彼女、小森小夜の能力“自家薬籠”。


「ふぅ、すっきり」


 粗方、物がなくなった部屋を見渡し、そこで彼女は足元にある一丁の拳銃を見つける。

 何気なくそれを手に取った小夜は弾倉を確認すると、その中には一枚の折りたたまれたメモ用紙が入っていた。


「相変わらず、回りくどい」


 小夜はその紙を開きつつ、画面の消えたパソコンの前にのろのろと移動した。




次回、いよいよ校内対抗戦へ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ