第三十三話 受難
全国から能力者を集めている光輪高校には、当然ながら学生寮が存在し、約七割の生徒がそこで暮らしている。
しかしライラは、そんな光輪の生徒としては珍しく、一人アパートに住んでいた。
「……ただいま」
家賃の安さだけが取り柄のおんぼろアパートへ帰ったライラは、誰もいない部屋の明かりをつける。
“おかえりなさい”
誰もいないはずの部屋から、声が聞こえた。
まるでホラー映画のワンシーンのようだが、ライラは気にした様子も無く、テーブルの上に置かれた一つの小さな人形に視線を注ぐ。
「言われた通り。彼をレギュラーメンバーに加えました」
“御苦労さまです。やはり、貴方に行ってもらって正解でした”
声は人形から聞こえてきた。落ち着いた青年男性の声が、まるですぐ近くにいるかのように鮮明に聞こえてくる。
“これで、準備は整いました。あとは、対抗戦までに少しでも彼と親しくなり、信頼を勝ち得ておいて下さい。但し、あまり深くは関わらないように。万が一、こちらのことが知れたら大ごとですから”
「……分かりました」
無表情な顔で答えるライラの声は、まるで機械のように冷たく、一切の感情が消え失せていた。
「それよりも、約束……」
“分かってますよ。この任務が終わったら、必ずや貴方の望み通りに”
その言葉を最後に、人形の声はプツリと止んだ。
◇◇◇◇◇◇
翌日。
景が玄関を出ると、そこには希初が立っていた。
「おはよう。景君」
「おはよう。てか、珍しいな。お前が迎えに来るなんて」
ドアに鍵をかけると、景は希初と並んで歩き出す。
「……………………」
「……………………」
しばらくの間、二人は無言で歩き続ける。
「あ、あのさ、景君」
「何?」
「倫ちゃんのことなんだけど」
やはり来たか、と景は心の中で身構える。
「いじめのこと、あんまり上手くいってないんだ」
「だろうな」
「……私も頑張って止めさせようとしたんだけどね」
落ち込む希初に、難儀なモノだ、と景は思う。
希初は能力の性質上、他者への”共感”が人一倍強い。
故に、他人の悩みや辛さを自分のことのように感じるため、希初には今の久坂の辛さが文字通り”痛いほど”分かってしまう。
「だからさ、対抗戦のメンバーとして活躍できれば、少しは今の状況を変えられるんじゃないかと思ってね」
「それであの時、オレに久坂を手助けするよう頼んだと」
「うん」
「……終わったことをとやかく言う気はないけどさ、そこまでして助けたかったなら、自分がやるべきだったんじゃねえの?」
「それは、倫ちゃんに私以外の味方を増やしてあげたくてね」
「ああ、一応考えがあったのか」
「……まあ、正直、あの時は私も自分が生き残るのに精一杯だったっていうのもあるけど」
「おい」
「ふふっ。でも、頼んでおいてなんだけど、本当に助けてくれるなんて、ちょっと意外だったなぁ」
少しだけ楽しそうな雰囲気を取り戻した希初は、そう言って微笑む。
「いつもなら、そういうの面倒くさがりそうなのに」
「オレは薄情であっても、非情ではないからな。助けてと伸ばされた手を、余裕があれば掴む程度の優しさくらいある」
「ふ~ん」
何やら物言いたげな視線を希初から向けられるも、景は特に気にした様子もなく歩いていく。
そして、数分後。前方に月島祐の背中を見つけた。
「おはよう、祐君」
「おはよ」
「お、希初に景か。珍しい組み合わせだな」
景、祐、希初の三人が揃った登校風景。
祐と景、景と希初が揃って登校することはままあるが、三人揃ってというのは意外と無かったりする。
「そういや、対抗戦。お前ら出るんだってな」
「うん、そうだよ」
「致しかたなく、だがな」
弾んだ声の希初とは対照的にもう諦めた感じの景。
しかし、決まったのはつい昨日だというのに、やけに耳が早い。
その辺のところを問うと、祐は「実は、運営委員長がサッカー部の先輩でね」と答える。
「あ、それとさ。俺も4組代表で出ることが決まってんだ」
「へ~」
「ま、お前の実力なら当然だろ」
何しろ、一年に五人しかいないBランクで、三人しかいない二桁順位だ。4組が祐を対抗戦に出さない道理がない。
「1組は江ノ本が出るらしいぜ。詳しくは知らねえけど、多分3組は古賀を、5組は崎守を出してくんじゃないか」
「Aランク、Bランクが揃い踏みだね」
祐と希初が盛り上がる中、不意に後ろから声をかけられる。
「……おはよう」
「おう、不破か」
転校生の顔を見上げながら、景は軽く手を上げる。
「おはよう。不破さん」
「ん、おはよう」
もう既にかなり親しくなった希初とも挨拶を交わし、次に祐を見た時、彼女の行動は止まった。
「……彼は?」
「4組の月島。お前と同じBランクで二桁順位だ」
「ども」
いつもの陽気な笑みを浮かべる祐に、ライラはいつもの無表情で自己紹介する。
「不破ライラ、です」
「あっ、あの噂の転校生の」
耳聡い祐はライラのことを既に知っていたようで、興味ありげな視線を向ける。
「知ってたんだ。祐君」
「そりゃあ、№2の座を奪った相手なんだし当然だろ」
「おいおい、嫌な言い方するなよ。俺はただ“ウチのクラスにすげー美少女転校生がきた”って話を紫苑から聞いただけだぜ」
「ああ、そういや紫苑もサッカー部だったっけ」
「そ。まあ、本人は『モテるため』とか言ってたけど」
そんな感じで色々と話していると、一行は光輪高校に辿り着く。
校庭では案の定、能力決闘が行われており、希初が「取材、取材」と張り切って向かっていった。
いつもと変わらない平和な「日常」。
だが、光輪の中では、そんな時間が長く続くことはない。
景たちが昇降口を目指して歩いていた時、校舎の四階あたり、その一角が突然派手な音を立てて崩れ出した。
「な、何だ!?」
「えっ、爆発?」
「あそこって、二年の教室じゃね」
辺りが呆然とする中、希初はツインテールをなびかせて校庭を突っ切り、校舎の中に入っていく。
「あ、待て。希初」
景が電光石火を使ってその後を追いかけようとした矢先、後ろから強く肩を掴まれた。
「早房景か?」
「はい? そ」
振り向いて確認するよりも早く、景の体はその男ともに消えていった。
◇◇◇◇◇◇
無残に破壊された2年5組の教室は、相対する男女を残して生徒全員が既に避難し終えていた。
威圧的な三白眼で、体つきはそれほど大きくないが、野生の獣のような凶暴性が滲み出ている少年と、金色のロングヘアーを持ち、整っているがツンと澄ました印象を受けるスタイルのいい美少女が睨みあう中、教室の端っこに天川と景が神出鬼没で現れた。
「うですけど……って、あれ? ここは……」
「2年5組の教室だ。いや、だったというべきだろうな。このザマじゃ」
景の疑問に天川が答える。
「あ、天川先輩」
「よう。あの事件以来だな、後輩」
ピリピリとした空気が充満する教室で、のほほんと会話を始める二人。
「でだ、いきなりで悪いが一つ頼みたいことが……」
天川がそう切り出した時、またもや何かが破壊される音が響く。
見れば、黒板が壁ごと壊され、貫通した向こう側の教室に二人は移動し、戦っていた。
「ちっ、オイ! 二人とも、これ以上教室を壊すな!」
天川は声を張り上げたが、二人には聞こえていないのか、はたまた聞こえた上で無視しているのか、そのままバトルを続行する。
「は~、ったく、あいつらは」
「誰なんですか? あの二人は」
「4位と7位、綾村美姫と柏木豪だ」
その名前を聞いた瞬間、流石の景も二の句が継げなかった。
「校内でも五指に入る戦闘系能力者が、何で戦ってんすか?」
「5組の生徒に聞いたところによると、何でもクエストの取り合いをきっかけに始まったらしい」
「へぇ~……で、止めなくていいんですか?」
「いや、万が一巻き込まれたら、こっちが危ないからね」
その途端、瓦礫がいくつかこっちに飛んできたので、避ける二人。
「……ここにいても、危ないんじゃ」
「否定はしない」
そこは嘘でも否定して欲しかった。
「じゃあ、どうするんですか? このままじゃ、校舎が全壊しますよ」
「大丈夫。そろそろ、あいつがやって来るから」
「あいつ?」
景は内心首をかしげたが、再び瓦礫が飛んで来たのを見て、誰でもいいから早く来いと切に願うのだった。
◇◇◇◇◇◇
そんな観客の思いなど露知らず。二人の戦いは加速していく。
「はっ!」
綾村が手も触れずに大きめの瓦礫を浮かして、一直線に飛ばす。
「うらっ!」
その飛んできた瓦礫に柏木が触れると、木っ端微塵に砕け散った。
「流石、破壊魔。一筋縄ではいきそうにないわね」
「ハッ、年下のくせに上から目線かよ」
「でも、順位は私の方が上よ」
「チッ、うぜぇ」
柏木は露骨に顔をしかめると、綾村めがけて弾丸の如く飛び出していった。
Aランク7位。破壊魔の異名をとる柏木豪が有する能力は、“土崩瓦解”。
手に触れた物全てを破壊する、純粋な戦闘特化の能力。
故に彼の攻撃は一撃必殺。指先一つでも相手に触れた瞬間、勝負が決まる。
だが、
「甘いわね」
「!?」
突如、体全体にとてつもない負荷がかかった柏木は、堪らず膝をつく。
(ぐっ……お、重ぇ)
Aランク4位。魔女派を率いる綾村美姫の能力は“浮石沈木”。
重力を自在に操る彼女には、触れることすら叶わない。
「ふふん。さぁ、潔く負けを認める気になった?」
「……だ……れ……が」
加算された重力に抗おうとするが、まだ動けることを見てとった綾村がさらに重力を強くする。
「ぐっ……」
必死の抵抗もむなしく、ついに柏木は床に倒れ伏した。
敵対した全ての人間を触れること無く、打ち伏せる。
その様を評して、新聞部につけられた彼女の異名は“女王の重圧”。
「さぁ、どうするの?」
癪に障るほど余裕のある声に、柏木はついにカチンときた。
「舐めんじゃねえ!」
叫ぶのと同時に、床から柏木を中心とした亀裂が走る。
土崩瓦解で床ごと破壊しようとするのを察した綾村は一旦彼にかけていた重力を解き、自身にかかる重力を弱くさせ、ふわりと浮き上がった。
「はっ。やっぱりな」
「な、何よ」
勝ち誇ったような笑みを浮かべ、柏木は能力の発動を中断し、体を起こす。
「お前は重力を強くすることと弱くすることを同時にできねえんだろ」
「ッ!! うるさい!!」
図星を指された綾村は、やや頬を赤く染めて言い返す。
「さてと、仕切り直しだな。ここからは本気で行くぜ」
「……ええ、私もこれ以上時間をかけたくないしね」
二人は睨みあい、そして互いに一歩前に出る。第二ラウンドが今まさに始まろうとしたその時。
「綾村美姫及び柏木豪、校内での戦闘を禁止する」
「「!!?」」
瞬間、二人の動きが止まった――――否、止められた。
言葉一つで、二人の体の動きは全て封じられ、能力の発動も阻害されている。
こんなことが出来るのは、光輪高校の中でも彼しかいない。
「……流石は元一桁順位。落ちてもなお、実力は健在のようだな。神海」
体の自由がきかず、姿を確認することはできなかったが、柏木は背後で神海がにやりと口角をつり上げたのを感じ取った。
◇◇◇◇◇◇
神海の登場によって、何とか事を収めることはできたが、被害は甚大。
破壊されまくった二つの教室は早急に修理が必要だった。
「だから、星笠と一緒に手伝ってもらえないかな?」
「嫌です」
天川の頼みを、景は即行で断る。
ちなみに、実行犯の二人にはとてつもない量の反省文を書かせるため、指導室に連行されていった。
「大体、あと数分で一時間目が始まっちゃうじゃないですか」
「あ、それは心配しなくていいよ。生徒会権限で、公欠にしてもらえるから」
横から神海も口を挟み、天川を援護する。
「いや、でも……」
じわじわと二人に追い詰められていく景は、やりたくない言い訳を軽く五十ほど挙げようとした時、間延びした声と共に、茶色い髪をサイドテールにした少女が姿を現す。
「あっ、けー君だ」
ニコニコと笑いながら、ライラにも負けないくらい自己主張の激しい二つの双丘を携えて近づくのは希初の姉、星笠桃。
「あっ、ちょうど良かった。彼の説得を任せてもいいか」
「うん、分かったよ」
二つ返事で了承した桃に、天川は助かった、という表情を浮かべると神出鬼没でどこかに瞬間移動し、消えていった。
「さーて、頑張ろうか。けー君」
「いやいや、オレはやるなんて一言も……」
何やら勝手に巻き込まれそうになってきたところに、ようやく彼女が到着する。
「はぁはぁ。あれ? 何でお姉ちゃんと景君がいるの?」
息を切らせる希初に、景は面倒なことになったと頭を抱える。
「は~、何かもういいや」
景は諦めた。面倒事を何より嫌う彼だが、良くも悪くも周りに流されやすい性格のため、大体いつもこんな感じで押し切られるのだ。
「え~っと、何だかよく分かんないけど、私も手伝うよ。景君」
「いや、君は教室に戻りなさい」
ちゃっかり授業をさぼろうとした希初を、神海は腕ずくで強制的に引きつれていく。
「じゃ、ちゃっちゃと終わらせよっか。けー君」
「そうっすね~。ちゃっちゃと終わればいいっすけど」
かくして二人は、無残に破壊し尽くされた教室の大規模な修復作業に取り掛かるのだった。
これで一桁順位が七人まで出せました。
順位は
1位 草薙弦真 ?
2位 ?
3位 天川浩介 神出鬼没
4位 綾村美姫 浮石沈木
5位 五十嵐迅 疾風怒濤
6位 星笠桃 原点回帰
7位 柏木豪 土崩瓦解
8位 虎江文子 堅城鉄壁
9位 江ノ本彗 快刀乱麻
となります。




