第二十九話 災厄の再会
ブックマーク登録がついに100突破しました。
そして、総合評価も300越え。
自身の小説が、これだけ多くの人から支持を得られて、感極まります。
それでは、第二十九話です。
※10/5 大幅改定しました。
「歓迎会?」
「そう。ライラさんとの親睦を深めるためにね」
授業が終わり、HRも済ませた放課後の教室で、希初がライラの歓迎会をしたいと言いだした。
クラス全員は流石に無理としても、都合のいい何人かはもうすでに誘ってあるらしい。
「やっぱり、早く馴染んでもらうためには、みんなで一緒になってわいわいやるのが一番だと思うし」
「ふ~ん」
「それで、景君は?」
「パス。興味ないし」
景が不参加を告げると、希初は少し寂しそうに「そっか」と言って離れ、今度は別のクラスメートを誘い始めた。
(……熱心だな)
冷めた思いで眺めつつ、景は鞄を担いで教室を出る。友達と恋バナで盛り上がる女子、天井を歩きながら本を読む少年、三つの鞄を同時に浮かせる同級生、猫から鳥へ、鳥から犬へ自在に姿を変える先輩等々。
廊下を歩いていると、日常から異常まで様々な光景が目に飛び込んでくるが、この学校ではいつものことだ。
ここでは『非常識』こそが『常識』なのだから。
そんなトンデモ空間をくぐり抜け、昇降口に辿り着いた景は自分の下駄箱を開き―――パタンと閉じる。
何かの見間違いだ、そんなことは有り得ない。そう自分に言い聞かせ、もう一度開き、中を凝視する。
しかし、景の期待は裏切られ、そこにはさっき目にしたのと同じ自分の靴と一通の便箋が置かれていた。
「これはまた。汝は稀有なものを受け取ったな」
「まさか、今時こんな古風なことする奴がいたとはね~」
いつの間にか、後ろからナイトと祐が覗きこむようにして、下駄箱の中身を見入っていた。
景は二人の興味津々な視線から隠すように手紙をブレザーのポケットに入れると、何食わぬ顔で靴を履き替える。
「なあ、景。その手紙は何なんだ? ラブレターか? ラブレターなのか? それとも……」
「うるさい」
祐がしつこく訊ねてきたので、景はキッパリと断じた。
「この件については後でメールしとくから、お前らは部活に励んでろ」
「いや、汝も部活があるだろう」
ナイトが呆れたように言う。
景はナイトと同じ天文部なのだが、部活熱心なナイトと違って、景は顔を出す日の方が珍しい幽霊部員だった。
「いいんだよ。元々、部長に頼まれて、名前を貸しているだけなんだからさ」
「それは、そうだが……」
「ま、気が向いたら顔出すようにしとくよ」
それじゃ、と景は昇降口から校庭へ出るが、数歩進むと首だけ後ろに回し、
「ついてくんなよ」
こっそり後を追おうとした二人に釘を刺した。
◇◇◇◇◇◇
二人と別れた景は、手紙に書かれた場所である校舎裏にやって来た。
人気は全くなく、ここなら誰かに見つかる心配がほとんどない、まさにおあつらえ向きの場所。
イタズラの可能性も考えていたが、残念なことにちゃんと差出人らしき先客が待っていた。
「約二時間ぶり、ってとこですかね先輩方」
そこにいたのは、昼休みに食堂で一悶着あった三人の上級生。その中で、リーダー格らしきオールバックの男が口を開く。
「よお、後輩。約束通り、ちゃんと一人で来たようだな」
「そりゃ、こんなこと書かれてたら一人で行くしかないでしょう」
景は開封した手紙を手に取り、広げる。そこには、こう書かれていた。
“白髪の女は預かった。返して欲しければ、一人で校舎裏に来い。チクったら殺す”
もし仮に脅迫状検定というものがあったなら、五級以下の判定を受けるだろう稚拙な文面。はっきり言って、センスが無い。
「しかも、目の前で実際に縛られてるし」
景が目を向けた先には、一本の木に鎖でぐるぐる巻きにされているライラの姿があった。
胴周りをきつく縛られているため、ただでさえ豊かな胸元がこれでもかとばかりに隆起し、健全な思春期男子にとっては、かなり目に毒な状況となっている。
(まさか、狙ってやってないよな)
こんな時でも無表情、無反応な彼女を尻目に、景は三人と向かい合う。
「で、一体オレに何の用ですか? これでも忙しい身空なので、手早く済ませて下さいよ」
「何の用か、だと」
男はかなり苛立った様子で、威圧のこもった声を上げる。
「今日、テメェらが俺たちにしたこと。忘れたとは言わせねえぞ!」
「スープをぶっかけたのは、オレじゃないでんですけど」
「うるせぇ! つーか、さっきからむかつくんだよ。お前のその態度がな」
憎々しげに睨みつけてくる男に、景は怯みもせず、ため息を一つつく。
どうやらこの男たちは昼間のことを根に持ち、わざわざ人質を用意してまで仕返しに来たようだ。
(どんだけ、器が小さいんだよ)
本当にこいつらは年上なのかと疑いたくなる景。
しかし、人質を取られてしまった以上、迂闊には動けない。
「ま、その辺のことは置いといて。約束通り来たんですから、彼女は解放してもらいますよ」
「おいおい、この状況でそんな要求が通ると思ってんのか」
薄ら笑いを浮かべながら、バカにするように男は言う。後ろの二人も、ニヤニヤと鬱陶しい目つきで眺めていた。
「じゃあ、仕方ないですね」
景は肩をすくめると、クルリと振り返り、そのままスタスタと離れていく。
「ん? おい、お前どこ行く気だ」
「えっ? 帰るんですけど」
至っていつもの調子でのたまう景に、男たちは笑うのを止め、困惑した表情になる。
「お、お前。この女がどうなってもいいのか」
「別にいいですけど」
ためらう素振りなど微塵も見せずに言い切った景の非情な発言に、三人は呆気にとられる。
そして、見捨てられた当人はというと、やはり無表情で何の反応も無かった。
「…………はっ、ハハハ。こいつは傑作だ」
男は笑った。さっきまでの薄ら笑いではなく、ゲラゲラと下品な声を上げて。
今までも人質を見捨てて逃げた腰抜けは数いたが、目の前の少年のように速攻で“逃避”を決めた人間はいなかった。
故に、彼はとんだ臆病者がいたもんだと嘲った。
「いくら雑魚でも、ここまでとはな。逆に尊敬するぜ」
「本当、本当。そういや、昼ン時も真っ先に逃げてたなコイツは」
「逃げ腰で弱虫とは、救いようが無いぜ」
少年の弱さを嘲笑する三人。けれども、景はさして気にした様子もなく、無言でその場を立ち去ろうとする。
「おい、待て。誰が帰っていいって言ったよ」
だが、そんな真似は許さないとばかりに刈り上げの男は声を張り上げる。
「何すか。オレはとっとと帰りたいんですけど」
「まあ、待て。腰抜けのお前のために、先輩から特別に戦いの指導をしてやるよ」
瞬間、男の何も持ってなかった右手に、一振りのレイピアが顕現した。突如として現れた武器は、恐らく能力で作り出したモノ。
(武器生成タイプの能力者か)
切っ先を景に向けると、男は獣のような顔で凄む。自らの能力を見せつけてくるあたり、どうやら余程自分の力に自信があるらしい。
「それはありがたい話ですが、校内での私闘は停学、下手すりゃ退学モノなので遠慮しときます」
「心配すんな」
男は胸ポケットから生徒手帳を取り出すと操作を始める。すると、景の生徒手帳から着信音が鳴り出した。
画面を見ると、そこには「2年5組 渡辺瞬からの能力決闘の申し込みです。受けますか」という文面とその下に「はい」と「いいえ」のボタンが表示されていた。
「能力決闘なら、問題はねえだろ」
「…………」
景はしばし画面をじーっと見た後で、面倒くさそうに「はい」のボタンを押した。
「はっ、潔いじゃねえか」
「流石の逃げ腰くんも逃げられないなら、戦うしかないもんな」
「さあ、稽古の時間だよ~」
じりじりと迫る三人組に、景はその場から微動だにしない。それを見て、三人は再び愉快そうに笑う。
「おいおい、こいつ恐怖のあまり動けないでいるぜ」
「情けねえな~」
「ほら、とっととかかって来いよ」
挑発を受けてもなお、景は全く動こうとしない。
「チッ、来ないなら、こっちから行くぜぇ!」
痺れを切らした一人が、両手に炎を灯らせて飛びだした。空気を焦がしながら走る男。
しかし、数歩と進まない内に目の前の少年との距離がゼロになった。
「へっ?」
間抜けな声を上げる男の腹に、景は火花迸る右足で蹴りを叩きこむ。
「ぐぼっ!」
そこでようやく彼は、目の前の少年が超スピードで自分の懐に入り込んだということに気づく。
「一人目脱落」
最高時速一〇〇キロのスピードを生む電光石火の蹴撃で男の意識を吹っ飛ばした景は、残りの二人に視線を注ぐ。
「くそっ」
やられた仲間を見て、多少焦りを感じ出したオールバックの男、渡辺は距離をとるが、もう一人は逆上し、突っかかって行く。
「この野郎っ!!」
両手から金属製の鎖―――恐らくライラを縛っているのと同一のモノ―――を生み出すと、鞭のように振るい、叩きつける。
だが、景は自分の唯一とも言える才能、並み外れた動体視力で鎖の動きを見極めると軽く体を逸らして避ける。
しかも、それだけでなく地面に触れた瞬間を見計らい、鎖を足で踏んづけて固定した。
電撃を纏った足で金属製の鎖を踏めば、それを操っている男がどうなるかは想像に難くない。
「ぎゃああああっ!!」
「二人目脱落」
感電し、悲鳴を上げて倒れた男を、景は踏んづけるように気をつけて歩く。
「どうやら指導する前に終わりそうですね」
最後に残った一人に視線を合わせる景。
「おい、嘗めんじゃねえぞ」
渡辺はレイピアを構えたまま、じっと不動の姿勢をとる。彼の顔からはすでに笑みは消え去り、獲物を狙う獣のような目となっている。
「俺はBランク。“堅甲利兵”の渡辺瞬だ。お前如きに負けるかよ」
言うや否や、渡辺の体が銀色の甲冑に包まれる。中世の騎士を思わせるその姿は、まさしく武装した兵士。
(なるほど。スピードじゃ勝てないとふみ、機動力を捨てて防御を強化したか)
さらに金属製の甲冑に全身を覆われていては、電撃も外側に流れるだけで中の人間には届かない。
流石Bランクと言うだけあって、驕れるだけの才能はあるようだ。
「やれやれ、こいつはちょっと面倒かな」
そして、そんな相手に対しても、景はいつもの調子を崩さない。
「その余裕、いつまで続くか見物だな」
ガシャン、ガシャンと重々しい金属音を鳴り響かせながら、渡辺はゆっくり歩いていく。
(何だ? こいつの目)
景を虐げる弱者ではなく、倒すべき敵と認識したことで、初めて渡辺は彼の異様さに気付いた。
今まで彼がリンチにかけてきた生徒の反応は様々だった。
力に怯える者、自らの弱さを嘆く者、理不尽な暴力に怒り、抵抗する者。
皆、負の感情を全面に押し出した目を自分たちに向けていた。
だが、正面にいる少年の目には何も映っていない。
その目には恐れも怯えも、怒りも悲しみも、憎しみも恨みもなかった。
そして、その目に渡辺は大きな疑問と―――わずかな不気味さを感じていた。
(バカな! この俺が一年生を怖れただと!)
己を叱咤し、渡辺はレイピアを「斬る」方ではなく、「刺す」形へと構え直す。
心の中に生まれた小さな不安。それを振り払うかのように、渡辺は突撃する。
「うおおおおおっ!!」
雄叫びを上げ、地面に深い足跡を残しながら接近する渡辺に、景は両足から激しく火花を鳴らし、迎え撃つ体勢を整える。
片や鈍重、されど強く堅い。
片や超速、されど軽く脆い。
対照的な二人が、それぞれの意図を胸に衝突する。
寸前。
「ぐっ」
「何っ!?」
突如、二人の間に明らかに自然のモノではない突風が吹き荒れ、肉薄する両者を引きはがした。
「ぐわああああああっ!!」
更に、渡辺は体を取り巻くようにして生まれた竜巻にあおられ、空中に放り投げられる。甲冑と体重を合わせて軽く九〇㎏を超えた重量があるはずの渡辺が、まるで木の葉のようにクルクルと宙を舞い、落下する。
「やれやれ。間に合ってはいないだろうけど、最悪の結果は免れたかな」
やたらと格好良い声と共に姿を現したのは、長身で爽やかな印象を受けるスポーツ系のイケメンだった。
「……あ、嵐神」
渡辺が驚愕の表情で紡ぎ出した言葉を聞き、景は確信する。
彼こそ三大派閥の一角を担う、序列5位のAランク能力者
“嵐神”。五十嵐迅であると。




