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ロストナンバー  作者: 宇野 宙人
第二章 転校生編
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第二十八話 派閥

退学組編は主に校外に視点を当てていたので、転校生編は校内に視点を当ててみようと思います。


そして、彗以外の一桁順位(ファースト)(名前だけ)も登場。


第二十八話です。

「熱っ! テメェ、何しやがんだ!」


 熱々のスープをかぶせられた上級生は怒りに駆られ、黙ったまま対峙するライラに詰め寄ってきた。

 突然の出来事に、一瞬、時が止まったように感じてしまう程、食堂中の人間の動きが固まり、話し声が止んでいる。


「―――っ! 不破さん!」


 皆が呆気に取られている中、いち早く動いた紫苑はライラの手を掴むと、一目散に食堂の外へと走った。

 それを見た景とナイトも後に続くが、それほど足に自信のない彼らではすぐに追いつかれるのは目に見えている。


「ちっ。ナイト、頼む」

「承知した」


 ナイトはその場で足を止めると、追いかけてくる上級生に向かって包帯の巻いた右腕を高らかに掲げ、無駄にポーズを付けて声高に宣言する。


「混沌の闇に導かれし、邪悪なる我が従僕よ。存在を食らい、世界を絶望で―――」

「そういうのはいいから、とっととやれ!」


 急かす景に、ナイトは若干不服そうにしながらも能力を発動させる。


「“如法暗夜(ミッドナイト)”」


 わざわざ言う必要の無い自身の能力名を叫んだ刹那。ナイトの右腕から黒色のオ―ラが吹き出し、上級生三人の周囲を黒一色に塗りつぶした。


「な、何だ!?」

「くそっ、何も見えねえ」

「痛ッ! 足、足踏んでる!」


 ドーム状の闇に覆われた三人は、急に光を失ったことに戸惑い、二の足を踏む。 その隙に、景、紫苑、ナイト、ライラは食堂から脱出し、三階まで階段を一気に駆け上った。

 追手が来ないことを確認すると、男子三人は壁に寄りかかり、荒い息を繰り返す。

 そして、そんな彼らとは打って変わって、ライラは全く疲れた様子を見せず、全く表情に変化がない。追われる立場なら、もう少し不安そうにしてもいいものだが、何というか二重の意味で強心臓だ。


「な、何とか逃げ切れたか」

「そうだな。ところで、紫苑」

「ん?」

「お前、いつまで手ぇ繋いでんの?」


 景に指摘され、紫苑は今まで自分がずっとライラの手を握っていたことに気付く。


「あっ! ご、ごめん、不破さん」

「……別に、いい」


 顔を赤くし、紫苑は慌てて手を放す。女好きという割には、案外初心な……いや、彼に女性経験がないことを考えると当然の反応かもしれない。

 対して、ライラは特に気にした素振りも見せず、ただただ無表情。クラスに来てからここまで、ほとんど感情を見せない彼女を、景はまるで人形のようだと感じた。


(そして、そんな彼女があそこまで感情的な行動をとるとはね)


 人は見た目で判断してはいけないというが、流石にあれは予想外すぎる。

 転校生の意外な一面を垣間見た景は、改めてライラに視線を向けると、彼女は三人に向けて頭を下げた。


「ごめんなさい。私のせいで……みんなに、迷惑を」


 謝罪するライラ。声や態度からは、申し訳ないと思っているのが十分に伝わってくるのだが、何せ表情が完全に固定されているので、どうにも調子が狂う。


「あ……いや、別にいいって。むしろ、スッとしたし」

「左様。彼の者どもの横暴な振る舞いには、我も嫌悪の情を抱かざるを得なかったからな」


 紫苑とナイトも、あの上級生の態度にはムカついていたため、ライラの反抗は二人にとっても痛快だった。

 景もその点は同意見だったので、彼らと同じく、気にするなと伝えようとした時、再びライラの口が動く。


「……どうしても、許せなかった」

「は?」

「“無能”って、言葉が」


 静かに、されど憤りの感情が宿った言葉だった。

 どうやらライラにとって、“無能”は禁句らしい。


(……やっぱ、よく分かんねえ奴)


 転校生の謎は、接するほどに深まるばかりだ。


「まあ、今回は不運だったということにしておこうぜ。あいつらから、逃げ切れただけでも僥倖だ」

「くくく、我のおかげでな」

「そうだな。本当、ナイトの能力って地味に役に立つよな」

「地味とか言うな」


 紫苑の軽口に、ナイトは聞き捨てならないとばかりに反論する。


「深淵なる暗黒の力を司る我の如法暗夜(ミッドナイト)は、偉大にして絶大。狂気にして凶器。常人の物差しで計れるものではない!」


 完全に自分の世界に入ったナイトに絡まれ、苦笑いを浮かべる紫苑。

 その隣でライラは、くいっくいっと景の袖を引っ張った。


「ん、何だ?」

「ナイトの能力って、凄いの?」

「いや、全然。はっきり言って、かなりしょぼい」


 ナイトの如法暗夜(ミッドナイト)は、闇を操ることができる能力。

 それだけだと何となく凄そうに聞こえるが、実はそれほど大した能力ではない。

 ファンタジーな異世界であれば、闇は光と対をなす邪悪なエネルギーとして扱われることが多いのだが、生憎ここ現実世界においては、闇は光を遮ることで生まれるただの現象。

 故に、現状では目くらまし程度にしか役に立っておらず、ランクも順位もかなり低かった。


「まあ、本人は物凄く気に入ってるっぽいから、別にいいんだけどね」


 自分の設定を熱っぽく語るナイトを眺めながら、景は呟く。


 設定に闇の存在が必要不可欠な中二病のナイトにとって、闇を操れるというのは、ただそれだけで格好いいもの。

 だからなのか、ナイトは度々見せつけるように自分の能力を派手な芝居付きでアピールし、周囲をよく呆れさせていた。


(……大抵、ナイトのような弱い能力を持つ奴はバカにされるのを恐れて、あまり能力を公にしないのが多いんだけどな)

 

 普段の中二的言動には辟易するが、自分を卑下したりせず、常に堂々とした態度でいられるのは、ナイトの長所なのかもしれない。 


「あっ! いたいた。もう、不破さん。一体どこに行ってたの? 探したよ」


 真上から、景たちにとって馴染み深い女子の声が聞こえてきた。

 見上げると、そこには茶髪のツインテールを揺らすクラスメートの姿が。


「希初か」

「星笠」

「……星笠さん」

「汝」

 

 三者三様ならぬ四者四様の呼ばれ方をされた希初は、やや駆け足で階段を下りてくると、一緒にいた景たちを見て、目を丸くした。


「って、あれ? 何で景君達も一緒にいるの?」

「ああ。ちょっと、食堂で色々あってな」


 景のはっきりとしない物言いに、何かあると感づいた希初の目がキラ―ンと光る。


「ほうほう。それは、ぜひ詳しい話を聞かせてもらわなければなりませんな~」

「ああ、うん。まあ、お前が来た時点でこの展開になることは必然だよな」


 景が諦めたように言うと、希初ははち切れんばかりの笑顔で迎えるのだった。




 ◇◇◇◇◇◇




「なるほど~。それは災難だったね」

「その顔で言っても説得力無いぞ」


 景、紫苑、ナイト、ライラの一行は希初を交え、教室で残りの昼休みの時間を雑談という形で消費していた。


「でも、他の派閥の人ならまだしも、嵐神派の人がそんなことするかな?」

「えっ? 他にも、派閥があるの?」

「いや、不破さん。そもそも、二つ以上に分かれなきゃ、派閥は存在しないでしょ」


 不破の質問に、希初は苦笑気味に答える。


「そういや、俺も派閥の事についてはよく知らないけど……景は?」

「そんな魔法のランプの持ち主みたいな名前の組織なんぞ、オレは知らん」

「いや、景君。嵐神(アラジン)派のアラジンは、嵐の神と書くからね」


 ツッコミを入れつつ、希初は情報庫(データバンク)らしく、脳内にある豊富な情報を元に説明を始めた。


「今、光輪にある主な派閥は三つ。まず、景君たちが会った序列5位、五十嵐迅(いがらしじん)率いる嵐神派。次に、女子のみで構成された序列4位、綾村美姫(あやむらみき)率いる魔女派。そして、この学校のアウトローたちを束ねる序列7位、柏木豪(かしわぎごう)率いる柏木派。他にも、一応あることはあるんだけど、正直この三つに比べるとミソっかすだね」


 中々、大胆なことを言ってのけつつ、希初の説明は続く。


「ちなみに、人数で言うと今のところ嵐神派が一番多いね」

「ならば、その嵐神派が最強ということか」


 ナイトが訊くと、希初はいやいや、と首を振る。


「確かに、嵐神派が三つの中では最大規模だけど、派閥全体として見れば勢力は三つともほぼ互角ってところかな。あ、でも、柏木派は今内部分裂起こしてて、大分荒れてるって言うし、魔女派も優秀な人材が不足しがちだから、若干均衡が嵐神派に偏ってきてるね」

「つまり、このままゆけば嵐神派が最強に?」

「かもね。まあ、そのせいか、他の二つの派閥はちょっとピリピリしてるらしいよ」

「ふむ。我が知らない所で、複雑な力関係が渦巻いておるのだな」


うむうむ、と頷くナイト。ちょっと、鬱陶しい。


「しっかし、派閥だの勢力争いだの、とても同じ学校内の話とは思えないよな」

「同感。つーか、そもそも派閥なんて何のためにあるんだ?」


 景が根本的な疑問を口にすると、希初は再び説明モードに入る。


「派閥がいる理由は様々だけど、“クエスト”の時、依頼内容に応じて必要な人材を確保できるってのが主なメリットだね」

「くえすと?」


 首をかしげるライラに、紫苑が解説役を名乗り出た。


「不破さんは転校したばかりで知らないだろうけど、この光輪高校では職業訓練の一環として、企業や一般人からの依頼を学校を通して受けることができるんだ。それが、学外任務。通称、“クエスト”」


 それは要人の警護からペットの捜索まで。様々な依頼を生徒が能力を駆使して遂行し、無事達成すれば依頼者から労働に見合った報酬が貰える。

 また、多くの依頼をこなせば、能力試験時の内申にも好影響を与えることができる上に、その時、出来た縁から依頼先の企業と仲良くなり、就職先が決まるといった話も少なくない。

「卒業後、速やかに能力者が社会に馴染めるように。また、多くの人に能力者の有用性を示し、その存在を認めてもらうこと」という目的の下に始まったこの取り組みは、未だに批判的な意見もあるが、概ね順調な成果を上げている。


「言わば、学校が紹介してくれる能力者専用のバイトみたいなもんかな」

「……そういうのがあるって話は、聞いたけど……でも、それが出来るのは生徒会役員だけって……」

「それは警察とか政府の依頼の方だね。私たちが受ける民間の依頼は、学校の許可さえ貰えれば誰でも参加可能なんだよ」

「……そうなんだ。色々と詳しいんだね、星笠さん」

「ふっふっふ。伊達に光輪の情報庫(データバンク)を名乗ってるわけじゃあないんだよ」


 感心した様子のライラに、説明役に戻った希初は鼻をピノキオのように高くする。


(ま、一人だけ例外がいるけどな)


 景は生徒会役員でもないのに政府からの依頼を受けることを許された自由人の姿を思い浮かべて、ため息をつく。

 

(いや~、本当…………よく生きてたよな、オレ)


 想像しただけで、ひどく気分が落ち込む景だった。


「……じゃあ、みんなもクエストに、参加したことがあるの?」

「いや、一年生(我ら)が参加できるのは二学期からなのだ」


 ナイトがつまらなさそうに愚痴ると、茶化すように紫苑が割り込んできた。


「つーか、そもそもナイトの能力が必要な依頼って、無いだろ」

「うっ……だ、だが、それは汝も同じだろう」


 苦し紛れに反論するナイト。否定しない所を見ると、自分の能力が役に立たないことは自覚しているらしい。


「いやいや、俺の能力は結構『犯罪方面で』役に立つよ、って星笠!」


 さりげなく紫苑の台詞に不穏な単語を(しかも、ご丁寧に声真似までして)紛れ込ませた希初は、チロッと舌を出す。


「ったく、不破さんに変な目で見られたらどうすんだ」

「大丈夫。時間の問題だから」

「どういう意味だよ!?」


 紫苑が喚いたその時、ちょうどタイミング良く昼休みの終了を知らせるチャイムが鳴り響いた。


「ハイハイ、君たち。お喋りはその辺にして、解散解散」


 いつの間にかすぐ傍にいた学級委員の男子が、各自席に戻るよう促す。

 尤も、彼らは生活態度はともかくとして授業態度は比較的真面目なので、言われずともチャイムが鳴った時点で、駄弁り続けようとする気のある者はいなかった。

 

「はあ、あと二時間か」

「もう少しの辛抱だね」


 これから始まる無益で退屈なニ時間を想像したのか、皆が浮かない表情を浮かべる中、


(……またか)


 景は、再び背後から刺すような視線を漫然と感じながらも、特に意識することはなく席に着き、先生が来るまでぼんやりと空を眺めるのだった。



今回は説明回でした。


まだまだ、光輪には設定が色々と存在しますが、それは次回以降ということで。


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