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ロストナンバー  作者: 宇野 宙人
第二章 転校生編
30/70

第二十七話 転校生

 ジメジメと雨が続く梅雨の時期には、貴重とも言える快晴の日。

 照りつける日差しは非常に眩しく、夏がすぐそこまで来ていることを知らせているようだった。


 六月も中旬に差し掛かり、学生が待ち焦がれる夏休みまで一ヶ月を切ろうとする中、光輪高校1年2組の教室内は期待と好奇心で沸き立っていた。


「景君、景君。大ニュース」

「何だ?」


 教室に入るなり、やたら興奮した様子の希初に声をかけられた景は、自分の机に鞄を下ろしながら問う。


「なんと! 今日、このクラスに転校生がやってくるんだって!」

「……へ~、それはそれは」


 全く興味なさげに景は返事をすると、席に着き、新作のライトノベルを読み始めた。

 その反応が不服だったのか、希初は景の机を挟んだ真向かいに立って、なおも言いつのる。


「ちょっと、景君。転校生だよ。それもこの光輪にだよ」

「だから?」

「普通、気になるでしょ」

「別に」


 確かに、この時期の、しかもこの光輪へ転校というのはかなり珍しいが、景にとってはさして食指が動く話題ではない。

 もっとも、このクラスでそう思っているのは、景だけだったらしく、他のクラスメートは残らずこの話題の情報源である希初の周りに集まっていた。


「それで、星笠さん。その転校生って男子? それとも女子?」

「ランクはいくつなんだ?」

「スリーサイズは?」


 もっと詳しい情報を知ろうと、クラスメート達はますますヒートアップしていく。


「ってか、性別が分からないのに、スリーサイズなんか聞いてどうすんだよ」

「何言ってるんだ、早房。こういう場合、転校生は美少女ってのが常識だぜ」


 呆れた声を出す早房に良い顔で応えたのは、クラス一のお調子者、糸川紫苑(いとかわしおん)

 顔にそばかすのある快活な男子だが、自他共に認める女好きで、一部女子から「エロ川」という不名誉な通り名を与えられている。


「くくく。しかし、闇夜(ナイト)(・ザ)黒騎士(・ナイト)である我の第六感(アナザーセンス)でも感知できぬ者がいたとは、これは相当な手練れ」


 右斜め後ろの席で、意味深に笑いながら痛い発言をしている線の細い男子は、ナイトこと内藤次郎(ないとうじろう)

 右腕に包帯を巻き、左目を前髪で隠している典型的な中二病患者で、自らを設定キャラである闇夜(ナイト)(・ザ)黒騎士(・ナイト)と公言し、クラスメートにもそう呼ぶよう強制したため、略してナイトと呼ばれるようになった。

 クラスの中でも、取り分けよく目立つ(悪い意味で)二人に挟まれた景は、自然とため息が漏れる。


「おい、希初。とっとと話して、こいつら全員席に戻してくれ」


 余程自慢したかったのか、未だ情報を出し惜しみする希初に、早く話せと促す。


「オッケー。じゃあ、話すよ」


 希初がようやく転校生の情報を公開しようとした矢先、突然、ナイトが自分の右腕を押さえて、もがき出した。


「くっ、静まれ! 我が右腕に刻まれし闇の聖痕(ダークスティグマ)よ」


 必死な顔をして、握りつぶさんばかりに強く掴む右腕からは、いかにも邪悪そうな黒色のオーラが立ち上っている。

 だが、周りにいるクラスメートは彼の奇行にも黒色のオーラにも驚くことはなく、ただ冷ややかな目を向けるだけ。

 誰か止めろ、という空気が作られる中、仕方なく景は鬱陶しそうに口を開く。


「おい、ナイト」

「こ、この疼きは! まさか奴が目覚めかけているというのか」

「お前、少し」

「あれほどの封印を破るものなど、我をおいて他にいるはずが」

「だから、話を」

「ぐおおおおおっ!! 静まれっ! この世界に顕現してしまっては、最早破滅の道しか」

「……静まるのはお前だ。内藤次郎」

「っ! 本名(それ)を言うなぁ~」


 さっきまでの芝居がかった態度とは打って変わって、ナイトは素の自分に戻り、泣きそうな声で抗議する。

 景が終わったぞ、と目で合図すると、希初はぐっ、と親指を立て、みんながいる方に向かって声を張る。


「え~、それでは発表します。その転校生は―――」


 再びクラスメート達が希初の話に耳を傾け出した、その時。


 ガラララッ。


「お―っし、お前ら席に着け。今日は転校生を紹介するぞ」

「「「「…………」」」」


 散々、引き延ばし、焦らされた転校生の情報は、教師の到着という呆気ない幕切れで永久に話す機会を失ってしまうのだった。



 ◇◇◇◇◇◇ 



「じゃあ、入って来なさい」


 青島先生がいなくなって、代わりに1年2組の担任となった数学教師が呼ぶと、件の転校生が教室に入って来た。

 ちなみに、見せ場を奪われた希初は肩を落として、自分の席で打ちひしがれている。


 皆が待ちに待ったその転校生は――――何だか眠そうな顔をしていたが―――紫苑の予想通り、美少女だった。

 雪のように真っ白な肌と、これまた真っ白なショートカットの髪。

 だが、彗のようにきちんと整えられたものとは違い、寝ぐせのように所々無造作にはねている。

 身長は女子にしては平均よりわずかに高めで、少しの動作でも官能的に揺れる豊かな胸が、多くの男子生徒の視線を釘付けにしていた。


「え~、じゃあ、自己紹介をお願いできるかな」

「……不破ふわライラ」


 抑揚のない声で、自分の名前を言うと、転校生は口を閉ざす。

 周囲から「えっ? 終わり」「名前だけ?」と戸惑った呟きが聞こえてくる。


「えっと、じゃあ、不破に何か質問がある人は?」


 空気を変えるため、先生が助け船を出すと、先ほどまでの消沈っぷりが嘘のように、希初が勢いよく手を上げて訊ねる。


「はいっ! 不破さんのランクと順位と能力を教えて下さい!」


 希初の質問に、クラスの緊張が高まった。


「ランクは……B。順位は……76位」


 ライラが律儀に答えた途端、ざわめきが起こる。

 これまで、一年生のトップは言わずもなが彗であるが、二番は順位81位である祐だった。

 つまり、彼女は転校早々にして、一年生の№2よりも高い実力を持っていることになる。


「そして、能力は……」


 と、そこで言葉を切り、鞄を開けて中からスケッチブックと鉛筆を取り出す。

 クラス全員が呆気にとられる中、黙々とライラは何かを描き続ける。

 

 数分が経ち、鉛筆を置いてスケッチブックを裏返すと、そこには神話にでも出てきそうな見事な竜が描かれていた。

 トカゲとこうもりの翼を合体させたような西洋のドラゴンではなく、蛇のような長い胴体を持つ神秘的な東洋の竜。

 その竜の絵は、今にも動き出しそうな迫力があったが、何故か瞳の部分だけは何も描かれていない。

 瞳の描かれていない竜。それを見て、勘のいい何人かは彼女の能力を理解した。


「“画竜点睛(がりょうてんせい)”」


 ぼそりと景が呟くと同時に、ライラが仕上げとして瞳を描き入れる。

 すると、描かれた竜が立体的に浮かび上がり、瞬く間に紙の中から飛び出した。

 大きさは大体五mほどだろうか。翡翠の如く輝く鱗に、鹿のような角をもつ竜は、天井スレスレの位置で教室内を二周ほど飛びまわり、霧散した。


「描いた絵を、実体化させる。それが、私の“画竜点睛(ソリッドスケッチ)”」


 ライラがボソボソと説明するが、2組の生徒は既にそれどころではなく、またもやガヤガヤと騒がしくなる。


「はいはい、お前ら。そろそろ、授業始めるから静かにしろ。不破は、そこの空いてる席に着けよ」


 先生がそう言うと、生徒たちは一応静かになり、ライラも自分の席に着くため、教室の右端に移動した。

 もちろん、景も授業に備え、ラノベをしまい、教科書とノートを取り出す。


(ん?)


 その時、ふと転校生の席の辺りから鋭い視線を感じ取った。

 反射的に、景は目だけをその方向に向けるが、感じたのは一瞬だったため、視線の主は探し出せない。


(気のせい……じゃないだろうが。まあ、いいか)


 景は特に気することなく、授業の準備を続けるのだった。




 ◇◇◇◇◇◇




 授業が終わり、束の間の休み時間が来る度に、ライラはクラスメートに取り囲まれ、話しかけられていた。

 四時限目が終了し、昼休みになってからは少し落ち着いてきたが、未だ彼女の周りに人が途切れる気配はない。


「へぇ、不破さんはクォーターなんだ」

「うん。祖母が、イギリス人」

「だから、髪も肌も白いんだね」


 希初を含む何人かの女子と言葉を交わすライラ。

 相変わらず、感情が見えにくい口調だが、多少は打ち解けたように見える。


(しかし、あれじゃあ一息つく暇もないだろうな。ま、これも転校生の宿命か)


 過去に転校した経験が一回だけある景は、ちょっとだけ親近感を覚えつつ、教室を出る。

 今日の昼食は珍しく学食を利用することに決めていた景は、階段を下りて食堂へと向かった。


「混んでるな~」


 食券と引き換えに、食堂のおばちゃんから醤油ラーメンを受け取った景は、座れるとこを探したが、生憎、席はどこも一杯で、空いている場所が全く無い。

 光輪の食堂は結構広い方なのだが、それでも昼食時には席がほとんど埋まってしまう。

 だから、食堂を利用するには、授業後すぐに来て席を確保しなければならないのだが、全くと言っていいほど学食を利用してなかった景は、その鉄則を知らなかった。

 しばらく、辺りを見回しながらうろついていると、紫苑とナイトの二人が人数的にかなり余裕のあるテーブルで昼食をとっているのが目に入った。


「よっ、隣いいか?」

「構わぬよ。我が魂の盟友」


 ナイトはいつも通りの中二的な台詞を言いつつ、Bランチを口に運んでいる。


「しかし、珍しいな。汝が学食とは」

「気まぐれだ」


 割り箸を割って、湯気の立つ麺をすする景。


「しっかし、出来ることなら、俺はあの巨乳チャンと至福のランチタイムを過ごしたかったぜ」


 目の前では、紫苑が心底、悔しそうにしながら、カツカレーを貪るように食べていた。


「何言ってんだ。あそこまで女子にがっちり固められてたら、手出しなんて出来ねえだろ」

「そうだけどさ。あ~、何としてもお近づきになりて~」


 何となく口にした紫苑の願いは、意外にも、わずか五秒後に叶うこととなった。


「隣、いい?」

「ああ、どうぞ……って、ええ!! 不破さん」


 紫苑が振り返った先には、眠そうな表情をしたライラが親子丼の載ったトレーを持って、立っていた。

 驚きのあまり、思わず叫ぶ紫苑だが、彼女は顔色一つ変えず、隣の椅子に座る。


「いや~、まさか初日から美人転校生と一緒にお昼が出来るなんて。これはクラスのみんなに自慢できるな」


 やけに上機嫌な紫苑。ナイトも無関心を装っているが、そわそわとした落ち着かない空気が伝わってくる。


「しかし、また、何でこんなとこに? 周りにいた女子たちは、一緒じゃないのか?」

「しつこかったから……撒いた」

「……ああ、やっぱりうんざりしてたのか」

「うん」


 黙々と親子丼を頬張るライラを、景は同情に満ちた目で眺める。


「あ、自己紹介がまだだったな。俺は糸川紫苑。ちなみに、絶賛彼女募集中!」


 紫苑がアピールも兼ねた自己紹介をしたため、景とナイトもそれに倣う。


「早房景だ」

「くっくっく、我が名は―――」

「内藤次郎。ナイトと呼んでやってくれ」


 顔の半分を手で覆いながら、不敵に笑うナイトに、初対面でこのキャラを理解させるのは面倒だと判断した景が代わりに紹介する。


「―――っ! そ、それは、現世を生きる仮の名。我が真名は、漆黒の闇を統べる夜の覇者。闇夜(ナイト)(・ザ)黒騎士(・ナイト)!!」


 自己紹介を邪魔されたナイトは、めげずに中二的名乗りを上げてみせるが、ライラは一切応じることなく景を、景だけを見据えている。


「よろしく」


 親しみの色はなく、ただ目の前の獲物をジッと観察するような視線に、景は確信する。


(……やっぱ、さっきの視線はこいつか)


 何故自分にだけ関心を持たれているのか。心当たりがまるでない景が首かしげていると、上級生らしき男子生徒が三人、やたら不機嫌そうな顔でこっちに詰め寄ってきた。


「おい、お前ら。そこで、何をしている」

「何って……昼飯を食べているんですが?」


 見れば分かるだろ、と景は言外にそう伝える。


「ここは、俺たち“嵐神(アラジン)”派が使う席だ。お前ら一年が勝手に使っていい場所じゃない」


 三人のうちの一人が怒声を浴びせ、後方にいた二人も同調するように頷く。


「ちょっと待って下さい。食堂の席は全部自由席でしょう。俺たちがどこに座ろうが、先輩たちにとやかく言われる筋合いはないはずですよ」


 紫苑が真っ当な正論を突きつけるが、上級生らしき男はバカにするように鼻で笑った。


「はっ、知らねえのか。食堂は派閥によって、座る席が決まってるんだよ」


 それは学食を利用する生徒なら、誰もが知っている暗黙の了解。

 実力主義の学校であるが故に、強者が優遇されるのは当たり前、という意識が生んだ結果だった。


(どうりで、この混雑した食堂の中で、この席だけがやけに空いていると思ったよ)


 厄介なことになったと、景は内心頭を抱える。


「分かったか。分かったなら、退けよ」


 やたらと偉そうに、上級生は席を空けるよう言ってくる。


「ちょ、そんな一方的な」

「止めとけ、紫苑。ここは言う通りにした方がいい」


 なおも退こうとしない紫苑を、景が制する。


「いいのかよ、景」

「ああ、オレは食い終わったし」

「早っ! いつの間に」


 スープだけになった器を持ち、景はそそくさと立ちあがる。


「はっ、聞きわけがいいじゃねえか」

「そうそう。低ランクは大人しく俺たちに従ってればいいのさ」

「自分の無能さを自覚しとけっての」


 身勝手で傲慢、そして、さもそれが当然の如く命令してくる上級生に、紫苑とナイトは露骨に顔をしかめるが、反論する気はおきず、大人しく景に続く。


「不破さん。悪いけど、別の場所に―――」


 バシャッ!


 紫苑が声をかけるのと同時に、ライラは景の手にあったラーメンの器を奪い、無言でまだ十分熱の残ったスープを彼らに浴びせた。


画竜点睛の故事(※知らない人のために)


中国六朝時代。

梁の絵の大家、張僧繇が都、金陵の安楽寺に四頭の竜の絵を描いたが、ひとみを描き入れると竜が飛び去ってしまうと言って、睛を描き入れなかった。

世間の人はこれをでたらめだとして信用せず、是非にと言って無理やり睛を描き入れさせたところ、たちまち睛を入れた二頭の竜が天に昇り、睛を入れなかった二頭はそのまま残ったという。(歴代名画記より)





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