第二十六話 生徒会の活動
一応、新章突入。
……だけど、今回、主人公はお休みです。
光輪高校生徒会。
それは能力者の通う光輪高校において、トップクラスの能力を持つ五人によって構成された精鋭集団。
「最強」の名にふさわしい能力と人の上に立てる器が無ければ、所属することが許されない狭き門を潜り抜け、選ばれた役員は高校在籍中のみならず、卒業後も一種のステータスとして扱われ、国家特殊公務員などの要職に就く際に大きなアドバンテージを得ることが出来る。
そんな彼らの活動内容は主に二つ。
一つは、普通の学校同様、光輪内での行事運営や部活動などを生徒の代表として取り決めること。
そして、もう一つは警察機関の一部として、能力者に関わる犯罪を取り締まることである。
◇◇◇◇◇◇
とある町の裏通りにある鎖島金融という建物の中で、親子らしき初老の男性と女子高生が二人のカタギではなさそうな男たちに見下ろされていた。
「……お、おねがいします。どうか、どうか娘だけは」
「ハァ? んなもん、ダメに決まってんだろ」
恐怖で引きつった声で父親が懇願するも、近くにいた若い男に一蹴される。
この鎖島金融は多くの人を騙し、脅して、理不尽な金利で金を巻き上げる典型的な闇金であり、強力な能力者を何人も抱える地元の大型ヤクザとの繋がりも持っているため、警察も容易には手を出せず、彼らはこの町で好き放題に暴れていた。
そして、今回の哀れなる被害者がこの親子で、金を取り立てるため、無理やりここに連れてこられたのだった。
「オイ、お前ら。んな下らねえことしてねえで、とっとと金を回収しろ」
「分かってますよ。社長」
後ろ方でふんぞり返って椅子に座る、目つきの悪い壮年の男が若い男に指示を出す。
「オイ、突っ立ってねえで、早く来い。お前がいねえと、金が回収できねえだろが」
その若い男が苛立ち混じりに声を荒げると、物陰からこの場にそぐわない小柄な男の子が姿を現す。
年は十歳前後といったところだが、全身がガリガリにやせ細っており、目は虚ろで一切の生気や意思というものが感じられない。
また、顔や腕には多くの傷痕があり、酷い目にあわされ続けたのが容易に想像できる。
男の子は、ヨタヨタと歩いて近づくと、父親の方にそっと手を伸ばす。
「イヤ、お父さん!」
「黙ってろ」
娘の方は泣きながら叫ぶが、近くにいたもう一人の額に傷を持つ男に押さえつけられる。
「…………」
「早くしろ! クソガキ」
刹那、男の子はためらうように手を少し下げたが、ドスの利いた声で急かされ、再び手を元の位置に戻す。
長い間、度重なる暴力を受け続けた結果、罪悪感や反抗心などはとうの昔に失っており、今はただ何の感情も持たない道具へと成り果てていた。
「な、何をする気だ?」
「…………」
「オイオイ、聞いてなかったのか。言っただろ」
若い男が次の台詞を口に出すと同時に、子供の手が光り出す。
「……金を回収するってな」
「う、うああああああああっっ!!」
父親は悲鳴を上げた。髪は白く、肌は弾力を失い、深い皺が刻まれていく。
彼の外見が見る見るうちに年老いた姿へと変貌し、その変化に比例するように、空中から大量の万札が降って来た。
これが彼の能力。“一刻千金”。
人の持つ時間、すなわち寿命を金へと変える能力。
生まれながらにしてこの力を持っていた彼は幼き頃に誘拐され、ここで金を生み出すために長いこと利用されてきた。
「ああっ、あ……」
「い、いやァァァァ!!」
四十代くらいだった父親が、一気に七、八十代くらいにまで老けこむ様を見て、娘は絶叫した。
「……オイ、全部でいくらだ」
「三〇〇〇万ちょいです」
若い男たちが金をかき集め、その内の一人が渡しながら報告すると、社長は軽く舌打ちする。
「足りねえな。オイ、ガキ。そっちの娘の方にも能力を使え」
社長が娘の方を指し示すと、子供はそちらに向かって歩き出す。
娘は自分を押さえつけている手を振りほどこうともがいたが、男の力は強く、びくともしない。
「あ、ちょっと待って下さい、社長。結構上玉だし、少し遊んでもいいですか?」
若い男が娘を見ながら、下卑た笑みで訊ねる。
「ふん、好きにしろ」
「へへっ、流石社長」
男が子供を後ろへ押しやり、娘へと手を伸ばす。
「いや、やめて……」
娘は怯え、声が震えていたが、男はお構いなしと彼女の衣服に手をかけ、左右に引き裂く。
「いやっ、誰か……誰かァ!」
薄桃色の下着に包まれた胸をさらけ出された彼女は、必死になって助けを求めるが、その声は空しく室内に響き渡るだけだった。
「へへっ。さぁ、お楽しみといきますか」
そして、ニヤケ面をした男が、そのふくらみに触れようとした瞬間。
「あー、流石にこれ以上はまずいっすね」
「―――っ 誰だ!?」
いつ間にか、一人の学生服を着た少年が立っていた。
背は高くもなく低くもなく、顔は中性的で、首にヘッドホンをかけている。
「まずいっすね。十八禁展開ってのは興味あるんすけど、俺まだ十七なんすよね」
へらへらとした調子で、ふざけたことを言う少年の背後から、今度は二人の少女が顔を出す。
一人は、メガネをかけた、スレンダーな体つきとセミロングの黒髪を持つ少女。
見るからに生真面目そうで、まるで「委員長」を絵に描いたような存在。
そして、もう一人の少女は、やや幼さの残る顔立ちで、茶色がかった髪を青いリボンでサイドテールにまとめている。
どこかふわふわとした雰囲気を持っており、制服を窮屈そうに押し上げている豊かな胸がアンバランスな魅力を醸し出していた。
体つきも印象もまるで対照的な二人は、ほとんど同時に目の前の少年に声をかける。
「先走らないでくれますか。荒木」
「勝手な行動しちゃダメだよ。荒木君」
メガネの少女が叱責し、サイドテールの少女も困ったように言い聞かせる。
「分かったっすよ。虎江女史」
荒木と呼ばれた少年は、メガネの少女に向かって返事をすると、彼女たちの後ろへと下がる。
「おい、テメェら! 何者だ」
「光輪高校生徒会です。今回、警察はこの鎖島金融を摘発することになったので、協力を要請されました」
威圧するように声を張り上げた社長に、メガネの少女、虎江は全く気圧されることなく応じてみせた。
「ほう、中々肝の据わったお嬢ちゃんだな」
「ありがとうございます、と言っておきましょうか。犯罪者に褒められても、嬉しくはありませんが」
「ふんっ! だが、まだ世間というもの知らねえらしいな。坂巻!!」
社長が叫ぶと、娘を押さえつけていた額に傷を持つ男が上着の内ポケットに忍ばせていた拳銃を引きぬき、発砲する。
放たれたのはたった一発の弾丸。されど、銃口から飛び出した瞬間に、弾丸は数百にまで増殖し、雨のように降り注ぐ。
放たれた銃弾、それも辺り埋め尽くすほどの数ともなれば、回避は不可能。
当然、それは光輪高校の生徒会役員である三人も例外ではなく、避けることは出来なかった。
だが。
「……なっ!」
発砲した坂巻は絶句する。
彼が見たのは、血を流して穴だらけになった三つの死体――――――ではなく、三人の手前で弾かれ、床に落ちていく数百発の弾丸だった。
「“弾丸雨注”。撃った弾丸を数百倍に増やす能力。報告書通りでしたね」
一切動じることなく、状況を分析する虎江の前には、仄かに緑色に輝くステンドグラスのような壁が広がっている。
数百発の弾丸を避けることは出来ない三人だが、元より彼らには避ける必要などなかったのだ。
「く、くそっ!」
銃弾を防がれたことに苛立つ坂巻は、その後も何回か発砲するが、襲いかかる無数の弾丸は全て虎江の前にある壁に弾かれていく。
「無駄っすよ。虎江女史の“堅城鉄壁”は、ミサイルでも破れないっすから」
「軽口を叩くよりも、まず自分の仕事を優先して下さい」
虎江にせっつかれ、荒木はへいへい、と気の無い返事をしつつ、能力を使う。
「舞台№8“底なし沼”」
とぷん。
荒木が言葉を放つと同時に、男たちの足元は一瞬でぬかるむ泥沼と化した。
「うわっ、何だ!?」
「くっ、足が」
沼の中へ徐々に体が沈んでいく男たちは、何かに掴まろうと手を伸ばすが、生徒会の三人と子供と親子の周りを除く、この部屋全ての床が沼と化していたため、何に掴まったところで沈む速度は変わらない。
「くそっ」
椅子に座っていたため、唯一沼に足をとられなかった社長は、机を踏み台にして窓から逃げる。
「しゃ、社長!」
「あー、見捨てられたっすね」
男たちを見下ろしながら、荒木がちょっと同情気味に言った。
「た、たすけ……」
「嫌っす」
体の半分以上が沼に沈んだところで、若い男が命乞いをするが、荒木はそれをにべもなく断る。
軽薄な口調とふざけた態度は変わらないのに、どこか寒気を感じさせる響きがあった。
「まあ、命まで奪う気はないんで、そこは安心して欲しいっす」
二人の男が完全に沈みきると、泥沼は消え去り、元の白い床に戻った。
「一件落着っすね。あの社長とか呼ばれてたオッサン、普通に逃がしちゃいましたけど」
「別に構いません。私たちの目的は、この子の保護。彼らを捕まえるのは二の次ですから」
虎江は幼い少年へ歩み寄ると、頭に手を当てる。
少年は三人が現れてから、男たちが消えるまで何の反応も見せず、その場でずっと立ち続けていた。
「それに、どうせ逃げ切れるわけがありませんし」
「まあ、それはそうっすけど……また、副会長に何か言われそうで、憂鬱なんすよ。虎江女史」
「荒木。その呼び方は止めて欲しいと、何度も言いましたよね」
「じゃあ、トラえも……」
「殺しますよ」
殺気を帯びた視線に、流石の荒木も黙った。
「……あ、あの、貴方たちは?」
呆然と成り行きを見守っていた娘が、遅まきながら口を開く。
「安心して下さい。私たちは味方です」
「……そう、ですか」
色々なことが起き過ぎて、未だ状況が上手く掴めなかったが、目の前の人たちが助けに来てくれたことだけは分かり、ホッとする。
それと同時に、現在の自分の格好を思い出し、羞恥で頬が赤く染まった。
「荒木。今すぐブレザーを脱いで渡しなさい。こっちを見ずに」
「了解っす」
言いつけを守り、振り向くことなく手渡された荒木のブレザーを、虎江は目の前の少女にかける。
「取りあえず、それを羽織ってて下さい」
「あ、はい」
ブレザーの前を閉じて、ようやく娘は安心する。
荒木のブレザーは彼女にはやや大きめで、袖が少しあまっていたが、それは仕方がない。
立てますか、と差し伸べられた手を掴み、ゆっくりと娘は立ちあがる。その時、変わり果てた父親の姿が視界に映り、軽くなった心が一気に沈んだ。
「大丈夫。心配しないで」
悲痛な表情から察したサイドテールの少女は無問題とばかりに明るく言うと、老人となった彼女の父親へ向けて、パチンと指を鳴らす。
すると、まるで逆再生された映像のように、父親が元の年相応の姿まで若返っていき、同時に社長の机の上に置かれていたとても厚みのある札束が消えていった。
「お父さん!!」
駆け出した娘は、驚いた表情のまま固まっている父親の側へと寄り添い、サイドテールの少女は荒木と虎江にぐっ、と笑顔でサムズアップした。
「……何すか? あれ」
「多分、『いい仕事した』とでも思ってるんじゃないでしょうか」
「……ああ、そうっすか」
冷静に分析する虎江に、荒木は苦笑する。
(つーか、よく考えてみれば、別にモモっちはここに来る必要なんてなかったんじゃ……)
「ん? 何何、どうしたの、荒木君? 変な顔して」
「いや、何でもねーっす」
サイドテールと胸を揺らしながらやってきた彼女を、荒木は適当にあしらう。
そんな中、虎江はふと思い出したように呟いた。
「さて、あちらは大丈夫ですかね」
◇◇◇◇◇◇
一方、その頃。
窓から逃げた社長、鎖島武彦はというと、夜の街を駆り立てられるかのように愛車で爆走していた。
彼は今、携帯で繋がりのあるヤクザに助けを求めようとしたのだが、何故か全く連絡がつかなかった。
「くそっ、何で誰も出ねえ」
「そりゃ、もう壊滅しているからな」
「!!?」
鎖島は急ブレーキを踏み、振り返ると、そこには一人の少年が何食わぬ顔で後部座席に座っていた。
「ひぃ! 何だ、何なんだよ、お前らは!」
「その問いに関しては、もうあいつらが答えただろ。繰り返すのも面倒だし、とっとと捕まれ」
「ふ、ふざけんな!」
鎖島は怒鳴ると、車から降りて外に出る。
それから一目散に走りだしたのだが、彼の目の前にはいつの間にかさっきの少年が立っていた。
「鬼ごっこは終わりだ」
次の瞬間、少年の体は消え、鎖島の背後に現れて肩を掴む。
そして、二人同時にその場から姿を消し、数秒後に彼一人だけが再び戻ってきた。
鎖島の車にもたれかかって休憩していると、ポケットに入っていたスマホが鳴る。
「もしもし」
『俺だ、天川』
「ああ、会長か」
電話をかけてきた相手は、光輪高校生徒会長。光輪で1位の順位を獲得した、
「光輪最高」の能力者である。
「悪いな。何か後始末任せちまって」
『気にするな。ところで、そっちはどうだ?』
「こっちは無事完了だ。鎖島金融の人間は全て捕えたし、利用されていた男の子も保護した。逆にそっちは?」
『こちらも問題ない。散り散りになったヤクザ連中は全て叩きのめして、警察に引き渡しておいた』
頼もしすぎる働きっぷりに、ヒューと天川は口笛を吹いた。
「流石は会長。で、何? 終わったから、俺はそっちに迎えに行けばいいのか?」
『ああ、頼む』
「オッケー、オッケー。じゃあ、ちょっと野暮用済ましてから行くから、十秒ほど待っといて」
そう言って通話を切った天川は、交通の邪魔になりそうな車と共に、一瞬で姿を消す。
光輪高校生徒会。
生徒会長 草薙弦真
副会長 天川浩介
会計 星笠桃
書記 虎江文子
庶務 荒木大和
学生の身でありながら、圧倒的な能力で闇の世界に生きる大人たちですら手玉に取る最強集団。
彼らの武勇はまた一つ、確かな功績として多くの人間が知ることとなった。
学園異能モノで、最強と言えば「生徒会」。
何か定番っぽくなってますけどね。




