第十八話 取引
ようやく、ようやく投稿できました。
次回こそは本当に早め仕上げ……れるといいんですけどね。
「取引ねえ……どうします、先輩?」
敵からの要求に、自分一人で判断するのは危険と思った景は、神海へと指示を仰いだ。
ちなみに、景はかけてきた相手が貝塚だと知った瞬間に携帯の通話をスピーカー状態にしておいたので、既に会話の内容は二人にも聞こえている。
「……取りあえず、話を聞こう」
いつになく真面目な表情を見せる神海に、景は黙って頷く。
『そっちの話はまとまりましたか?』
「まあな。それで、取引ってのは何だ? 人質の交換でもするのか?」
取引と聞いて、一番考えられることを口に出す景。しかし、貝塚は笑いながらそれを否定した。
『いやいや、彼のことは正直どうでもいいんですよね』
「……何度も思っていたけど、本当お前ら輪島の扱いひでぇな。で、人質じゃないないなら、一体何が目的だ?」
輪島に一層憐れみを感じつつも、景は本題に差し迫る。
『フフッ、私の目的はただ一つ。光輪高校が、私たち退学組に今後一切干渉しないことですよ』
「はっ? お前何言って……」
「ふざけるなッ!!」
貝塚の一方的過ぎる要求に、板垣は景から携帯を奪い取ると大声で怒鳴った。
「そんな条件、こっちが呑むわけないだろ!」
『フフフフ。威勢がいいですね。しかし、忘れていませんか。こっちには人質がいるんですよ』
「―――――っ、この外道がッ!」
神経を逆なでされた板垣は、怒りのあまり携帯を強く握りしめる。それと同時に、ミシミシィと携帯から嫌な音が立ち始めた。
「オイ、落ち着けよ。板垣」
このままじゃ自分の携帯がスクラップにされかねないと、景は板垣を止めに入る。しかし、激昂している板垣は聞く耳を持たない。
「この状況で落ち着いていられるかっ!」
「わかった。じゃあ、落ち着かなくていいから、オレの携帯を握りつぶそうとするのだけはやめろ」
「何を! 元はと言えばお前が……」
いきり立つ板垣は、なだめようとする景にすら突っかかってきたが、その直前に神海が自分の方を見ていることに気付き、口を閉ざす。
「……くそっ!」
板垣は携帯を景の方へ投げると、ドカッと空いている椅子に座った。
『フフフ。どうやらそちらは大変みたいですね』
「誰のせいだ」
からかうような貝塚の声に、景は憮然と返す。
『まあまあ、そう邪険にしないでください。この条件を呑んでくれるのであれば、私たちも光輪高校には二度と手を出さないと約束してもいいですよ。もちろん、人質も無傷でお返しします』
「何?」
貝塚から放たれた予想外の言葉に、景は耳を疑った。
(こいつらの目的は、光輪高校への復讐じゃなかったのか?)
相変わらず行動の読めない退学組に、景は首をかしげる。
『で、どうです? 私の取引に応じてもらえますか?』
「いや、応じるも何も、オレにそんなこと決める権限はないぞ」
『では、一時間待ちますので、その間に上の人と話しあって結論を出して下さい』
「……一応聞くけど、もし、その取引に応じなかったら」
『フフフ、そうですねえ。僭越ながら、私も一人の男性。その目の前では、あなたが見捨てた二人の美少女が無防備に眠っています。今は変な気を起こすつもりはありませんが、そちらの態度次第では我慢できなくなるかもしれませんので、ご注意を』
楽しむような響きをもった貝塚の笑い声に、景は激しい嫌悪感を覚えた。この男は、輪島や鷹岩のような分かりやすい下種さとは違い、どうしたら相手が苦しむか計算していたぶるような陰険さを持っている。
『それでは私はこれで。いい返事を期待してますよ』
「……待て」
用件を全て済ませ、話を終えようとした貝塚を、景は引き止めて訊ねる。
「一つだけ教えろ。お前らは、一体何がしたいんだ?」
『フフッ、ご想像にお任せしますよ』
貝塚はそう言うと、通話を切った。
「……チッ」
景は軽く舌打ちすると、ツーツーという無機質な音を奏でる携帯を折りたたみ、ズボンのポケットへとしまう。
目の前では、貝塚との一方的な取引を押しつけられた二人がそれぞれ深刻な表情を見せ、部屋には重苦しい空気が漂っていた。
「で、どうするんですか?」
だれも何も言い出さないので、仕方なく景が口火を切る。
「もちろん、奴を倒すに決まっているだろ!」
真っ先に反応した板垣は、彼らしい威勢のいい言葉を放つ。しかし、景は承服しかねるといった具合で、反論した。
「人質取られてるのにか?」
「だから、その人質を救出するためにも一刻も早く奴を見つけて倒すんだよ」
「でもよ、あちらさんはこっちが手を出さなきゃ引き下がると言ってるぞ」
「ふん。悪党の言うことなど当てになるものか」
「……さいですか」
自分の意見をことごとく突っぱねる板垣と論じ合っても埒があかないと思った景は、今度は神海の方へ意見を求めるように視線を移す。
「……僕も板垣君と同意見だ。彼らの真意がどうであれ、退学組が危険な存在であることに変わりはないからね」
真剣な眼差しで語る神海の姿は、いつもの飄々とした態度をまるで感じさせない厳格な雰囲気を醸し出していた。
(伊達に風紀委員長の名を預かるものではないってことか)
初めて見せる神海の気迫に、景はすっかり呑まれていた。
「問題は、彼らをどうやって見つけるかですね、委員長。今現在、大部分の風紀委員は襲撃を受けている真っ只中。退学組捜索に割ける程、余裕が無いのが現状です」
「まあ、確かに。梅宮君に襲われまくっている現状じゃ難しいね」
「ああ。やっぱり、襲撃の犯人は梅宮でしたか」
景の指摘に、神海は忌々しい思いをしながら頷いた。
「ああ。一応、現時点での目撃情報から推定すると、約二百人の梅宮君が暴れているらしい」
「そりゃ~また、すごい数ですねって、どうしました? そんな恐い顔して」
予想を遥かに超えた数字に、素直に驚く景。だが、その時、神海の表情が一瞬硬くなるのを見逃さなかった。
「いや、何でもないよ」
「いや、何でもないわけないでしょ」
神海の言葉に、納得出来ない景はその辺りを追求しようとする。
しかし、その前に板垣が不機嫌さを前面に押し出した顔で口を挟んできた。
「オイ、今はそんなことを気にするよりも、退学組を見つけ出す方法を考えるのが先だろ。つーか、今の状況分かってんのか? お前のせいでこんな窮地に追いやられているのに、肝心のお前が全く反省してるように見えねえし! せめて、お前も少しは何か考えてみたらどうなんだ!」
「いや、オレのせいって言われても……」
言っているうちに再び怒りがこみあげてきたのか、最後の辺りは完全に怒鳴り声と化していた板垣の非難に気圧されながらも、景は一応考えてみる。
普段なら、人に何を言われようが自分の決断を後悔するような気質ではないが、流石に二人を置いて撤退したことに負い目を感じてはいた。
「もう普通に警察に頼めばいいんじゃないですか?」
ひとしきり考え終えた景は、結局無難な解答に辿り着く。
他力本願を能力とするだけあって、人の力を借りることに抵抗の無い彼らしい発言ではあったが、退学組が人質を盾に脅迫を仕掛けてきた以上、最早学生だけで解決できるレベルを超えているため、プロに任せようという景の判断は妥当と言える。
しかし、
「それは無理だ」
神海はあっさりと景の提案を却下した。
「どうしてですか? 奴らが今まで行ってきたことを考えれば、十分警察が動いてくれると思いますけど」
「確かに。今までの事を話せれば、警察は協力してくれるだろう……けど、無理なんだよ」
神海の顔が悲痛に歪む。
「どういう意味ですか?」
「……今日、この部屋で君たちに退学組の話をした時だけど、星笠さんが言ったことを覚えているかい? 『記憶が消せるなら、どうして退学組は自分たちの存在ごと消さなかったのか』て」
「そういや、言ってましたね。そんなこと」
ほんの数十分前のことについて思い起こしながらも、景はその話がさっきの台詞とどう関わっているのか分からず、首をかしげる。
「……あの時は訳あって言えなかったけど、実はそれについて大方の予想はすでについていたんだ」
「本当ですか?」
「ああ。多分、退学組はここの元生徒だということが分かれば、学校側がこの件を公にしないと考えたんだろう……事実、その通りになっているしね」
「?」
言っている意味が良く分からず再び首をかしげる景に、神海は苦々しい思いを抱えて説明する。
「上の人たち、理事会の大人たちはこの事件を完全に隠蔽する気でいるらしいんだ」
「どうして……」
「簡単な話だよ。『外』へのイメージダウンを避けたいのさ」
そこまで言われて、ようやく景も理解した。
今でこそ世界は能力者を受け入れる態勢に流れてきてはいるが、未だに否定派が多い。それは『能力』を悪用するような輩が多かったのが最たる理由だが、強大な力に振り回され、意図せずに悲劇を生んでしまったというケースも少なからず存在したからだ。
故に、一部からは「能力者を皆殺しにしろ」という過激な思想を持つ人もいて、そのような者たちを集めた組織までも現れ始める始末。
だからこそ、こんな不祥事が知れ渡れば、彼らの主張に正当性を与える格好の攻撃材料となりかねない。
「だから、警察には助けを求めることは出来ない。もちろん、退学組は捕まえたら能力者専用の刑務所に送られるだろうけど、それも秘密裏に行わなければならず、世間には何としても知られてはならない。……二日前、生徒が実習中に襲われた時に理事会からそう言われたよ」
悲しそうに目を伏せる神海の横で、板垣は腕組みしながらフン、と鼻を鳴らす。
「生徒の安全より面子を優先させるとは、大した人間の集まりだな。理事会ってのは」
「うん。まあ、でも七宝理事長は面子を優先させたというよりは、僕たちを信頼してくれたようだけど……」
気分の良くない裏話をしたせいで気が滅入ったのか、神海の表情は暗く沈んでいた。
しかし、だからと言って落ち込んでばかりいられる状況でもない。
「あの~、事情は分かりましたけど、だったらどうやって――――」
「委員長!!」
景の発言を大声で遮り、ガタッ、と勢いよく立ち上がったのは、神海が崎守と呼んでいた小柄な少女だ。
「見つけました。座標Eの24に位置する建物から北西に向かっています」
「そうか……よし、板垣君。今すぐ、古賀君と天川君に連絡を。崎守さんはそのまま彼から目を放さないで、外に出る準備を」
「「はい」」
二人はすぐさま神海に言われたことを実行に移し始め、神海自身もキリッと顔を引き締め、椅子から立ち上がる。
「神海先輩も行くんですか?」
「ああ。敵がここまですると分かった以上、僕も悠長に構えていられなくなったからね。こっちのことは、白河君に任せることにするよ」
威風堂々としたその姿には、学生とは思えない貫禄が宿っている。
「早房君。ここからが正念場だ」
「分かってます」
神海の言葉に、景も真剣な顔になった。
「では、僕たち風紀委員はこれより退学組のリーダー、貝塚琴文を捕らえる。敵はほとんど同い年とはいえ油断ならない相手だ。各自、心してかかるように。では、行くぞ。みんな!」
「任せて下さい。委員長」
「退学組なんざ、俺がぶっ飛ばしてやる」
神海の鼓舞に、風紀委員の二人は強い意気込みを見せる。そんな二人を頼もしそうに眺めながら、景は口を開いた。
「じゃあ、オレはこの辺で抜けさせてもらいますね」
その場の空気をぶち壊すような突拍子もない発言をした景に、三人は一瞬固まり、視線を集中させる。
「オイ、早房。それはどういう意味だ?」
「どうもこうも、オレはこれ以上、風紀委員に付き合う気はないってことだよ」
淡々とした態度で薄情な台詞を吐き出す景に、崎守は戸惑い、神海はジッと観察するように目を細め、板垣は詰め寄った。
「オイ、お前それ本気で言ってるのか?」
「当然だろ。元々、風紀委員なんてやる気なんかなかったのに、あんな危険な奴らを相手にしなきゃならないなんて、冗談じゃない」
「お前、ふざけ―――」
身勝手なことを言い続ける景に、板垣がまたもや怒りの声を上げようとした時、そっと神海が彼の傍に近寄り、手で制す。
「……そうか」
少しの間、景に視線を向けていた神海はそう言うと、くるりと背を向け歩き出す。
「行くよ。二人とも」
「ですが、委員長」
「板垣君」
神海は振り返ることなく、歩みを止めるとたった一言だけ口に出した。
「急ごう」
有無を言わせない響きを持った声に、二人は沈黙するしかなく、そのまま後についていく。
ピシャリ、と戸が閉められ、一人きりになった景は、彼らの足音が遠のいたのを確認すると、椅子から立ち上がり、いつもの無気力な顔で呟いた。
「……帰るか」
……景がいまいちぱっとしません。主人公なのに。




