第一話 最悪の出会い
今から数十年前、当時の科学では解明できない不可思議な現象を操る『能力者』が突然現れ出し、世間を驚かせた。
その力を目の当たりにした人々の反応は様々で、“奇跡”と称える者もいれば、“異常”と呼び、恐怖する者もいたという。
そして政府は、その力を解明するため、また力を持った者を正しい方向へと導くため、彼らの存在を認めると同時に能力者を統制する取り組みを画策し始めた。
その計画の中心人物として国から白羽の矢を立てられたのは、驚いたことにまだ試験に受かったばかりの新米公務員。何故、知識も経験もない新人がいきなりそんな大層な役を任されたのかと言うと、それはその新人の能力に由来する。
その能力とは、“相手の能力を見抜く能力”。能力者を把握する必要のある政府にとって、この力はまさにうってつけだった。
この能力のおかげもあり、比較的スムーズに計画は進み、順調に世界は能力者を受け入れる態勢へと変化していった。
“相手の能力を見抜く能力”によって見抜いた能力の名称は、全て“四字熟語”で表されるという予想外の出来事を除いて。
◇◇◇◇◇◇
「いくぜ。”十字砲火”!!」
高木と呼ばれていた男はそう声を張り上げると、腕でバツを作るように交差させる。すると、両手から真っ直ぐな火柱が噴射された。
「おー、すげー。そういや、やたらと観客が多いけど、あの二人ってそんなに有名なのか?」
見た目の派手さに、思わず感嘆の声が出た景は、ふと、疑問に思ったことを隣にいる希初に訊ねる。
「まあ、二桁順位の中でも、あの二人は結構知名度高いからね」
「そうなのか?」
「うん。男の方の先輩は高木龍平。2年5組所属で能力は”十字砲火”。腕を交差させて、手から炎を出す。順位94位のBランク」
「……丁寧な人物紹介をありがとう」
相変わらずの情報収集能力に景は若干引きつつも、二人の決闘に視線を戻す。
「へぇ~。この前の時より火力が上がっているじゃない」
男から真木、後輩からは千絵里と呼ばれていた女子は特に慌てた様子もなく、その場に佇んでいる。
「はっ、そんなに悠長に構えていられるのも、今のうちだ」
高木はその二つの火柱を握り締め、剣のように構えると、勢いよく彼女へ突っ込んでいく。
「でも、相変わらず戦い方は単純ね」
真木は地面にBB弾のような粒状のものをバラっと撒くと、そこから巨大な植物の蔦が何本も生えだした。さらに、その蔦は意思を持つかの如く、向かってくる彼を狙い攻撃する。
「真木千絵里」
再び、希初が人物紹介モードに入った。
「2年1組所属で能力は”百花繚乱”。あらゆる植物を急成長させ、自在に操る。順位89位のBランク。元々は、植物の成長速度を上げるだけだったんだけど。この一年で著しく能力を向上させたみたい」
去年はこの学校にいなかったのに、まるで見てきたかのようなことを言う希初を尻目に、景は三個目のパンの袋を開封する。
「やるな! 流石は俺のライバル」
「……いつから私はあなたのライバルになったのよ」
「だが、こんなもんでこの俺は止められねえぜぇ!!」
「人の話を聞きなさいよ」
四方八方からくる蔦の猛攻を高木は”十字砲火”で次々と焼き払う。
彼の周りには、大量の焼け落ちた蔦が積み重なり、灰の山がいくつも作られていくが、真木の方も負けじと燃やされていくそばからすぐに新しい蔦を生みだし攻撃するため、全てを焼き尽くすことはできずにいた。
一進一退の攻防が繰り広げられ、息もつかせぬせめぎ合いが続く中、周りの観客は激化していく二人の戦いを見て、ますます応援に熱が入っていった。
「高木―。このまま押しきれ!」
「負けないで。千絵里ちゃん!」
「今日こそ、勝ってみせろよー」
「どっちも頑張れー」
その応援を受けて、彼らの動きにも気合が入る。
「おっしゃー。燃えてきたぜ!」
「現在進行形で燃えてるじゃない」
若干、気合の入り方に双方で差があるようだが。
そんな感じで能力決闘は進んでいくが、徐々に均衡状態が崩れ始めてきた。
それは、高木の燃やすスピードに対し、真木の蔦の増殖が次第に追いつかなくなってきたからだった。
「くっ、まさか、ここまで」
「当然だろ。俺はお前を倒すために、学校を休んでまで修行に明け暮れたんだからよォ」
「いや、授業には出なさいよ。そんなんじゃ、留年するわよ」
「うるさい! 今はお前を倒す。それが俺の全てだ!」
高木は炎の剣を横に一振りし、最後の蔦を真っ二つに焼き切った。これでもう真木を守る壁、すなわち高木の前を阻むものは何もない。
「真木ィ! 今日こそ俺はお前を超えるぜェ!」
真木へ向かって駆け出し、手に持った二つの炎の剣を構え振り下ろす。その光景を見て、この場にいる誰もが彼の勝利を確信した。
だが、高木は振り下ろす直前で何かにつまづいたかのように、前のめりで転んだ。
「ぐぁ!!」
両手がふさがっていたので、高木はゴンッと鈍い音を立てて地面に顔をモロにぶつけた。そのあまりの痛さに、炎の剣は消えてしまう。
「な、何が起こった?」
「転んだ? あんな何もないところで?」
「つか、メッチャ痛そ~」
「だな」
特につまずきそうなものがない平坦な場所で、あんなにも派手にこけたことに周りの観客は訝しむが、その疑問は彼の足元を見るとすぐに氷解した。彼の右足には一本の細い蔓のようなものが絡みついていて、それに足を取られたのだ。
「前しか見ていないから、足元がお留守になるのよ」
真木は更に何本かの蔓を生やし、高木の体を完全に地面に縫い付ける。
「確か、あなたの”十字砲火”は腕を交差させないと発動できなかったわよね」
「……ちっ、その通りだよ。降参だ」
高木は不服そうだが、すんなりと負けを認め、能力決闘が終了した。
真木は高木に絡みついていた蔓を操り、彼を腹ばい状態から解放する。
起き上がった高木は悔しそうに、だが、晴れやかな顔で彼女を見た。
「俺もまだまだだな。でも、覚えていろよ。次こそは絶対お前を超えてやるからな」
「ふふっ、頑張ってね。ま、無駄だとは思うけど」
「言ってろ。俺はもう一度山で修行して、更に強くなってみせる」
「だから、授業には出なさいっての。というか、修行場所って山だったの!?」
「昔から修行は山の中って決まってるだろ」
「……いつの時代よ」
すぐさま、山に戻ろうとする高木を見ていた先生たちが止めに入る。真木は最早、呆れて言葉も出ないようで、高木の暴走については関知しないことにしたようだ。
◇◇◇◇◇◇
「いや~。中々見応えのある決闘だったね。景君」
希初が、いいものを見たね~と景に同意を求める。
「そうだな」
炎使いvs植物使い。普通なら炎の方が有利だが、あの真木という女子の方が能力の使い方が一枚上手だった。
(……能力自体の強さより、重要なのはその使い手か)
能力決闘に余り興味はなかったが、今日の戦いはある意味で楽しめたと、景は満足げに笑みを浮かべる。
「あ、忘れないうちに今日のこと書き込んでおこっと」
希初は胸ポケットから、生徒手帳であるタブレット式の携帯端末を取り出し、操作する。
光輪高校は日本初の能力者学校ということもあり、色々と実験的な試みが導入されている。
この見た目はほぼスマホと変わらない生徒手帳もその一つで、これに自分の個人情報に加え、掲示物、部活情報、校則、校内の地図などの学内情報が詰め込まれていた。
希初の所属する新聞部が発行する校内新聞も、この生徒手帳に電子新聞として配布されている。
希初は「第58回能力決闘。勝者・真木千絵里。敗者・高木龍平。決闘時間8分34秒。順位変化なし」とメモ機能に細かく打ち込んでいた。
「しっかし、始業式からまだ一ヶ月くらいしか経ってないのに、もう六十近くか。ちょっと、多くね?」
「仕方ないよ。順位を上げる方法は能力試験以外じゃ、この能力決闘しかないんだから」
希初は生徒手帳の画面から目を離さずに答える。
能力による順位とランクシステム。それは、この光輪高校ならではの制度だった。
能力試験によって、能力の効果範囲、コントロール率、持続時間などを測り、能力の強さを総体的に数値化。その数値によって、能力の強さをA~Eまでの評価別にしたのがランク、他の生徒との優劣が付けられたのが順位である。
これは一年生も入学試験の時に同じのを受けているため、この順位は全校生徒の強さの位置づけとなっている。
基本的には、この順位もランクも能力試験以外で変化することはないが、試験は年にたった三回と非常に少ないので、もう一つ、ランクアップのための機会が設けられている。
それが、能力決闘。
対戦を申し込み相手が了承すれば、授業時間以外の好きな時間に好きな相手と行える模擬戦闘。
その内容は二人の生徒が能力のみを用いた決闘方式で戦い、制限時間の十五分以内に相手が負けを認めるか、相手の生徒手帳から警告音(生徒手帳の機能の一つである生体センサーがこれ以上戦闘が無理だと判断したときに出る音)が鳴った時、勝利となる。とは言え、大抵の生徒は警告音が鳴る前に負けを認めるため、この勝ち方は滅多にないらしいが。
そして、この能力決闘において最も重要な点は、順位が下の生徒が上の生徒に勝つと、互いの順位が入れ替わるということ。故に、順位の変更と名付けられている。
これだけだと、順位が上の生徒が幾分損な役回りに思えるが、彼らにもちゃんとメリットはある。能力決闘に勝利すると、相手の強さに応じて、いくらかの点数が与えられ、能力の強さの数値に加算される。
つまり、勝てば勝つほどポイントが増え、ランクを上げることが出来る仕組みとなっている。但し、負けた場合はポイントが減らされ、負けが続くとランクが下がるというデメリットもある。
元々は生徒の実力を試す機会を増やすための補助的な意味で作られた制度らしいが、さっきの騒ぎようからも見てわかるように、今では能力試験よりもこっちの方に力を入れるような生徒が多いくらいにまでメジャーな行事となっていた。
「しっかし、そこまでして順位なんて上げたいものなのかね?」
「いやいや、何言ってるの? 景君。この光輪高校では、ランクと順位こそが全てなんだよ。ここに入った以上、誰だって上を目指したいに決まってるじゃん!」
「でも、そう言うお前はやらねえじゃねえか。能力決闘」
「そりゃ、私のは戦闘向きな能力じゃないからね。でも、順位を上げたいって気持ちは普通にあるよ」
「……そっか」
やや興奮気味に話す希初に、景は素っ気ない態度で返す。
ちなみに、そんな希初の今の順位は304位のCランク。全体の中間あたりだが、一年生にしてはこれでも高めの方だった。
「ところで、希初」
「何? 景君」
「こんなところで、悠長にオレと話していていいのか? 早く教室戻らないと昼飯食う時間がなくなると思うんだけど」
「あ、本当だ。急がなきゃ」
希初は駆け足で、昇降口に向かっていく。彼女が見えなくなったところで、景はもう一度、能力決闘の舞台となった校庭を見回した。
(……やっぱ、理解できねえな。オレには)
周りが熱狂に包まれている決闘時でも、揺れ動くこと無く、冷めきっていた景の感情。
希初との会話でそれをより強く意識してしまった景は、相容れないことへの物悲しさを抱えながら、教室へと戻るのだった。
◇◇◇◇◇◇
「あ~今日も疲れたな」
「そうだな。朝からあんなに全力疾走したんだし」
「うっ。ま、まあその話は置いとくとして、景。ちょっとこの疲れを癒しにオアシスに行かないか?」
「いいけど」
授業が終わり、生徒たちが下校したり部活に行ったりと思い思いの行動を始める放課後。
景と祐は二人とも今日は部活が休みなので、校門を出て寄り道しながら帰るところだった。ちなみに、“オアシス”というのは比喩ではなく、そのまま店の名前、喫茶店「オアシス」を示している。
「今月に新メニューが加わったって聞くけど、景はもう食った?」
「いや、そもそも、新メニューの話すら初めて聞いた」
他愛もない話をしながら、商店街の方に歩みを進める。その間、ずっと祐が喋り続け、時たま景は相槌を打つ。
そんなことを繰り返しながら、商店街を通り抜け、喫茶店にあと少しでたどり着こうという時、少し離れた場所で柄の悪そうな三人の男が一人の女子に絡んでいるのが彼らの目に入ってきた。
しかも、男たちの着ている服は、自分たちと同じ光輪高校の制服である。
「なあ、いいじゃんか。ちょっとくれぇ、付き合ってくれてもさ」
「そうそう、ちょうど君みたいな可愛い子と遊びたかったんだよ」
「うひひひひひ」
下卑た言葉を並べて迫る三人に、気の弱そうな少女は涙目になって後ずさる。
「あ、あの、やめて……」
「アァん? 何か言ったか?」
「ひぅ、な、何でも、ないですぅ……」
少女は自分なりに精一杯の拒絶をしようとしたのだろうが、見た目通りのの気の弱さと彼らへの恐怖であっさりと撤回された。
「よっし。じゃあ、行くとすっか」
上機嫌で連れて行こうとする彼らに腕を引っ張られ、少女は泣きたいのをこらえるのに必死な様子だった。
「……誰か、助けて」
彼女が祈るように目をつぶり、蚊の鳴くような声でボソッと助けを求めたとき、祐が不愉快極まりない表情で足からバチバチという音を発生させると、一瞬で奴らに近づき、腕を引っ張っていた男の右隣にいた仲間を蹴り飛ばした。
「ぐほっ!?」
吹っ飛ばされた彼は、道路に倒れこんで悶絶する。
「な、何だ? 何が起こった?」
「ぐへぁ!」
男が振り向いた瞬間、隣にいた仲間も祐によって蹴り飛ばされる。初対面の人間にいきなり仲間を二人蹴り飛ばされた男は、青筋を立てて怒鳴りだした。
「て、手前ェ! 何しやがる!」
「いや、悪ィ悪ィ。何かこれ以上放っておいたら、目と耳が腐り落ちそうだったもんで、つい」
「んだと! なめてんのか、コラ」
祐の言葉にキレ出した男は、女子そっちのけでこっちを睨んでくる。
「その制服……そうか。お前も俺と同じ……」
男は自分たちに刃向かった二人が光輪高校に通う能力者だと気づき、ニヤリと笑った。
「だが、残念だったな。俺は順位87位。二桁順位だ。一年生じゃ、勝てねえよ」
男はハハハと自慢げに高笑いをすると、ニヤニヤしながら相手の反応を待つ。
六〇〇人近くいる光輪高校の中で、二桁順位と呼ばれる順位99位以下の生徒は、言わば能力者のエリート的存在。
今まで彼がこの言葉を口にした時、大抵の奴らは怯えて逃げ出すか黙っておとなしくなるかのどちらかだったので、どうせ今回も同じだろうと高をくくり、正義面した下級生がどんな顔をするか楽しみだと男は余裕ぶっていた。
しかし、彼の予想とは裏腹に、祐は怯えるどころか強気に一歩前へ出る。
「そうか、それなら俺も言わせてもらうけど」
祐は足から電撃を放ちながら、その場から一瞬で姿を消す。
「なっ! 消え……」
そのことに男が驚くよりも前に、男は祐に蹴り飛ばされた。
「俺の順位は81位だ」
祐は吹っ飛んだ男にビシッと言ってやった。
祐の能力、”電光石火”は足から電気を放出しながら、目にも止まらぬスピードで動くことができる高速移動能力。
超高速で放たれる上に、電撃まで加わった祐の蹴りは、二桁順位といえど食らって、ただで済むはずがない。
「く、くそっ! 覚えてろよ!」
三下のような捨て台詞を吐くと、男は二人の仲間と共に尻尾を巻いて逃げ出していく。
「……終わったみたいだな」
「ああ。ってか、景! お前も見てないで、少しは手伝えよ」
「やだよ。オレはお前と違って、無駄に能力を消費する趣味はないからな」
「お前ってやつは……あっ、そう言えば、さっきの女の子はどうした?」
「お前があの二人を蹴り飛ばしたとき、一目散に逃げていったぜ」
「そっか。なら、良かったよ」
祐はホッと胸をなでおろす。
「それよりも、早くここから移動しよう。何か、目立ってるし」
景の言うとおり、周りには少し人が集まっていて、二人は通行人からチラチラと恐れを含んだ視線にさらされている。
「結構騒いだからな。先生とかにバレるとまずいし、今日は帰るか」
「そだな」
祐と景が今までの進行方向とは逆向きに歩き始めた時だった。
「待ちなさい。そこの二人」
背後から声をかけられて振り返ると、そこにはすらりと背の高い黒髪のショートカットの女子が仁王立ちしていた。
勝気そうな印象をもつ鋭い目元と整った顔立ちはテレビに出ているのアイドルに匹敵しかねないほどだが、何故か二人に怒りの眼差しを向けている。
「お、おい、ヤバイぞ、景。彼女、あの江ノ本彗だ」
「あの江ノ本って?」
「バカ、お前も知らないわけ無いだろ。一年にして二桁順位より上の一桁順位に入った天才。江ノ本彗だよ」
「ああ、そう言えば入学式の時にそんな話があったような気も……」
祐が景の耳元でコソコソと話していると、彼女の視線がますますきつくなった。
「で、何でオレたちはあいつに睨まれてんの?」
「……お前、本当に何も知らねえんだな。彼女は風紀委員なんだけど、何つーか融通が利かないとこがあって、校則違反者を見つけると話も聞かず一方的に断罪するって噂されてんだよ。そこからついた通り名が、暴走正義の風紀委員」
「へ~。でも、オレたちは何も校則違反はしてな……」
そこまで言って、景は自分が今朝、祐に言ったある台詞を思い出す。
“学校以外の場での能力使用は原則禁止”って校則にあっただろ。
「……ああ、なるほど。でも、それなら断罪されんのはお前だけじゃ……」
「いや、さっき彼女はお前も呼び止めてたから、多分お前も能力使ったと思われてる」
「マジ」
「うん」
景と祐は互いに目くばせすると、同時に彼女に背を向け、ダッシュで逃げる。何か今日は全力疾走にやたら縁がある日だと、二人はやけくそ気味にそう思うのだった。