第十六話 退学組
次回こそはと言っておきながら、全然早く投稿できません。
(むしろ遅くなっている気がする)
もし、自分が能力を手に入れられるとした『有言実行』が欲しいです。切実に。
それでは、第十六話です。
「なっ! テメェ、いつの間にっ!」
輪島はいきなり自分の背後に現れた景に驚き、思わず叫んだ。輪島の目の前で捕縛されている彗やそのやや後方にいる希初も同じように目を見張る。
「早房、アンタ一体どうやって?」
「ふぇいふん! ひっふぁい、ひつのはにぬけはしはの?(景君! 一体、いつの間に抜けだしたの?)」
「……希初、悪いが何言ってるかさっぱり分からん」
猿轡のようにかまされたロープのせいで、希初の言葉はどっかの外国語ばりに解読不能だった。
「おい、お前。一体どうやってあの拘束から抜け出した!」
首をわずかにひねり、景を睨みながら輪島は問う。
「どうやって、って……何か体をグネグネひねったら出れたけど」
「はぁ!?」
至極普通な調子で答える景に、輪島はまたも驚いたように声を張り上げる。
何しろ彼の能力、手枷足枷による拘束はかなり強く、それこそ抜け出すには、能力か何らかの道具を使って体を縛るものを壊さない限り脱出は不可能。
故に縄抜けの要領で抜け出せる程、緩いはずがなく、当然輪島は景の発言を真っ向から否定する。
「ふざけんな! そんなんで俺の拘束から抜け出せるはず無いだろ!」
「いや、無いだろって言われても……実際、抜け出せちゃったわけだし」
「ふぁいふぁわらふ、ふぉほうのははめうえふぉひくふぇ(相変わらず、予想の斜め上を行くね)」
「だから、何言ってるか分かんないっての」
相変わらず意味不明な希初の猿轡かまされ語に、やれやれと景は首を振る。
「ま、そんなことより、交換条件だ、輪島健一。このまま斬られたくなかったら、両手を上げて二人を解放しろ」
「テメェ、それは意趣返しのつもりか?」
「ご想像にお任せします」
何の感情もこもっていない投げやりな声を聞き、輪島はキッと景を睨む。
「てか、これで追い詰めたつもりか? そいつはあの女が使っていなきゃ、ただの木刀だろ」
「そう思ってるなら、お前はとっくに動いているはずだ。でもそうしないのは、不透明なオレの能力を警戒しているからだろ」
景の読みは、どうやら図星だったようで輪島は小さく舌打ちする。
「そして、それは正しい。オレの能力は“鉛刀一割”。一時的に切れ味を上げる能力で、彗の快刀乱麻にはかなり劣るが、アンタの首を刎ね飛ばすことくらいは造作も無い」
自分の考えに確信を持った景は、ここぞばかりにハッタリをかます。景の演技が上手いのか、それとも単に彼がちょろいのかは分からないが、輪島の表情は明らかにぐらつき出した。
「解放してくれるよな」
人の悪い笑みを浮かべる景に、輪島は観念したように床に手をつき、二人を拘束していたロープを解く。
床へと消えていくロープを見た景は、一先ず目の前の危機が去ったことに、ほっと胸を撫で下ろした。
だが、それも束の間。
「……やれやれ、だから油断するなと言っておいたのに」
不意に、どこからともなく知らない男の声が響き渡った。
「―――っ、誰!?」
真っ先に声に反応した希初が辺りを見回すが、人の姿はどこにも見えない。
「……幻聴?」
「あんなに幻聴がはっきりと聞こえたなら、相当末期だろうな。お前」
景の言葉に、むぅ、と希初は頬を膨らませる。
「ま、どっちにしろ出てくるなら早くしてくれよ。じゃないと、大事な仲間の命の保証は出来かねるぞ」
さらりと脅し文句を吐く景に、今度は若い少女の笑いを含んだ声が聞こえる。
「ぷくくっ、せんぱ~い。威圧感0でその台詞を言っても、迫力ありませんよ」
聞き覚えのあるその声は、床から聞こえてきた。いや、正確に言うならば床に映る影の中からだ。
「……やはり、お前か。シャドー」
「正解で~す」
軽快で、ノリのいい言葉と共に、影から波紋が広がり、ゆっくりと人が浮かんできた。
しかも、三人。
一人は言わずもなが、長い黒髪をなびかせている少女、シャドー。そして残りの二人は、片方は一八〇はありそうな長身、そしてもう片方は景と同じくらいの低身長という凸凹コンビだった。
「貝塚に佐藤、何でお前らが?」
輪島が物言いたげな視線を向ける。どうやら、彼は仲間が近くに潜んでいることを知らなかったらしい。
「そんなの、君に任せておくのが不安だったからに決まっているでしょう」
背の高い男、貝塚は呆れたように言った。その言葉は矢となって、グサッと輪島の心に突き刺さる。
「てゆーか、輪島さん、あっさり捕まりすぎですよ。何が『あんな奴ら、俺一人で十分だ』ですか。返り討ちにあってりゃ、世話ないですよ」
「……情けない」
シャドーも容赦なく責め立て、小柄な少年、佐藤はハァ~とため息をつき、見下げ果てたという目を向ける。もっとも、佐藤が小柄すぎるせいで実際は見上げる形になっていたが。
「…………うぅ」
仲間三人にこきおろされた輪島はがっくりと項垂れ、うじうじと床にうずくまった。
「で、アンタたちは、これを助けるためにやって来たってこと?」
彗がどよ~んとした空気を漂わせている輪島を指し示しながら、訊ねる。
「うん、まぁ、そんなとこですかね。大人しく返してくれるなら、見逃してあげますよっ!」
「ふん。そんな取引に私たちが応じるとでも」
「ですよねー」
楽しそうに軽口を叩くシャドーを睨みつける彗。その目つきは今までの何倍も鋭く、味方である景や希初ですら背筋が凍りそうになった。
しかし、そんな視線にさらされていてもシャドーは笑みを絶やさない。
「ふふふ、江ノ本さん。そんな恐い顔してたら、折角の美人が台無しですよ」
「アンタこそ。その減らず口をとじたら、もっと可愛く見えるんじゃない?」
とげを含んだ言葉による応酬。静かだが、緊張感漂う空気が生まれかけたとき、心のダメージからやっと回復した輪島の大声が割り込んできた。
「オイ! そんな喋ってる暇があるなら、早く助けてくれ!」
「あ、輪島さん。いたんですか」
「いるに決まってるだろっ! さっきまで喋っ……いや、本当マジで頼むからさ」
必死な表情の輪島を見て、シャドーは吹き出しそうな顔で応えた。
「大丈夫ですよ、輪島さん。景先輩の能力は鉛刀一割じゃありませんから」
「へっ? ま、マジで」
「マジです。だから、その木刀に切れ味なんてありませんよ」
驚きのあまり、間の抜けた声を出す輪島に、シャドーが自信たっぷりに言う。
輪島は一瞬思案すると、首筋に当てられた木刀をガシッと掴んだ。突然の行動に、景は慌てて引き戻そうとするが、非力過ぎる彼の力では木刀はピクリともせず、逆に奪い取られてしまった。
「へっ、ビビらせやがって」
体を反回転させ、景の真正面に立つ輪島の顔には、余裕の笑みが浮かんでいた。
「輪島。余計なことはするな。とっとと、戻ってこい」
「うるせぇよ、佐藤。俺はこのチビをぶっ殺さなきゃ、気が治まらねぇんだ」
木刀を掴んでいる自分の手が何ともないことが分かり、ハッタリを確信したのだろう。輪島は急に高圧的になり、騙された腹いせとばかりに奪った木刀を景の顔面へ振り下ろした。
物凄い勢いで顔に木刀を打ちこまれた景は、苦痛にうめきながら冷たい床を這いずりまわる……という未来を彼は予想していたのだろう。
だが、
「ぐわっ」
景は木刀が当たる前に、右手の中にある黒い長方形の箱のようなモノを輪島に押し付けた。小さな悲鳴が上がり、輪島は糸の切れた人形のように床に倒れる。
「最初っから、これ使っとけばよかったな」
景は手の中にあるスタンガンを弄びながら、落ちた木刀を拾い、気絶した輪島の襟首を掴む。それと同時に、彼の目の前の空間に縦方向の細いスリットが現れた。そのスリットは徐々に横幅を広げ、人一人入れるくらいの隙間を作ると、景はその中に輪島を放りこむ。輪島の体が完全に呑み込まれたところで、空間に出来た裂け目は閉じられ、消えていった。
「さて、邪魔者が消えたところで、最終決戦といきましょうか。先輩方」
スタンガンを制服のポケットにしまうと、景は凸凹コンビに向き直る。
「先輩。シャドーも忘れないで下さいよー」
「……と、後輩」
「ぶー、おざなりです」
頬を膨らませ、シャドーは不機嫌な顔をつくる。
「にしても、お前、随分仲間に対してひどくねえか。オレの能力を知っていたなら、詳しく教えてやればよかったのに」
「ふっふっふ、甘いですね、先輩」
「何がだよ」
「輪島さんは、仲間と書いてルビは仲間です」
「不憫過ぎるだろ」
一体、輪島は彼らの中でどういう扱いを受けていたのだろうか。
「全く。アンタたちは、一体いつまでグダグダ喋ってんのよ!」
敵同士とは思えない程、ゆるゆるな空気を吹き飛ばすかのごとく、彗の一喝する声が響いた。
「まあまあ、そうカリカリしないでくださいよー」
「うるさい。佐藤大、貝塚琴文、それにシャドー。アンタ達は私がまとめて、粛清する!」
彗は景から木刀をぶん取ると、強気な口調で三人を睨みつけた。
「わ~、怖~い。助けて~」
シャドーは嬉々と怯える振りをして、貝塚と佐藤の後ろに隠れる。
「お前、俺たちを盾にする気か?」
半眼で睨む佐藤に、シャドーは悪びれず答える。
「か弱い女の子を守るのは、男の義務でしょ」
「笑えない冗談ですね」
「全くだ」
「ちょっ、どういう意味ですか!? それ」
抗議の声を上げるシャドーを無視して、貝塚と佐藤は肩をすくめた。
「随分と楽しそうね。今、自分たちがどんな状況なのか分かっているの?」
彗はヒュン、と軽く木刀を振るい、敵に切っ先を向けて威嚇する。
「その台詞、そっくりそのままお返ししますよ」
丁寧な口調で好戦的な受け答えをする貝塚の口元には、微笑が浮かんでいた。
「まさか本当にあなた一人で、私たち三人を相手にする気ですか?」
「当然。一桁順位の実力を甘くみないで」
彗は強く地面を踏みしめると、木刀を構えて一気に三人の懐に飛び込んでいった。貝塚とシャドーは後ろに下がったが、佐藤は怯むことなく彼女を迎え撃つかのようにその場にとどまる。
「悪いが、お前はここで……」
「邪魔」
たった一言、それだけ言うと、彗は佐藤の頭に強烈な一撃を叩きこみ、気絶させた。
「相変わらず容赦ねーな」
後ろの方で壁にもたれかかっている景は悠長に呟くと、大きな欠伸を一つする。
「いや、景君。何で完全に我関せずな姿勢になってるのか知らないけど、ここは私たちも協力しにいった方がいいんじゃないの?」
そんな景に、希初がいつも通りのツッコミを入れる。軽快な言い方だが、助けに行くべきか、それとも足手まといにならないためにも、言われた通りここでおとなしくするべきか、二つの感情に挟まれた彼女の戸惑いが漏れていることに、景は気付いた。
だが、景が口を開くより前に、彗の声が飛んできた。
「助けなんていらない。余計なことはしないで!」
彗はそう言うと、退避した二人の方へ真正面から向かっていく。鬼気迫る勢いで近づてくる彼女に、貝塚は微動だにせず、余裕ある態度を崩さない。
(……何なの、こいつ?)
貝塚の不自然なまでの落ち着きように、彗は疑問を抱く。仲間を二人もやられ、状況は圧倒的に不利。それでも、貝塚の目には絶対的な勝利への確信が見てとれた。
この状態で、勝てる要素があるとすれば、貝塚が彗以上に強い能力を持っているという可能性であるが、そんなことはあり得ない。
能力者というのは爆弾と同じで、一歩間違えれば周囲に多大な被害を及ぼす。その頂点に立つAランクに匹敵する実力を持った生徒を、退学したとはいえ監視も付けず、野放しにするような無責任な真似を光輪高校がするはずがない。
よって、彗はいささかの不安を残しながらも、木刀を構え、果敢に攻め込んだ。
その時。
「がっ、……ぅう!?」
彗は突如、頭部に強い衝撃を受け、膝から床に崩れ落ちた。あまりにも凄まじい痛みに、気を抜くと一瞬で意識を持ってかれそうになる。
「江ノ本さんっ!」
急に様子がおかしくなった彗の下へ、希初が堪らず駆け寄った。その様子を眺めていた貝塚は愉快そうに笑う。
「フフフ、流石Aランクは格が違いますね。並みの人間が気絶するほどの一撃を受けて、まだ意識を保っているとは」
「………アンタ…一体……何を…」
痛みのせいで、途切れ途切れな言葉を紡ぐ彗を、貝塚は嘲笑の色を浮かべた目で見下ろす。
「フフッ、私は何もしてませんよ。これは、さっき君が倒した佐藤君の能力
“因果応報”です」
「因果……応報?」
「ええ。名前の通り、自分が食らったダメージと同じダメージを与えた本人にもぶつける能力です。まあ、ダメージを跳ね返しているわけではないので、結果的に自分もダメージを受けなきゃならないんですけどね」
すなわち、自分さえ犠牲にすれば、強い弱いに関係なくどんな相手も倒すことができる相討ちの能力。
佐藤があっさりやられたのは能力発動のための布石であり、それが分かっていたからこそ、貝塚はあんなにも余裕でいられたのだった。
「さて、疑問も解けたところですし……いい加減眠れよ、Aランク」
流暢に語っていた貝塚の口調が、急に荒くなる。その表情には凶暴性がにじみ出ており、さっきまでの丁寧な言葉遣いの彼とは別人だった。
豹変した貝塚がとどめを刺すため彗に近づいていく。それを阻止しようと、駆け寄った希初はかばうように彗の前に立ちふさがった。
すると、貝塚の顔から凶気が消え、またもや礼儀正しいものへと変わる。
「どいてくれませんか。こう見えてもか弱い女性に手を上げる趣味はないんですよ」
「断るよ。私たちは仲間を見捨てるような真似は絶対にしないんだから」
希初は貝塚の目を見ながら、堂々と突っぱねた。しかし、不安は隠しきれず、若干声が上ずっている。
「困りましたね」
貝塚はあごに手を当て、考える仕草をする。その途端、希初の足はトプンと音を立てて影の中へ沈みだした。
「ごめんなさい、星笠さん。あなたにはここで退場してもらいます」
足元から聞こえるシャドーの声。貝塚にばかりに意識がいっていたせいで、彼女が貝塚の傍から消えていたことに希初は気付けなかった。
「くっ、このっ」
抵抗も空しく、あっという間に希初は影の中へと消えていく。
「やれやれ、一体何のために出てきたのか。全くの役立たずでしたね、彼女は」
蔑むように、見下すように、貝塚の誰に聞かせるでもない言葉が静かに響く。だが、その言葉は確実に彗の何かを刺激した。
「くっ……黙れっ!」
木刀を杖のようにし、ゆっくりと彗は立ち上った。
「おやおや、まだ立ち上がれるとは。しかし、その様子じゃあ立っているのがやっとでしょう」
見透かしたかのように言う貝塚に、彗はカチンときたが、実際その通りだった。頭への衝撃で脳が揺らされたのか、今の彗は痛みと共にとてつもない吐き気にも襲われ、平衡感覚すらまともに機能していなかった。
それでも、彗は立ち上り、目の前の男を睨みつける。
「……うる…さい」
彗自身、この心の内から湧き出る怒りが何なのか良く分かっていなかった。彼女とは偶々同じチームになっただけで、別に親しかったわけでもないし、似たような台詞を吐いた自分に、さっきの貝塚の発言を非難する資格など無いと思っている。
(でも、この男は許せない)
こんな自分のために体を張ろうとした彼女を愚弄した貝塚に、彗は本気でムカついていた。
「……アンタは…絶対に……倒…」
しかし、無理をして立ち上ったせいで、かろうじて保っていた意識は徐々に遠のき、ついにバタリと床に倒れた。
「頑張るだけ無駄でしたね」
貝塚は気絶した彗から目を離すと、最後の標的に視線を移す。
「さて、これで残るは君と私だけになりましたね」
「そうだな」
景は短い返事をすると、寄り掛かっている壁から背中を放し、前方にいる敵に目を向ける。その目には怒りも憎しみも怯えも不安も見てとれない。文字通り、ただ“見ている”だけだった。
「後は…………君を倒せば終わりです」
不気味な笑みを浮かべ、貝塚はポケットより黒光りする拳銃を取り出した。互いに一人ずつ人質をとり、互いに一名が気絶していて、今は一対一の個人対決。数字の上では五分五分であっても、この武器の登場によって戦況がどちらに傾いたかは火を見るより明らかである。
だが、景は自分や仲間たちが危機に陥っているのにも関わらず、ニヤリと不敵に笑っていた。
「一つ誤解をしているようだから言っておこうか」
「ほう、何です?」
興味深げに問いかける貝塚は、銃口を景に向けて引き金に軽く人差し指を当てる。
「お前は彗を気絶させ、希初を除外することで、オレを窮地に追いやったつもりだろうが、それは間違いだ」
そう言うと、景の足元からバチバチという音と共に幾筋もの火花が現れた。
「二人がいない今なら、オレは――――」
景の言葉に呼応するかのごとく火花の動きが激しくなる。
「――――誰にも」
放出する電撃も視認できる程、強くなっていき、景の足は、まるで小さな雷を纏わせているかのようだった。
「――――遠慮することなく」
溜め込んだ力が最高潮にまで達した時、景はいつでも引き金を引く準備ができている貝塚を一瞥する。
そして、次の瞬間。
「――――逃げれる」
景はその場から姿を消した。
追記
一桁順位、二桁順位のルビを一桁順位、二桁順位に変えました。