第十四話 正体
長らくお待たせしてしまって、すいません。
第十四話です。
翌朝、景は憂鬱な気分で学校に到着した。
模擬戦闘に続き、鷹岩から受けたダメージ。彗の手当てで体に怪我こそ残っていなかったものの、精神的な疲労は半端なく、いつも低いテンションをより一層低くさせていた。
(あ~眠ぃ。学校に隕石でも落ちて、休みになんねーかな)
欠伸混じりに、物騒なことを考えながら、景は教室の扉を開ける。
「うおおおりゃあああっっ!!」
開けた時、最初に目に飛び込んできたのは、叫びながら腕を真横に伸ばして迫ってくる希初の姿だった。あまりにも奇怪すぎる行動に、景は一瞬呆気にとられたが、反射的に仰け反ることでそれを回避する。
対象を捉えられなかった希初の腕はすぐ後ろの扉に思いっきりぶつかり、声にならない悲鳴が上がった。
「おはよう」
痛みでうずくまる希初に、景はまるで何事も無かったような調子で挨拶した。
「ううっ。おはよう、景君」
「で、何故オレは出会い頭にラリアットという斬新過ぎる挨拶を受けることになったんだ?」
景が希初の奇怪な行動に対する説明を求めると、彼女はキッとなった。
「ふん。自分の胸に手を当てて、考えてみれば分かるんじゃない?」
噛みつかんばかりにそう言ってきたが、景にはまるで心当たりがない。
「え~っと……何かゴメン」
「むっ、そんな心のこもって無い、取りあえずこの場を乗り切ろう的な謝罪で、私の怒りを鎮められると思ってるのかな」
頬を膨らまし、ジト目で睨みつけてくる希初に、景は「面倒くせっ!」と心の中で叫ぶ。理由は全く分からないが、どうやら希初は大層ご立腹らしい。
「こらこら、ちょっと待ちなって、希初」
険悪な雰囲気を出している希初の側にやって来た三原は、なだめるように肩を叩く。
「まだ詳しいことは、何も分かって無いんだからさ。一応、話を聞いてからでもいいんじゃない」
「何の話だ?」
首をかしげる景に対し、三原は訊ねた。
「早房。あの江ノ本さんと付き合ってるって、本当なの?」
彼女から発せられたその言葉に、数秒間固まった後、景は「はぁ?」と声を出す。
「いやいやいや、そんなことある訳ないだろ」
勘弁してくれとばかりに否定する景に、希初は疑わしげな目を向ける。
「本当なの、景君?」
「当たり前だろ。オレが嘘をついたことがあるか?」
「49回あるけど」
「数えてたのかよ。細けぇな」
やや呆れ気味の景に、何故か希初は若干得意げだった。
「とにかく、オレは誰とも付き合ってねえよ。ったく、一体誰だ? こいつにテキトーな噂吹き込んだ奴は」
「噂じゃない! 私はちゃんとこの目で見たんだから!」
「……何をだよ」
詰め寄ってくる希初の迫力に気圧されつつも、景は訊ね返す。
「昨日の午後五時半ごろ、景君は江ノ本さんと一緒に江ノ本さん家に入って、そのまま泊まっていくのを」
「いや、それは、オレの怪我を手当てするためで……つーか、オレはちゃんと家に帰っていっただろ」
「嘘だね。私はそれから六時間くらい見張ってたけど、景君が出てくるとこなんて見てないもん」
「んな、バカな。つーか、よく六時間も見張ったな」
「ふっ。そのくらい私の報道魂の前では、苦にはならないよ」
「……その情熱を、勉強にも傾けんかい」
胸を張る希初に対して、景は本日二度目の呆れ顔となった。
「つーかさ、もし仮にオレが本当に江ノ本の家に泊まったとしても、それで付き合っている証拠にはならんだろ」
「……泊まったことは否定しないんだ」
「『もし仮に』と言わなかったか。大体、付き合ってたとしても、何でお前にそんな事をとやかく言われにゃならんのだ」
「えっ、そ、それは……」
景に訊かれた希初は、急に顔を赤くし、ごにょごにょと言い淀む。その横では、三原が景を見ながら、やれやれとため息をついていた。
「そ、そう。私は今、風紀委員なんだから。こ、皇女凌辱に則って、注意する義務があるの!」
「それを言うなら、公序良俗だ」
「うっ……と、とにかく、私は景君が出て行くところを見ていないの! これは、事実。景君は嘘をついている」
希初がピシャリと叩きつけるように言った。
(ったく、一体どうなってんだ?)
言い争いながらも、景は首をひねっていた。景は間違いなく彗と共に家から出ていったのだが、希初はそれを見ていないという。この明らかな矛盾は、一体何なのだろうか?
「でも、六時間も見張ってたなら、トイレとかはどうしてたの?」
「コンビニで、張り込み用のあんパンと牛乳を買うついでに済ましてきたけど」
「希初。その間に、早房は帰ったんじゃ……」
「あっ!」
真相は途轍もなく下らなかった。
「……希初」
「な、何かな? 景君」
「何かオレに言うことは?」
「……ごめんなさい」
こうして、朝から下らないドタバタ劇に巻き込まれた景は、授業も始まってない内から極度に疲れた顔でため息をつくのだった。
◇◇◇◇◇◇
放課後、腕章をつけた景と希初は、一緒に第3準備室へと向かっていた。
「あ~、かったり~。希初、オレこのまま帰ってもいいか」
「景君、そんなこと言わずに頑張ろ。ねっ」
あからさまにやる気の無い景を、希初はなだめながら連れていく。
五分ほどで到着し、二人が中に入ると、そこには委員長である神海と副委員長である白河。そして、彗が立っていた。
「やあ、待ってたよ」
神海は笑顔で出迎えてくれたが、彗は相変わらず不機嫌そうだった。
(それにしても……)
景は辺りを見回しながら、口を開く。
「やけに人数が少なくないですか? 確か風紀委員って20人くらいいるんですよね?」
「正確には23人だよ、景君」
希初の細かい訂正を加えた景の疑問に答えたのは、白河だった。
「他の18名は、町の方で情報収集と見回りを行ってもらっている。私たちは二日前の集会から、各々が事件の解決に向け、尽力しているのだ」
表情の読めない顔で事務的な話し方をする白河に、景は堅苦しい奴、という印象を持った。
「じゃあ、私たちもすぐに町へ向かった方がいいですか?」
希初の問いかけに、神海は首を縦に振る。
「そうだね。でも、まず君たちの耳に入れておきたい情報がある」
“情報”と聞き、目を輝かせる希初に反して、渋い顔をする景。彼としては、適当に協力して、さっさと風紀委員からおさらばしたいというのが本音なため、あまり事件と深く関わりたくはないのであった。
「で、その情報というのは何ですか?」
希初が尋ねると、神海はさっきまでの温厚柔和な笑みを消し去り、真面目な表情で話し始めた。
「江ノ本さんにはもう話してあるけど、襲撃者の正体が昨日分かったんだ」
“襲撃者”という言葉を聞いた途端、二人の顔つきが変わる。
「僕たちは、彼らを便宜上“退学組”と呼んでいる」
「“退学組”ねぇ。名前からして、退学した奴らで構成された組織という風に考えていいですか」
「ああ。より正確に言えば“去年の9月に、他校との暴力事件を起こした咎で退学になった四名によって構成された組織”だけどね」
そう言うと神海は、四枚の紙を机の上に置く。その内の一枚には、この前戦った梅宮の顔写真が付いている。
「梅宮修吾、佐藤大、輪島健一、貝塚琴文。彼らがその退学になった四名であり、今回の襲撃者の正体だ。調べたところ、彼らはここ最近、家に帰っていないらしく、また家族や近所の人たちからの情報によると、前々からどこかに定期的に出かけていたらしい」
神海の説明が続く中、二人はその紙に目を通す。紙にはそれぞれ顔写真と名前、そして簡単なプロフィールが書かれていた。
「……神海先輩、これ」
「気づいたかい」
最後まで読んだ希初が顔を上げると、神海はかすかに口元を歪める。
景も、この紙を読んでいて、あることが足りないことに気付いた。
「どうなってるんですか? この紙には、一番重要とも言うべき退学組の能力に関することが一切書かれてないんですけど」
希初が紙のプロフィール欄を指さすと、神海は両手の平を上に向けて肩を上下させる。
「どうもこうも、見ての通りさ。退学組の能力に関するデータは、この学校には無いんだよ」
「どうして、わずか半年前の生徒のデータが……まさか!」
「そう。彼らの仕業だろうね。退学になる前か後かは分からないけど、自分たちのデータを消したんだ」
真剣な顔で話し合う二人に、景はふと思いついたことを口に出す。
「あの、データが消されているのなら、彼らと同じクラスだった人に聞いたら分かるんじゃないんですか?」
「あ、そう言えばそうだね」
だが、彗は景の言葉を聞くや否や、呆れたようにハァーと息を吐いた。
「アンタねぇ。神海委員長や他の風紀委員たちが、全員そんな簡単なことに気付かないわけないでしょ。当然、その日の内に聞き込みして回ったわ」
「ふ~ん。それで」
不機嫌さを隠すことなく憮然とした態度をとる彗を、景は適当に流して先を促す。
「誰一人、知っている人間はいなかった。彼らのクラスメートや担任はおろか、入試の時に見ているはずの理事長さえもね」
「ということは……どういうこと、景君?」
「いや、分かれよ」
こいつ読解力なさすぎ、と景は呆れ果てた。
「つまり、この退学組の中に記憶を消去する能力者がいたということよ。そいつが、自分たちの能力に関連する記憶を消し、こちら側に対策を立てさせないようにしたの」
出来の悪い子に諭すように(いや、事実悪いのだが)説明する彗。この説明で、やっと希初にも理解できたようで、納得顔で頷いていた。
「でも、ちょっとおかしくない?」
「何が?」
「いや、記憶を消去できるのなら、何で退学組は自分たちの存在ごと消さなかったんだろうかなって思って? それなら、最悪犯人は最後まで分からずじまいってこともあり得たのに」
「言われてみれば、そうね」
希初の発言を聞き、彗も同じく違和感を感じ始める。
(相変わらず、バカなのに妙なところで鋭い奴だな。バカなのに)
「何で二回言ったの!?」
「だから、ナチュラルに思考を読むなよ」
喚く希初を無視しながら、景は静かに腕組みをして考える。
確かに、希初の言うことはもっともだし、今思えば、あの襲撃事件のときも変だった。普通、犯罪を犯そうとする人間は、自分の正体をばれないようにするものである。
それなのに、あの梅宮は顔も隠さずに現れ、実習を行っていた生徒を襲撃した。そのせいで、二日とたたないうちに本人はおろか、所属する組織までばれてしまうという体たらく。
百歩譲って、突発的に行動したなら、まだ分からなくもないが、この四人は別組織と組み、自分たちの能力のデータと記憶を消すなどという念入りな下準備を行っている。
これが無計画とは考えにくい。
「あの~、君たち。一生懸命考えてるとこ悪いんだけど、そろそろこっちの方へ戻って来てくれないかい」
それぞれ黙考し出した三人に向かって、神海がちょっと困り顔で声をかける。そこで三人は、今がまだ話の途中だったことを思い出した。
「す、すいません、神海委員長。お話を遮ってしまって……」
「いや、話すべきことは大体話したから。後は、唯一分かっている梅宮の能力の事についてだけど、これは僕より君たち二人の方が詳しいよね」
神海がそう言うと、希初は当然とばかりに平らな胸を張る。
「四面楚歌。最大四つの自分の分身を作る能力。当時の順位は316位のCランク」
お得意の紹介モードで、希初は能力を説明する。
(別に、威張るようなところじゃないんだがな)
景は四枚の紙を折りたたむと、そっと制服のポケットに仕舞い込んだ。
「さて、これで僕たちからの話は終わりだ」
神海はパンと手を叩き、そう締めくくると、彗、景、希初の順に顔を見回した。
「江ノ本彗、早房景、星笠希初。以上三名は、これより町に向かい、退学組の情報収集を行ってもらいたい」
「わかりました」
「はいよ」
「頑張ります」
三人はそれぞれ頷くと、部屋を後にした。