プロローグ
ども、宇野宙人です。
感想、批判、誤字脱字。何かありましたら、気兼ねなく送ってください。
ゴールデンウィークが終わった月曜日の朝は、”五月晴れ”という表現の似合う気持ちのいい青空が広がっていた。
爽やかな風と暖かな春の日差しに優しく包み込まれ、穏やかな一日が始まろうとする中、そんな空気とは対照的な、尋常じゃない程の焦燥感に駆られて走る二人の少年がいた。
「ああ、くそっ! 何でこんな朝っぱらから全力疾走しなきゃならんのだ!」
二人の内、前の方を走っている少年がやけくそ気味に叫ぶ。
短く逆立った髪に、やや整った顔立ち。パッと見で快活な体育会系と言う印象を受ける彼、月島祐は日頃の部活で鍛えた足をこれでもか言う程、全力で動かしていた。
「それは、お前が深夜すぎまでオレの部屋でゲームしてた上に、七時に鳴るようにセットしておいた目覚まし時計を寝ぼけて止めたせいで、遅刻しそうになっているからだろ」
その彼の叫びに答えるように、後ろから呆れた声が響く。
前を走っている祐とは逆に暗めで、少しばかり鋭い目つきを備えているが、身長が一五〇cmくらいしかないため、威圧感は微塵も感じられない。
「過去のことなんか気にすんな。大事なのは今どうするかだろっ!」
「漫画の名台詞っぽいこと言って、煙にまこうとするなよ」
「……」
背後からの刺すような視線から逃れるように、祐は更にスピードを上げた。
(ったく、あいつのこういうとこは昔から変わんねえな)
目の前を走る男に、いつも振り回されている幼馴染みの早房景は、心の中でため息をつくと、置いてかれないようにペースを上げる。
しばらく黙々と走っていた二人だが、幸か不幸か赤信号に捕まり、ハァハァ言いながら束の間の休息をとった。
「景、今何時何分?」
「八時四十三分」
「確か、一時限目は九時からだったな。間に合うのか?」
「多分、無理」
呼吸を整え、信号が青になると同時に走り出す二人。
彼らはただひたすら前へと足を動かすことだけに意識を集中させるが、ここまでずっと走りっぱなしだったため、明らかに最初の頃と比べてペースダウンしていた。
「……こうなったら」
「ダメだ」
「“能力”を使うしかない、って早ぇよ! なんで言う前から否定できんの?」
「“学校以外の場での能力使用は原則禁止”って校則にあっただろ」
「いや、俺の話を無視するなよ」
「時間と酸素の無駄だ」
「ひでぇ!!」
そんな会話を繰り広げていると、突然、若い女性の悲鳴が聞こえてきた。
その声に思わず反応した二人が足を止めて振り返ると、黒いヘルメットをかぶった男を乗せた一台のバイクが凄いスピードで目の前を通り抜けていく。
そして、その遥か後ろで、さっきの悲鳴の持ち主であろう二十代くらいの女性が喚いていた。
「そいつ、ひったくりよ!! 誰か、捕まえてぇ!!」
だが、その間にも猛スピードを出しているバイクはどんどん先に行ってしまい、最早見えるかどうかくらいの距離まで離されてしまった。
「誰かっ、誰か~!」
声の限りに叫ぶ彼女を、祐は気の毒に思ったが、今の自分の状況を考えるとそんなことに構っている余裕はないので、仕方なく無視して走り出そうとする。
だが、景は何故か足を止めたまま動かない。
「どうした? 景」
「祐」
景は祐の方に振り向くと、とんでもないことを言い出した。
「あのひったくりを捕まえるぞ」
「はぁ、何で?」
祐は困惑した表情を景に向ける。その表情から祐の言いたいことを察知した景は、人の悪そうな笑みを浮かべて意図を話す。
「このままだとオレたちはほぼ間違いなく遅刻して、先生に叱られるのは確実だ。だが、“ひったくり犯を捕まえたせいで、遅れた”という大義名分があれば……」
「大目に見てもらえる可能性は高い、ってか。……景、お前結構強かだな」
「出来れば、合理的と言って欲しいね」
「でもよ、一体どうやって捕まえるんだ?」
バイクで逃走しているひったくり犯に、追いつく手段があるのか、と問う祐に、景は呆れた顔を向ける。
「オイオイ、冗談だろ。オレたちが何の学校に通っているのか忘れたか?」
「……お前、さっき“学校以外で能力使用は禁止”とか言ってなかったか」
「何事にも例外はある」
いい顔で言い切る景に対して、今度は祐が呆れ顔になった。
「……まあ、いいや。じゃあ、行くぞ。景」
「ああ、そうだな。祐」
二人はそう言うと、足元から発せられるバチバチという音とわずかな火花と共にその場から一瞬で姿を消す。
次に彼らの姿が現れたのは、バイクごと吹っ飛ばされて何が起こったのか全くわからないまま痛みに悶えているひったくり犯のすぐ側だった。
◇◇◇◇◇◇
私立光輪高校。
創立七年。生徒数六〇〇人程。
見た目は敷地がやたら広いことを除けば、特に変わったところのないどこにでもありそうな新設校だが、おそらく今の日本では知らぬ者がほとんどいない超有名な高校である。
何故なら、ここは全国から不可思議な能力を持つ“能力者”のみを集め、育成し、社会に輩出するという目的のために建てられた、日本初にして唯一の能力者のためだけの専門学校。
能力者という”特別”な彼らが”普通”の学生として、”非日常”な”日常”を過ごせる場所。
それが、光輪高校である。
「「失礼しました」」
頭を下げて、職員室から出て行く景と祐は、HR間近の教室に向かっていく。
あの後、ひったくりを警察に届けた後で再び学校に向かって走っていた時、祐が「どうせもう能力使っちまったんだから、もうちょっと使っても別によくね」なんてことを言いだし、学校に着くまで能力を使い続けたため、わずか二分で到着した。
しかし、授業には遅れずに済んだが、案の定、生活指導の先生に見つかり「お前たちは何をやっているんだっ!!」と大目玉を食らってしまった。
だが、犯人逮捕に協力したということを話すと、景の予想通り途端に勢いを失くし、「ま、まあ、それなら……」と、二人は軽い注意を受けただけで、特に罰則を受けることもなく帰されたのだった。
「やれやれ、何か朝から疲れたな」
「ああ、そうだな。二度とこんな思いしたくないから、次からは寝ぼけてオレの目覚まし止めるなよ」
「わーってるよ」
そんなことを言い合っている内に、いつの間にか教室の前に辿り着いた。
「んじゃ、また」
「おう」
祐と別れ、1年2組の教室に景が入ると、茶色がかった髪をツインテールにした少女が、ニンマリとした笑みを浮かべながら近寄ってきた。
「やっほー。景君。どうしたの? 今日はかなり遅かったけど、何かあった?」
話しかけてきたこの少女は、星笠希初。
この学校で祐以外に景を名前で呼ぶ数少ない友人の一人だが、心配してそうな言葉とは裏腹に、目はランランと輝いている。
(……相変わらず目聡い)
実は、こう見えても希初は”光輪の情報庫”を自称する、この学校きっての情報屋。
”情報に貴賎なし”をモットーとする彼女は、常に情報収集を欠かさないため、少しでも面白そうな話を見つけたらスッポンのように食いついて、話を聞くまで放さないという何とも傍迷惑な性格をしていた。
(厄介な奴に絡まれたな、ホント)
そんなわけで、今まさに彼女の標的となった景は、まるでカツアゲする不良と出くわしたような心境なのだが、その煩わし気な態度が気に入らないのか、希初が不服そうにむくれる。
「ひどいよ、景君。折角、寂しい思いをしているぼっちの景君を気遣って、こんな可愛い美少女が話しかけてあげてるのに」
「ついでに、その胸と同じ位の慎ましさがあれば、良かったんだけどな」
「そ、それはセクハラだよ! ホント、景君ってデリカシーがないんだから」
「あー、それはアレだろ。類は友を呼ぶというやつだ」
「……それだと、私もデリカシーがないってことになるんだけど」
「ねえだろ、実際。デリカシーも胸も」
「また言った!」
希初が騒ぎ立てるも、景はどこ吹く風と自分の席に移動し、背中を丸めて机の上に突っ伏した。
(大体、お前がデリカシーを語るなよ)
そんな感じで無視し続けていると、授業五分前を知らせるチャイムが教室に鳴り響いた。
「もう時間か。ほら、お前もそろそろ席に戻れよ。先生来るぞ」
「ちょっと、待って。私まだ、景君の話を聞いてないよ」
「……もう後でいいだろ」
「ダメ! 情報は新鮮さが命なんだよ!」
「寿司屋みたいだな」
完全にムキになっている希初に、景は面倒くささを感じてきた。
(まあ、どうせあと少ししたら一時間目始まるし、そうすりゃこいつも離れるとは思うけど……)
そうなると授業中ずっと能力による妨害を受けるということを過去に体験している景は、仕方ないかとばかりに体を起こす。
「はぁ、わかったわかった。でも、もう話す時間もないし、面倒くさいし、お前の能力で覗いてくれ」
「うん」
希初は頷くと、自分の手を景の頭に置き、能力を発動させた。
「…………へぇ、なるほどね」
「大した情報じゃ無かったろ」
「いやいや、”情報に貴賎なし”だよ。景君」
「そうかい。じゃ、用が済んだなら、とっとと席に戻りな」
「むぅ、そんな邪険にしなくてもいいのに」
とある小動物を連想させるかのように、希初はぷく~と頬を膨らませると、くるりと背を向け、ツインテールを揺らしながら去っていく。
そして、景から少し離れたところでクスリと笑って、呟いた。
「やっぱり、景君は面白い」
その独り言は、誰の耳にも届かずに儚く消えていった。
◇◇◇◇◇◇
四時限目が終了し、昼休みとなった現在。
弁当を広げながら、ワイワイガヤガヤと雑談に興じるクラスメートの話し声が、あちこちから聞こえてくる。
「オイ、聞いたか。これから、校庭で上級生が能力決闘をやるらしいぜ」
「おっ、それマジ」
「これは見に行かねえとな」
すぐ近くで喋っていた数人の男子グループが足早に教室を去るのを、景は無関心な目で眺めていた。
(……そんなに観たいものなのかねぇ。化物同士の潰し合いを)
肩をすくめる景は、持ってきた弁当を食べようとカバンの中に手を突っ込む。
「……」
しばらくの間、未練がましくゴソゴソとかき回していたが、ようやく現実を受け止めるとポツリと一言呟いた。
「……最悪だ。弁当忘れた」
◇◇◇◇◇◇
景が一階にある購買に行き、パンを三つほど買って教室に戻ろうとした時、校庭の真ん中で円状に周りを取り囲んでいる多くの人間が目に入ってきた。
おそらく、あの男子が言っていた能力決闘を観に来た人たちだろう。
(……折角だし、見てくか)
能力決闘にあまり興味はなかったが、もののついでと、景は校庭に出る。
人ごみを掻き分けて進むと、真ん中で二人の人間が対峙していた。
一人は男子でおそらく二年生。五分刈りの頭で、野球部にでもいそうなゴツイ人。
対して、もう一人の方はメガネをかけたポニーテールの女子。二人はお互いに向かい合ったまま、相手の様子を伺っている。
「真木。俺は今日こそお前に勝つ! そして、順位を上げてみせるぜ!」
「ふふ~ん。できるものならね」
二人は軽く言葉を交わすも、ピリピリとした空気がこっちまで伝わるほどの緊張感がある。
「高木―! 負けるなよ。男の意地を見せろー」
「千絵里先輩! 頑張ってください」
すでに校庭はかなりの熱気を孕んでいて、まだ始まってもいないのに周りは野太い声援やら黄色い声援やらを送り出していた。
(しかし、昼飯も食わずに、よくここまで熱狂できるな)
景は買ったパンを頬張りながら、周りの興奮ぶりに少々気圧されていた。
(それはそうだよ。能力決闘はこの光輪高校の名物だからね)
(……何だいたのかよ、希初)
景はいつの間にか後ろにいた、情報通な女子の存在に気づく。
(よく私だってわかったね)
(当たり前だろ。いくら光輪でも人の頭の中に話しかけるなんて真似が出来るのはお前だけだ)
(なるほど)
(あと、馴れ馴れしくオレに話しかけてくるのも、お前だけだし)
(やっぱり、ぼっちなんだね)
(うるせえよ)
二個目のパンを口にしながら、景は希初の能力を利用し頭の中で会話を続けていると、ようやく真ん中にいた二人が動き始めた。
能力決闘が、今、幕を開ける。




