千代子花火の12週間の恋
◆◇◆
「君の描く絵ってさ……もう本当に綺麗だよ……線も丁寧だし、キャラの表情もすごくよく描けてる……でもね……ストーリーの方は……まだ使い物にならないな。」
「は……はい……」
筋骨隆々とした担当編集者は、私にそう言うのはこれで八回目……さすがの私も心が折れそうになる。
こんにちは……私は漫画家を夢見る大学三年生です……
私はごく普通の大学生で、ちょっとおしゃれが好きで、趣味は音楽鑑賞と絵を描くこと……
でもまあ……私が得意なのは本当に絵だけなんだよね……
「でもまあ……ストーリーだってゴミ箱行きってほど酷いわけじゃない……じゃあ、年間の短編コンテストに出しておくよ……」
「よ、よろしくお願いします……」
私は立ち上がって彼に頭を下げた……彼が私の原稿を上の階に持って行く前に……
「はあ……もうやめようかな……」
正直に言うと……私はアイデアだけは頭に浮かぶのに、ストーリー展開が壊滅的に下手なタイプの書き手だ……
成績も中くらい、顔もそこそこ、肩まで伸ばして染めた水色の短髪だって、私に魅力を与えてくれるわけでもない……
誰かが成功しているのを見るたびに、ただ妬むだけ……どんなに頑張っても、結局は何も実らない……
もしかしたら……今、漫画を描くのをやめてしまえば……叶うことのない夢が、こんな風に私を蝕み続けることもなくなるのかもしれない……
「決めた……」
決めた……もしこの短編がコンテストを通らなかったら……漫画家を諦める……
神様が私の愚痴を聞いてくれたのかどうかは分からないけれど……私はまた一つのチャンスに出会うことになる……
漫画を描いて、成功を掴めるかもしれないチャンスに。
◆◇◆
「カフェオレください……」
「はい……」
私はお気に入りのカフェオレをウェイトレスさんに注文して……ファミレスの席で頬杖をついた……人でごった返す夕方の街を眺めながら……
正直、私が漫画を描きたいのは、それが自分にできる唯一のことで、簡単だからだ……誰かの奴隷になりたいわけでも、上司にキレられて怒鳴られたいわけでもない……でも今はもう、運命を受け入れるしかないのかもしれない……
「あのさ、光輝くん……メールで伝えた、前田先生が君に作画担当をつけてくれるって話なんだけど……実はそれ、別の作家の話でね……君じゃないんだ。ごめんね……」
「は?……なんでですか!?……それはひどいですよ……」
うーん?……誰か話してる声?……まあいいや……スマホでも見よ……
「ごめんね……ちょっと技術的な手違いがあってさ……」
「冗談やめてくださいよ!……僕はこのマンガのストーリーに、汗も時間も全部注ぎ込んだんですよ……なのになんでこんな適当なことになるんですか!?」
「本当に申し訳ない……」
え? 後ろの人、マンガの仕事の話をしてるの?
さっきの話って何?……仕事を蹴られたってこと?……しかも説明まで間違ってたって……どこの雑誌だよ、そんな適当な仕事する担当を働かせて許してるなんて……
自分が新人研修中だとでも思ってるのかな……
「じゃ……じゃあ、僕はこれで……」
「はあ……もうどこへでも好きに行けば……」
後ろの男性の担当編集は、そそくさと店を出て行った……私はゆっくりと後ろに歩いて行った……
彼の顔を見て、少し驚いた……
[イケメンじゃん……]
背が高い男性で……185くらいはありそう……ピアスをつけていて……グレーに染めた髪……染め直していないせいで黒髪が少し混じっている……黒いマスクもつけている。
イケメンとは言っても……あくまで私の好みでのイケメンってだけで……マンガに出てくるヤンキー系とか、ホストみたいなイケメンではない……
「こんにちは……」
私は声をかけた……
「あ……こんにちは……」
意外と気さくな感じだ……
「あの……さっき、担当編集の人と言い合ってるの、たまたま聞こえちゃって……それで……謝りたくて……」
それを聞いた彼は、特に表情を変えなかった……
「ああ……謝らなくていいですよ……むしろ聞いてもらえてよかったです……」
声にはかなりイライラが滲んでいた……まあ……あんなひどい担当編集のせいで、私たちみたいな小さな作家志望の夢が傷つけられたんだから、怒って当然だよね……
「あなたは……漫画家になりたいんですか?」
私は尋ねた……運ばれてきたばかりのカフェオレを啜りながら……
「まあ……そうですね……僕、子供の頃からずっと漫画家になりたかったんです。でも絵が下手なので……代わりにストーリーを書く練習をしていて……」
「へ……」
私は彼の原稿を手に取り、さっと目を通した……
読み終えると……私は思わず泣いてしまった……
彼が書いたストーリーは……売上が百万部規模のロマンス漫画と同じくらい……いや……もしかしたらそれ以上に深いものだった。
「あ……大丈夫ですか?」
彼はティッシュを差し出してくれた……紳士的だなあ……
「いいえ……ただ、なんというか……読んでたら、洋波の12週間だけの関係が、すごく分かる気がして……」
私が読んだ原稿は……ある大学生の女の子が、主人公と12週間だけ教授のプロジェクトでペアを組むことになり、その間に二人の関係がどんどん近づいていくという話だった……
でも……プロジェクトを提出した後……主人公は母親の病気のせいで大学を中退し、遠い田舎に帰らなければならなくなる……
二人はそれきり、二度と会うことがなかった……
なんて悲しい話なんだろう……
「私も……あなたと同じですよ……」
「え?」
「私も……ずっと漫画家になりたくて……死ぬ気で絵の練習をしてきました……でも結局……ストーリーの方は、誰も興味を持ってくれないような話にしかならなくて……」
「……………」
彼は悲しそうな顔で私を見つめていた……
「だから……」
でも……私にとっては……これはチャンスなんです……
私たち二人みたいな小さな書き手にとってのチャンス……
「一緒にコンビを組んで漫画を描きましょう!……」
私は立ち上がって彼に手を差し出した。彼は最初、少し戸惑っているようだったけれど……やがて、まっすぐな眼差しを私に向けてきた……
そして、私の手をしっかりと握った……
「はい……よろしくお願いします……ええと……」
あっ……名乗るの忘れてた……
「私、千代子花火です……大学三年生です」
「僕は吉永光輝です……今はもう卒業していて……就活中です……」
私たちは声を揃えて言った……
「「ありがとうございます、先生」」
◆◇◆
[千代子くん……送ってもらった短編のネームを読んだよ……]
「はい……」
一週間が経ち、私たちは私の部屋で作業をしていた……毎日、絵を描いてはマンガやゲームの話をしていて……
話しながら……ネームを描きながら……
[正直に言うとね……このストーリー、本当にすごいよ! こんなに早く新しい原作者を見つけてくるなんて思わなかった……]
「実はこれ、A誌の担当編集さんに没にされた短編のネームなんです……」
[そうなんだ?……まあ、A誌はいつもあんな感じだからね……ああそうだ……今は他の担当編集たちも、編集長も含めて、みんなで回し読みしてるんだよ]
「へ……え……それで……みんな何て言ってるんですか?」
[柔らかい雰囲気のストーリーが君の絵柄に合ってるって言ってたよ……それと、編集長は短編じゃなくてシリーズとして見たいって言ってた……]
私たち二人は顔を見合わせた……そして、嬉しそうに笑った……
「じゃあ! 私たち二人で、シリーズ最初の三話分のネームを描きましょう!!」
[やってやれ! A誌の鼻を明かしてやれ……]
そして電話は切れた……
「順調にいってますね!!」
「そうですね……このままいけば……単行本化も夢じゃないかもしれませんね……」
「じゃあ急いで描かなきゃ……わあっ!!!!」
「千代子さん!!」
慌てて走った私は、床に散らばっていた紙を踏んで……そのまま吉永さんの上に倒れ込んでしまった……
「うぐ……」
彼はちょうど私を腕の中で受け止めてくれた……部屋はずっとエアコンをつけていて……そのせいで、私を包み込む彼の温もりを強く感じてしまった……
「あ……ありがとうございます!……」
「大丈夫ですよ……怪我はないですか?」
「は……はい……」
私たち何やってるんだろう……ただ転んで彼にぶつかっただけなのに……
もう、何やってんだか……
◆◇◆
❄二日後……❄
「じゃじゃーん~~できましたぁ……」
私は「極秘」と書かれた書類の山から三話分のネームを取り出した……そして二人で座って読み合わせをした……
「大変でしたね……」
いつもは彼、マスクをつけているけど……今日は外していた……うん……マスクをつけているより格好いい。一生マスクをつけっぱなしにしないでほしいな、お願いだから……
「あっ……ありがとうございます……」
彼はミルクココアを差し出してくれた……私たち二人は、ほとんどずっとこの部屋に籠りっぱなしだった……寝るときだけ、彼は自分の部屋に帰る……
「正直……自分のキャラクターがこんな風に描かれてるのを見たら、涙が出ちゃいましたよ……」
「そうですか?……ですよね……分かる気がします……」
正直言うと……今、私は心の奥でひそかに、このシリーズがいつかアニメ化されないかなって期待している……
「あ、それと……吉永さんって……東京出身の方ですか? 都会の人って感じがしないなって……」
「分かるんですね……僕、岐阜の出身なんですよ……」
「わあ……あそこ、観光名所がたくさんありますよね……私も一度は行ってみたいなってずっと思ってたんです……」
「この話を書き終えて、しばらく実家に帰るときにでも……もし嫌じゃなければ……案内しますよ」
「わ……じゃあ! よろしくお願いします!!!」
私たち二人は……今、少しずつ話すことが増えていって……もっと、もっと……
もっと笑い合うようになって……
もっと……心を開くようになっていった……
◆◇◆
❄一週目❄
[おめでとう、千代子くん、光輝くん……会議で承認が下りたよ。10話の短期シリーズとして連載できることになった!!!]
私たち二人は顔を見合わせた……そして、部屋の防音マナーをすっかり忘れて、大声で喜んだ……
[ええと……「洋波の12週間だけの恋」は来週から連載開始だよ……とにかく第一話の原稿を用意しておいて。今度アシスタントを紹介するから……じゃあ……]
「きゃー!! ついに!」
「うおおー!! やったー!!!」
私たちは部屋中を飛び跳ねて回った……下の階の方、ごめんなさい……
「やりましたね! 吉永さん……」
「はい……やりましたね……」
「「やったー!!」」
嬉しさのあまり、少し我を忘れてしまったみたいで……つい、抱き合ってしまった……
彼は私を抱きしめたまま、大喜びでくるっと回った……私も完全に我を忘れていた……
「あ……」
そして、私たちはようやく我に返った……
「すみません……」
「い、いえ、大丈夫です……えへへ……」
うわあああ~~~~~~~ 私、何を考えてるんだろ……もう、やだ……
彼はただの仕事仲間なのに……
「じゃあ……アシスタントさんが来る前に、原稿の続きをやりましょうか……もう三十ページまで描けてますし……」
「そ……そうですね……片付けるの手伝いますよ……」
◆◇◆
❄二日後……❄
「二人ともこんにちは……」
「こんにちはー……」
筋骨隆々すぎて私の部屋のドアをくぐるのに身をかがめなければならない担当編集さんが……気さくに挨拶してきた……
それから、女の子が二人、部屋に入ってきた……
「紹介するよ……この二人が君たちのアシスタントになる……気を遣って女性のアシスタントを連れてきたんだ。左が円くんで、右が病院坂くんね……」
病院坂……変わった名前だなあ……
「お二人の先生方、よろしくお願いします……寺沢円です……」
「こちらこそよろしくお願いします。花沢病院坂です……インちゃんって呼んでもらってもいいですよ」
二番目の子は……話しやすそうな感じだな
一番目の子は……大人しそうな感じでいい……
「それじゃ……行くね……」
「はい……」
ついに……ついに現実になった……
アシスタントがいる……絵を手伝ってくれるアシスタントが……
「じゃあ……寺沢さんは背景を、花沢さんはモブキャラの部分をお願いします」
「はい……」
「かしこまりました、先生……」
◆◇◆
❄二週目❄
「さあ……これが今週の見本誌だよ……」
私たち二人は、自分たちのマンガの第一話が載った見本誌を受け取った。表紙もあって、四色刷りの巻頭カラーもあって……
「すごいよ……初めてのカラーページでこんなに綺麗に描けるなんて……千代さん、本当にすごいですね……」
「光さんのストーリーだって、負けず劣らず光ってますよ……」
「そうだよな……よし……お互い頑張ろうな……仕事の打ち合わせは明日でいいかな? 吉永くん……」
「はい……」
担当編集さんは、身をかがめながらゆっくりと部屋を出て行った……なんだか気の毒だな……
「正直……まだ夢を見てるみたいな気がしてます……」
「本当ですね……あっ……」
突然、吉さんのスマホが鳴った……
「あっ……」
「どうしたんですか?」
「これ見てください……」
彼はスマホの画面を見せてくれた。それは街に最近オープンした猫カフェの広告だった……
「これって……猫カフェ……」
「来週、一緒に行きませんか?」
「え?」
これって……誘われてる?
「行きます!!」
私は素直に、そう答えてしまった……
◆◇◆
❄三週目❄
「にゃあ……」
「かわいいーー……」
十匹ほどの猫たちが、するすると私にすり寄ってきた……何匹かは私の膝の上に乗ってきたりもして……
「笑ってください……」
「えへへ……笑顔!!!」
実は今初めて知ったんだけど、吉さんって写真を撮るのが趣味らしい……
元々、吉さんはのんびりして気さくな人だ。彼はいつも、趣味の写真撮影の話を私に聞かせてくれる。マンガを描く以外にも趣味があるなんて、少し羨ましいなって思う……
とことんオタクな私とは違って……もしかしたら、私たち二人はお互いのもう一方の面なのかもしれない……
いや……そうじゃないな……吉さんの方が、私よりちょっとだけできた人ってだけかも……
「ふしゃー!!!!」
でも、少なくとも私が彼より優れていることが一つある。猫はとにかく私のことが大好きなのに、なぜか吉さんのことは好きじゃないみたいなのだ……
「やめてってば……いたっ!!!!!」
「お客様!!!」
結局、無理に猫を捕まえようとして引っかかれてしまった……
私が代わりに手当てしてあげることにした……店員さんは何度も謝りながら、二人分の無料再来店クーポンをくれた……
「あんな強引に猫を捕まえちゃだめですよ……猫っていつも警戒してるんですから……」
「はは……僕が悪いんですけどね……でも千代さんって、本当に猫が好きなんですね……」
「そうなんです……母がよく野良猫を拾ってきて家で飼ってたので、それで自然と猫が好きになったんです……」
それを聞いた彼は、にっこりと微笑んだ……
「千代さんのお母さん、優しい方なんですね……今もお元気なんですか?」
その質問を聞いた瞬間、自分の顔から血の気が引くのが分かった……
思い出したくない気持ちが一気に頭に押し寄せてきた……あの日……喪服姿で一枚の写真の前に立っていた……たった一人で……
ずっと忘れようとしてきたことなのに……吉さんに聞かれた途端、頭の中に蘇ってきてしまった……
もちろん……吉さんは何も悪くない……悪いのは私の方だ。母のことをいつまでも忘れられずにいるだけ……
「すみません……」
「……………大丈夫です……」
私は消毒液を含ませた綿で、吉さんの引っかき傷の周りをそっと拭いた
ゆっくりと……そっと……そっと……
「私には……もう母しか家族が残っていないんです……だから大学に入ってからずっと、一人でなんとかやってきました……でもそんな中でも、私は夢を追いかけ続けました……この夢が、私の暮らしを楽にしてくれるわけじゃないって分かっていても……」
あ……
あ……
涙……なんで……
あっ……涙でぼやけた視界が……だんだんと……見えてくる……
「でも、あなたはちゃんとやり遂げてるじゃないですか……」
吉さんはハンカチで……私の涙を拭いてくれた……私のネガティブな気持ちごと、拭ってくれた……
「……………」
「もしかしたら……これを最後まで書き上げたら……天国のお母さんも、きっと喜んでくれると思いますよ……」
「本当にそう思いますか?」
私は彼の手を握った……精一杯の期待を込めた眼差しで、彼の顔を見つめながら……
「本当ですよ……一緒に頑張りましょう……」
……私はずっと独りだった……でも今は、隣に彼がいてくれる……
私にとって……大切な人……
◆◇◆
❄四週目❄
「ねえねえ、吉くんくん……今日は何食べたい?」
「うーん……ラーメン食べたいな……」
「おおっ……いいね……池袋にいい店があるんだよ……行ってみようよ……」
「いいね……あっ……今日は僕のおごりの番だったね……千代ちゃん……」
私たち二人は、だんだんと気さくに話せるようになっていった……ずっとぽっかり空いて寂しかった私の心も、すっかり満たされていた……
彼の顔を見るたびに……もう寂しくなくなっていた……
「…………」
「…………」
「二人とも、どうしたの?」
最近、女性アシスタントの二人がやたらと私たちのことをじっと見てくる……何かあるのかなと思って聞いてみると……
「別に何も……」
「なんでもないですよー……」
「え?……何かあるなら教えてくれてもいいのに……それともラーメン一緒に食べたいの?吉くん、財布豊かだよ」
「ちょっと待って!!!」
「い……本当に何でもないです……」
光輝くんと私は顔を見合わせて笑い合った……
◆◇◆
❄五週目❄
「うおおおー!!!」
「腕、大きく広げて千代ちゃん……」
私は昔から絵を描くのが速いタイプで……週21ページの原稿を人より速く仕上げてしまった……
そこで私たち二人は、この機会を利用して遠出することにした……
小さなスクーターに二人乗りして、御殿場まで来た……せっかく休みなんだしと、一泊することにした……
「わあ……すごく綺麗……」
「当然でしょ!!」
そうそう……その前に……
「はあ……お金貯めて泊まりに来るのも、なんだかいい気分だね……」
「そうだね……ええと……部屋、二つ予約だよね……」
私たちはにこにこしながらホテル予約アプリを開いた。ところが……
「え!? 一部屋しか空いてないの……」
「まあ……今、観光客多いもんね……どうしよう……別のところ探す?……」
私たちがあたふたしていると……作業中だった女性アシスタントの円ちゃんが口を挟んできた……
「先生たち、いっそ同じ部屋に泊まっちゃえばいいじゃないですか?……あんなにラブラブなのに……」
「「そんなんじゃないから!!」」
私たちは強く否定した……でも結局、同じ部屋に泊まることになった……
みんなが思ってるようなことじゃなくて……ただ部屋が空いてなかっただけ
「すごいなあ……富士山、本当に綺麗だね……」
「はい……笑って……」
私は笑って、富士山とのツーショットを撮った……
「ねえ吉くん……一緒に自撮りしようよ……」
「うん……」
夜になると、私たちは同じ部屋で寝ることになった……正直、少しドキドキしていた……
男性を部屋に呼んだことはあったけど……男の人と同じ部屋で寝たことは一度もなかった……
「えっと……じゃあ僕、あっちの端で寝るよ……」
「そんなことしなくていいよ……一緒に寝よう。そうすれば寒い思いしなくて済むでしょ……ね?」
「うん……」
正直……こんな風に一緒に寝るのは……なかなか寝付けなかった……
これ、なんなんだろう……私、どうしちゃったんだろう……
なんで……こんなに胸がドキドキしてるんだろう……
ドキドキしすぎて……息もできないくらい……
「うっ……」
急に寒く感じて、私はさっきよりも体を丸めた……
「寒いの? 千代ちゃん……」
まだ寝てなかったんだ……でもこんなに寒くちゃ、眠れないよね……
「…………」
私はこくんと頷いた……
「じゃあ……失礼するね」
「あっ!……」
光くんが後ろから私を抱きしめてきた……彼の体温がじんわりと伝わってくる……青年の穏やかな息遣いが、私のうなじにずっとかかっている……
「光くん……」
「うん?……」
「手……手、繋いで……」
「……………はいはい、かわいい人……」
このままずっと……こうしていたいな……
◆◇◆
❄六週目❄
「うーん……ここらへんのストーリー、相変わらず調子いいね……」
「僕、実際の時間に合わせて書いてるからね……しかも各話が12週間っていう期間にかなり近くなってるんだ……読者も感情移入しやすいと思うよ……」
私は絵を描きながら、光くんの顔をちらちら見ていた……
「ねえ光くん……」
「うん?」
「彼女いるの?」
彼は一瞬固まって……それから淡々とした声で答えた……
「いないよ……」
「本当に?……結構かっこいいのに……」
彼が私の方を向いて、「本当に?」とでも言いたげな顔をした……前にも言ったけど……彼がかっこいいのは、あくまで私にとっての話であって……女の子みんなが振り返るレベルのイケメンってわけじゃない
「彼女いたことないんだ……千代ちゃんは?」
「私もいない……」
私はぎこちない顔をしながら言った
「本当に?……千代ちゃん、結構かわいいのに……」
「……………」
もう……そんなこと言われたら、恥ずかしくて絵が描けなくなっちゃうじゃない……
もう、やだ……
「それで……光くんはどんな女の子がタイプなの?」
「タイプとかないかな……ただ、僕のことを本当に愛してくれる人ならそれでいいよ……」
へえ……かっこいい人だから、もっと高い理想があるものかと思ってた……
「私も、これといった決まったタイプはないんだよね……」
ちょっと……なんで色っぽい声出してるの、私……
これ、私じゃない……絶対に悪い霊にでも取り憑かれてる……
「………私たち、似てるね……」
なのに、なんで顔が赤くなるんだろう……
「あの……それでね……私、彼氏いないから……せめて、私のことを大事にしてくれて……優しくて……ちょっとお茶目で……私より少し背が高い人がいいなって思ってて」
「…………」
「それに……近くにいる人がいいな……あっ……見つけた!」
私は彼を指さした……光くんを指さした……
「あなただよ……」
「あ……えっと……」
「その……つまり……私、あなたのことを好きになっちゃったみたい……」
それを聞いた光くんは、顔を赤くしながらすぐに横を向いた……
溢れすぎていた気持ちが、ついに解き放たれた……私は……彼に、好きだと伝えた……
私……彼のことが好き……
ずっと前から……
「あの……返事はいつでも待ってるから……あなたのタイミングで言ってくれていいから――――」
言い終わる前に……光くんが私の方へ立ち上がった……
私たち二人の唇が、そっと重なった……
ああ……これが……キスなんだ……
「これで返事になった? 花火……」
彼はゆっくりと顔を少し離して……そっと囁いた……
「うん……好きだよ……光輝……」
「僕も好きだよ……花火……」
彼はもう一度私の名前を呼んで……それから私たちは……もう一度キスをした……
◆◇◆
❄七週目❄
「ねえねえ……光輝、今日は何食べたい?」
「うーん……焼肉食べたいな……」
「お昼だよ……焼肉は夜にね……」
「花火の作ったオムライスがいいな……」
「本当好きだよね……言ったでしょ、私、料理下手だって……」
「そう?……でも僕、花火の作る料理が一番美味しいと思うけどな……」
「もう!! アシスタントの前で褒めないでよ!」
「かわいい かわいい かわいいーーーーー 花火は世界一かわいいよ……」
「やめてってばー!!!!」
私たち、ちょっと仲良くしすぎだったみたいで、女性アシスタント二人がじーっと瞬き一つせずこちらを見つめてきた……
「バカップル……」
「ほんとに……」
「二人とも、どうしたの?」
「「別に何もー……」」
◆◇◆
❄八週目❄
「今日、すごくかわいい格好してるね……」
「だって、あなたが買ってくれた服を着てるとこ見たいって言うから……だから……」
「今日、どこ行く?」
「公園はどう?……」
「いいね……」
「どうしたの?」
光輝くんが、泣いている男の子を指さした……私たちは彼のもとへ歩み寄って、事情を尋ねた……
「歩いてたら……お母さんとはぐれちゃったの……」
私たち二人は顔を見合わせた……
「じゃあ、一緒にお母さんを探そうね……」
「うん……」
私たちは男の子と手をつないで一緒に歩いた……交番か、慌てた様子の女性がいないか探しながら……
「心配しなくて大丈夫だよ……絶対お母さんに会えるから……」
光輝くん、子供好きなんだな……ということは……
「たき!!」
「お母さん!!」
数分後、私たちは男の子のお母さんを見つけた。運よく、近くにいたのだ……
「よかった……本当にありがとうございます!!」
「いえいえ……見つかってよかったです……」
「光輝が子供好きだなんて、思ってもみなかったな……」
「僕、昔保育園でバイトしてたことあるんだ」
「へえ……じゃあ、もし子供ができたら、育児上手なんだろうな……」
私たちは夕方まで遊び歩いて……最後にホテルの前で立ち止まった
「……………子供、欲しいの?」
「うん……」
「甘えさせて……」
「光ちゃんとの子供、欲しいな……にゃん~~♡」
「かわいいなあ……花火は……」
◆◇◆
❄九週目❄
「あっ……」
私はあるものを持って、トイレに入った……
初めて使うものではあったけど……そんなに難しいものでもなかった……
それは白くて細長い棒状のもので……中を覗き込むと……ピンク色の線が二本、浮かび上がっていた……
「妊娠しちゃったか……」
正直……本当に妊娠するなんて思ってもいなかった……でもまあ、光輝ってベッドの上のことがすごく上手だし……
あんな風に一晩中抱き合ってたら、妊娠しても不思議じゃないよね……
うーん……どう伝えようかな……
サプライズにしようかな……目隠しして耳元でこっそり伝えるとか、それとも検査薬を直接見せるとか……
私はトイレから出てきた……
今はアシスタントたちもまだ作業中……じゃあ、この作戦にしよう……
「光輝……」
「うん?」
私は検査薬を手に取って、みんなの前で堂々と言った……
「妊娠しちゃった。責任取ってね……」
「「えっ!!!????」」
「えっ」って叫んだのは光輝じゃなくて、女性アシスタントたちだった……
「おめでとうございます、先生!!!」
「おめでとうございます!!!」
「うん……ありがとう……」
光輝は立ち上がって……私のお腹をそっと撫でた……
「えへへ……ドキドキしてるね、パパ」
「なんというか……本当に父親になるんだな……」
彼の目から少し涙がこぼれて……みんなで大笑いになった……
お母さん……私ね……もう独りぼっちじゃないんだよ……
お母さんは今……おばあちゃんになったんだよ……
嬉しい?……孫の顔、見たいと思う?
お母さんが喜んでくれたらいいな……
◆◇◆
❄十週目❄
私たち二人は必死に頑張って……最後の二話分の原稿を無事に完成させた……
「よし……本当にお疲れさま……これまでありがとう……最後の二話分の原稿、受け取っておくね……」
「こちらこそ、これまでありがとうございました……」
「ありがとうございました……」
担当編集さんは、しっかりと手を握り合う私たち二人を見て、笑みを浮かべた……
「二人とも、本当におめでとう……自分のマンガそのままの人生を歩んでる作家カップルを見られるなんて……信じられないよ……」
「えへへ……そうですね……」
「……これから、どうするつもりなの?」
「あの……二週間後に結婚しようと思ってるんです……僕の実家がある岐阜で……」
「おお……招待状忘れずに送ってね……ははっ……じゃあね」
「これからも短編は送り続けますね……子供の世話もありますし……」
「あの子が卒乳したら、またシリーズを再開しようと思ってます……」
担当編集さんはもう一度私たちに微笑んで……アシスタントたちと一緒にお礼を言った
「今までありがとう……また二人の新作が見られるのを楽しみにしてるよ……」
「「こちらこそ、これまでありがとうございました……お二人とも、お幸せに!……」」
「うん! みんなありがとう!!」
◆◇◆
❄十一週目❄
「よし……片付け終わったよ……先にお風呂入っておいで……」
「ありがとうございます、吉永さん……」
「もう!! さんはやめてよ……お義母さんって呼んでって言ったでしょ!!」
「えへへ……いつも忘れちゃうんです……」
「それで……書類の方はどう?」
義理の母、いや……義母にそう言われて、私は引き出しから書類を取り出しに行った
「じゃじゃーん~~婚姻届です……」
「あらまあ……サプライズのつもりね……これでもう、あなたも私たち家族の一員よ」
「はい……お義母さん……」
◆◇◆
❄そして……十二週目……❄
「皆様……本日は、お二人の門出の証人としてお集まりいただきました」
今日という日、最も美しい場所である教会の中で……
私、吉永花火は、吉永光輝の隣に立っていた
「僕、光輝は、花火さんを妻として迎えることを誓います。喜びのときも、悲しみのときも、あなたに誠実であり続けることを誓います。生涯にわたり、あなたを愛し、敬うことを誓います」
「私、花火は、光輝さんを夫として迎えることを誓います。喜びのときも、悲しみのときも、あなたに誠実であり続けることを誓います。生涯にわたり、あなたを愛し、敬うことを誓いますわ」
「光輝さん、あなたは花火さんを妻とし、喜びのときも悲しみのときも誠実であり、生涯にわたり彼女を愛し、敬うことを誓いますか」
「誓います……」
「花火さん、あなたは光輝さんを夫とし、喜びのときも悲しみのときも誠実であり、生涯にわたり彼を愛し、敬うことを誓いますか」
「誓います……」
夫となった人が、私に結婚指輪をはめてくれた……私の表情は、はっきりと幸せそうだったと思う……自分では見えないけれど……
「それでは、花嫁にキスを」
二人の唇が重なった。教会中に拍手の音が響き渡った……
たった12週間だけの恋物語は幕を閉じた……でも、私たち二人の関係は、これからもずっと続いていく……
現実は小説よりも奇なり……その言葉を、今、心の底から実感している……
仕事仲間から……恋人へ
小さな作家志望から……世間で話題になる作家カップルへ
短くはなかった、作家カップルのこの物語を、ここで締めくくりたいと思う……
そして、この物語の最後の一文は……
生まれた子供は男の子で、体重は3200グラムでした……




